日蝕のアサルトレコード   作:その辺の残骸

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エア・コンバットⅠ

 

 深海の工廠艦ツクヨミの自室にて、神薙エリスは目を覚ました。

 いつものように股間を隠すための布切れさえ穿かない、生まれたままの姿で寝ていた。

 

「ん~よく寝たっと!」

 

 上体を起こして大きく伸びをすれば、美乳が揺れる。少し寝汗を掻いている。

 窓から差し込む朝日がないことに物足りなさを感じつつ、ベッドから出る。

 

 寝ぐせのついた赤髪を揺らしながら、朝の支度を終え、三人前のレーションで手早く栄養と水分を取り込む。

 

 熱いシャワーを浴びて、寝汗を流してしまえば、眠気は消え去り、気分はすっきりだ。

 

 体を拭き、赤髪を乾かすと、エリスは厚さ0.01mm以下の深紅のソフトスキンと黒のハードスキンで構成されたナノスキンスーツを身に着けた。

 ナノスキンが素肌に密着し、裸体を模った瞬間、意識が戦乙女へと切り替わる。

 

 目隠しをしていても目的地に辿り着けるくらい歩き慣れた艦内通路を進む深紅の戦乙女。

 

 ナノスキンで覆われたお尻は意気揚々と揺れ弾んでいる。その後ろ姿に戦いを恐れる気持ちは欠片もない。

 

 もしエリスの背後に続く者達がいれば、背筋を伸ばして進む凛々しい姿に、頼もしい背中に、魅惑的なお尻の揺れに勇気を授かるだろう。

 

 だが、エリスは独りだ。少なくともこの場では。

 

 格納庫に出た。出撃までには十分余裕があった。

 

 今日のミッションに向けた準備は万端だ。

 

 エリスの愛機であるアーマードコア・ネクスト"イクリプス"の姿は以前と様変わりしている。

 新たに調達したパーツと工廠艦に収められた遺失技術で大改修を施したのだ。

 

 イクリプスは鋭角的で攻撃的なシルエットになり、カラーリングも深紅に黒のアクセントを加えてある。

 フレームは従来のパーツと新パーツの混合だが、内装は自称「ファン」から贈られた時から一新してある。

 

 ジェネレーターはこれ以上にない代物だ。

 

 連邦政府軍に所属するネクスト部隊のみが保有するハイエンドモデル"S08-MAXWELL"。

 その設計図を入手してツクヨミで独自に再現しフルチューンを施してある。

 

 圧倒的なエネルギー出力に合わせ、高速戦闘向けのブースターに換装し、オーバード・ブースト速度も段違いに向上している。

 

 反応速度の向上にはツクヨミの遺失技術が役立った。

 

 イクリプスでの戦闘を繰り返すうちに、エリスの反射神経は増々鋭くなり、機体が追い付かなくなっていた。

 制御システムのメモリを増設する程度では追いつかなくなり、ネクストというハードウェアそのものに手を加えなければならなかった。

 

 パーツに手を加えているので、アセンブルが固定されるデメリットがあったが、駆動伝達系を全面的にエリス専用に置き換えてある。

 

 反応速度の差から相対する者はイクリプスを操っているのは人間ではない、と錯覚するだろう。

 

 だが過剰なまでの機体性能の対価として、搭乗者を殺すためのマシンと呼べるほど、リンクスに負担がかかるようになっている。

 

 今のイクリプスはかつて以上にエリスのためだけの戦闘マシンであり、この機体と繋がり、まともに戦えるリンクスは他にいない。

 ネクストとの直結による拡張感覚への適応度を示すAMS適正の面では、高ければ問題ない。

 

 そもそもエリスのAMS適正は最低ランクだ。極限まで負荷をかけて適正を補い、それに伴う苦痛に気合で耐えている。

 

 機体を己の肉体以上に操れる最高ランクのAMS適正を持つリンクスでも、戦闘機動を取れば出鱈目な加速と人類を想定していないレスポンスによって一瞬で操縦不能に陥るか、重力加速度で磨り潰されてしまう。

 

 昨晩、シミュレーターでの最終テストを終えてすぐに寝入ったエリスは新たな姿と力を得た愛機を改めて見上げていた。

 

 サランラップのような質感の、深紅のナノスキンが張り付くエリスのお尻が、我知らず"きゅっ"と引き締まる。

 縦一文字に食い込んだ、漆黒のハードスキンは尻たぶに挟まれて殆ど見えなくなった。

 

 胸の高鳴りを感じるエリスの意識に電脳の鮫が泳いだ。

 

(それにしてもネクストというのは全く大した兵器だよ。改修するために改めて構造を解析したが、こいつらを生み落としたのは悪魔的な天才に違いないね。きっと自分の造った機械が人を殺すことを毎秒妄想しているような奴だろう)

 

 イクリプスを改修し、エリスに相応しい機体に仕上げるためにREVはまずネクスト技術を理解することから始めなければならなかった。

 ノーマルACと変わらないサイズの機体に、コジマ技術を詰め込むのは、この時代の技術を遥かに上回るツクヨミの遺失技術群を用いても不可能であった。

 

 ツクヨミの保有技術を用いて艦内でネクストに匹敵、あるいは上回る機動兵器を開発することは難しくないが問題があった。

 その場合、機体の大きさは最低でも二倍になるだけでなく、運用に様々なデメリットを負ってしまうのだ。

 

 そうした大型機の扱いはエリスの得意分野ではなく、逆にかつて駆っていたアーマードコアと勝手がさして変わらないネクストの操縦は大得意な分野だった。

 

 加えて、コジマ粒子から有害性を取り除く技術に関しては、ツクヨミの技術をもってしても不可能であった。

 それは、まさにこの時代の人類が独力が拓いた叡智であった。

 

 REVの発言に対して、エリスはしばらく沈黙してから思考を走らせた。

 

(それはどうかな?)

 

 元々はコジマ粒子はエネルギー問題解決のため、AMSは四肢を失った人々のための医療技術であり、他にもAIにしろ、アクチュエーター複雑系にしろ、最初から軍事目的で生み出されたものではない。

 

 アーマードコア・ネクストは最先端技術を統合した最強の戦闘兵器ではあるが、マシンを構成する理論を書き上げた者が、殺人に熱中していたとは断言できない。不本意ながら造り上げたものかもしれないし、無邪気さの結果かもしれないのだから。

 

 REVが本気で言っているわけではないとエリスは察している。ただ相棒の意見が聞きたかったのだろう。

 エリスの考えは正しかったようで、REVは話題を切り替えた。

 

「とにかく、この機体なら君の造ったレールガンを問題なく取り回せるよ。砲弾も徹甲弾、徹甲榴弾、それとコジマ粒子弾頭のものを用意しておいた」

「我侭に付き合ってくれてありがとREV」

「気にするなよ。これくらい、僕のような万能のAIなら容易いんだからさ」

 

 重度汚染地帯に生きる野生児であったエリスを保護(捕獲)した養父は、戦闘技術と一般常識だけでなく、ACとその武装のメンテナンスを叩き込んだ。

 

 その過程でエリスは工学を学んでおり、目覚めて早々、趣味と実益を兼ね、イクリプスに搭載する武装を設計、完成させるに至った。

 しかし、ネクストの積載能力を持ってしても自信作のレールガン"FIRE FLY"は搭載できず、艦内工廠に寝かせていた。

 それはオーバード・レールガンと呼んで差し支えない規格外兵装だった。

 

 REVが改修したイクリプスであれば、この巨大なレールガンを問題なく運用可能だ。長大な砲身は邪魔にならないよう折り畳むことができる。

 

 エリスはイクリプスに乗り込み、コクピットで作戦開始を待った。

 

 イクリプスの武装は右腕に折り畳んだレールガン"FIREFLY"、左腕は使い慣れたヘヴィ・ライフル。

 背部武装は左右ともに分裂ミサイル、エクステンションに連動ミサイルをつけてある。

 さらに格納兵装として刀身が短い、高出力ブレードを左右に装備している。

 

 エリスの意志一つで深紅のネクストは格納庫からカタパルトまで運搬される。

 

 カタパルトで発進姿勢を取ると同時に青緑色の稲妻が奔り、プライマルアーマーが展開。

 

 ツクヨミが急速浮上し、仰角を高く取った瞬間にイクリプスはカタパルトから超高速射出された。

 

 オーバードブーストにカタパルト射出の加速まで加わる。

 猛烈な重力加速度によって、エリスは早速、シートに押し付けられていた。

 

「っぅっ! たまんないな、これ……!」

 

 AMS未接続時などに用いる補助用操縦桿を握り締めながら、重圧に耐えている。

 両脚を大きく広げて踏ん張っていた。エリスの股間を保護するV字型の黒いハードスキンが目立つ。

 

 ACを始め、多くの兵器に用いられているブースターは燃焼のための酸素を必要としない。

 極微量の推進剤とエネルギーの反応によるものだからだ。

 

 そのため、空気の薄い高高度でのネクストの飛行速度は大きく向上する。

 

 イクリプスを水平飛行させながら、エリスはセンサに意識を向けていた。

 

 PMCという名の空のゴロツキ「トルベリ」なる連中の部隊は二方向から護衛対象の輸送機に向かっている。

 北から十二機、西からは十六機だ。事前の情報によれば大半は有人の親機に従う無人機とのこと。

 イーハトーブの抵抗を予想したのか、かなりの戦力を投じている。

 

 イクリプスは西の部隊を背後から叩けるコースで飛んでおり、おまけにレーダー索敵範囲の差から敵はこちらの接近に気付いていない。

 

 護衛対象である輸送機は東に直進しており、日本の領空に入るまで残り十分ほどだ。

 

 イクリプスがトルベリの飛行型MT部隊の通信を傍受した。西側の部隊だ。

 エリスは中年男達の下卑た会話に顔を顰め、REVは笑っていた。

 

「しかしよォ。俺らは楽に金を貰えるからいいが、あの輸送機に乗ってる連中も可哀想なもんだなァ」

「会社の上の連中が提携を突っぱねたせいで俺達に殺されるんだからな。ひひっ長い物には巻かれるのが長生きの秘訣だぜ。ウチみたいにな」

 

 汚らしく笑い合うトルベリの傭兵(チンピラ)。

 

「違いねェ。ところでよ、お前、広報は見たかァ? イーハトーブのパイロットは綺麗な姉ちゃん、嬢ちゃん揃いなんだぜ。それが裸に色塗ったみたいなエロいパイロットスーツ着込んで操縦してんのよ。チチもケツもデカいのが多かったな。華やかなもんだよ。柄にもなく下衆の勘繰りをしちまったよ」

「増々可哀想になってきたぜ。俺らトルベリみてえなプロでなかったら仕事を投げ出していたところだな。せめて小便漏らす暇がないように殺してやろ――――」

 

 通信が途切れる。火球が先頭の敵編隊を丸ごと飲み込んでいた。

 

 エリスが砲身を展開したレールガンを放ったからだ。

 コジマ粒子ジェネレーターによる膨大な電力で加速された砲弾は、ネクストの飛行速度をさらに上回る弾速で放たれた。

 瞬きより速く敵MTに着弾し、徹甲榴弾が威力を発揮したのだ。

 

「よしっと」

 

 エリスはレールガンの威力にご機嫌だ。

 一方、奇襲攻撃とネクストの出現にトルベリの傭兵達は慌てふためいて通信で叫んでいる。

 

 イクリプスはオーバードブーストしながら大きく旋回。ライフルとミサイルで敵部隊の殲滅を開始する。

 優先目標は無人機を統率する有人機だ。

 

 その間にREVが輸送機にコールして護衛任務を開始する旨のメッセージを送っていた。

 

「おらおらおら! マッハで蜂の巣にしてやんよ!」

(可哀想なもんだなァ)

 

 狂暴な笑顔を浮かべ、苛烈な攻撃を浴びせるエリスを横目にREVはついさっき死んだばかりの男の台詞を楽しそうに真似ていた。

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