日蝕のアサルトレコード   作:その辺の残骸

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ランブルリングⅠ

 学園での避難生活が終わり、二日が経った。

 海鵬市は平穏を取り戻している。街には活気が満ち、平和そのものだ。まるで誰かに押し付けられ、演じることを強要されているかのようでもあった。

 

 それはさておき。

 

 神薙エリスはカフェでのバイトから上がり、店の裏口から外に出た。夏の夕暮れが赤い髪の少女を出迎える。

 

「うーん、今日も楽しかった! 本業も頑張るぞー」

 

 エリスの後に続いて出てきたアンヘラが、大きく伸びをする。

 

「緊張感を持ってください。今回の仕事はいつもと勝手が違うのですよ」

 

 聖オルベリア学園に通うお嬢様としてバイトしているので、エリスはそれに合わせた口調でアンヘラに注意しておく。サヤをはじめ、同好会の皆からも、「クィナをよろしく」と頼まれているのだ。

 

「ミコが車を寄越してくれた。待たせるなよ」

 

 通りのほうからやってきた白金髪の少女が、エリス達に呼び掛ける。

 

 少女は夏だというのに闇色のコジックドレスとタイツで身を固めているが、ナノマシンによる造り物の身体は汗の一滴も掻いていない。

 

 レヴは二人のシフトが終わる一時間前から客として店に居座り、何やら紙の本で読書していた。

 本来ならオートマタのボディに直接データをダウンロードできるので情報媒体は不要なのだが、紙の本を読むことを好んでいる。

 

 エリス達が表通りに出たとき、MSF――ミサカ・グループ私設軍所属の輸送機が頭上を通過して、エンジンの轟音を残していった。

 

「今の輸送機、クィナが乗ってたんじゃないかな?」

「間違いない。あの娘の居場所はこっちで追跡している」

 

 アンヘラの直感は的中したようで、レヴが肯定する。エリスも何となくそんな気はしていた。

 

 今回は工廠艦ツクヨミで作戦エリア付近に接近する。

 依頼主である櫛名田ヤトが提供してくれた超大型ドックに艦を隠してあるので、まずはそこに向かう。

 艶やかな黒髪の油断ならない先輩のおかげで、ツクヨミへの乗り降りはかなり楽になった。

 

 ミコに仕えるメイドが運転する市街を駆け抜け、少女達はツクヨミに乗艦した。

 

 更衣室で服を脱ぎ、首輪のようなお揃いのチョーカーを外す。素肌にぴったり張り付く超極薄のナノスキンスーツにさっさと着替え、ブリーフィングを開始した。

 

「――――実際にはテロから数年も経つと、ここはミサカの兵器開発部門の試験場として使われるようになった。

 そして、より広範な試験が行える環境が整うと、その役目も終わり、今はこうしてクラッシュ・アームズの会場に転用されているわけだ」

 

 三人きりでは広過ぎる作戦室のスクリーンの前に、幼い容姿のレヴが尊大に立っている。今回のミッションの舞台となる廃棄メガフロートの概要を説明しているところだ。

 

 再構築戦争とその後の混乱期。そして巨大企業体の台頭により各地で繰り広げられる経済紛争。

 極東は二世紀に渡り、地球上で絶えることのない戦火を免れ、繁栄を続けていた。

 

 ミサカ・グループの威光によって日本の治安は保たれ、地球上で最も安全な国に数えられている。

 

 しかし、時には大規模テロを許すこともあった。

 

 現在はACによる違法な賭け試合、クラッシュアームズの会場として使われるメガフロートもその一つ。位置的には、日本列島を挟んで海鵬市の反対側にある。

 

 二十年前、複数の有力レイヴンを主力に据えたテロリストの攻撃により壊滅。

 以後、再建されることもなく残骸を沖合に浮かべているのである。

 テロ事件直後にミサカに吸収合併された企業が所有していた、このメガフロートは世間一般にはテロの恐怖を示すモニュメントとして記憶されている。

 

「品行方正で名高い大企業様が、裏では世界中からならず者集めて小銭稼ぎか」

 

 率直に感想を述べるエリスは着席せず、アンヘラが座るシートに寄りかかって聞いていた。

 髪色と同じく、鮮やかな深紅。厚さ0.01mmのナノ被膜が張り付いた肉感的なお尻が奔放に突き出されている。

 お嬢様を演ってる反動か、本性のヤンキーギャルが全開である。

 

 一方、黒紫色のナノスキンと漆黒のハードシェルのナノスキンスーツを着たアンヘラは脚を閉じて、お淑やかな座り方。

 こっちは学園で偽装に相応しい振る舞いをするようエリスに常々言われている名残りだ。

 陽気な南米娘のお尻はボリュームに溢れ、シートにその大質量が柔らかく押し付けられていた。

 

「無論、総意じゃない。国内の治安の良さはミサカにとって大きなセールスポイントだ。お膝元で不逞な輩を集めて実弾でドンパチさせるなどけしからんって派閥もいる」

 

 他の巨大企業体にも言えることだが、社内の派閥対立は根深い。

 ネクスト、アームズフォートといった決戦級戦力が内輪揉めに投入されることも珍しくないのだ。

 

「それで、反対派を代表してヤトがボク達に依頼してきたってコトだね」

 

 今回のミッションは明日未明に執り行われるクラッシュ・アームズ――それも多数のACが入り乱れる乱戦(ランブル)形式の戦場に殴り込み、多額の金が動く、このバトルロイヤルをブチ壊すことだ。

 

 同時に母親の命令でエントリーしているクィナの安全を確保することもヤトに頼まれている。

 

 

 クィナは学園の寮をこっそり抜け出し、母が用意した輸送機でMSFの海軍基地まで運ばれた。

 

 厳重な警備態勢の格納庫の片隅。片目隠れの気弱な少女は"ストライヴ"の整備を見守っている。細身の肢体に身に着けるのは、黄色と黒のタイトなパイロットスーツだ。

 シールと化粧で隠された頸部のコネクタが露わになっており、片目隠れの少女が何者であるかを示していた。

 

 手持ち無沙汰なクィナは、サヤとの対決を思い起こす。

 

 自分から挑んだ決闘に敗れ、イミディエットのコクピットでみっともなく泣き喚いた。

 敗北の悔しさ、母の期待に応えられなかったことが、惨めでたまらなかった。

 

「大丈夫、クィナちゃん!?」

 

 コクピットが強制解放され、勝者である黒髪セミロングの少女が飛び込んできたのは、泣き疲れて俯いていたときの事だった。

 

 サヤの思い遣りからの行動と眼差しに、クィナはますます己を恥じることになった。

 

 勝てると踏んで勝負を挑み、思うように進まないと、怒りと苛立ちに任せて危険な接近戦を仕掛けた。

 全ては母を喜ばせ、認めてもらうためだ。

 それは慕心が為せる狂気だった。だが、クィナには確かな良心があり、狂い切ることはできなかった。

 

 友達を巻き込み、利用した自分の身勝手さを思い知り、沈黙する。震えていた。

 

「入るよ」

 

 サヤは一言断ってから狭いコクピットに滑り込んだ。

 黒髪の少女のちょっと筋肉質で健康的な肢体はレオタードスーツを身に着けており、身軽に動ける。

 

「今夜のクィナちゃん、本当に強かった。スリルがあってドキドキしたし、全身全霊で戦えた――――だからさ、また闘りたいな。ダメ、かな?」

 

 黙ったままのクィナの前で呼びかける。

 それは敗者を慰めるための言葉ではない。ACドライバーの間で交わされる温かなリスペクトだ。

 

「……わたしで良ければ。それと、色々ごめん」

「クィナちゃんが謝ることなんて何もないよ」

 

 サヤが差し出してくれた手を取りながら、クィナは謝罪する。

 

「そうだ! 疲れてるでしょ!?」

「わわっ何するのサヤちゃん!?」

「お姫様抱っこ!」

 

 生まれ持った瞬発力と行動力でサヤは思いがけない行動を取った。軽々とクィナをお姫様抱っこして、コクピットの外に出る。

 

「ひゃあっ!」

 

 さらに、しゃがんでいるとはいえ、ACのコアから地上にやすやすと飛び降りてみせたので、クィナは悲鳴を上げてしまう。

 

「このまま非常口まで運ぶね」

「重くない?」

「大丈夫! クィナちゃんは軽いから!」

 

 抵抗せず、クィナはお言葉に甘えさせてもらうことにした。少し恥ずかしいが、嬉しい。

 

「ちょっと汗臭いのはゴメンね」

「それはお互い様だよ」

 

 二人の少女は笑い合った。

 互いに戦闘で激しく発汗しており、火照った女子高生たちの身体は濃厚な汗の香りを発していた。

 薄いレオタードスーツ同士で触れ合ったサヤの体温と香りは、今でもはっきりと覚えている。

 

 クィナを現実に引き戻したのは、やってきた整備員の声だった。

 

「ストライヴの調整と武装の搭載は完了しました。最終チェックをお願います」

「分かりました。すぐに行きます」

 

 整備員にお礼を行って、ストライヴ――灰色の人型機動兵器の元に向かう。

 

 灰色の幽鬼(グレイスケイル)と呼ばれ、MSFの演習を襲撃する謎のAC。クィナはそのドライバー、リンクスだった。

 第四世代AC(ネクスト)と神経接続するために必要なAMS適性を幼少期に見出され、母の指導の下で訓練を積んでおり、同胞であるMSFの演習への襲撃もその一環だった。

 

 ストライヴを構成するフレームと武装はレイヴンや各企業に普及しているミラージュ、クレスト、キサラギの三社のハイエンドACパーツに偽装されている。

 

 右腕に稀少なハイレーザーライフル"WH04HL-KRSW"、左腕にライフルのダブルトリガー。

 背部にはマイクロミサイルとパルスキャノンを装備し、エクステンションに連動ミサイルを取り付けている。

 偽装元のフレームであれば、まともに動けないほどの重装だ。AMSによる直接制御とコジマジェネレータがもたらす桁違いの出力が軽量級ACに重武装を可能にしていた。

 

「お待たせ、ストライヴ」

 

 ドライバーシートに座り、頸部のコネクタにケーブルを接続すると、重々しい感覚が全身を駆け巡った。

 適性が十分にあるクィナにとって、神経接続のストレスは僅かなものだし、ミサカの研究施設にいた幼少期から数えきれないほど繰り返している。

 

「ああ、やっぱり」

 

 原因は装填された実弾にあった。これまでの戦闘ではストライヴは模擬弾を用いており、相手の命を奪う心配はなかった。

 

 実弾の装填は母親であるアゲハの意向だ。

 かつてレイヴンであった母の夢を引き継いだクィナにとって、戦いで他者の命を奪うのはいずれ避けられないことではある。

 だが、まだその覚悟はできていない。

 

『この間の試合は残念だったわ。けど、クィナならこの戦いを通してより大きく羽ばたけるって信じているわ。何たって私の自慢の娘なんですもの』

 

 ストライヴの最終チェックを終えた直後に通信してきた母はいつものように声だけ。通信画面のアイコンはSOUND ONLYと表示されている。

 

「うん」

 

 絞り出すように、どうにか返事をするクィナ。

 

 実験個体として扱われていた自分を救い出してくれた母のため、最強のACドライバーになる夢を代わりに叶えたい。

 

 だが、手を血で染めてしまえば、学園での穏やかな日常に戻れなくなる。

 サヤ達が受け入れてくれても、自分で自分を許せない。クィナは殺しを割り切ったり、正当化できるほど器用な少女ではなかった。

 

『それじゃ、応援しているわ』

 

 娘の苦悩を気に掛ける様子もなく、アゲハは通信を切った。

 

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