日蝕のアサルトレコード 作:その辺の残骸
SPEED
南極での任務を完了し、巨大な工廠艦ツクヨミはフルステルスで航行していた。
「ツクヨミはこのまま戦闘態勢を継続。怪しいのが来たら、自己判断で沈めていい」
野性的なボディラインを隠すように迷彩柄のパーカーを羽織った赤髪の少女が、ツクヨミの管制AIに指示する。
鋭い眼差しに、凛とした声音。身長は170cm弱、年齢は十代後半に見える――実際、表向きの身分は女子高生である。
この迷彩パーカーの少女の名は神薙エリス。
エリスはこの巨大潜水艦の主であり、
(仕事があるのは良いことではあるんだけどなー)
エレベーターを待っている間に、赤髪の戦乙女はうーむと渋い顔になって腕を組んだ。
格納庫には臨戦態勢を整えたエリスの愛機"イクリプス"が佇んでいる。
純白のカラーリング、頭部のブレードアンテナが目を惹く全長10メートル級の機動兵器。
雄々しく洗練された装甲の中量級人型である。各部にあるコジマ粒子整波機構が、この機体が単なるアーマードコアではないことを示している。
十数年前に誕生した第四世代――アーマードコア・ネクストはいまだに最強の名を欲しいままにしている。
格納庫には先客がいた。ゴシックドレスに黒タイツで幼い体を覆った白金髪の少女が狡猾そうな笑みを浮かべ、エリスを見つめている。
少女は何やらサランラップのような質感の代物を丸めて抱えていた。
「ナノスキンスーツの調整を終わってる。とっとと着替えろよ」
「ありがと、レヴ」
性悪な笑みを見せる黒ゴスドレスの幼い少女に着替えを投げ渡され、エリスはそれをバシっとキャッチ。
この黒ゴス少女は人間ではない。精巧なオートマタ。より正確には、それを動かす高度な人工知性体の依り代なのだ。
エリスの相棒である
最高に嫌なヤツだが、それでもエリスの大切な相棒だった。
エリスのパーカーの下はTシャツにホットパンツというお馴染みの軽装だった。服を次々に脱ぎ捨て、冷たい空気が漂う格納庫で生まれたままの姿に。
ナノスキンスーツは裸でなければ装着できない代物なのである。
「というわけで、到着が少し遅れる。悪いけどササラ、皆にごめんって伝えておいて欲しい」
『解った。必ず伝えておこう』
服を脱いでいる間にエリスは通信を入れていた。
前方に立体映像のウィンドウが開いており、金髪ツインテールの美少女が映っていた。
涼やかな眼差しに意志の強さを感じさせる、この金髪ツインテールの美少女は"アークセイバー"を駆る名高いレイヴンだった。
ササラ・レイフィールド、エリスのクラスメイトであり仕事仲間でもある。
夏休みだというのに、ササラは通っている聖オルベリア教導学園夏服姿。汚れ一つなく、パリっとしたブラウスの胸部は金髪美少女の豊満な双丘に押し上げられている。
エリスも巨乳の範疇だが、ササラの胸はさらに一回り大きい。
彼女の夏服姿の原因はディハーニエ連盟国だった。現在、多くの聖オルベリア教導学園の生徒と一緒に避難生活中なのである。
連盟国が秘匿していた異星兵器の暴走。その直接の被害者である御坂グループも軍事制裁に参加しており、連盟国の反撃に備え、日本全土が警戒態勢を取っていた。
政治的、経済的に極めて重要度が高い海鵬市は戒厳令手前の状態。路上に装甲車が配置され、日防軍の兵士が緊張した面持ちで警備している。
夏休みの最中ではあるが、聖オルベリア学園においても、特別の事情がない限り生徒は学園の構内に避難するよう指示があり、エリスの友人達はその指示に従っていた。
広大な学園は緊急時に備え、全生徒を収容して余りある設備と物資を蓄えている。強固なシェルターだけでなく、脱出用の船舶まで秘匿されているとのウワサ。
「それじゃ、よろしく――また学園で会いましょうね、ササラさん」
『皆エリスの帰りを心待ちにしている。武運を祈っているぞ』
サランラップのような薄い被膜が大部分を占めるナノスキンスーツを身に着け、エリスは通信を切った。
最後の一言は、この少女が学園で演じているお嬢様としての発言であった。
深紅の被膜に四肢、首元、股間を保護する黒色の装甲。それがエリスの戦闘装備であるナノスキンスーツのデザインだ。
超極薄、かつ肉体に密着してボディラインを極限まで強調する。被膜が裸身をラッピングする一方で股間は厳重に"V字"で装甲されているので、否応なしに視線を集めてしまう。
ナノスキンスーツは見た目こそ心許なく、扇情的だ。だが、恐ろしく頑丈かつ耐G性能に優れ、パワーアシストに通信、無制限のリサイクル機能まである。
「よっしゃ、準備完了っと」
ナノスキンスーツに身体が締め付けられる感覚に気合が入る。
「お待たせ!」
アンヘラが格納庫にやってきたのは、そのときだった。通路から硬質な足音を響かせ、意気揚々と駆けてくる。
金髪小麦肌、身長は長身なエリスよりさらに高い。胸部と臀部のボリュームも体格相応にデカい。
身に着けているのは、黒紫色のスキンと黒いハードシェルのナノスキンスーツで、浮き出た腹筋がどこか妖しい雰囲気を纏っている。
南米系の陽気さを全身から発散するこの少女は、つい最近まで北米の巨大企業グループ、クロムバウのリンクス――ネクスト搭乗者であった。
今では傭兵に転身し、エリスの相棒を務めている。
「先にウルティマ・ラティオの中で待ってるから!」
素早くキャットウォークを昇り、イクリプスと並び立つ漆黒の重装機のコクピットに向かう。
ウルティマ・ラティオ、それがアンヘラの愛機の名だ。
アンヘラに遅れてエリスもイクリプスに乗り込んだ。小さな後部座席には、黒ゴスの少女がふんぞり返っている。
二人とも頸部にケーブルを繋ぎ、機体と直結していた。
「今回の仕事は相場の二倍、しかも前払いだ。気前のいい客のためにもしくじるなよ」
「当然。売られた喧嘩だ、しっかり買い取らせてもらう」
エリスはイクリプスと繋がった。AMS負荷はいつも通り最大。
最低ランクのAMS適性しかない赤髪ヤンキー娘だが、生まれ持っての頑丈さで引き上げた負荷を受け入れる力業により、最高以上の精度でネクストを操っている。
統合制御体とのリンクを確立。気持ち悪いくらいにクリアだ。エリスの意識の海を回遊する電脳サメが嗤う。
「よし、ばっちり。いつでも飛べる」
不可思議な快楽を伴う不快感や苦痛を意志の力一つで捻じ伏せ、エリスは好戦的に笑んだ。
『楽しみだな♪ どんな子が来るんだろう♪』
一方、エリスと対照的に最高ランクのAMS適性を持つアンヘラは、AMSによる情報のやり取りに何のストレスも感じてない。ドライバーシートに体を固定して、金髪小麦肌の爆乳南米娘ははしゃいでいた。
イクリプスとウルティマ・ラティオが、完全武装でカタパルトに運ばれていく。さあ、出撃だ。
超低空飛行で侵入した純白と漆黒の人型兵器は峻厳な山岳地帯を音速で巡航している。
朝鮮半島の北部は《再構築戦争》より前に起こった東アジア全域を巻き込む紛争で完膚無きまでに破壊された。
それからは長く無主地となっていたが《再構築戦争》以後、ディハーニエ連盟が興ると、その一部になった。
エリス達が請けた依頼は、未だ抵抗を続ける連盟国の部隊の撃滅、ということになっている。
『先に舞台を整えてくれたみたいだね』
「随分自信があるんだな。依頼通りにさせて、こっちの弾薬を消耗させることだってできたってのに」
アイカメラを最大望遠して捉えた連盟国の基地の様子に、アンヘラは声を弾ませた。
基地のあちこちで黒煙が上がり、撃破目標として指定されていた大型MTを筆頭に展開していた戦力は残骸に成り果てている。
この依頼は所謂「騙して悪いが…」というヤツなのだ。それを承知でエリスはこの場に赴いた。
来る。山の稜線の向こう側から発される殺気に赤髪の戦乙女は反応した。金髪小麦肌のでっかい陽気少女も同じく。
岩肌剥き出しの山の陰から鮮やかなブルーの重量級機体がブーストジャンプで姿を見せた。背部ハイレーザーキャノン、レーザーライフル、レールガンのダブルトリガーによる同時砲撃を仕掛けてくる。
「
プライマルアーマーを紙のように貫ける青い閃光が迫り、エリスは警告を叫ぶ。赤髪ヤンキーギャルは獰猛に笑んでいた。
イクリプスは右、ウルティマ・ラティオは左に跳ねて躱した。オーバードブーストをかけたまま、クイックブーストを連続起動。瞬間的に超音速に達して、エネルギー兵器の雨から逃れる。
「油断すんなよ、アンヘラ! まだ隠れてるぞ!」
『大丈夫、視えてるから!』
曲面で構成されながらマッシブな印象のある重量級ネクストの動きを警戒しながら、エリスは叫ぶ。
しかし、天才的な戦闘センスを持つアンヘラには余計なお世話だったと言ってから反省した。
漆黒の重装機ウルティマ・ラティオの主兵装は両手で抱えた複合兵装、ガンボックスだ。複数の大口径火器を組み合わせ、さらに機動補助用のブースターまで取り付けてある。
鈍重そうなウルティマ・ラティオだが、アンヘラの先読みとブースターによる加速で、レーザーを器用に避けて、地上の遮蔽物に飛びこもうとしている。
潜んでいた敵が動く。さあ、来てみなよ、エリスは闘争心を滾らせた。
基地建造物の陰から横っ飛びして現れた中量二脚のネクストACが、背中のチェインガンと左腕に握ったマシンガンを同時射撃しながらイクリプスに突進してきた。
さらに背部ランチャーからミサイルが飛び出す。
オーバードブーストで音速を突破して突進してくるのは緻密かつ精悍な造形の中量二脚。頭部には真っ直ぐに伸びたブレードアンテナ。
カラーリングはオレンジをベースに、白いアクセントラインが入っており、練習機のような印象。機械仕掛けの騎士という趣だったオーギルに比べて、ランセルは兵器的な意匠が強く、余計に練習機というイメージを強める。
オレンジ色のネクストの攻撃はエリスに集中していた。
イクリプスは可変大型ブースターであるイェーガー・ユニットを南極から変わらず装備しており、ブースターを地上に向け、急速な垂直上昇で火線から遠ざかる。
砲弾だけでなく、当てる工夫のないミサイルも易々と振り切っていた。
勿論、赤髪の戦乙女は単純に上昇するような隙だらけのマニューバーは取らない。
イクリプスを左右に揺らすように切り返し、隙あらば右手に握った長銃身パルスライフルから猛烈な連射を浴びせて反撃する。
今回、イクリプスが握る両手の銃はどちらもツクヨミ艦内工廠製。ピンク色の高出力パルスエネルギー弾をマシンガンの如く放つ、パルスライフル"
「腕は良い――けど!」
バックのクイックブーストで後退しながらも、オレンジ色のランセルは上空のイクリプスを銃撃する。
マシンガンの弾がプライマルアーマーに当たり、淡い緑の光が純白のネクストを包む。
今ところ、エリスが受けているのはプライマルアーマーを形成するコジマ粒子の減衰、という軽微な損害に留まっている。
撃ち合いではランセルのほうが大きなダメージを被った。
イクリプスが連射したパルスレーザーがプライマルアーマーを貫き、機体そのものを損傷させる。
しかし、撃墜には至らない。エリスがトドメを刺す前に超高速砲弾がイクリプスに回避を強要させた。
遥か彼方からの狙撃手の一撃は純白のイレギュラー・ネクストの粒子装甲を僅かに掠めるに終わった。
激しい旋回で揺さぶられたが、全然余裕な赤髪ヤンキーギャル。
「僚機と上手く連携できなきゃ危ないぜ!」と練習機オレンジのネクストに戦場の先輩として忠告しておく。独り言だが。
エリスの視界に、スナイパーキャノンで狙撃してきた四脚のネクストがクローズアップされる。高精度火砲と狙撃特化型ACで知られるメーカーのネクストだ。
必殺のタイミングを見計らっていたら僚機の窮地に引きずり出された感じ。
カラーはステルス爆撃機を想起させる黒。四つ目のカメラアイはなぜかフクロウを思わせた。
四脚の全高の低さと起伏に富んだ地形を活かし、山や崖を遮蔽に使いながら立ち回ってくる。
完全な狙撃タイプで両手の武装はスナイパーライフル、左肩に広域レーダーを載せている。
四脚は狙撃用の三つの火砲を的確に撃ち込み、エリスの動きを抑え込む。
その隙にオレンジ色のランセルが飛び込み、地上スレスレをオーバードブーストで奔りながら、右腕の盾のような発振ユニットから抜き放ったレーザーブレードで一気に決着を狙う動きだ。
だが、肝心のランセルが猪突猛進気味で援護役の四脚の邪魔になっている。エリスはランセルを間に挟むように徹底的に機動し、狙撃の機会を潰した。
こうなってしまえば敵機が二機でも、一対一の勝負でしかなくなる。
「数の利はしっかり活かさなきゃな」
ランセルの練習機のようなカラーリングの通り、リンクスは新兵なのだろうとエリスは推測した。
イクリプスの僚機である漆黒のウルティマ・ラティオはエネルギー兵器主体の重量級と地上戦を繰り広げていた。
円を描くように動き回って射撃する。基本に忠実な対AC戦闘だ。
「いいね! 一対一だと退屈かもって思ってたけど全然そんなことないや!」
両機とも互いの技量を確認するような戦いぶりで、これからが本番になる。
「特定した。重量級はトリニティ、白兵型と狙撃型のはオールドガーデンのネクストだ。三機とも今回の軍事制裁に参加している」
戦闘の最中、レヴが報告した。
「仲悪し同士で手を組んだってわけね」
と、エリス。
月面に本社を置くトリニティとヨーロッパの巨大企業グループであるオールドガーデンは、革新と保守という対極的な思想から深い対立関係にあった。
だが、今回のディハーニエ連盟国に対する制裁では有志連合として協力している。
協力しているとはいえ、両社の関係を現すように重量機と二機の間に援護し合う素振りはない。
それは出鱈目な実力を持つ少女たちと戦うには、あまりにも大きな隙であった。