日蝕のアサルトレコード 作:その辺の残骸
薄明、鴉翼の山猫
「エリス、作戦開始十五分前だよ」
完全自律型AI、REVの無機質な合成音声が大型VTOLの操縦席に響く。
「わかってるって、それくらい」
VTOLの主である赤髪の美少女はタブレットの操作を止め、相棒に雑に返事をした。
ちょうど仕上がった書類はネットワークに繋がり次第、送信されるようになっている。
不意に窓の外に目をやった。薄明が近い。地表は鬱蒼とした森が覆い、陰気に寝息を立てている。
VTOL機は操縦席から貨物室に直接入れる構造になっている。
簡易的な整備も可能な貨物室に直立しているのは、深紅のアーマード・コア。
斜め前に突き出るような頭部ブレードアンテナがシャープな印象を与える、中量二脚タイプの機体だ。
全体的なラインは極めて洗練されており、騎士の甲冑を連想させる。
イクリプスと名付けた最先端の戦闘マシンはエリスにとって不本意な贈り物だった。
搭乗する前にエリスは、貨物室の隅にある更衣ロッカーほどの大きさの装置の前に立った。
「ナノスキンスーツの最適化は完了しているよ。運動性の向上率は七パーセント。向上の主な要因は軽量化だね」
無機質なAIの音声が陽気に伝えるなか、エリスは装置を解放する。そこには一着のパイロットスーツが納められていた。
現在では遺失技術となっている高度なナノマシンで構成された《再構築戦争》期のハイエンド・ナノスキンスーツだ。
これまで戦闘データを元に、イクリプスの機体性能に合わせた最適化を行ったのだ。
エリスはおもむろに迷彩柄のパーカーを脱ぎ捨てる。
ハイネックノースリーブの黒いインナーを身に着けた少女の肢体は完成された肉体美を誇っている。
形の良い胸や引き締まった腹筋が黒いインナーによって強調されていた。
身長は高めで凛々しい印象を引き立ている。
エリスは豊満な尻と太股の圧力に日々耐えているホットパンツを脱ぎ下ろして、一時の休息を与える。
完全な裸体になると素早くナノスキンスーツを手に取り、数え切れないほど繰り返してきた所作で装着する。
弛んでいるスーツの首穴に足先を入れて、一気に引っ張り上げる。
手首のスイッチを入れると、空気が抜け、エリスの見事なボディ・ラインに隙間なく密着した。
ナノスキンスーツは厚さ0.01mm未満の深紅のソフトスキンと四肢を中心に保護する黒色のプロテクターで構成されている。
ソフトスキンは着色したサランラップのような有様で艶やかな光沢を帯びている。
突き出たバストはスーツにくっきり縁取られていた。
股間部分は"前貼り"のようなV字型プロテクターによって強固に保護されているが、同時に股間への視線誘導効果を高めている。
股間のプロテクターは臀部に続いており、フレームがエリスのお尻の間に食い込んでいる。
フレームによって深紅の保護膜に覆われた巨尻はより立体的に見えた。
極薄のスーツでありながら、ソフトスキンさえ車載火器で傷一つつかない常識外れの耐久力を備え、通信機能やミリタリーグレードのパワーアシストを備えている。
「おお! いい感じ!」
エリスは上機嫌でターンして新調したスーツの運動性を確かめる。武術の演武で戦乙女の四肢が躍る。
「それは良かったね。残り十分」
調子に乗り、腰に片手を当て、モデルめいたポーズを取るエリスにREVが無機質に告げる。
「――――さて、気持ちも上がったところでお仕事お仕事っと」
相棒の指摘にくるりとイクリプスに向き直り、エリスは大股で進み出した。
赤髪を揺らしながら機体に近寄り、コアのコクピットが解放されると一跳びで乗り込む。
イクリプスのシートに腰を下ろすと、スーツの首のジャックにコネクタを差し込む。
常人ならば耐え難いほどの頭痛と吐き気を催す情報の洪水が即座に襲い掛かる。エリスはそれを飲み干し、機体と己を同期させた。
センサの情報が視界に広がり、身体感覚は十数メートルの人型機動兵器へと拡張される。
イクリプスはアーマードコア・ネクストと呼ばれる超高性能の次世代機だ。
素性の分からない「ファン」を名乗る人物に、AMS構築用のナノマシンと一緒に送りつけられたマシンであった。
搭乗者(リンクス)の神経と機体を直結して操るネクストはコジマ粒子により、超音速での戦闘機動を可能とし、絶大な防御力を誇る粒子装甲(プライマルアーマー)との組み合わせによって圧倒的な戦闘力を発揮する。
かつて陸戦において最強を誇り、今ではノーマルと呼称されるようになった従来型のAC。
それを主力とした軍隊に対して、数機のネクストが勝る、というほどの絶対的な差だ。
一方で神経直結制御システムであるAMSへの適正と戦闘適正双方を有するリンクスは極めて稀な存在であり、コジマ技術とネクストそのものが開発・運用に高度な技術と資本を必要とする。
そのため、ネクストを保有するのは地球連邦政府やトリニティ、クロムバウ、バオフゥ、
二世紀前。月の裏側で発見された超空間通路の先、第一植民惑星アリシアとの間に起こった《再構築戦争》が現在の世界のパワーバランスを決定していた。
アリシアの異星文明が残したテクノロジーは、一度は滅亡の淵に立たされた人類を幾つもの植民惑星を手にするまでに発展にさせる一方、宇宙に至るまで世界の力の階層が定められ、枠の中で闘争の再生産が続けられていた。
そんな世界でエリスが自らとREVを封じ、深海に潜航させた工廠艦ツクヨミを浮上させるだけでなく、複数の企業のパーツでアセンブルされたアーマードコア・ネクストとその武装まで送りつけてきた自称「ファン」。
この怪人物が艦内に残した唯一の痕跡は「世界には君の力が必要だ」というメッセージのみ。
不可解な「ファン」とやらが古い時代の兵士でしかない己に何を望んでいるのかは分からない。だが、いずれ必ず尻尾を掴んでやる。
シートに身を沈めて物思いに耽っていたエリスはハッチが開くと同時に現実に戻った。
今も昔も変わらず、エリスの本質がアーマード・コアを駆る傭兵であることには変わりない。
「これよりミッションを開始する」
イクリプスの統合制御AIを担うREVにエリスは静かに告げる。少女ではなく、冷徹な戦士の口調。
「了解。イクリプス、全システム・ノーマル。強襲オペレーション、スタート」
REVの応答に合わせ、イクリプスは薄明の空へ躍り出る。
オーバード・ブーストを起動。エリスは従来型のACを超えた超音速による重力加速度を愉しんだ。
アーマード・コア・ネクスト"イクリプス"は深青色の空を切り裂くように翔ける。
イクリプスを駆りながら、エリスは今回のミッションを反芻した。
ターゲットは東欧辺境にあるトリニティの前線空軍基地。
依頼主は反トリニティを掲げる武装勢力アースバイト。過激派環境保護団体の連盟を前身としている連中だ。
月面に本社を置き、地球の汚染を顧みないトリニティ・グループに天誅を下すと日々声高に叫んでいる。
これらの団体がアースバイトを名乗り、反トリニティを表明したのは中核団体の指導者にバオフゥの元役員が就任してから半年後のことだった。
強引な建設によって環境破壊を招いた件の基地を破壊して欲しいとのことだ。
ターゲットの空軍基地は完成と同時に訪れた東欧情勢の安定によって、軍事的な価値を失っていた。
今では僅かな兵力を置いているに過ぎない。
ネクストを投入するには過剰な作戦だ。下位ランカーのレイヴンの仕事として手応えがある程度のもの。
(しかしまあ、久々の仕事がこんなものとは。エリスもすっかり落ちぶれたものだね)
REVが頭の中で無機質に笑う。AIのアバターである鮫が思考の海を我が物顔で泳いでいる。
(あー五月蝿い五月蝿い。今回は"お楽しみ"があるんだら、REVも気を引き締めておいてよね)
AMSで接続された思考でエリスとREVはやり取りをする。
エリスが再び傭兵として活動し始めたのは三か月前のことだ。
ネクストを駆る傭兵という極めて胡散臭い存在をネットワーク上で売り込み、やっとのことで初仕事を得ることができた。
それは大量破壊兵器保持の濡れ衣を着せられた新興国からの依頼で、侵攻してくるクロムバウ精鋭ノーマル大隊を迎撃して欲しいとのことだった。存亡の危機に立たされた依頼主は藁にも縋る思いであった。
エリスにとっては容易い仕事だった。
イクリプスを実戦で試しつつ、自機の被弾と市街の被害をほぼゼロに抑えながら大隊規模のノーマルを撃破したわけだが、ここで予想外の新手がやってきた。
クロムバウの横暴に対する正義の義勇軍という建前、本音は新興国の有する稀少資源の獲得を目的にバオフゥの蹂躙型大型MTが二機、軌道から降下してきたのである。
無人MTの制御AIは友軍信号以外を攻撃する蹂躙モードのままであり、既に戦闘不能に陥っていたクロムバウ部隊を無視して市街地を出鱈目に攻撃し始めたのである。
完璧な仕事に泥を塗られたエリスは怒りのままにこれを逆に蹂躙、新興国の危機を見事救ったわけだ。
戦闘映像は全世界に配信され、イクリプスの力を見せつけることに成功したが、これは売り込みの第一段階に過ぎなかった。
支配の象徴としての絶対の力、アーマードコア・ネクストを駆る傭兵というイレギュラーはネクストを有する全ての勢力にとっても不都合な存在。
エリスの望み通り、物理的、情報的にも排除にかかってきた。
鮮烈なデビューにも関わらずイクリプスの情報は即座に風化し、世間の目から覆い隠されてしまう。
用意した連絡手段も次々に封鎖されていた。
各勢力はイレギュラーを情報的にほぼ抹殺すると、次に物理排除に乗り出してきた。
遺失技術の塊であるツクヨミのステルス性能には人類が外宇宙に飛び出したこの時代をもってしても追いついていない。
完璧な隠密性を持ち深海に潜むエリスの根城は難攻不落であるため、偽の依頼で釣り出す手できた。
そうするのが作法であるかの如く、偽の依頼は報酬が全額前払いであり、懐は潤った。
報酬の口座に関してはREVが徹底的に防護しているため、資金の獲得については問題なかったのである。
エリスは全ての挑戦を受けて立ち、完全勝利で力を示し続けた。
近いうちにエリスの存在を渋々ながら認め、その力を頼って依頼を寄越すのは間違いない。
企業も政府も新型の大型兵器や戦闘艦といった搭乗者の技量に寄らない戦力をイクリプスに叩きつけることを好んでいた。
これはネクストの次の世代の兵器に望まれる性能を暗に示しているようにエリスには思えた。
圧倒的な火力と装甲を誇る大型機を撃破するのは《再構築戦争》時代から楽しんできたが、AC戦の緊張感が恋しい。
リンクスの駆るネクストやこの時代の上位ランカーレイヴンと未だに対戦できていないのは残念だった。
イクリプスのロングレンジレーダーが最初のターゲットをロックする。
レーダーサイトと通信設備の一部だ。イクリプスを直接害する可能性は欠片もないただの的だ。
(レーダーによると敵性反応はMT、攻撃ヘリ、及び防衛兵器のみ。残念だったね、エリス)
思考の海の電子鮫、REVはせせら笑うと、エリスの思考が起こした赤色の海流に呑まれていった。
"酷いじゃないか"とREVは吠える。
(本命前の準備運動にはちょうどいい相手よ)
思考で相棒とじゃれ合いつつ、エリスはトリガーを引いた。