日蝕のアサルトレコード 作:その辺の残骸
イクリプスとウルティマ・ラティオの決闘は、空中で複雑極まりない三次元機動を繰り広げるものとなった。
神経接続による反応、四方への急加速と急速反転が可能な、最新鋭のマシン同士の戦いは、人が冒してはならない領域のものとさえ思える。
オーバーテクノロジーの数々で改修を加えてことで、イクリプスの機体性能はウルティマ・ラティオを大きくリードしている。
だが、相手は水平線の向こう側に強大無比な兵装を隠していた。
イクリプスが装備しているレールガンより遥かに巨大な、砲身長500メートルのレールキャノン、旧世代の戦艦を凌駕する口径と連射速度を誇る主砲、多連装ミサイルランチャーを備えた水陸両用アームズフォート、"ギガベース"に支援砲撃をさせているのだ。
ギガベースは単艦に一つの国家を消滅させられる火力を内蔵しており、それをネクスト一機に向けて全力投射している。
REVが偵察衛星をハックして、地球上の主要なアームズフォートを監視していたおかげで、ギガベースが攻撃態勢に入ったことを察知できた。
レールキャノンの炸裂は小規模核爆発と錯覚するほどのものだった。
エリス達が入手した古いデータでは推進装置との兼ね合いで水上ではレールキャノンは使用できない、という話だったがどうやら改良済みのようだ。
オーバードブーストで離脱して、十分に距離を取ってある。
しかし、爆風を浴びたことで、プライマルアーマーが減衰していく。
「驚いてくれたかなイクリプス。ボクはウルティマ・ラティオとだけでなく、ギガベースとも繋がっているんだ」
レールキャノンに続く大口径砲火とミサイルを掻い潜ったエリスに、玩具を自慢するようにアンヘラはオープン回線で話し掛けてきた。
ギガベースは水平線の彼方から正確な砲撃を行ってくる。
アンヘラは高速機動で砲火を交えながら、ギガベースの砲撃の終端誘導までも行っているのだ。
クロムバウとトリニティが密かに開発競争を繰り広げているアーセナル・ネクスト計画は、人工知能や多数の凡人によって制御される安定したハードウェアであることを第一とする超大型兵器を、あえてネクストのAMSによって遠隔制御させるものだ。
ネクストに機体のサイズを大きく上回る破壊力を与え、絶対的な優位を確保することを目的としている。
だが、ネクストと大型兵器を同時に制御するには極めて高いAMS適正と、対応する兵装への適正の双方が求められた。
アンヘラはクロムバウの唯一の適合者だった。
イクリプスを取り囲む粒子装甲の輝きは、避け切れないほど大きな爆風を浴びるごとに失われていく。
プライマルアーマーによる空気抵抗軽減効果を失ってしまえば、ネクストの機動力は大幅に低下する。
そうなれば、ネクストとアームズフォートの砲火のコンビネーションからは逃れられない。
「こういう戦い方はズルくて嫌いかな?」
ギガベースで砲撃を加えながら、アンヘラは尋ねてきた。
「全然! むしろ面白くて仕方がない!」
こちら側からの通信は切っているのでアンヘラには聞こえていない。
エリスは満面の笑みで応えながら、ウルティマ・ラティオの左肩にヘヴィ・ライフルの砲弾をヒットさせた。
「はは。その反応、嫌いじゃなさそうだね! ありがとう、安心したよイクリプス!」
衝撃でバズーカの照準が逸れた。アンヘラの声には苛立ちの色は欠片もない。
エリスは分裂ミサイルで追い打ちをかけるが、それは回避された。敵のECMのせいでシーカーが馬鹿になっている。
クロムバウのネクストを操るリンクス、アンヘラの技量は凄まじかった。異能と呼べる特異なAMS適正などただのオマケに過ぎない。
エリスは二百年前の《再構築戦争》の最前線で、異星文明のAIや、奴らの終末思想に共鳴した入植者が操る機動兵器と戦ってきた。
だが、これほどの戦闘力を発揮した者はいない。エリスにとって未知の、血が滾る相手だ。
アンヘラはイクリプスの速力と機動を殺すように弾を置きながら、間合いを詰めてくる。
正確な狙いとフェイント、直感と理論による攻撃を組み合わせてくるので、避けながら反撃するだけで一苦労だ。
おまけに、こちらの手を即座に学習してくる。
これに関しては、エリスも同じなのだが、互いに手札を隠す必要があるので、安易に全力は出せない。
エリスと同じく機体を限界以上に駆動させており、飛行速度は馬鹿げた数値に達していた。
ギガベースを含めた総合的な性能ではイクリプスと互角だ。
遮蔽物のない戦場は不利だ。海上を高速蛇行しながら手を考える。
(ここから少し行ったところに廃棄されたままのメガフロートがある。利用できるんじゃないかな)
REVが飛行経路を表示。一世紀前に造られ、幽霊船めいて漂流を続けているメガフロート都市だ。
ビルが林立する市街地は良い遮蔽になってくれる。
オーバードブーストを点火し、イクリプスは弾かれたように超音速飛行を開始。
漂流メガフロートを目指す。
「その動き、読めているよ!」
アンヘラはシートから身を乗り出すように、勢いをつけて前傾姿勢になった。
長身に見合う、豊か過ぎる乳房が激しく揺れる。
ギガベースの砲撃がイクリプスに殺到してくる。
「なろぉっ!」
クイックターンによる反転のGを耐え抜き、凄まじい形相のエリスがレールガンでギガベースのレールキャノンを迎撃した。
人間離れした反射神経がなせる業だ。
水平線から飛んできた電磁加速砲弾同士が激突して巨大な火球が空中で炸裂する。
「お見事! そのレールガンの速度と威力は本当に凄いね! ギガベースのレールキャノンが撃ち落されるのは初めてだよ! けど総弾数はそれほど多くないんだろう? 弾が尽きたら砲撃を打ち落とすことはできなくなっちゃうね!」
声を弾ませるアンヘラの指摘は正しい。
いつもならREVがエリスの窮地を揶揄うところだが、今はそんな茶々を入れる余裕はない。
REVの処理能力でもアンヘラとウルティマ・ラティオはお手上げだった。碌な戦術支援ができない。
(かなり酷使したけど機体の調子がいい。REVのおかげだ)
(エリスのほうも僕のサポートなしで巧くやれている。このやり方で切り抜けよう)
意識の海でやり取りをする赤髪の戦乙女と電脳サメ。
戦闘はエリスに任せ、電脳サメAIは機体のコンディション管理と奥の手の仕込みにリソースを振り分けた。
オーバードブーストとクイックブーストを組み合わせ、二機のネクストは高層ビル群を飛び交い、ドッグファイトを繰り広げる。
無人の市街に凄まじい破壊が巻き起こっていく。
砲弾がビルを打ち抜き、倒壊させる。ミサイルの嵐が炎を呼ぶ。
イクリプスのレールガンが射線上に多大な被害をもたらし、ウルティマ・ラティオの搭載兵器は広域を破壊する。
さらにアームズフォートの火力が最高位リンクスの技量で正確無比に終端誘導され、広大なメガフロートを灰燼に帰させていく。
こうした漂流メガフロートが再利用できない理由は防衛用の無人兵器が無差別攻撃を仕掛けることにある。
ネクストの侵入を検知したことでこの廃メガフロートでも防衛用兵器が起動していたが、紙屑同然に破壊天使達に薙ぎ払われていた。
一分に満たない戦闘時間でメガフロートの七割が破壊された。
無人とはいえ地獄のような光景が広がるなか、アンヘラは残り少ない無事なビル群に身を潜めたイクリプスを追った。
ウルティマ・ラティオも着陸する。ビルの影に隠れ、小休止する。
プライマルアーマーの安定還流に問題はない。抜け目なく機体の損傷とジェネレーターの具合をチェックする。
損傷は小破といったところだが、ジェネレーターは戦闘後に分解して整備する必要がある。
アンヘラはパックされた経口補水液を手に取る。喉を鳴らして一気に飲む。
パイロットスーツの下の小麦色の裸体は汗でびしょ濡れだ。
コクピット内はアンヘラの熱気と汗とアドレナリンが混じり合い、壮絶な様相を呈している。
特に汗が酷い。素肌に密着しているパイロットスーツが大量の汗を吸い、高まった体温で蒸れて濃厚な匂いを放っていた。
これほど長時間の戦闘をしたのは初めてだった。
「本当に、本当に愉しいなぁ。大好きだよイクリプス」
アンヘラは戦闘中に二桁に渡るエクスタシーを感じていた。
この瞬間のために自分は生を受けたのではないかと考えてしまうほど。
疲労は精神の高揚で誤魔化せる。二つ目のパックを空にして、水分を取り戻しつつ体を冷却した。
休憩したことで、思考が冴え渡る。
高い垂直上昇能力を持つメインブースターで離陸。ギガベースの砲撃で追い立てられ、隙を晒したイクリプスに襲い掛かる。
突如として、この世界に舞い降りた深紅の破壊天使。
最高の好敵手の最期の刻、アンヘラは己が絶頂に至ることを確信している。
ドライバーの名前と姿を知ることができないのが心残りだった。
「さあ、これでゲームセットだ! イクリプス、墜ちちゃえ!」
その時、いただきっ!と咆えたのは果たしてエリスであったのか、REVであったのか。