日蝕のアサルトレコード 作:その辺の残骸
冷たく見下ろすように満月が輝く未明の空。
対空砲火が闇を切り裂くように放たれている。
それは輸送ヘリから切り離されたストライヴに向けられた実弾とレーザーの弾幕。クィナはストライヴの統合制御体と連携し、懸命に砲撃を避けている。
上体を傾けて重心を移動させ、バックブーストをかける――前方を眩い光の束が掠め、頭上で爆発が起こった。
ストライヴを運んできた無人輸送ヘリが高出力のレーザーに射抜かれ、爆散したのだ。
(これもきっとお母さんの指示……本気なんだ)
アリーナのファイトマネーと比較しても法外な賞金を求め、クラッシュ・アームズに参加する十数機のACは運営が用意したヘリや輸送船でメガフロートに運ばれた。
ストライヴを載せたヘリは編隊から遠く離れた後方を飛んでいた。
他のACが着地し戦闘態勢を整える一方で、ストライヴはヘリから切り離された直後、というタイミングで試合開始が宣言されたのである。
必然的に無防備なクィナは標的になり、集中砲火を受けることになった。
だが、神経接続による機体制御とコジマ粒子ジェネレータによる大出力がもたらす桁違いの機動性は残っている。
――簡単にやられるもんか!
連続的なクイックブーストで攻撃を躱しつつ急降下。
瞬間的に炸裂するサイドブースタの噴射炎――ネクストを象徴する瞬間移動めいたマニューバだ。
クィナは遮蔽の豊富な市街地を潜伏先に選んでいた。
そこにも既に複数のACが布陣しているが、この試合はバトル・ロワイアルやランブルと呼ばれる自分以外は全て敵という形式。そして、ACを撃破すればするほど賞金が増えるルールだ。
乱戦になれば、ストライヴ一機に構っていられないとクィナは考えていた。
「なんとか逃げ切らないと……!」
クィナは試合終了を告げる朝日が昇るまで逃げ回るつもりだ。そうすれば、他の参加者を傷つけずに済む。ストライヴの性能ならば、できるはずだ。
原義でのバトル・ロワイアルならば、最後の一人になるまで戦い続けることになる。
しかし、実戦さながらの過激さがウリのクラッシュ・アームズとて、参加者が興行の度に死んでしまえば続けられなくなってしまう。なので時間制限が設けられており、生存者の無事と報酬は保証されている。
「プライマルアーマー展開! 突っ切るよストライヴ!」
振り子のように左右に切り返しながら降下しつつ、ジェネレータで生成したコジマ粒子を放出する。
ハイエンド仕様のノーマルとして巧妙に偽装された各部の整波装置は正常に作動している。
――プライマルアーマー形成。着地の直前、灰色の機体を球形に包んだ粒子装甲が稲妻を放ち、闇の中にストライヴの姿を一瞬眩しく照らし出した。
「退いてください!」
球形に張られたコジマ粒子装甲が空気抵抗を打ち消したことで、ストライヴのスピードは爆発的に上昇した。まっしぐらにブーストダッシュする灰色の軽量二脚。
武器腕マシンガンの銃撃をプライマルアーマーで受け止めながら、クィナは左腕のライフルで牽制射撃する。
相手はライトグリーンに塗装された四脚の"ザッパーマンティス"。
参加するACは事前に登録されているため、機体名など基本的なデータは把握している。
ライフルの連射に泡を食って物陰に逃げ込む四脚AC。ライフル弾がビルの角に着弾すると、抉るどころか吹き飛ばしており、その威力がザッパーマンティスを竦ませた。
とりあえず敵を追い払うが、息を吐く間も無くロックオンアラートが鳴り響く。複数のACがストライヴに襲い掛かってきた。
黒いボディにファイアーパターンが猛々しいタンク型の"ヘルホイール"が崩れかけた建物を突き抜けて姿を見せる。
ヘルホイールはドリフトターン。ストライヴに砲口を突き付け、大火力を浴びせてきた。
グレネードとバズーカによる攻撃は威力こそあるが、ネクストの運動性と反応速度ならば止まっているようなもの。
すぐさま飛び退くストライヴだが、
「当たった!?」
そこを狙った攻撃を受け、プライマルアーマーが抜かれてしまう。
黒銀色の軽量逆関節スナイパー機"プアンソン"の狙撃だった。
狙撃に狼狽えたクィナの隙を狙い、三機目のACが迫る。
マシンガンとロケットを撃ち込みながら、猛烈な突進をかけてくるのは黒茶色に白の中量二脚"スキッソル"。
オーバードブーストで一気に間合いを詰めるその機体の左手には高出力のレーザーブレード。
ちょうど進路上に飛び込んで来たザッパーマンティスを容易く斬り捨て、スキッソルは地を蹴り急上昇。
「ぐぅっ!」
クイックブーストを起動し、ストライヴは煌めく刀身から辛うじて逃れた。ビルの外壁を蹴り、跳躍して再攻撃を仕掛けてくるスキッソルから素早く距離を取る。
この三機は有力なレイヴンだ。特にスキッソルは東京アリーナの上位に位置する有数の使い手。ヘルホイールとプアンソンもクラッシュ・アームズの常連として知られている。
連携してくる三機のACに片目隠れの少女が操るネクストACは防戦一方だった。
『情報通りだな! 何が
背部ランチャーからミサイルを放ちながらヘルホイールが嘲る。
『戦場にこんな甘い覚悟で出てくるなんてね! ネクストを撃墜マークに加えるのが楽しみだわ!』
『斬るっ!』
プアンソンとスキッソルも禄に反撃してこないクィナの様子に勢いづいていた。
情報通り。彼らは母親が用意した"教材"なのだと悟った。
回避し切れない攻撃で粒子装甲が薄れ、戦闘機動と被弾で絶え間なくコクピットが揺れる。燃料としてコジマ粒子を消費してしまうため、音速を超えたオーバードブーストで一気に振り切ることも不可能な戦況だ。
「ダメ。それじゃあの人たちが死んじゃう」
クィナは反撃を推奨する統合制御体に頭を振った。
戦闘能力を奪うだけに留めても、損傷したACは他の参加者の餌食になってしまう。
間接的にでも人を殺したくはない。
サヤとの試合で勝利に拘るあまり命を奪いかけたことが、クィナのトラウマになっていた。
ストライヴは機動力、防御力、火力すべての面で交戦中の三機を上回り、クィナの自身の技量も年齢からすれば驚異的なレベルにある。
相手が有力なレイヴンといえど、本来ならば数呼吸の間に撃滅できる。
この苦戦はクィナはトリガーを引くことを躊躇っていることが原因だった。
『ハァイ、クィナ。意外と苦戦しているみたいじゃない』
不意に母であるアゲハからの通信が入った。
スポーツ大会で苦戦する娘にかけるような軽い調子の台詞に、命のやり取りで葛藤するクィナの気持ちを気にする様子は欠片もない。
「お母さん!? こっこんなの酷いよ!」
息を切らせながら、クィナは精一杯の抗議をする。
確かに母はAMSの被験体としてモルモットとして扱われていた自分を救い出して、ストライヴという兄弟と戦う力を与えてくれた。学校にも通わせてくれた。
だが、それでも今夜の事は許容できない。クィナは初めて母に反抗した。
『酷い?』
しかし、娘の反抗を不快に感じるでもなく、アゲハは首を傾げているようだった。
『生き延びたければ殺しなさい。簡単でしょう、貴女とストライヴはお母さんの子。誰よりも強いのよ。さあ、頑張って』
まるで最初から決められた言葉を再生するかのように断定的に母は告げ、通信を切った。
クィナを助けてくれる者など、ここには誰一人として居ないように思えた。
――――今回のクラッシュ・アームズにおいて、戦線離脱は認められない。メガフロート周辺は完全に封鎖される。
初っ端に起こった六機ものACによる乱戦で中破した二脚タイプのACがオーバードブーストを吹かし、メガフロートから離脱を図った。
辛くも追撃を振り切って海上に出ると、運営からの警告を無視して、レーダーに表示されている戦闘エリアを示す破線を超える。
即座にルール違反者への攻撃が開始された。
沿岸部に配備されたレーザーキャノンが二脚ACのコアを貫き、全身を融解、蒸発させたのである。
外からの妨害を防ぐと同時にルールに違反した逃亡者を抹殺するための固定兵器が、万全の態勢で配備されていることをバトル・ロワイアルの参加者に思い知らせる光景であった。
沿岸部に沿って設置されたミサイルランチャーとレーザー、プラズマの固定砲はアームズフォートの火力に匹敵するほどであり、さらに自律制御の巡洋艦まで配備されている。
ネクストACとて無傷で突っ切るのはほぼ不可能と思えるような鉄壁の布陣だった。それが廃棄メガフロートに高速で接近してくる二つの機影に反応して、一斉に迎撃を開始した。
接近する二機は高速侵攻用の追加装備を纏った純白のイレギュラーネクスト"イクリプス"と漆黒の重装ネクスト"ウルティマ・ラティオ"だ。
海面スレスレを駆け抜け、廃棄メガフロートで繰り広げられている非合法の戦闘ゲームに殴り込もうとしている。
『そこそこの弾幕だね』
「確かに思ったほどじゃない――けど、気を抜くなよ」
『分かってる! せっかくのイベントでミスして早退なんてできないからね!』
凄まじいと形容できる砲火が殺到しているというのに、ネクストを駆るリンクスの少女達は余裕綽綽。
夜の闇に煌めくプラズマとレーザーが海面に反射する様は険呑でありながらも壮麗で、金髪のでっかい南米娘、アンヘラは「綺麗だなぁ~」と能天気な感想を抱きながら眺めていた。
ネクストACを操る赤髪ヤンキーギャルなエリスは、気合を入れて操縦桿を握る。
「さーて、いっちょやりますか!」
クィナのことは気がかりだが、戦闘の興奮に獰猛な笑みを浮かべてしまう生粋のバーサーカーである。
二人は腹部に力を込め、短く息を吐く高G機動の態勢を取った。
ぴっちりしたナノスキンに浮き出た腹筋が引き締まる。衝撃を受け止めるため、ナノスキンスーツに覆われた脚を広げてあらかじめ踏ん張ってもいる。
はしたなく、そして扇情的な恰好だが、同時に勇ましくもあった。
極薄のナノスキンスーツを素肌に装着しているだけのエリスとアンヘラの股間はV字型の黒い装甲で覆われている。
追加装備のため、2000km/hのスピードで直進し、クイックブーストの爆発的推進で強引に左右に機体を動かすことしかできないはずのネクストACだが、砲撃に当たることはなく、せいぜいプラズマが僅かに掠める程度。
ミサイルはイクリプスとウルティマ・ラティオから溢れ出した迎撃ミサイルが撃ち落している。
「まずはこいつらを黙らせってっと!」
砲撃を継続する固定砲が白緑色の集束された閃光に射抜かれ、大爆発を起こした。次々に放たれているのは高集束コジマレーザーの光であり、弾速は通常のレーザーより遥かに速い。
「いいぞ、百発百中だ。もっとも的が動かないのだから当然だろうけど」
後部シートに座る白金髪ゴシックオートマタ、レヴの歌うような声。
コジマレーザーはイクリプスが右手に携えた巨大な槍のような砲から放たれており、確実に固定砲を破壊している。
今夜のイクリプスは兵装コンテナとブースターの複合ユニットに埋もれたような異様な姿だ。左腕には防御用に大型の実体シールドを手にしており、砲撃が直撃しても数発なら防げる。
ツクヨミの格納庫に保管されている第零世代アーマード・コア"クルーシブル"の強攻形態をネクストの規格に合わせてリファインしたものだ。アーモリー・ユニットは既製品だけで成立しており、戦闘後にミサカ・グループに確保されても問題ないようにしてある。
「覚悟してたけど機体がアホほど重いし変な方向に跳ねやがる! こういう所はネクストでも変わらんか!」
普段ならレヴの呼びかけに返事をするところだが、エリスはイクリプスの制御で手一杯だった。
AMSによる複雑な機体制御ができるとはいえ、武装とブースターを盛りに盛ったアーモリー・ユニットのバランスは劣悪。
本体のブースターとアーモリー・ユニット側のブースターを連動させて辛うじて真っ直ぐ飛べるという有り様だ。
戦闘機動が行えているのは、赤髪のヤンキーギャルが例外だからという一点に尽きる。
「おいおい、頑張ってくれよエリス。君がちゃんとしないとアンヘラも危ないんだからな」
「わーてるって! レヴも迎撃を頼んだぞ!」
エリスはコジマレーザーの射撃と操縦に専念。
イクリプスの統合制御体であるレヴに兵装コンテナを任せ、殺到してくるミサイルに対処してもらっている。
「いっただき!」
紫色の光弾が巡洋艦の側面で炸裂した。
ウルティマ・ラティオも両手で抱えたガンボックスのプラズマキャノンを使い、敵艦を仕留めていたのだ。
ミサイルはジャミングと迎撃でほぼ無力化。固定砲はイクリプスの正確無比な狙撃で破壊されていく。
火力の優位はあっという間に襲撃者側に傾いており、援護を失った小規模な艦隊ではネクストを止めることは到底できない。
『警告。旗艦が高速飛翔体を射出。大型MT"
「ありがと、レヴ! こっちでも確認してるよ」
ウルティマ・ラティオに向かってくる古鷹なる大型機は
古鷹は半人型といったデザイン。下半身が丸ごとブースターになっており、腕部は主翼を兼ねている。
――中ボスって感じだね♪
というのがアンヘラの正直な感想。
この瞬間にもエリスの親友である電脳サメAIが情報を寄越してくれた。
相手は対ネクストを想定した大型MTらしいが、負ける気はしない。
「大丈夫。信じてよ」
ウルティマ・ラティオの統合制御体は金髪に小麦肌の南米娘を窘めるが、当のアンヘラはどこ吹く風。
急上昇した古鷹が自慢の可変スラスターで複雑な空中機動を行い、オートキャノンとプラズマキャノンで一気に畳み掛けてくる。
「ワオ! 凄いアクロバットだね!」
感心しながらもアンヘラはガンボックスのサイドブースターと連動してのクイックブーストで弾みをつける。
ブースターの出力制御に集中し、最高出力で炸裂させていた。
「けど、ただそれだけだ」
漆黒の重装ネクストはバレルロールしつつ上昇する。
VOBを装備していては直進以外禄にできないのが本来のネクストである。しかし、天才的な技量を持つ陽気な南米娘にとっては、頑張ればできる程度の芸当だ。
撃ち合いながら古鷹と交差したかと思うと、今度はクイックターンをかけ、易々と背後を取る。
生き残った艦艇やウルティマ・ラティオの高度が上がったことで射線が通った固定砲台はエリスがコジマレーザーで即座に破壊している。
コクピット周辺に張られた耐Gジェルで緩和し切れない猛烈な荷重を受けても「あはっ♪」と楽し気な声を発するアンヘラ。黒紫のナノスキンが張り付く南米娘の巨大な双丘が激しく揺れ弾んでいた。
未確認飛行物体染みた攪乱機動が仇になり、背後を取られた古鷹はウルティマ・ラティオよりも低空に位置していた。
高速のリニアキャノンを何発も叩きつけられ、さらに徹甲榴弾が傷ついた装甲を穿ち、内側で炸裂。ミサカの最新兵器はあっさりと撃墜され、海中に没してしまう。
「ほら、簡単だった♪――――援護ありがとうエリス、すぐに追いつく!」
海中で爆散して水柱を上げた大型MTを一瞥することもなく、再び急旋回をかけて強烈な横Gを愉しみ、アンヘラは純白の僚機を追いかけた。