日蝕のアサルトレコード 作:その辺の残骸
反乱軍殲滅に差し向けられた二機のネクストを相手に、スピリット・オブ・マザーウィル級"ハート・オブ・マルス"は一切の有効打を与えることなく中破に至った。
ネクストの超音速機動に対応したFCSを搭載した最新ブロックのノーマルACを筆頭とした防衛部隊も艦砲、ミサイルランチャーといった兵装類も六割は失っている。象徴的な兵装であった主砲はコジマ爆発で失われ、アームズフォートから威厳を奪い去っていた。
集結していた大戦力のうち、文字通り残っているのはこの一隻のみ。従えていたアームズフォートや大型兵器群は護衛諸共火星の平原に転がる鉄屑と化している。
それは、いかに自社のトップリンクスと、超兵器と絶大な技量を備えたリンクスを載せたイレギュラー・ネクストが相手とはいえ、想像すらしていなかった規模の損害であった。反乱は開始から数時間で、完全な失敗に終わったのだ。
だが、少なくともこの場を凌ぐ希望は残っていた。
出撃させた"TypeD No.5"は想定通り、ネクストの機動に対応している。背面のロケットブースターから猛烈な噴射炎を放ち、鈍重ながらノーマルACのそれに似た戦闘機動で追いすがり、クイックブーストによる回避を想定して、射線を調整しながら攻撃を行っている。
全身に組み込まれた実弾とレーザー兵器の火力のコンビネーションを艦の損害を気にせず放出する全力戦闘で、TypeDはその戦闘力を遺憾なく発揮して、ネクストに挑んでいる。少なくとも、素人目には互角の戦いを演じているように見えた。
コアから放たれた拡散レーザーがウルティマ・ラティオを包んだ時、戦闘指揮所(CIC)に詰めている将兵の間で静かな歓声が沸いた。
だがしかし、ウルティマ・ラティオの漆黒の特殊塗料はレーザーを水のように弾いていた。コジマ粒子の防護幕で軽減されたエネルギーは、大気圏突入に備えて強化された装甲の耐熱性の前には無力だった。連続照射で塗料が剥がれれば深刻になるが、現時点ではレーザーの被弾は火傷程度のダメージだ。
「まあまあ、かな」
轟音と衝撃に苛まれながらも、アンヘラ・アール・アルパは冷静だった。喉が渇いた。回避運動を続けながら、備え付けの小型冷蔵庫に手を伸ばそうとした時、統合制御体が金髪小麦肌の長身豊満美少女を窘めた。
「分かったよ、ウルティマ・ラティオ。休憩はあいつを片付けてからにするよ」
相棒の言葉に気を引き締め直すアンヘラ。
必要発射数を即時に弾き出し、ガンボックスのショットガンとガトリングガンで大口径グレネード砲弾と高速ミサイルを叩き落す。
一方で反撃の砲撃は確実に命中させて巨大兵器の戦闘力を低下させていく。
下手に側面に回り込むよりも、正面からの撃ち合いのほうがやりやすかった。針の穴に糸を通すように弾幕を掻い潜り、時にはプライマルアーマーで切り抜け、攻撃していく。
宇宙戦艦並みの火力を集約したガンボックスだが、今後の戦闘に備えて弾薬は節約しなければならないので、慎重に必殺のタイミングを創っている。後先を考えないのであれば、TypeDなど一瞬で破壊できる。
ちらりとエリスが駆る、純白のネクストの姿を見る。もう一機のTypeDの両腕をちょうど破壊したところだった。
イクリプスは、高速で周回して側面や後方に、ダブルトリガーで大口径兵器を浴びせている。ネクストという戦闘マシンの典型的な戦い方だ。近接防御用のパルスキャノンを僅かに浴びる程度の被弾しかしていない。
エリスが相手しているTypeDはコアのレーザーキャノンをチャージして目の眩むような青色の輝きを発しているが、それを解放する瞬間は一向に訪れない。
TypeDのダメージが深刻化すると、CICの空気は一転して重苦しいものになっていた。
腹にずんと響くような重々しい駆動音を立て、TypeDは機動を綿密に計算した上で、ウルティマ・ラティオに全火力を投射しようとした。それは、アンヘラの描いた筋書き通りの展開であった。
そろそろ締めにかかろう。アンヘラは悪戯っ子の笑みを浮かべた。ハイレーザーキャノンをTypeDの右腕に照射して、関節部を溶断する。足元に発射されたグレネード弾が炸裂してしまい、巨体が持ち上がる。
射撃姿勢が崩れたまま砲撃を継続し、機体を立て直そうとするTypeDに向かってアンヘラはオーバードブースターを点火して、肉薄する。
艶やかな漆黒のボディスーツに浮かぶ、鍛えられた腹筋に気合を入れ、六連続クイックブースト。
アンヘラは魅惑的に育った豊満なヒップを、力強くシートに押し付けて堪えた。
スーツの拘束の元でも弾む自分の巨大な乳房に邪魔臭さを感じていた。不意にアンヘラは、エリスの形の良い胸を思い浮かべてしまった。
重力加速度に触り回されることなく、空間を把握して全弾を回避。中量二脚とはいえ、重武装されたネクストにあるまじき戦法である。
ウルティマ・ラティオの足元を収束された高出力レーザーの閃光が通り過ぎる。
AMSによる知覚のフィードバックで、アンヘラは足先から股間にかけて、熱を感じた。
体勢を立て直したTypeDの頭部がちょうど目の前にくる。
「そぉれ! ブースト――――チャージッ!」
そこを狙い、最大加速で蹴りを入れる。曲面装甲が施された頭部が千切れ飛び、TypeDは主要センサーを喪った。
ブーストチャージから流れるように急速上昇するウルティマ・ラティオ。追いかけてきたTypeDのミサイルにこちらもミサイルをぶつけて迎撃しながら、リニアガンを三連射。スパークする頭部ジョイント目掛けて叩き込んだ。位置エネルギーによりさらに加速された砲弾は易々とTypeDを突き抜けた。
その時、膨大なエネルギーを供給するジェネレーターはコアのレーザー主砲を再チャージするために最大稼働中であった。蒼い稲妻が赤色の巨大兵器の内側から溢れ出て、炸裂した。
ジェネレーターの爆散により、TypeD No.5は白熱した残骸だけを僅かに残した。
「ふぅ、いい汗掻いた♪」
額を腕で拭い、アンヘラは一息つき、キンキンに冷えた清涼飲料水を取り出した。喉の渇きを潤しながら、エリスの方に意識を向けると、そこには両腕を吹き飛ばされて擱座したTypeDの姿しかなかった。
「先に終わらせてもらったぜ。突入路はこっちで確保しといた」
赤髪の戦乙女から通信が入った。コンテナに残してある規格外兵装を使えば、外部からハート・オブ・マルスを丸ごと消滅させることもできるが、それは万が一のための切り札として温存しておきたい。なので、内部に侵入して動力炉を破壊する。
「待っていてね、すぐ追いつくから! 急ごうウルティマ・ラティオ!」
オーバードブーストを点火して、ウルティマ・ラティオが全力で翔ける。友達を待たせるのはできる限り避けたかった。