日蝕のアサルトレコード 作:その辺の残骸
大気圏突入時の断熱圧縮による熱に反応して、機体が眩い緑色の球体に覆われた。熱によるプライマルアーマーの減衰はごく僅かだ。
殲滅兵器で完全武装した二機のネクストは作戦地点である赤い平原を目指して降下する。耐熱塗料により、純白と漆黒に染まったイクリプスとウルティマ・ラティオだ。
情報通り、クロムバウが誇る超巨大兵器が群れを成している。現在の世界の枠組みが出来上がって以来、最大級の武装蜂起であった。
エリスは操縦桿を強く握り、意識を集中する。統合制御体である背後のレヴは目を瞑り、機体制御を最適化しながら、地上のアームズフォート部隊の動きを注視している。ウルティマ・ラティオのドライバーシートに座す、アンヘラも同じく。太陽のように明るい美貌から笑顔が消えて、緊張の汗がスーツの極薄の生地に滲んでいた。
火星の大気を灼きながら、多数のハイレーザーキャノンの青い閃光が迫る。それを先陣として対空砲火が展開された。文字通り、空を覆い尽くすほどの弾幕。
六脚に支えられた船体に飛行甲板と最大級の主砲を有する旗艦ハート・オブ・マルスを中心に陣形を組んだクロムバウのアームズフォート艦隊は、データリンクによる完全統制砲撃でネクストを迎撃していた。最新の制空戦闘機を遥かに上回る機動力を持つアーマードコア・ネクストとて回避しきれない規模の砲火だった。
「来たっ!」
スリルに胸の鼓動を高鳴らせながら、エリスはイクリプスを操る。二機はオーバードブーストとクイックブーストをかけた最高速で散開。大気圏突入時の速度が加わり、音速の数十倍のスピードで戦闘機動を開始する。
オーバーG警告をカット。少女達はコクピットを覆う耐Gジェルと、身に纏っているパイロットスーツの高度な耐G性能を遥かに超えた重力加速度に、肉体の頑丈さと精神力で耐えながら破壊天使を駆動させていた。
機体にかかる負担も相当だったが、許容範囲内だ。
迎撃の第一射を回避。空中に爆発半径数百メートルに及ぶ火球が多数花開き、アームズフォートの破壊力を誇示する。ハート・オブ・マルスの主砲から連射されている砲弾は最も速く、最も大きな爆発を起こしている。
だが、エリスにしてもアンヘラにしても、その程度の砲撃は造作もなく避けられる。
地上までの距離は遠いが、到達は一瞬だ。それなのにやるべきタスクは山ほどある。粉砕機にかけられたみたいな重力加速度に耐えながらこなすしかない。
イクリプスは左腕部の突撃ライフルを、ウルティマ・ラティオはガンボックスのガトリングガンのトリガーを引く。ミサイルの大群が百発百中の精度で薙ぎ払われる。
艦隊の防空戦闘機に対しても、二機でミサイル攻撃を仕掛けて打ち落としていく。
軍勢の規模に比べればごく少数の、反乱に参加した生身の将兵の誰もが、二機のネクストが無傷であることに驚愕していた。
管制AIに再計算させた上での第二射が放たれ、第三射の準備まで行う。
エリスは右腕にマウントしたオーバードレールガン、ファイアフライを構えた。
「フルバーストでいく」
「分かってるさ。パージしたら次は"バルドルの眼"だね」
思考で意思疎通できるが、レヴとあえて口頭でやり取りをする。超高速の戦闘の最中でも余裕があった。
レヴによってターゲットマーカーに優先順を示す番号が割り振られる。
純白の破壊天使の右腕で長砲身レールガンが咆えた。蒼い雷光が十三回迸る。アームズフォートの優れた対空迎撃能力でも手に余る高速度で砲弾が放たれていた。
電磁加速された徹甲榴弾の主要ターゲットはアームズフォート"ランドクラブ"だ。他脚型の陸上戦艦で比較的小型の量産タイプ。しかし、その戦闘力はノーマルの大部隊はおろか、程度の低いネクストに勝る。火星中から集まった陸蟹の群れが前衛を担っていた。
砲撃は上面部装甲を紙のように射抜き、ランドクラブの動力炉に到達。榴弾の炸裂が無人化で搭載量を増した弾薬に誘爆。どのランドクラブも内側から爆散し、衝撃波と飛び散った装甲の破片は味方部隊まで巻き添えにしている。
アームズフォートを守るノーマルACやMTには有人機も含まれている。無人派の悲願である完全な自動化は未だ成し遂げられておらず、兵士達は反乱後の相応の待遇をちらつけられて蜂起に参加していた。
二発はハート・オブ・マルスに当てて飛行甲板を破壊する。飛行ノーマルや戦闘機に出しゃばられると多少厄介だからだ。同じくハート・オブ・マルスの主砲目掛けて、最後に放った十三発目は、一発だけ用意しておいたコジマ粒子弾頭であり命中すれば、巨大なAFの船体の大部分を消滅させるコジマ爆発が起こる。炸裂すれば一撃で決着がつく。
だが、必殺を狙った砲撃は迎撃されてしまい、臨界に達する前に空中で破壊された。
「ちぃ!」エリスは舌打ちをするが、顔は笑っている。
対空砲火の密度が濃い地点にもレールガンの砲弾を射掛けて攻撃を和らげてある。
「ありがとうエリス! お返しをさせてもらうね!」
自分を狙っていた砲火の拘束から解放されたウルティマ・ラティオの紅いカメラアイが地上を睥睨した。両手持ちの専用複合砲ガンボックスから破滅の嵐が解き放たれる。大型兵器用ハイレーザー砲とリニアキャノンにガトリングの弾幕を加えて、残っていたランドクラブと周辺の部隊を残らず殲滅した。さらに背部武装のミサイルのおまけが戦闘ヘリなどの空中戦力に振舞われてもいた。
「助かったぜ、アンヘラ!」
赤髪を振り乱し、エリスは漆黒のネクストACに礼を言った。アンヘラの攻撃は、エリスの降下地点を造り上げるのに役立った。ウルティマ・ラティオを追い越して急速降下。不意に三方から飛来したハイレーザーを前方、後方、左の順番でクイックブーストして凌ぐ。
常軌を逸した直角の超高速長距離移動を繰り返していた純白のイクリプスは、地表が近付くと減速し始めた。
そこを狙い、旧式ながら重厚な装甲を誇る四脚移動要塞"GAEM-QUASAR"に率いられた部隊が攻撃を仕掛けてきた。
イクリプスの粒子装甲に爆炎の華が咲き、砲弾が粒子装甲を減衰させる。甲高い噴射音が爆風の中から轟いた。
レーザーだけは完全回避して、無傷のまま、ヤークトユニットの大型追加ブースターを展開。その加速を加えたオーバードブーストで、敵陣に肉薄する。
「当たんねえよ!」
右にクイックブーストして位置ずらし。
「そぉりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
一気に踏み込み、弾切れしたオーバードレールガンをフルスイングしてノーマルを三機まとめて横転させた。砲身の歪んだお手製レールガンをパージ。機密保持のための自爆装置は問題なく起爆してレールガンを木っ端微塵にした。
さらに左手に握った突撃ライフル"04-MARVE"のバレル下の銃剣でグレネードキャノンを担いだ四脚MTを突き刺して機能停止させた。
フリーになった両手に兵装コンテナが新たな武器を提供する。右腕部にはレヴお手製の拡散プラズマキャノン"バルドルの眼"――――レヴは詩的なネーミングを好んでいる。
左腕に握るのは第五世代ノーマル向けに開発された大型榴弾砲ハウザーの一種だ。アクチュエーター複雑系の密度が段違いで、それを神経直結で高精度に制御するネクストならば構える必要はなく、手持ちで振り回せる。
バルドルの眼の力場が開放され、巨大プラズマ弾体の雨が降り、GAEM-QUASAR二機を中心に炸裂した。
弾速は遅いが、プラズマ兵器のエネルギーは着弾地点から球形に広がり、被害を与える。一帯をプラズマ爆発が覆い尽くしていた。
左腕のハウザーも同時に曲射して機動兵器群の撃滅に用いた。イクリプスはオーバードブーストで低空を駆け巡る。純白の破壊天使が通り過ぎた地点に敵性反応は残らない。超音速域の戦闘機動が止まることはない。
降下中のアンヘラが駆るウルティマ・ラティオもエリスに負けじと強力に攻撃しており、猛烈なペースで撃墜数を稼いでいる。
「これで雑魚は全滅だね」センサーをフル稼働させて索敵した上でレヴは口にした。
文字通り、ハート・オブ・マルスを囲んでいた部隊は全滅して残骸を晒し、各所で黒煙が上がっている。壮絶な光景だ。
"バルドルの眼"の射撃管制はレヴ自身が行った。既存の大型砲の改造品なので惜しむことなくパージしてしまう。
「思ったより簡単だったな」
息を整えながらエリスもハウザーをパージ。兵装コンテナを解放して、次の武器に切り替える。手持ちのスナイパーキャノンとアームズフォートの近接防御兵装に採用されているレーザーガトリングだ。
ブーストで地を舐めるように飛び、蛇行させている。最大のターゲットであるハート・オブ・マルスとの距離は離れている。イクリプスに射掛けられた主砲が後方に着弾して発生した爆風と衝撃を利用して加速することで、素早く懐に潜り込む。
漆黒のネクストACが砲火に粒子装甲を煌めかせながら降りていくのが見えた。
「ボクは先に搭乗手続きを済ませておくね!」
陽気に笑いながらアンヘラはハート・オブ・マルスの甲板に着地した。迎撃を担う副砲やノーマルACといった戦力は着地前に平らげてある。甲板を滑走して火花を散らしながら、漆黒の重装ネクストACは火砲を解き放って手当たり次第敵機を撃墜する。
スナイパーキャノンを背負ったノーマルの砲撃を察知した時、ガンボックスとウルティマ・ラティオのサイドブースタが同時に急加速噴射。クイックターンで狙撃を避けて、背面のミサイルで反撃して周囲ごと狙撃ノーマルを撃滅していた。
アームズフォートそのものに対してもダメージを与えているが、衝撃が伝わりやすく、船体や武装の損傷が全体の崩壊に繋がるスピリット・オブ・マザーウィルの弱点は改善されている。
「喧しいから黙っていて!」
金髪の小麦肌娘が駆るウルティマ・ラティオは飛んできたミサイル弾幕を粒子装甲で難なく受け止めながら、主砲に向けてガンボックスのアンダーバレルランチャーから大型ミサイルを放った。
ミサイルは左右に振れて、機銃の迎撃をやり過ごして命中。眩い緑色のコジマ爆発が起こりハート・オブ・マルスの最大の武器たる主砲を消し飛ばした。
ガンボックスのコジマミサイルは、爆発範囲ではファイアフライのコジマ砲弾に劣るが、高速の大型ミサイルなので命中率は高い。ミサイルランチャーも壊して誇らしげに着地するウルティマ・ラティオ。
その時、大型エレベーターからせり上がってくる巨体があった。ネクストの三倍近く全長がある、赤を基調とした装甲の巨人兵器だ。
丸みあるシルエットで、寸詰まりの不格好な巨体に重砲とミサイルを内蔵したクロムバウらしい機体だ。両手の五指はグレネードキャノンの砲身になっている。
「"TypeD No.5"か。いいね、中々面白そうだ」
統合制御体からの情報を咀嚼しながら、アンヘラは軽くストレッチする。
反乱軍が市街地侵攻に用いるつもりだった大型機動兵器だ。《再構築戦争》で惑星アリシア側が投入してきた大型兵器"デヴァステイター"を発掘してリバースエンジニアリングしたクロムバウのベストセラー。その最新モデルであり、ネクストとの戦闘を視野に入れてある。
アンヘラはデータでは知っていたが、実際に戦ったことはない。強力な機体だが、これが切り札というわけではないだろう。アームズフォート艦隊が万全でフォート・ノアキスを制圧したとしても、最終的には叩き潰される。何か、絶対的な優位を得るための切り札を隠し持っているはずだ。―――火星に混乱(ディソーダー)を齎すモノを。
アンヘラの直感はそう告げていた。
「だからキミでウォーミングアップを終えさせてもらうね!」
甲板上で正面から相対する漆黒の重装ネクストと巨大人型兵器。
同時にイクリプスももう一機の"TypeD No.5"と交戦を開始した。
「はっ懐かしいな! あのデカブツの子孫か! 昔と同じようにぶっ壊してやんよ!」
「まあ、油断はしないほうがいいと思うけど」
スナイパーキャノンとレーザーガトリングを巨体に向けながら、純白のネクストACイクリプスは側面を狙う。