日蝕のアサルトレコード 作:その辺の残骸
隔壁を貫き、純白のネクストAC"イクリプス"に迫ってきたのは高出力のレーザーだった。
レーザー。そう呼称されているが、多くのAC用武装の例に漏れずこれは俗称に過ぎない。実際には光学兵器ではなく、荷電粒子ビームを高加速射出している。そのため弾速は光速というわけではない。それでも実弾より弾速は遥かに速いのではあるが。
エリスはオーバードブーストを継続しつつ回避運動。音速をキープしつつ、文字通りぎりぎりの隙間に十メートルの巨体を挿し込むように動き回っていた。全周を覆うプライマルアーマーにさえ掠りもしていない。
統合制御体とのリンクで強化されたリンクスの知覚であれば、高初速のレーザー兵器とて低速に感じられる。しかし、エリスの反応と回避機動はリンクスであるということを加味しても驚異的だった。
「VACか!」
砲撃を続けているのは両腕がレーザーキャノンになった重装甲の二脚。
対エネルギー防御に優れた曲線装甲、左脚にのみ追加装甲を装着した左右非対称のシルエット。
MTなど他の機動兵器に比べて洗練されたACの形状からすれば不格好なその機体は、第五世代において誕生したVAC規格のACだった。
VACは高出力の大型ジェネレータと堅牢なフレームを前提に成り立ち、部分的にでもネクストを上回るべく大火力と重装甲に偏重した機体特性を持つ。独自規格であるため、ネクストを含む従来型とのパーツ互換性は皆無。
極端な性能と劣悪な操縦性からドライバーは少ない。だが、VACは凄まじい突破力を持ち、大戦果を上げることもある。そのため、有力なドライバーが駆るVACは大きな脅威と見做されていた。
通路の先は倉庫であり、大型コンテナが幾つも放置されている。このメガフロートで繰り返された戦闘の痕跡も残っていた。
イクリプスが接近してくると、VACは強烈なブースト噴射で後方に跳んだ。ハイブーストと呼ばれるVACに標準装備された瞬間加速機構だ。
「もう一機来るぞ」
「見えてる!」
VACはただ後退するだけでなく、レーザーキャノンの射撃でイクリプスを牽制。
もう一機のほう――コンテナの後ろに隠れていた軽量二脚がすかさず飛び出し、イクリプスにラッシュを浴びせる。
こっちは従来型のハイエンドノーマルだ。
二門の背部キャノンにレーザーライフル、さらに実弾EOが一斉にイクリプスに襲い掛かる。
左手のエネルギーシールドを構えて、きっちり攻撃を防ぐようにしていた。
VACは腕部の変形を開始。レーザーキャノンの武器腕は可変式なのだ。複雑な変形機構が高速駆動して、背中に回していた通常腕部と交換されていく。
「ぬおりゃっと!」
プライマルアーマーで二機の攻撃を防ぎつつ、エリスはクイックブーストを連打。物理法則を無視するかのように瞬間移動を繰り返し、一瞬で軽量二脚ACの側面を取った。
現在の武装はハンドガンと小型レーザーブレードだけなので、イクリプスのエネルギーの大部分を機動に割くことができる。
ハンドガンを連射して衝撃で身動きを封じたところで、レーザーブレードを突き立て、軽二のコアと脚部のジョイントを切り裂く。
「これで一機!」
一瞬で僚機を喪ったVACはガトリングとライフルのダブルトリガー。イクリプスが着地する瞬間を狙って集中砲火を浴びせてくる。
純白のイクリプスは着地で隙を見せることなく、くるりとターンしながらブーストによるスライド移動。
コンテナを遮蔽にしているが敵の射撃は正確だ。
ライフル弾がイクリプスの目の前を撃ち抜いた。その程度で怯んで動きを止めるようなエリスではない。敵の射撃精度のからくりは既に判っている。
「ちゃっかりしてるな。リコンを撒いてある」
「迎え撃つなら当然の用意だろう」
VACは超小型の偵察ドローンを射出することで、照準を安定させていた。しかし、逃げきれないほどではない。
「後の事もある、弾を使わせ過ぎるな。さっさと片付けろ」
レヴに急かされながら、エリスは一気に距離を詰めた。
ハンドガンの弾はまだ少し残っているが、発砲しない。どうせ装甲に弾かれてしまう。レーザーブレードも同様で、分厚い対エネルギー防御で霧散されてしまう。
なので、格闘戦を仕掛ける。
「おらぁっ!」
クイックブーストで亜音速に達したイクリプスの足先がVACの潰れた饅頭のような頭を蹴飛ばした。
すぐさまクイックターン。
純白のネクストは反転すると頭が千切れたVACの背中を蹴り、相手がハイブーストで逃れようとすれば、側面に回り込んでキック。
「逃げられると思うなよ!」
衝撃がAMSを介して伝わってくる。
赤髪のヤンキーギャルは、爪先がじんじんと痛むような錯覚を覚えて、綺麗な顔を顰めていた。
心の中では「痛ってえな、チクショー」と叫んでいる。自分の意志がダイレクトにACに反映されるのは面白いが、神経直結にはこういうデメリットもある。
「まったく、野蛮なことだ」
レヴは精緻なメカニズムの集合体であるネクストACで乱暴な格闘戦を演じるエリスに呆れつつ、楽しんでいた。この電脳サメは接近戦を好んでいるのだ。
――――終わってみれば一方的な勝利だった。
「ふう」
赤と黒のナノスキンスーツに身を包んだ戦乙女は一息つき、市販品のゼリー飲料を啜っている。正直拍子抜けだった。以前、
ドライバーが気絶した二機のACから武器を引っぺがす。元々、装備は現地調達するつもりだった。
レヴによるハッキングは瞬時に終わった。
残弾僅かなハンドガンを投棄して右手にレーザーライフルを握る。VACから奪ったガトリングとライフルは背中に取り付けた。
「ウェポンハンガー、付けてきて良かったな」
イクリプスはキャノンやミサイルの代わりに、腕部武装を懸架して手持ち武器と交換できるハンガーを装備していた。
本来ならネクストであってもVACの大口径武装を二挺抱えるのは困難なのだが、ツクヨミの遺失技術を用いて改修されたイクリプスの積載能力ならば、VACの武装も扱うことができる。
「このレールを伝っていけ。そうすれば一直線で辿り着く」
倉庫を抜けると物資輸送用通路に入り、レヴの指示通りレールに沿って疾走した。エリスは地上で戦闘しているウルティマ・ラティオの様子を確かめる。
「アンヘラ、調子はどうだ?」
『絶好調♪ 離脱するとき用の弾はちゃんと残してあるからね!』
「よろしい」
アンヘラが駆る黒い重装ネクストは地上でクラッシュ・アームズに参加しているACを次々に打ち倒している――問題はなさそうだ。
本土で作戦進行中のヤトからも暗号化された短いメッセージで報告が来た。
目標である量子サーバーに順調に進撃中とのこと。依頼人であり、学園では先輩に当たる櫛名田ヤトは自前で用意したナハツェーラーなるネクストACを駆り出撃している。
(順調ならそれに越したことはないけど)
エリスをして依頼人が自ら戦場に出るなど、前代未聞であった。
妖狐めいた黒髪のヤトは、ミサカ・グループ内の対立派閥、この廃棄メガフロートを使ったクラッシュ・アームズのスポンサーの拠点を強襲している。
桐嶋ミコの部下であるメイド隊でバックアップしているが、目標の破壊はヤトのナハツェーラーが単独で行う。ヤトのリンクスとしての実力が未知数であったので、エリスは少々心配だった。
だが、それはエリスの取り越し苦労のようだ――最近は何かと他人を案じることが増えたような気がする。
「むしろ問題があるのはこっちの方か」
イクリプスの背後に巨大な熱源が迫っていた。
バトル・ロワイヤルの参加者以外に戦力は残っていないと思っていたが、どうやら大型兵器を隠していたらしい。クイックターンで反転。バックブーストで前身しながら接近に備える赤髪ヤンキーギャル。
「さーて、さっそく使い所が来た」
ハンガーシフトして、右手にライフル、左手にガトリングガンを手にする。相手が重装甲の大型兵器なら、VACの兵装のほうが効果的だ。抜け目なくマガジンも抜き取ってあり、残弾は十分。
「経費削減用だろうね。参加者を始末すれば、支払う賞金が減る」
今通っている輸送レールシステムはメガフロート全域に通じている。これを使えば重武装重装甲の大型機であっても迅速に移動して、ACに奇襲を仕掛けられる。
レヴの言う通り、参加者の数を減らすにはもってこいだ。
インパクトもあるし、観客ウケもまあまあだろうなともエリスは思った。だが、現場に殴り込みをかけている身としては邪魔者でしかない。
ネット中継に使われているライブカメラと3Dマップでクィナのストライヴの現状は把握している。
クィナは工業ブロックの中央で、AC"スキッソル"に追いかけられていた。救助するためにも、できるだけ早く大型機を片付けたい。
そう考えた矢先、ストライヴは反転。
戦闘の光景を中継するカメラ映像に灰色の軽量二脚ACが一瞬だけ映っては消える。
速過ぎて捉え切れていない。
ストライヴはクイックブーストで工場内を駆け、壁に向かってハイレーザーライフルを発砲。
高出力のエネルギー弾は壁を撃ち抜き、スキッソルに着弾していた。
そのまま肉薄すると、ストライヴはパルスキャノンとライフルで損傷したスキッソルの頭部と四肢を破壊してしまう。まさに豹変だった。その攻撃性は凄まじく、同時にネクストACとノーマルの性能差を見る者に思い知らせた。
「殺ってはないな。優しい娘だ」
「殺しても問題ないヤツだと思うけどな」
映像では判然としないが、赤髪の戦乙女は直感していた。
後ろの電脳サメが邪悪に笑って茶々を入れるがエリスは無視。
見た目には二人の美少女、実態は一人と一匹が制御する純白のイクリプスは擬似反重力ホバーで推進する大型兵器に挑んだ。