日蝕のアサルトレコード 作:その辺の残骸
朱と銀に鎧われた躯体が超音速で駆ける。
ディソーダー"プレディカドール"にとって、異星の民と戦うことも、その傀儡となることも不本意であった。
果たさねばならない使命があるのだ。
己を地下深くから掘り起こし、命令を与えた者達は既に跡形もなく消し飛んでいる。
だが、送り込まれた命令はディソーダーの中枢に残り、意志を捻じ曲げている。
苦痛だけが枷から己を解き放つ術であった。
プレディカドールと相対する純白のネクスト"イクリプス"は一心不乱に突撃する。
「またお前を頼りにさせてもらうぜ、"叢雲"っ!」
エリスは背部のヤークトユニットから取り出した無骨な大太刀に呼び掛ける。
"叢雲"の銘を与えられたその刀は、刀身に高濃度のコジマ粒子を纏わせることで、物質を原子レベルかつ空間的に切断する、この上なく危険な兵装であった。
《再構築戦争》当時から、叢雲を切り札として振るってきたエリスだが、その出力は50%を超えたことはない。
出力を高めた際に起こる事象にエリスは本能的に危険を感じていたのだ。
(目標、プレディカドールの推定データ出すよ)
(おっ助かる)
戦闘中に集めた観測データを元にプレディカドールの推定スペックをレヴが伝達してきた。
それは、エリスが思わず「うへ」と呻きたくなるようなカタログスペックであった。
イクリプスが跳んだ。地表には軌道から好き放題撃ち込まれたレールキャノンによるクレーターが多数出来上がってる。
純白の破壊天使は急角度で上昇しながら、左手に握った"051ANNR"を構えた。
ライフルそのものは愛用のヘヴィライフルだが、砲弾は特別製だ。重徹甲弾を高性能炸薬により高速で撃ち出す。
射撃直前に最大出力のクイックブーストを炸裂させる。
プレディカドールの側面を取ろうとしたが、相手も意図を読んだようで、動きを合わせてきた。
だが、砲弾はヒット。エネルギーフィールドを貫通し、二発がディソーダーの左肩周りを損傷させた。
ダメージになっているようだが、それでもまだクロムバウ反乱軍のアーキテクトに入力された命令を振り払うには足りないようだ。
反撃として、数百メートルに及ぶ白いエネルギーの刀身がイクリプスに襲い掛かった。
「おおっ――――と!?」
両腕で振るわれた長距離斬撃を際どく避ける。
イクリプスのプライマルアーマーは無事だが、放射熱に装甲が炙られた。
同一高度に達したイクリプスとプレディカドールが交差する。
エリスは即座にクイックターン。強烈なGに振り回されながら、イクリプスがディソーダーの背後を取った。
しかし、ヘヴィライフルを射掛けるのではなく、左手の武装を換装した。
嫌な予感がしたからだ。
「"矛盾ある騎士"を使うか。僕もそうすべきだと思うね」
白金髪のゴシックオートマタが指しているのは、レーザーブレード内蔵型の大型シールドだ。
ナノマシンで構成された少女型躯体の耐G能力でも、平然としていられないほど負担がかかっている。
どうにか笑みを作るレヴ。脚は嫋やかに閉じていた。
攻撃がきた。プレディカドールの背面。展開しているエネルギーフィールドから多数の光弾が放たれる。
光弾は軌跡を曳きながらイクリプスに襲い掛かる。
エネルギーを集束した誘導弾は高速かつ高機動だ。エネルギー兵器であるため、コジマ粒子によるプライマルアーマーに対しても効果的だ。
エリスはイクリプスにシールドを構えさせ、これを受けながら高度を取る機動をしている。
着弾の衝撃が機体にまで伝わってくるが、シールドは光弾によく耐えている。流石レヴが設計した装備だ、とエリスは想った。
「本命、くるよ」
エリスの思考が伝わってきても、得意気になることなくサメAI搭載少女人形は警告してきた。
反転したプレディカドールはオーバードブーストと同一の機構により急加速。
エネルギーフィールドを鋭く変形させることで、空力を高め、極超音速寸前まで加速してきた。
横に突き出された鋏状の片腕からレーザーブレードが伸びる。高度はイクリプスのほうが高いため、斜め下から斬り掛かる構図になった。
「このぉぉ! 耐えろよ!」
エリスは大型シールドに呼び掛けていた。クイックブーストの推力を加えることで、レーザーブレードの斬撃を押し返す。
シールドは切り裂かれ、青白い熱を帯びている。もはや盾としては使い物にならない。
だが、まだ他の使い道がある。シールドで保護されたブースターが噴射を開始。
イクリプスにさらなる速度を与えながらも、同じくシールド内蔵のブレードが長大な刀身を発振させ、プレディカドールが回転を加えて放った斬撃を迎え撃った。
そのまま、斬り結び続ける。空中でレーザーブレードの鍔迫り合いを演じる純白のネクストと朱銀のディソーダー。
力場同士の干渉でプラズマが荒れ狂う。
両者は接近戦を強く志向していた。
「はっ! 切った張ったが好みとは気が合うな!」
ナノスキンの真紅に覆われたしなやかな肢体に力を漲らせながら、エリスは火星の先住者に向かって咆えていた。
赤髪の戦乙女と共に戦っていた少女達は、崖に機体を下ろして戦闘を見守っていた。
「私じゃ目で追えない!――――どう、ササラ、エリスは勝てそう?」
アークセイバーのサブシートに腰掛けたリゼは火星の空でエリスとディソーダーが繰り広げている戦闘に冷や汗を浮かべていた。
「勝つさ。あの娘はそういうヤツだ」
ササラはエリス達の動きを捉えていた。両腕を組み、涼やかに微笑んでいる。
「あっやられた」
その隣。漆黒の重装ネクストACウルティマ・ラティオの中でアンヘラは呻いた。
金髪小麦肌の陽気な少女は、ササラと同じくプレディカドールの動きを捉えており、その行動を逐一読もうとしている。
今、三度目の読みが外れた。エリスの立場であれば三回死んでいた。
「やっぱりキミは凄いよ、エリス」
アンヘラは赤髪の戦乙女に心から感心していた。
「いやはやまさか火星人が実在しているとは」
戦闘の一部始終はアークセイバーから中継されており、ミコも観戦している。
やはり目で追えていない。イクリプスとプレディカドールが瞬間移動を繰り返しているように見えている。
ディソーダーについては、アンヘラに説明してもらった。
永遠とも思える戦いの決着は不意に訪れた。
プレディカドールがイクリプスのコア、コクピットめがけて斬撃を叩き込もうとする。
「その動きを待っていた!」
エリスの意志で、イクリプスを護るプライマルアーマーに瞬間的に強烈な電荷がかかる。
一瞬の後、急速励起されたコジマ粒子は、緑色の輝きを放ちながら急激に外側へと広がっていく。
アサルトアーマー。それはプライマルアーマーを利用して、コジマ爆発を発生させる攻撃機構だ。
ネクストの戦闘力の大部分である粒子装甲を完全に喪失するデメリットがあるが、分子レベルに及ぶ破壊を引き起こすコジマ爆発は、巨大なアームズフォートさえ一撃で屠る。
発動までの一瞬はプレディカドールにとって離脱するのに十分な時間だった。
だが、破滅的なコジマ爆発から完全には逃れられていない。
エネルギーフィールドを喪失し、装甲が極高温に熱されている。
発生した衝撃波に打ち据えられながらも、プレディカドールはバランスを取り戻し、光の中から飛び出したイクリプスに対して、斬撃を浴びせた。
もはやコジマ粒子による防御はなく、直撃どころか掠るだけで装甲が溶けてしまう。
イクリプスは最高出力のクイックブーストの連打による空気抵抗に鞭打たれながらも、攻撃を凌ぎ切り、叢雲を振りかぶった。
同時にレヴは咄嗟の判断でヤークトユニットに残されたミサイルを全弾発射した。
「こうしたほうがやりやすいだろ」
「あんがと、レヴ!」
軽やかに、俊敏に身を翻してミサイルを避けるディソーダーであったが、避けた先はエリスの間合いだ。
兵装そのものに搭載された整波装置により、プライマルアーマーで拡散したコジマ粒子を纏った刀身が緑から白へと輝きを変える。
それは叢雲の出力が二桁に達したことを示していた。
空を裂く一閃が奔る。プレディカドールの左腕が付け根から断ち切られる。墜ちていくディソーダー。
プレディカドールは特務艦隊による砲撃の被害を受けていない地表に着地した。
切断された左腕を庇うようにして立ち、複眼で純白のネクストを睨む。
攻撃の意図はない。忌まわしいクロムバウからの命令は片腕の喪失による苦痛で取り除かれ、ディソーダーの意識はクリアになっていた。
「目、覚めたかよ」
赤髪の戦乙女はプレディカドールに笑いかける。答えは解っていた。
ディソーダーは背を向け、オーバードブーストで飛び去っていく。
あの異星体は攻撃されない限り人を害する事はないとエリスには断言できる。闘争り合うことでプレディカドールの意志を理解することができた。
あのディソーダーは殺戮を好む気質の者ではない。
心地良い疲労感が、ナノスキンスーツだけで包んだ少女の裸体に広がってきた。エリスはシートで身を休めた。
「帰還シーケンスは僕のほうでやっておこう」
レヴはオートパイロットを起動してイクリプスを飛翔させる。後に続くアークセイバーとウルティマ・ラティオ。
通信回線をオンにすると、アンヘラの明るい声が飛び込み、勝利を祝ってくれた。
数日後。クロムバウのアームズフォート艦隊と地球政府特務艦隊の消滅によって生じた混乱の火消しに両組織はフル稼働していた。
本来であれば、特務艦隊の最高意思決定者であるAI"オーダー"はイレギュラー達の排除とクロムバウ反乱軍の殲滅により火星での優位を確保、クロムバウ本社に対して本件を利用して直接干渉し、火星における企業間紛争のバランス調整をより円滑に行う算段であった。
しかし、艦隊がイレギュラーネクスト"イクリプス"の超兵器により失われ、重要戦力であるネクストを三機喪失する結果となった。
地球政府による火星の統制には大きな穴が開いてしまい、同じく痛手を被ったクロムバウ本社に対して現状維持を目的とした操作の協同を持ちかけるプランに変更せざるを得なくなった。
世界の支配者達にとって現状を保つことは、常に第一の目標であった。
そんな中、ある企業がディソーダーを発掘してしまう。
稼働状態にあったそれは再起動すると、直ちに強力な火器を解き放って一帯を灰燼に還しながら前進を続け都市部に迫った。
そこに朱と銀の装甲に覆われた、隻腕のディソーダーが飛来、レーザーブレードの一閃で暴走する同族を葬り飛び去った。
この一件の隠蔽は完全には行えず、機械生命体ディソーダーの存在は徐々に火星内外の民衆の知るものとなっていく。
その後も火星各地でディソーダーの覚醒や出現が相次ぎ、多くの場合事態を収拾したのはディソーダーを狩るディソーダー、プレディカドールであった。
地の底深から齎された混乱により、火星は安定した企業間紛争の戦場と企業領土という立場から変わりつつあった。