日蝕のアサルトレコード 作:その辺の残骸
聖オルベリア学園の地下に張り巡らされた通路は遠大にして複雑怪奇。
ACの戦術COMにダウンロードされた3Dマップがなければ迷子になっているところだ。
「幽霊が出そうで怖いや」
ドライバーシートに着いているサヤは思わず呟いた。
今回、はじめて巡回するルートへの率直な感想だ。
黒羽サヤ。いつも元気一杯な黒髪セミロングの女子高生は、誰もが認めるACバトル同好会のエースであった。
「それじゃ、私が先行するね」
意を決してサヤは後ろの僚機に宣言。
黒く塗装された旧式の中量二脚ACリトルクロウは、照明のない真っ暗な通路を進み始めた。
サヤが母から受け継いだリトルクロウは俗に
僚機は曲線的なシルエットの軽量級AC、ホワイトバレル。
本来はスナイパー仕様の機体だが、マシンガンとレーザーブレードに武装を変更し、FCSも換装して屋内戦闘に最適化してある。
搭乗者は英国からの留学生であるリリィ――フルネームをリリィコード・オルドリッジ。白雪のような髪の美少女で、正真正銘のお嬢様だ。
二人は同好会のユニフォームであるレオタードスーツを着て、ドライバーシートに座っている。
灰色と白色の質実剛健な印象のパイロットスーツは、女子高生たちの瑞々しい肢体を強調していた。
モニターは自動的に暗視モードに切り替わっているので視界に問題ない。
だが、それでも通路には不気味な気配が漂う。
「リリィはこういう暗いところは平気なの?」
リトルクロウを律動的に歩ませながら、サヤはモニターの端に映るバストアップ映像の親友に訊いてみた。
『私は特に何も感じません。心霊現象の類は信じていませんので』
「やっぱりクールだなぁ、リリィは」
リリィの真顔の返事にサヤは苦笑した。
『変でしょうか?』
「ううん。むしろ格好良くて頼りになるなって思う」
『サヤのほうこそ……なんでもありません、今のは忘れてください』
話している間にも視線は周囲を警戒しつつ、レーダーとセンサーをチェックしている辺りが手慣れている。
とてもACに乗り始めて数ヵ月の女子高生とは思えない。
特にサヤの動きは東京アリーナのトップランカーだった母譲りなのか、本能と呼べるほど自然だ。
何故、二人は試合に備えたトレーニングではなく、巡回をしているのか。
原因は学園での避難生活が始まった直後に遡る。
海鵬市内でディハーニエの工作員によるMTを使ったテロ未遂事件があり、そうした事件が身近で起こったために、学園内で身を護る力を求める声が上がった。
そこで、ACの操縦技能を持つ生徒たちを集めて、自衛しようという話に。
だが、生徒が乗ったACが実戦をするなどもってのほかというのが学園側の考え。ごもっともである。
警備強化を求める生徒の一団は交渉の末、ACによる巡回を認めさせた。
あくまでパフォーマンスあるいは視覚的な精神安定剤。なので武装は模擬弾、エネルギー兵器の出力に厳密にリミッターをかけ、ブースターの使用は緊急時に限る。
生徒側から妥当そうな条件を提示して、学園は承諾するに至ったわけだ。
こうして、ACバトル同好会、フォーミュラフロント部を中心に有志を交えた警備チームが結成され、巡回や訓練に当たっていた。
なお、警備チームは聖オルベリア防衛戦隊などと命名されている。
ACドライバー科は有志に含まれる。所属する生徒の多くは、巨大企業体や連邦政府要人の子息子女であるため、それぞれの親元に戻っているのだ。
ACの整備には整備科が協力してくれている。そのおかげで、機体のコンディションは素晴らしい状態だった。
普段はACドライバー科のノーマルを整備している整備科からしても、同好会やフォーミュラフロント部のハイエンド仕様のノーマルに触れられるのは、良い刺激になっているとのことだ。
特にサヤのリトルクロウなど、その筋には感激ものらしい。
ブーストダッシュではなく、歩行によって時間をかけて進み、チェックポイントに到着。幾つかのブロックを抜けると、何度も利用した貨物エレベーターのあるフロアに辿り着いた。
「さーて、報告報告っと――――こちら
貨物エレベーターで地上に出る前にサヤは
『こちらCP、確認した。折り返し地点だ、もうひと頑張り頼む』
「もちろんっ! 頑張りますとも!」
バストアップ画面が開き、応答するオペレーターは金髪ツインテールのクールな美少女。ササラ・レイフィールドだ。
意志が強くて綺麗な碧眼――それと豊満なバストに同姓のサヤでも圧倒される。
そんなササラだが、サヤがおどけた調子で応えると微笑んでくれた。
広大な学園の敷地を警備するため、十機余りのACがパトロールのローテーションを組んでいる。
巡回ユニットは基本的に二機編成。有志を募ったところオペレーターの数も確保できたので、部隊ごとに用意していた。
今はオペレーターに専念しているササラだが、レイヴンとして非常事態が起こった際の対応を学園から依頼されていた。
既に軍事制裁は完了しているが、学園での避難生活は念のため今週一杯続く。
終わるまで学園と生徒を付きっ切りでガードする。
すぐ出撃できるよう金髪ツインテと黒髪シニヨンのレイヴンは、身支度を整えたうえでオペレーターをやっている。
ササラとリゼは同好会のレオタードスーツを装着して、オペレーターシートに座っていた。
他のオペレーターはきちんと学園の制服を着ているので、目立つ。
ハイレグカットされたレオタードスーツで身体のラインはくっきり。
胸のボリュームもはっきり出ていて、下を向けばハイレグで強調された股間や肉感的な太股が堪能できる。
長身の美少女がそんな格好をすれば、刺激が強すぎるというものだ。
今日は昼からバーベキューパーティーが催される。
主催者は聖オルベリアの名物部活の一つである航宙部の部長、
「名高い同好会の皆さんが来てくれたら、華やかになるわ。だからよろしゅうお願いします、ね?」
とのことで、ACバトル同好会はヤトに直々に誘われていた。
エリスも同じく彼女に誘われたのだが、ただ飲み食いするだけでは悪いと思い、準備の手伝いをしている。
夏の日差しを避けるため、木陰でバーベキューグリルを準備する赤髪の美少女。
「~~♪」
お淑やかなお嬢様という風体なのだが、火と煙に臆する様子はない。
ていうか、鼻歌混じりに作業していてご機嫌。制服に煙の匂いが付かないよう、カジュアルな私服姿ということあって、リラックスしているようだ。
先日、南極から戻ってきた神薙エリスである。
ツクヨミで朝鮮半島から離れる際、諸勢力の追跡を避けるべく、入念に欺瞞を重ねた。
そのため、学園に戻ったのは任務の翌日だった。
アンヘラと一緒に制服をきっちり着込んで正門から舞い戻ったのだが、待ち構えていた女子生徒の集団に取り囲まれたので、面食らってしまった。
階段で転んだ女子生徒をキャッチしたり、急に壊れたエアコンを修理したり、電車のなかで痴漢から助けたり、中庭の木の上から降りられなくなった猫を助けているうちにすっかり有名になってしまったのだ。
今ではエリスを「お姉様」と呼ぶ女子までいる。
それはさておき。後は炭に火が回り切るのを待つだけ。暇になると、なんとなくエリスは辺りを見渡した。
気弱そうな片目隠れの少女がテーブルや椅子を並べている。
何やら夏休みの間も勉学に余念がないらしく、殆ど部屋に籠っていた。
そんなクィナもサヤにバーベキューに誘われた。珍しく中庭に出ていたので声をかけたらしい。
クィナ曰く「お手伝いをしていたほうが落ち着くので」とのこと。
(レヴにも見習わせたいところだな)
(聞こえてるぞ、エリス。それに僕は僕で仕事をしているのだよ。始まる頃にはそっちに行くからな)
内心での呟きは、インプラントを介して電脳サメに伝わり、視界にデフォルメされたサメのアバターが現れて文句を言ってきた。
白金髪のゴシック少女としてのレヴも学園内におり、今回の避難生活に際して雇われたカウンセラーとして居座っている。
「おおきに、アンヘラちゃん。やっぱり力持ちな子がいてくれると助かるわ」
「どういたしまして。ヤトも見た目よりずっと力があるね」
金髪小麦肌の長身娘、アンヘラはヤトと一緒に食材の入ったクーラーボックスを抱えて戻ってきた。
アンヘラは黒色のハイレグボディスーツにショートパンツというラフな服装。その上に胸に届かないほど短いパーカーを着ている。
引き締まった腰回りとボディスーツで浮き出た腹筋が目を惹く。
一応、アンヘラはエリスの親戚でお嬢様ということになっている。その偽のプロフィールからすれば、はしたない格好かもしれないが、奔放で活発なアンヘラに良く似合う。
隣にいるヤトは黒髪を長く伸ばしており、アンヘラの背丈には負けるが身長は170cm前半と高い。
妖狐を連想させる妖艶で油断ならない雰囲気。エリスにとっては、黒識リゼとはまた違った危険な女だった。
そんなヤトもアンヘラと同じく私服姿なのだが、露出度は対照的。黒を基調とした着物姿だった。
体を動かすには向いていなさそうな和装で軽快に動き、率先して準備をしている。
エリスは、ミコの紹介でこの妖狐めいた艶女と顔見知りになった。
彼女の実家は御坂グループの造船部門を取り仕切っており、ヤトは十代後半にして実質的に櫛名田家を掌握していた。以前、火星でのミッションに用いた航宙艦はヤトの伝手で調達してもらったものだ。
油断できない女だ。けれど、バーベキューの準備は率先してやっているし、悪いヤツではなさそう。
「あっあの、エリスさん」
難しい顔で談笑するアンヘラとヤトを眺めていると、クィナに声をかけられた。
「どうかしましたかクィナさん?」
努めてお嬢様らしい口調と穏やかな態度で応じる。
クィナは背が低くて小動物みたいだ。だからなのか、怖がらせないよう丁寧に接したくなる。
「手が空いたので、火を見ていようと思いまして」
「まあ、よろしいのですか?」
「火には慣れていますから」
手伝っていたほうが落ち着くというのは本当なようだ。だが、なんだか無理しているようで少し心配になる。
「ではお言葉に甘えて、少し休ませていただきますね」
申し出を無下にするわけにもいかないので、エリスはグリルの世話を譲った。
去りつつ、片目隠れの少女の様子を窺ってみる。
(大丈夫そう、かな?)
クィナは真剣な顔でバーベキューグリルを相手取っており、確かに手慣れた感じがするのでそう結論付けた。
「お疲れ様ですアンヘラ、櫛名田部長」
エリスはアンヘラ達と合流して、声をかける。
「エリスお疲れ~」
「おおきに、ありがとう。エリスちゃんこそ、お疲れさんや」
お嬢様として柔らかく微笑むエリス。
着物姿の雅やかな部長もミステリアスな笑みで応じる――が、ヤトの紅い眼差しは鋭い。
「ちょっと聞きたいんやけど、ええ? 二人はクィナちゃんのこと、どう思う?」
「可愛らしい方ですね」
「うんうん。頑張りさんってカンジで、ボクも凄く好きだな~」
急に質問をぶつけてくるヤトに応えるエリスとアンヘラ。即答である。
「うちも同じに思うとるよ。きっと母様の教育が良いんやろなぁ」
回答に満足気なヤトであったが、後半にはたっぷりと皮肉と侮蔑のニュアンスが含まれていた。