日蝕のアサルトレコード 作:その辺の残骸
エクステンションのステルス・ユニットで姿を隠し、通常推進で飛行している。
イクリプスのシステムは通常モードに変更してあるので、火器管制処理の分の負荷がなくなっている。接続レベルも苦痛がない段階まで下降済みだ。
ドライバーシートに座り、赤髪の少女は熱を帯びた体を休めていた。操縦もオートパイロット――REV単独の制御に切り替えてある。
微弱な情報流が違和感を与えるが、それでも快適な状態だ。
真紅のネクストACはノイシュタイン公国の領土を出て、東に向かって進んでいた。国境をいくつも超えて、海中の母艦に戻る。
「イクリプス、ツクヨミともにステルスは完璧だ、発見されていない」
「重畳」
統合制御体の電脳サメからの報告に、赤い髪の少女は一言で応える。二百年前のステルス・システムが十分以上に通用するのは嬉しい誤算だった。
エリスの視界に表示された高度計の数値が下がっていく。イクリプスは降下していた。
「それで何で着陸しようとしてんだ?」
電脳サメAIの操縦に疑問を口にする。
「念のため機体のコンディションを入念にチェックしたいんだよ。ソフトはともかく、ハードを直すには君に作業してもらうしかないからね。だから降りるんだ」
「なるほど」
REVの説明にとりあえず納得した。今確認できるだけでも駆動系に警告が出ている。
特にビルを乱暴に蹴りまくった脚部のアクチュエーターは帰還したら修理が必要だ。
「クルーシブルと同じ感覚で扱うのは無理か。丁寧に扱わんと」
軽い振動。
着陸したイクリプスが跪く。コジマ粒子の安定還流は停止しているが、纏った淡緑色の輝きはすぐには消えない。
真紅の破壊天使は、跪く姿さえ神々しかった。
頸部のケーブルを抜き、エリスはコクピットハッチを開いた。
シートから立ち上がり、外に向かって身を乗り出す。
眼前には広大な湖が広がっている。昼の太陽が反射して水面がきらきらと輝いていた。
「いい所に下りたな」
二百年の間に地球の自然は回復していた。
当時は緑に溢れる大地など、自然環境を保存するためのテラリウムや地下都市くらいでしかお目にかかれなかったものだ。
幼少期のエリスが、生存競争を繰り広げた汚染地帯やそこに棲息する凶暴な変異生物は今の地球では殆ど見られない。
「必要になったら呼ぶ。泳いできなよ」
REVの勧めに、素直に従うことにした。湖畔に着陸したのは電脳サメの気遣いなのだろう。
ナノスキンスーツはどうするか、しばし考えてからエリスは手首のフィッティングスイッチを押す。
肌に密着していたナノスキンがすぐさま緩む。
そこから抜け出し、抜け殻みたいなスーツをコクピットに残して、赤い髪の戦乙女は裸足で大地に降り立った。
裸の姿に羞恥心を感じさせない、軽やかな足取りで湖に向かう。泳ぐ前の準備体操も忘れない。素っ裸で脚を広げたりしても、エリスは平気だ。
日本。この極の島国は《再構築戦争》において重要な役目を果たし、戦後も早期に復興を果たしたことで名高い。
領海には複数の海上都市が建造されており、特に海鵬市は政治的・経済的な中立地帯として繁栄している。
そんな都市にあるお屋敷。そこでは多くのメイドが古風なワンピースのお仕着せを身に着けて、奉仕に励んでいる。
タブレット端末を手に、ベッドに寝転がる少女は和風のビスクドールといった趣きの美貌と小柄な体の持ち主。
可愛らしい容姿だが、視聴している映像はまるで可愛くない。
つい先ほど、ヨーロッパで起こった巨大企業クロムバウの軍事作戦が謎のネクストACに阻止され、さらに横槍を入れてきたバオフゥが自慢の大型MT二機を喪う戦闘の映像である。
「イクリプスか。ネタか何かだと思っていたけど本物とは。いやはや、私もまだまだ甘いなぁ」
と呟くこの少女は桐嶋ミコ。このお屋敷の主であり、メイドたちが仕えるお嬢様である。
華の女子高生として名門、聖オルベリア教導学園に通っているが、フィクサーとしての裏の顔を持ち、レイヴンに仕事を斡旋している。
「とにかく善は急げだ」
携帯端末でポチポチとやって情報収集の指示を出す。ネクストを駆る傭兵。そんなモノは地球政府も企業も歓迎しない。
すぐにでも抹殺にかかるだろう。
それを生き延びることができるのであれば、このイクリプスを名乗るレイヴンは本物だ。ぜひ接触したい。
壁際に控えていた青銀髪のメイドがベッドにだらしなくしている主を見下ろす。
ポニーテールに長身、豊かな乳房がメイド服を押し上げるこの美女はミコ直属の護衛メイドだ。名をレネという。
しっかりと全身を覆う上品なメイド服を着こんだメイド隊のなかにあって異装。
脇腹まで丸見えになる扇情的なサイドスリットを入れた改造メイド服を着用して、腰のベルトに帯刀している。
長く仕えてくれているが、レネがスカートの下にパンツをちゃんと付けているのか知らない。
「ササラ様とリゼ様も興味深く思うことでしょうね」
「それは間違いないな」
トップランカーに比肩する実力と名高いアークセイバーを駆るレイヴンである少女たちの名だ。
二人とも大人びた印象で背が高い。
実年齢は不明だが、来年になればミコが通っている聖オルベリア教導学園に入学することになっている。
ミコの後輩になるわけだ。
個人としても大変好ましく、容姿端麗な美少女なので、和風西洋人形なお嬢様は楽しみにしている。
「ワクワクしてくるよ」
イクリプスにしても、馴染みの二人とより親密になるにしても心が躍る出来事だ。思わず口に出してしまう。
「主の歓びは従者たる拙の歓びでもあります――――ところでお嬢様、そろそろ琴の稽古の時間ですよ」
青銀髪のサムライメイドが告げると、ミコは面倒臭そうに立ち上がる。
稽古の際は相応しい服装に着替えるのが、レネの教育方針であった。
「それじゃ、頼むよ」
スリットで生脚を露出させた、艶やかなスタイルの専属メイドの正面に立つ。
メイド服を押し上げるバストや背の高さ、武人として鍛え抜いた体幹による綺麗な姿勢。力強さと華麗さを兼ね備える長い脚。肉感的な太股が艶めかしい。
女性として、レネはミコの憧れだった。そんなサムライメイドが、慣れた手つきで服を脱がせにかかる。
シャルル・ドゴール国際空港は惑星アリシアの侵攻初期に徹底的に破壊された。
現在は宇宙港を兼ねた一大空港として再建されており、そのラウンジの窓際に赤い髪の少女が立っている。
ノイシュタイン公国の依頼を果たした後、さらに数件の仕事をこなした。これから休暇に入る。
「あのシャトルで、君はコロニーに帰るわけだ」
エリスの主観では電脳サメのアバターが隣に浮いて、ニヤニヤしている。REVが指し示すのは宇宙往還機。
この往還機で軌道まで上がり、より大型で武装を満載した航宙船に収容されて目的地まで向かう。
大仰な移動方式からわかる通り、上流階級向けの便だ。当然、チケットはお高い。
ナノスキンスーツか動きやすいラフな服しか着たことがない戦闘系ヤンキー娘だが、今は清楚なワンピースでめかし込んでいる。行く先に相応しい格好である。
今後のために、二秒だけ、電脳サメに電子戦モードを許可した。
いくつかのセーフハウスの確保、出歩くための身分など、REVは全能と呼べる電脳戦能力を発揮して用意してくれた。
エリスは日本の巨大企業、御坂主導で建造された上流階級向けスペースコロニーで暮らすお嬢様ということになっている。
これから、一度も足を運んだことのない実家に戻り、天上人の暮らしぶりを体験しつつ体を休める。
御大層な身分は、エリスが学校に通う際にも用いられる。入学先は日本の海上都市、海鵬市にある聖オルベリア教導学園。
エリスがコールドスリープしている間に起こった人類間の動乱を鎮めた英雄聖女の名に因む名門学園である。
在学中は悪目立ちしないようお嬢様で通すつもりなので、この休暇でコロニーに暮らす天上人の振る舞いを身に着けるつもりだ。
フライトまでの時間はたっぷりある。
(腹拵えするか)
ここは、ファーストクラス専用のラウンジだ。無料の軽食にスイーツも揃っている。
「ねえ」
不意に背後から親しげな少女の声。
エリスはお嬢様らしい態度と声音の「何でしょうか?」で声の主に応じた。
――――テーブルを挟んで向かい合う娘は満足げな表情だ。行き先は同じコロニーとのこと。
「幸せだな〜エリスみたいな綺麗な娘と知り合えて。私、可愛い女の子に目がないんだ」
黒識リゼと名乗った少女は大人びた容姿で、黒い髪を上品に纏め上げている。
蠱惑的な体付きに、絡め取るような妖しい眼差し。紅茶を愉しむ仕草だけで、他者の心を惑わせる。
淫魔ってきっとこんな感じなんだろうな。
エリスはツクヨミで練習した、穏やかな笑顔で応対しながらも内心のヤンキー娘はジト目。REVは興味深そうな顔をしている。
「リゼさんはお一人なんですか?」
清楚な長袖のワンピースを押し上げる胸を見つめるリゼに訊く。ボリュームはこの淫魔のほうがある。
「大親友と一緒に旅行なんだ。向こうでもエリスと会えたらいいな」
その大親友とやらがやってきた。颯爽と歩む、金髪ツインテールの美少女だ。
大人びた顔立ち、瞳はアイスブルー。胸はでっかい、脚も長い。ホットパンツがアクティブな印象。
「おーい、ササラ〜こっちこっち」
大げさに手を振るリゼ。
金髪ツインテの美少女の動きを、エリスは見つめていた。
リゼの隣に座る所作は無駄がなく華麗だ。
「連れが迷惑をかけたな。全く、誰彼構わず話し掛けるものじゃない」
「ごめんごめん。でもまだ変なことはしてないよ」
まだって。いずれやるつもりだったのか。黒髪の妖艶な少女への警戒度を一段階上げるエリスである。
ササラは浮世離れした美少女だが、クールな佇まいに反して、親しみやすさがある。端的に言って善い人そう。
テーブルを囲んで、和やかに話す金髪と赤髪の少女だが、相手に向ける視線は鋭い。お互いに本性を悟り合っていた。
「できれば味方として出会いたいな。君はどうだ?」
「悩ましいところです。それでは、御機嫌よう」
この日が、ササラ・レイフィールドと黒識リゼ――アークセイバーを駆るレイヴンたちとの出会いであった。