日蝕のアサルトレコード   作:その辺の残骸

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デュエルⅢ

 

 アリーナで交差を繰り返し、銃火を交わす二機のアーマードコア。

 

 試合開始から二分が経っている。

 サヤとクィナが織り成すマニューバーは時折、目で追い切れないほどの俊敏さになっていた。

 相対速度が時速1000kmを超える高速戦闘。オーバードブーストを多用する戦闘スタイルで円形の戦場を所狭しと動き回っている。

 

 観客からは「凄い」だとか「何やってるのか分からない」という、困惑と驚愕が混じった感想が口々に漏れている。

 

『接近戦に応じたかに思われたイミディエット、しかしこれはブラフ。小ジャンプで急速後退することでエネルギーを節約しつつも引き撃ち。現状、駆け引きではクィナさんに分があると言えるでしょう』

 

 エリスの滔々たる口調。試合の流れは、赤髪のお嬢様の解説のおかげで理解できた。

 

 相当な動体視力、洞察力。それに加えて戦術とマシンの知識がなければできない、専門的な解説をしている。

 

 確かに高速とはいえ、アリーナで中堅以上のランカーの試合を頻繁に観戦して目が慣れていれば、追いつける速さだ。

 コロニー育ちの筋金入りのお嬢様がなぜかAC戦の解説をこなしている謎に、アリーナ観戦もエリスの趣味の一つなのだろうと生徒達は勝手に結論付けて納得していた。

 

「今日のクィナちゃんはおっかないなぁ」

 

 エリスをこの席に引っ張り出した京風な三年生、櫛名田ヤトが愉し気に呟く。

 

「確かに彼女の戦い方には鬼気迫るものがありますね。ですが、少々危うくも感じます」

 

 意見を求める紅い瞳に朗らかに応じる赤髪の美少女。

 

 引き撃ちから一転して突進に切り替えたイミディエットの蹴り(ブーストチャージ)をリトルクロウは辛うじて回避。

 十メートル級の巨体が繰り広げる接近戦の応酬に観客である生徒達は大盛り上がりだ。

 

 しかし、模擬戦で行うには危険な攻撃だった。

 模擬弾はともかく、実戦と同じ推力のACが激突すれば、機体が損傷するどころかドライバーも怪我をするし、最悪命に関わる。

 

――――まっこの人も流血試合にするつもりはないんだろーけど。

 

 何か企んでいる風のヤトではあるが、目的に堅気を巻き込み、怪我をさせるような性格ではないと理解っている。

 

『念のためだ。クラッキングの用意をしておこうか』

『おう、頼む』

 

 アンヘラと一緒に同好会のモニター席に招かれている白金髪の黒ゴス娘、レヴが訊いてくる。脳内のインプラントを介した意識だけでやり取りだ。

 電子戦、サイバー戦を領分とする電脳サメはこういう時頼りになる。

 

 アリーナで非常事態が起こったとしても、ACがないのでは駆けつけることができない。だが、レヴならばコマンド一つで介入できる。

 

 相棒に頼んでみたが、その必要はないかもしれない、とも考えている赤髪のヤンキーギャル。

 それほどに黒羽サヤという少女は強い。危険なブーストチャージを受けても怯むことなく対処している。

 

――――遅いっ!!

 

 クィナはイミディエットの反応係数を自分に合わせ、完璧に再設定したつもりだった。

 なのに、漆黒のTYPE-69――片目隠れの少女の"本来の"乗機はおろか、このオリーブ色の逆関節ACと比べても劣るはずの旧式を相手にすると、一瞬の遅れを感じていた。

 

 以前、同好会の部室にあるシミュレーターで手合わせした時より、サヤは遥かに強くなっている。

 

「いい加減倒れて!」

 

 勝てるという確信を覆された苛立ちがクィナに攻撃的な言葉を叫ばせた。

 ブーストチャージから機体を起こして地表に降り立ち、火花を散らすスライドターン。姿勢を低く取ることで照準のブレを少しでも抑える。

 急旋回でかかる荷重に意外なほどの力で抗い、クィナは左腕のプラズマライフルの最後の一発を放った。

 

「それは視えていたよっ!」

 

 紫色の光が瞬くより前にリトルクロウはサヤは飛んでいる。活発な少女の意志を受けて、武骨な漆黒の旧式ACはブーストジャンプ。

 

 「嘘」と思わず口にするほどサヤの動きは早い。

 

「うっ撃ち落してまえば!」

 

 まるで数瞬先の未来を視たかのような――慌てて右手のレーザーライフルにジェネレーターのエネルギーを再割り当てする。

 

 三次元機動を得意とする逆関節型のイミディエットが頭上を抑えられている。

 上を取られているのは確かに不利だが、レーザーライフルで対空砲火を浴びせれば急降下攻撃の出鼻は挫ける、そのようにクィナは戦闘プランを組み立てた。

 

 レーザーによる速射がリトルクロウを襲う。元気溌剌な黒髪セミロングJK、サヤは攻撃に耐えることを選ぶ。

 

「ゴメンね、リトルクロウ!」

 

 その攻撃を右腕を犠牲にして防ぎながら、急降下でイミディエットを追いかける。

 背部のグレネードキャノンとハイアクトミサイルはパージ済み、右腕もエネルギーをカットしてある。

 

 使用可能な武装は左腕の"CR-WL06LB4"、高出力かつ長いブレードレンジを持つ蒼い刀身のレーザーブレードのみ。

 

「"ストライヴ"でなくとも、わたしはやれるんだ!」

 

 クィナは地上ブーストで後退しながらコンデンサに十分なエネルギーが溜まるのを待つ。

 その間にも全身の武装をパージして、格納されていたレーザーブレードを左腕に装着するイミディエット。

 

 近接戦闘で決着というのだ。観客の中には興奮のあまり叫ぶものまでいる。それほどに激しいバトルだった。

 

 絶妙なタイミングで反転をかけ、オーバードブーストするオリーブグリーンの逆関節。呼応するかのように、サヤのリトルクロウもオーバードブーストで最終加速をかける。

 

 リトルクロウもイミディエットも度重なるブーストと被弾でラジエーターの冷却が追い付かない。ジェネレータは熱暴走寸前だ。

 

『これで、墜ちろ!』

 

 殺意さえ籠ったクィナの絶叫。イミディエットの深紅のロングブレードはリトルクロウのコアを確実に狙っている。エクステンションのターンブーストによる加速を加えた横薙ぎ。

 片目隠れの穏やかな少女は、この瞬間だけは悪鬼羅刹と化していた。ただ母親に認めてもらうためだけに。

 

『行くよ、クィナちゃん! これが私の全力ッ!!』

 

 対するサヤは満面の笑み。友人に殺意を浴びせられているというのに、どこ吹く風だ。

 全身全霊で勝負してくれた強力なライバルに感謝の気持ちさえ抱きながら、技量を尽くして蒼い光の刃を振るう。

 

――――最後の交差。

 

 強引な着地でバランスを崩しながら着地する漆黒のTYPE-69、リトルクロウ。全身の装甲が開き、緊急放熱が開始される。

 

 遅れてイミディエットが力なく着地。AP0――――仮想的に設定された耐久値を失っていた。

 

『勝者、黒羽サヤ!』

 

 京風な三年生ヤトが艶やかな声で宣言すれば、大歓声が起こる。所詮アマチュアの試合と斜に構えていた生徒も含め、誰しもが熱狂していた。

 

 ACバトル同好会の面々も安堵して、同好会のエースの勝利を喜び合っている。

 

 勝者である黒髪の少女がコアを解放し、コクピットから飛び出してくると観客はさらに沸き上がった。

 

 灰色と白色のレオタードスーツを纏ったサヤは汗塗れだ。

 

 アリーナの照明が汗を輝かせ、少女の瑞々しい肢体を眩く魅力的に演出した。

 

「サヤ……! どうしましょう部長!?」

 

 一方、モニターに大映しになったサヤの姿にリリィは慌てふためく。

 普段は氷雪のように冷たい印象を与える白い髪の令嬢が、赤面しながら画面を示していた。

 

 サヤのレオタードスーツの股間は激しい戦闘でかなり深く食い込んでおり、元々鋭角なカットが際どいを通り越した危険域に達している。

 だというのにサヤは食い込みを直さず、猫のような身のこなしで地上に降りていく。

 

「はっはっはっ、サヤ君自身に気付いてもらうしかないね」

 

 腕を組んで笑う、和風ビスクドールという印象の小柄なミコ部長。

 

「イヤらしい目的で画像を広める奴がいたら、このイリヤ様がぶっちめてやるぜ」

「うむ。当然ボクも手伝う」

 

 薄金髪の長身なヤンキー娘、イリヤ・フレアテイルと銀髪褐色のミステリアスな美少女アズはやる気満々だった。

 

「うちのお姉ちゃんがすみません。後で私からキツく言っておくので」

 

 申し訳なさそうに頬を掻くのは黒羽チトセ。聖オルベリア学園中等部に通うサヤの妹である。同好会と一緒に試合を観戦していた。

 

 

 勝者として観客に対するパフォーマンスをするのかと思いきや違った。セミロングの黒髪を靡かせ、サヤは走った。

 

 動かないままのイミディエットに向かっている。

 既にかなり疲労していたが、日々の筋トレと訓練で鍛えた体力のおかげで、走る元気がある。

 

 きっとクィナはコクピットの中で泣いている。誰かが連れ出さなければ、ずっとそのままだろう。

 

 片目隠れの少女はサヤの友人だから分かる。

 自分が出向いたところで何ができるのか、考えるよりも動くタイプのサヤには分からない。

 だけど、とにかくやってみる。伝えたい言葉は、もう既にはっきりしていた。

 

 真剣な表情で駆けていると、不意に付けたままのヘッドセットに通信が入った。

 

『良かった、繋がった!』

 

 イミディエットをクィナに貸与したフォーミュラフロント部の部長からだ。

 サヤの行動の意図を察して、イミディエットのコアを解放するための非常手順とパスコードを教えてくれたのだ。

 

「ありがとうございます!――――よし、やるぞ!」

 

 お礼を言って通信を切ると、サヤは膝を屈して動かないイミディエットによじ登り、コアに向かう。

 

 四肢の白いハードシェルプロテクターのおかげで熱は感じない。

 肌が触れて火傷しないよう慎重に、しかし俊敏に昇り、教えられた手順でコクピットを開いた。

 

 

 中継は続いている。きっかり十分後、イミディエットのコクピットから二人の少女が出てくると、再び歓声が巻き起こった。

 

「わあっ素敵!」

 

 美しい光景に思わずアンヘラは声に出した。ボクもエリスにこういうことしたいなー、と憧れを抱く小麦肌の健康的な南米娘。

 

 なんとサヤはクィナをお姫様抱っこしてコクピットから出てきたのである。

 

 恥ずかしそうな様子のクィナだが嫌がってはいない。説得は成功したようだ。

 

 小柄で軽そうな体付きとはいえ、同年代の少女を軽々と抱える――どころか、そのまま飛び降りて無事着地する身体能力の高さを披露するサヤ。

 

 所変わって解説席。

 ヤトが抜け目なく手配した救護班が待つアリーナの非常通路に向かっていくサヤ達の様子を、エリスは優しく見守った。

 

「一時はどうなることかと思ったけど。これで一件落着だな」

 

 観客に別れの挨拶を告げて、放送を終えてからエリスは素の口調で言った。

 ヤトと二人きりの空間で赤髪のお嬢様はヤンキーギャルに早変わり。赤髪に琥珀色の瞳、白い美貌。

 姿は一緒でも雰囲気と表情が別物なので、知り合い以外には別人に思えるほどだ。

 

「エリスちゃん、分かってて言ってるやろ?」

 

 にっこりしながら、ヤトが指摘する。

 

「まあねー」

 

 素っ気ない物言いで、赤髪の戦乙女は肯定した。これで今回の一件は丸く収まって欲しいという願望に口にしただけだ。

 

 実の娘のためにネクスト同士の戦闘をセッティングするような母親が、娘の失態をどう思うのか。

 それは、母親というものを知らないエリスにも想像がつく。

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