日蝕のアサルトレコード 作:その辺の残骸
イクリプスの左背部に搭載された垂直発射型ミサイルが一斉発射される。
ミサイルは雨のように降り注ぎ、ターゲットを破壊した。
オーバード・ブーストしつつ緩やかに降下するイクリプスに向かって、基地のMT部隊は迎撃を開始する。
辺境の軍事施設であるにも関わらず、配備されていたのはちゃちな逆関節ガードMTではない。
優美な流線形のフォルムが特徴的なトリニティ製の軍用重MTだ。その装甲には一つの傷もない。
ミサイルが複数の群れを成して向かってくる。
エリスは迎撃の弾幕に心を乱さない。兵装として射撃精度と貫通力に優れたライフルを選択する。
超高密度のアクチュエータ複雑系で制御されたイクリプスの右腕が人体さながらの滑らかな動作で射撃姿勢を取った。
エリスは右サイドブースターでQB(クイックブースト)をかけた。微量のコジマ粒子の炸裂によって機体を一瞬だけ急加速させる、ネクスト固有の高度推進システムだ
僅かなコジマ粒子を含んだ猛烈なブーストにより、イクリプスは左方向に大きく移動する。
重力加速度がナノスキンスーツに身を包んだエリスにふりかかるが、少女は楽し気だ。
続けて降下角度を深く取りつつ、今度は前方にQBをかける。
残ったミサイル群はイクリプスの後方に通り抜けていく。
「――――おっと」
エリスはイージーミスで起こった揺れに小さく声を上げた。
二つの爆発がイクリプスの周囲で起こったのだ。
二発の高機動ミサイルが執念深く、幸運に恵まれながらネクストに食らいついたことによる爆発だった。
だが、ミサイルが命中したのはネクストを包む球形の粒子装甲(プライマルアーマー)だ。
これこそがネクストを最強の機動兵器たらしめる絶対の防御システムであり、特に爆発物に対しては圧倒的な防御力を発揮する。
機体を取り巻くコジマ粒子装甲が瞬き、爆風と破片は完全にシャットアウトされた。
同じくコジマ粒子を用いるオーバード・ブースト中のためプライマルアーマーが減衰していたが、ミサイル二発の被弾なら問題にもならない。
《再構築戦争》直前に日系の物理学者によって発見されたコジマ粒子は莫大なエネルギーを生み出す新物質であった。
だが、致命的な環境汚染を長期に渡って起こすという負の特性から第一植民惑星アリシアにおける大量破壊兵器としての軍事利用に留まった。
その後は遺失技術となって久しかったが数十年前に再発見された。
同時期にコジマ粒子汚染をほぼ無害化する稀少物質を用いた浄化技術が確立され、神経直結操縦システムを用いた機動兵器の開発計画と結びつき、究極兵器ネクストはこの世界に生まれ落ちたのだ。
エリスの反撃は構えたライフルによる狙撃だ。垂直軌道を描くミサイルでは再攻撃を許してしまう。
(あれ狙撃アシストは起動しないの? 僕の処理能力なら有効射程を五十%オーバーしていても脆弱部位への命中率は八十……)
(不要!)
ニューロンの速さで赤髪少女とAIは意思疎通する。REVのわざとらしいおせっかいを拒み、右手のヘヴィ・ライフルのトリガーを引く。
対プライマルアーマーを想定した高初速の大口径砲弾が火を噴き、ミサイルMTに次々と着弾。
相手は軽量なボディに多数のミサイルを搭載している支援機だ。
小隊単位で密集していたので、ミサイルの誘爆によって生じた二次被害で発射された砲弾より多くのMTが無力化される。
狙撃兵器に注力するメーカーによるヘヴィ・ライフルはPAさえ貫通し、ネクストの本体装甲に有効打を与える強力な兵装だ。
だが、大口径故に総弾数は通常のライフルより遥かに少ない。弾薬は節約するに越したことはなかった。
「どうよ、三発で九機を撃破!」
(お見事。次がくるよ)
得意気なエリス。REVは次の脅威であるプラズマキャノン装備型MTを拡大表示する。
通常ブースト推進に移行して反動を最低限に抑えるように着地したイクリプスの脇を複数のプラズマ砲弾が掠めた。
ワンパターンな射撃だった。
イクリプスは地上を高速で滑走。ハイエンド・マシンであるネクストは通常ブースト速度であってもノーマルを上回る。
消費したエネルギーが回復してジェネレーターが息を吹き返すと、複雑な回避機動を交えつつ、QBで間合いを詰める。
数百メートルの距離などネクストには一瞬だ。
左腕のレーザーブレードを発振させ、プラズマキャノン装備型MTを二機同時に切り捨てる。
(いいねぇ、ダブルキルだ)
REVの楽し気な声。このAIは一瞬の判断が決着を左右する近接戦闘を好んでいた。
回転を乗せた斬撃の狙いは右手のライフルの射線調整だ。残った敵機が機関砲とプラズマを真っ向から浴びせる。相手は火力と装甲を増した指揮官モデルだ。
最高出力に整波されたPAはその攻撃を全て受け止める。
被害はドライバーシートのエリスに衝撃を伝えるに留まった。
ライフルで指揮官機を撃ち抜き、深紅のネクストは飛翔。
(美しい勝ち方だね! 実にいい!)
ネクストによる蹂躙に我が事のように喜び、意識の海で舞うAI鮫。
REVは今は恐らく地獄でふんぞり返っている開発者同様、自信家で嫌味なヤツだが、他者を褒めることができるのが両者の美点だった。
粒子装甲(プライマルアーマー)が完全性を取り戻した時、コジマ粒子が稲妻のように瞬く。
輝きに照らされ、イクリプスの左肩に描かれたエンブレムが明らかになる。
日蝕の下を飛ぶ鴉の意匠だ。
ネクストの襲撃という緊急事態に対して、基地は混乱していない。
自動送信される救援要請、無人兵器の制御信号、全て人の手を介したものではない。
生体反応もゼロだ。基地は完全に無人化されており、向かってくるMTや攻撃ヘリも自律制御されたもの。
この戦場にはエリスとREVを除いて、死ぬものはいない。命を奪う必要のない気楽な戦いだ。
自然とエリスの口元に笑みが零れる。アーマードコア・ネクスト、イクリプスは少女の意志に従って目の眩むような破壊の風となった。
最後に駐機場に並んだ大型格納庫、及び整備棟を垂直ミサイルで破壊する。
(最後の目標の破壊を確認。ミッションはこれで完了だね)
REVが含みを持たせた言い方で告げる。
至るところで黒煙が上がり、MTの残骸が転がる基地にイクリプスは佇む。
勝利の余韻に浸ることなく、レーダーレンジを最大に切り替え、センサが拾ってくる情報をエリスとREVの双方で精査する。
――――"獲物は餌に食らいついた!"
暗号化された通信をイクリプスのセンサが拾い、REVが複合化した。
実績を伴う自信に満ちたエリート将校といった感じだ。REVもエリスの見立てに同意している。
"あの山猫にも貴様らにも高い餌を恵んでやったんだ、しくじってくれるなよ!"
男は勝算のある狩りを好むハンターだった。
敵機接近を告げるアラートが鳴り響き、イクリプスがその方向に向かってヘヴィ・ライフルを向ける。
夜明けの方向。二機のアーマードコアがオーバード・ブーストによる最大戦速で接近してくる。
背面ブースターでブースト出力を高めた純白の軽量逆関機。腕はレーザーブレードタイプの武器腕という近接戦特化機だ。
もう一機は多連装ミサイルを両肩に背負い、ガトリングをダブルトリガーで構えた暗緑色の重装タンクAC。
両機とも高価かつ高性能な新型パーツを中心にアセンブルされている。優れたレイヴンである証拠だ。
さらに見たことのない試作パーツを装備していた。これがトリニティから彼らに与えられた餌なのだろう。
(アリーナデータベース照合完了。表示するよ)
REVが情報を寄越す。
純白の軽量逆関節機はドライバー名、メリッサ・ロングファング。機体名、ダイヤウルフ。ユーロ・アリーナ所属のランク4。
暗緑色のタンクACはドライバー名、四柳。機体名、大筒丸。同じくユーロ・アリーナのランク9。
両機の戦績や推定アセンブル、戦術パターンという情報がエリスの脳に流し込まれる。
AMSからの情報流入による頭痛は興奮でどこかに消えていた。
ノーマルの軍隊に匹敵する絶対兵器ネクストに対してたった二機で挑むのは本来自殺行為でしかない。
エリスにとって、イクリプスにとって退屈な戦いにしかならないはずのもの。
だが、敵機はネクストの性能を知る企業が、ネクストを狩る役目を任せたレイヴンが操る機体だ。
どちらも無意味な真似はしない、狡猾な組織と個人である。
それに、仕掛け人の男の自信に満ちた声音が二機のノーマルの戦闘能力とネクストを撃破しうる手段を持つことを保証していた。
何よりも、何よりもだ。エリスは己の直感を信じていた。
ACを駆ってアリシアの異星兵器群と戦い、勝ち続けた身だからこそ理解できる。あの二機は強い。
ドライバーシートという戦神の座で、エリスはナノスキンのグローブに覆われた左手を握って開いた。
赤髪の少女は鮫のように嗤う。これこそ待ち望んだ戦いの一つだ。
オーバード・ブーストを起動。光翼を広げ、深紅の破壊天使は超音速で戦いに向けて飛翔する。