日蝕のアサルトレコード 作:その辺の残骸
深海のふたり
工廠艦ツクヨミは南極海を航行している。ミッションに送り出すべき二機のネクストACを抱え、深く静かに。
聖オルベリア教導学園の夏季休暇にはレポートなどの課題がどっさりある。
艦内食堂のテーブルを使い、それを消化している女子高生が二人。
一人は赤髪に透けるような白肌。もう一人は金髪にお日様を浴びてこんがりと焼けた、健康的な小麦色の肌。
「やっと終わった」
初期外宇宙開拓史のレポートを仕上げ、テーブルに突っ伏すエリス。
日本での女子高生活は楽しい反面、ACで戦うよりハードなことも幾つかある。
夏季休暇中の課題はその一つだった。
今朝から取り組んでやっと一つ課題を終わらせた。
完全プライベート空間なので素のヤンキーギャルぶりを全開にしている。
服装は黒のハーフトップに際どく丈を詰めたホットパンツ。その上に迷彩柄のパーカー。
「~~~♪」
対面に腰掛けるアンヘラは課題をサクサクと片付けている。
本能で生きているような能天気娘だが、地頭は良い。
「そろそろ糖分が必要だろ? ケーキなど作ってみたよ」
「わーありがとうレヴ! ケーキは大好物だよ!」
厨房からやってきた白金髪の幼い少女がテーブルにフルーツケーキのホールを乗せた大皿を置く。
この少女はナノマシン製のオートマタに宿った人工知性体レヴ。エリスの相棒である。性格は最悪。
表向きはエリスの親戚ということになっており、北米の巨大企業クロムバウからの離反者であるアンヘラも同様。
「紅茶は私が淹れるよ。レヴは座ってろ」
「元よりそのつもり」
レヴは尊大な態度でエリスの隣の席に腰掛けた。
「わーい、エリスの淹れる紅茶も大好き!」
一方、子供っぽく大喜びするアンヘラ。思わずエリスの口元が緩む。
エリスの紅茶の淹れ方は桐嶋ミコに仕えるメイド隊仕込みだ。厳しく仕込まれたので、自信はある。
「うん、いい感じだ」
レヴのフルーツケーキと自分で淹れた紅茶、双方への感想。
エリスはホットパンツの軽装でヤンキーギャルそのものだが、所作は上品なお嬢様である。
聖オルベリア教導学園での偽装の賜物だった。
今回もいつもの如く桐嶋ミコ経由で斡旋された仕事だ。
依頼主はなんと地球連邦政府。直々の依頼だ。
聖オルベリア教導学園対オルタシア専門学院の親善試合に乱入してきた異星兵器ヨトゥン。
その出現にエリスは惑星アリシアのAIが生き残っていたのかと危惧したが、直にヨトゥンから情報を貪ったレヴはその心配はないと断言した。
二機のヨトゥンはユーラシア大陸の大国"ディハーニエ連盟国"が秘密裏に保有し、自国の軌道ステーションに秘匿していたものだった。
ディハーニエ連盟国は再構築戦争後にバラバラになった周辺国家が再統合されたという背景を持つ国家だ。
地球連邦に属しながら孤立路線を突き進む、そんな国が異星兵器を修復しながら研究を進めていたのである。
修復がほぼ完了したヨトゥンは暴走し、ステーションを脱走。
地球に落下して、中枢を失っている単純な制御AIは手頃な目標としてメガフロート、海鵬市を襲撃したというわけ。
現在は他の連邦構成国と巨大企業体の双方から猛バッシングを受け、先週から軍事的制裁を受けている。
地球全体の軍事機構である連邦軍に兵力を供出せず、自国の軍備を拡充させ続けたディハーニエ連盟国の軍備は強大だ。
ディハーニエ連盟国の軍隊を一気呵成に撃ち破るべく、連邦と企業からなる有志連合軍はアームズフォートとネクストを投入。
期待された通りの華々しい戦果を上げており、戦闘の様子は連日メディアで報じられている。
相変わらずの物騒な世界情勢である。
そんな情勢の流れを受けて、エリスは面倒な仕事を引き受けることになってしまったのだ。
南極にはコジマ粒子反応炉を利用した巨大発電施設"ノルン"がある。
地球上の電力のかなりの割合を占める重要なインフラであり、いかなる勢力にとっても不可侵とされている。
件のディハーニエ連盟国は敗色濃厚の戦況を打開するべく、当該施設を占拠する暴挙に踏み切った。
エリス達の仕事は侵攻してくる連盟国の特殊部隊を蹴散らすことだ。
ネクストやアームズフォートといった主力は対ディハーニエに動かしつつ、他勢力への抑止力として保持しなければならないので動かせない。
しかし、確実な防衛のためにネクストが必要。
だからこそ、イレギュラーな存在であるエリスに依頼がきた。
翌日、早朝。事前に行われた依頼主とのブリーフィング通りに作戦は開始された。
格納庫にて、エリスは純白を纏った愛機イクリプスを見上げる。頭部にブレードアンテナを戴く威厳ある姿。
ツクヨミの艦内工廠で大幅に改修され、スペックは元のTYPE-HOGIREだった頃と比べ物にならないほど向上している。
当初はエリス好みの深紅に塗装していたが、アンヘラのウルティマ・ラティオの漆黒と対になるこのカラーリングがすっかり気に入ってしまった。
エリスはナノスキンスーツを装着し、上着として迷彩柄のパーカーを羽織っている。
真紅の超極薄スキンと黒いハードシェルのスーツが、ハイティーンの少女の魅力的な肢体にぴっちりと張り付いている。
「それじゃパパっと片付けて日本に戻りますかね」
左の掌に右の握り拳を打ち付け、気合を入れてから、キャットウォークを昇ってコクピットに向かう。
ひと跳びでACの胸の高さまで跳躍できる身体能力があるのだが、急いでいないのでエリスは普通に階段を使った。
セッティングのために、レヴは先にコクピットに入っている。後ろの座席で、頸部にケーブルを刺して機体と直結している。
イクリプスは戦場におけるエリスの分身であると同時に、レヴの分身でもある。
統合制御体を担うこの性格最悪なサメAIがいなければイクリプスは性能をフルに発揮できない。
「ウルティマ・ラティオは順調に移動中だ。この僕でもアンヘラの才能には驚かされるね。
シミュレーターだけで水中機動をマスターするなんて」
アンヘラは先に出撃していた。
再構築戦争時に使っていた水中戦用外殻通称アンダイン・ユニットをネクストに合わせて調整したうえで装備、海中を航行している。
「器用なもんだよ。大雑把に見えて大抵のことは卒なくこなしちまう。たまに危なっかしくてヒヤヒヤするけど」
「ははは、自分のことが分かっていないようだね。それは君も同じだよ、エリス」
相棒の嫌味を受け流しながら、エリスはパーカーを脱いで、シート下の収納スペースに仕舞う。
露わになった背の高い肢体は腹筋バキバキの筋肉質だが、女性的な美を全く損なっていない。
瑞々しく、活力に溢れていて、信じられないほど魅惑的だった。
「よっこらせっと」
赤髪の戦乙女がお尻をドライバーシートに押し付ける。深紅の被膜に覆われた綺麗な丸みの尻肉が圧力で変形した。
両脚を開いた姿勢で着座するので股間部分を覆うV字型の装甲板はかなり目立つ。
エリス自身の魅惑的な容姿と相まって、ぴっちりスーツでコクピットに座する姿は扇情的だとしか言えない。
コクピットが閉じる。薄暗くなった機内で、赤髪の傭兵兼女子高生は頸部にあるAMSのジャックにケーブルを挿し込む。
「んぅっ」と艶っぽく呻いて俯くエリスだが、この瞬間にも常人ならば何千回と発狂するほどの情報が流し込まれている。
それを平然と受け止めることができる桁違いの精神力を備えている。それが最低限しかないAMS適正をカバーしているのだ。
瞑っていた目を開いた時、視界はイクリプスのアイカメラを始めとしたセンサー情報を統合したものになった。
全長十メートル級の巨人の視座で格納庫を見渡す。
イクリプスを待機モードから通常モードに切り替える。
サブジェネレーターの反応炉からコジマジェネレータにエネルギーが供給される。
メインジェネレータ内のコジマ物質が反応し、即座に莫大なエネルギーが造り出され、イクリプスの各部に流し込まれた。
今回は格納兵装を除き、ツクヨミ製の武装でアセンブルしている。右腕には三基のレールで砲弾を電磁加速する大口径レールガン。
オーバード・レールガン"ファイアフライ"とは別物である。
殲滅に特化していたファイアフライに対して、通常戦闘向けな新型"ドラゴンハウル"だ。
左腕はシールド、ブースター、レーザーブレードが一体になったレヴ謹製の"矛盾ある騎士"。
相棒の詩的なネーミングセンスはエリスにはよく分からない。
「イェーガー・ユニットも問題なしっと」
「こいつが上手く飛ばないと作戦に間に合わないからね。入念に整備しておいたよ」
「いつもありがとなレヴ」
背部には複数の大型ブースターと予備武装を格納するコンテナを合体させたイェーガー・ユニットを背負っている。
火星のミッションで使用したヤークト・ユニットに比べ、兵装搭載量は少ない。だが、機動戦にはこちらのほうが向く。
背部のアタッチメントに基部を接続し、可動式アームでブースターユニットを保持しており、高い自由度で噴射角度を変更することできる。
アレゴリー・マニュピレイド・システム――――チェック、ノーマル。
全兵装、火器管制システム――――チェック、ノーマル。
アクチュエータ複雑系――――チェック、ノーマル。
ブースター、推力偏向ノズル、補助翼――――チェック、ノーマル。
ジェネレータ発電、給電システム――――チェック、ノーマル。
コジマ粒子整波機構――――チェック、ノーマル。
プリフライトチェックは滞りなく完了。イクリプスは格納庫からカタパルトに運搬される。エリスは昂る気持ちに操縦桿を強く握った。
AMSによる神経直結で制御するため、補助用操縦系は四肢の置き場になっている。
ツクヨミは既に浮上している。
イクリプスの足がシャトルに固定されると、エリスは機体に発艦姿勢を取らせる。
発艦タイミングはイクリプスに委ねられている。イェーガー・ユニットのウィングが広がり、ブースターノズルは後方を向いた。
エリス一気に踏み込み、通常推力で最大加速。
機体のメインブースターと併せて、猛烈なプラズマ噴射が放たれ、轟音がカタパルトに反響する。
「ぐぅぅぅっ! きっくぅっ!」
加速Gでドライバーシートに押し付けられそうになりながらも、エリスに獰猛に笑った。
イクリプスは暴力的なほどに速い。だから発艦の瞬間は楽しくて仕方がない。
吹雪の空に飛び出し、高度を取る。再び水平飛行に移った時、コジマ粒子は安定還流し
空気抵抗の枷から解き放たれたイクリプスはオーバードブーストを点火して、さらに加速。
暴力的なスピードで大気を切り裂きながら、一直線に飛翔する。
「ノルンの守備隊は既に交戦している。ディハーニエ側の物量攻めに苦戦しているね」
「なら急がないとな」
防衛目標にはノーマルで編成された守備隊も努力目標として含まれている。
助けられなければ報酬減算というだけでなく、味方の犠牲はできるだけ減らしたい。
発艦の興奮から少し冷静になりエリスは航法支援システムに従い、作戦地点に向かう。
メインシステムを戦闘モードに切り替え、レールガン・ドラゴンハウルをいつでも撃てるように構えた。