日蝕のアサルトレコード   作:その辺の残骸

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デュエルⅠ

 

 更衣室に響く衣擦れの音。

 制服を脱ぎ、サヤはインナー姿になっていた。妹のチトセには華のJKなのだから、もっと色気を出せと叱られている地味な白の上下。

 

 黒髪セミロングの元気溌剌な少女はパイロットスーツに着替えている最中であった。

 

 サヤは最後に残ったショーツを脱ぎ下ろし、ロッカーに放り込む。

 素っ裸になると、黒髪の女子高生はラバーのような質感の灰色のレオタードスーツを取り出し、足先を首の穴に入れる。

 

 頑丈だが柔らかい素材のレオタードは少し力が必要だが、広げることができる。

 

 脚を通して、引っ張り上げるだけで装着できるのだ。ハイネックタイプのレオタードスーツで首から股座まで覆う。厳しい筋トレでくっきりした腹筋が浮き彫りに。

 

「よぉーし、やる気が出てきた!」

 

 ハイレグカットが局部に鋭くフィット。独特な匂いと締め付けられる感覚に、サヤは気合が入るのを確かに感じた。

 

 レオタードスーツの次は白色のハードシェル・プロテクターを四肢に装着していく。

 

 同じスーツを貸与されたクィナは先に着替えて、乗機のあるガレージに向かっていた。

 

(あの時のクィナちゃんの眼には驚いたなぁ)

 

 身支度を整えつつ、サヤは数日前にクィナから対戦を申し込まれたときのことを回想する。

 

 

 

「あの……サヤ…ちゃん」

 

 サヤの隣に座っていたクィナは決心したように声をかけてきた。

 

「なになに!?」

 

 サヤがあまりにも素早く反応したので、片目隠れの同級生は怯えた。だが、クィナはすぐに勇気を取り戻して、告げてきた。

 

「この間のお礼のことなんだけど、今聞いてもらってもいい?」

 

 クィナの強い意志の籠った眼差しと表情は、同好会の面々の注目を集めた。

 

「うん! 何でも言って!」

 

「ありがとう、サヤちゃん。そっそれじゃお願いするね――――わたしと勝負してください」

 

「勝負? ACでってこと?」

 

「そっそうです、シミュレーターじゃなくて実機で! お母さんから許可が貰えたんだ!」

 

(お母さんから許可?)

 

 興奮気味なクィナの発言に言葉にできない違和感を覚えた。

 だが、サヤにとっても望ましい頼みでもあるので、断る理由はない。

 

「お手柔らかにね、クィナちゃん」

 

 クィナの手を握って応えるサヤだが、金髪片目隠れの友人の表情は険しい。

 

(クィナちゃん?)

 

「負けません…から」

 

 少女の眼差しから感じるそれは確かな敵意。サヤは息を呑んで、クィナを見つめ返していた。

 

「おいアズ」

「言わなくとも理解ってる」

 

 一瞬にして張り詰めた空気に、火星生まれのヤンキーと外宇宙生まれの褐色ミステリアス少女が言葉を交わす。

 

 荒事慣れした二人だが、大人しい性格のクィナの豹変にどう対応するべきか分からず、警戒しながら様子を見ている。

 

「ご機嫌よう皆さん」

 

 緊張した空気を断ち切るように、赤い髪のお嬢様がやってきた。

 

(タイミング悪かった?)

 

(いいや、むしろ助かったよエリスくん)

 

 困り顔を見せていた和風西洋人形なミコ部長とアイコンタクトして、エリスは「なら良かった」と安堵。

 

「それで、何の話をしていたのかな?」

 

 シニヨンヘアの蠱惑的なリゼが、軽やかな調子で問う。

 

 同伴しているササラ、リゼ、ヤトと一緒に改めて、サヤとクィナの対戦について教えてもらった。

 

「対戦か。確かに悪くない申し出だが」

 

 アークセイバーのサブドライバーであるだけでなくリサーチャーでもあるリゼを通して、クィナの"事情"を知っている金髪ツインテの教官殿は複雑な表情。

 

「舞台の用意はウチに任せてくれへん? 手伝わせてくれるなら、大々的に盛り上げさせてもらうよ?」

 

 颯爽と、かつ優雅に申し出るのは和装の京風お姉様、ヤト。申し出を受けたミコ部長の逡巡は一秒にも満たない。

 

「是非お願いしたいところだ。試合会場やクィナくんが"今回"使うACの手配は必要だからね」

 

「ミコちゃんならそう言ってくれると思うてたわぁ――――派手に騒いで向こうの反応を見るってのは悪くない手のはずやろうしな」

 

 着物で口元を隠しながら、妖しく笑う雅やかな黒髪の三年生。ミコもヤトも含みのある感じで会話している。

 

 こうしてサヤとクィナの対戦はお膳立てされ、避難生活の最終日前夜に執り行われることになった。

 

 

 

 試合は大々的に学園内に生中継され、しかも解説まで付くことに。

 

(客寄せパンダくらいなら喜んで演るけども……)

 

 特別ゲストの解説者は赤い髪の美少女。神薙エリスは黒髪ロングの京風艶女な先輩の案内でスタジオに向かっている。

 

「解説役なら私などではなく、同好会で教官をやっているササラさんのほうがよろしかったのでは?」

 

 エリスは、前方の京風な三年生に問うた。

 

 「一応、学園では素人ということになっていますし」と小声で付け加えてもいる。廊下に誰もいないので、ヤンキーギャルモードになっても良いのだが、念のため自制する。

 

「ふふ」

 

(ふふ、ではなく)

 

 慎ましやかな抗議はミステリアスな微笑みで受け流された。なので、エリスはジト目で圧力をかけた。

 

 不意に立ち止まり、ヤトは振り返った。長い黒髪が靡く。エリスもつられて足を止める。

 

 今夜のヤトは制服姿だ。

 人類のトップ数パーセントに君臨する地位と資産を持つ櫛名田家の令嬢だが、やはり制服のスカートは動きやすさを重視した短さで、長い御御脚を露わにしている。

 

「無理を頼んじゃって御免なぁ。ウチはどうしてもエリスちゃんと一緒になりたかったんよ」

 

「それは一体どういう意味なのでしょうか……?」

 

 答えになってない返答ではぐらかしたかと思うと、ヤトは仕掛けてきた。密着するほどに身を寄せてくる。

 

 エリスは背中に硬い感触を感じた。迫られて、あっという間に壁際に追い詰められてしまったのだ。

 

「櫛名田先輩、悪戯が過ぎますよ」

 

 それでも微笑みを絶やさないエリスだが、瞳は「何しやがるテメー」というヤンキーギャルの本性を剥き出しにしている。

 

 身長で勝っているヤトに覆い被さるように密着され、エリスは逃げ道を塞がれていた。

 力技で突き飛ばす事もできるが、ヤトは手荒な真似をして不興を買いたくない相手だ。

 

「んっ……」

 

 ヤトが耳元に顔を寄せてきて、エリスは呻くような声を絞り出した。

 繊細な、しかし他者の奥まで弄ぶような指遣いで、黒髪の艷女はエリスのチョーカーをそっとなぞる。

 

「ほら見てこのチョーカー」

 

 それから、エリスに見えるように自分の首に巻いたチョーカーを手を当てた。確かに会ったときから気になっていたが、指摘するタイミングを逸していたエリスだった。

 

 ヤトはそれが気に入らなかったのだろうか。

 だから、今こうして壁際に追い詰められ、何やらイケナイ関係に発展しそうになっているのか?

 

「とても良くお似合いですね。実は今朝お会いしたときからずっとそう思っていたんです」

 

「それはどうも。嬉しいわぁ」

 

 冗談はさておき、チョーカーが単なるお洒落ではないことは明白だ。

 

 エリスやアンヘラと同じく、彼女が第四世代AC(アーマードコア・ネクスト)と神経直結するための処置を受けていることを示す静かな証。頸部のAMSコネクタを隠す装飾品だ。

 

「堪忍な」

 

 エリスを解放して、距離を取ってから両掌を合わせた可愛らしい仕草で謝る京風な先輩。

 

 じっとヤトを見据えながら、赤髪のお嬢様は瞬時に変わった。最強の鉄騎を操る戦乙女あるいは荒くれヤンキーギャルに。琥珀色の瞳に黒髪の少女が反射する。

 

 態度に変化はないが、ヤトが気圧されたのをエリスは確かに感じていた。態勢を立て直される前に、素早く言葉を発した。

 

「ウチやエリスちゃんは、こないな首輪を付けてるのに、好き勝手生きられる。クィナちゃんはその逆で、不憫に思えるんや――ってところか。わざわざそれを伝えるためだけに私にこの仕事を振ったの?」

 

 直後、沈黙が場を支配した。互いに鋭い眼差しを交わし合う二人の少女。先に口を開いたのは、ヤトだった。

 

「……人の台詞を盗るのは良い趣味とは言えへんよぉ?」

 

 窘めるような言い方だった。肯定のようではあった。

 

「安心した。あんた良い人だよ、ヤト先輩。あのクィナって娘を気にかけてるんだ」

 

 陽気に本性の貌で笑いかけるエリス。

 腰に片手を当てたヤンキー全開の振る舞いを通りかかった生徒が見たら、大混乱に陥るかもしれない。

 

「善人なんて今の世の中におらんよ。この後ウチは禄でもないことをあんさん達に頼むやろうしな」

 

 悠然と、悪女の貌で宣うヤト。

 

「望むところだぜ」がエリスの返事であった。

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