日蝕のアサルトレコード 作:その辺の残骸
複眼のカメラアイに赤い光が流れる。
空力特性に優れた細身の鋭いシルエット。長く尖った特徴的な形状のコアを持つ黒きナハツェーラー。
妖狐めいた雰囲気な妖艶な美少女、櫛名田ヤトが駆るネクストACは交戦を繰り返しながら、施設最深部の目標に向かっていた。
(鎧袖一触とはこのことやな)
ドライバーシートに座るヤトは、黒を基調としたボディスーツで肢体を引き締めていた。
スーツはラバーのような質感。ヤトが身動ぎすることで伸縮し、コクピットに独特の音を微かに響かせていた。
ナハツェーラーを操り、既にハイエンド仕様のノーマル三機を含む敵機を撃墜している。
武装は右腕に"04-MARVE"、左腕に"AR-O700"。
突撃ライフルの
二挺の突撃ライフルは極めて高威力で弾速も速い。だが装弾数が心許ない。
一応格納武器のレーザーブレードもあるが、剣豪を自負するのでなければ、ネクストとて接近戦は可能な限り控えるのがセオリーだ。
なので無駄弾は使わない。
無視できるほど非力なガードメカなどの攻撃は、プライマルアーマーで無効化する。
MT級の敵機であっても回避可能であれば機動性で翻弄して脇を通り抜けていた。
(にしても頭の痛い話やな)
最低限の敵機だけ撃破しているが、それでも多数の残骸が転がっている。自分の叩き出した戦果に満悦しつつもヤトは苦笑いしていた。
ナハツェーラーが侵攻しているのは身内であるミサカの重要施設。内輪揉めでグループの資産を浪費しているのだ。
良い面を挙げるとすれば相手は無人機であり、人的な損害がないことだ。
その高い身分に求められる冷酷さを持ち合わせているヤトは、命を奪うことへの抵抗が薄い。彼女自身それを自覚して受け入れている。
とはいえ、味方殺しは避けたいというのが本音だ。
自律制御の無人兵器を壊すだけで済んでいるのは、気持ちとしては楽だった。
ブーストダッシュで一直線の長い通路を進んでいる。
邪魔になる敵は全て撃破していた。問題は通過するべきゲートがまだロックされていることだ。
『すみません。やはり合流は無理そうです』
「ええんよ、道を開けてもらうだけでも無理してもろうてるし。ここまでの手伝い、ほんまおおきに」
『礼には及びません。私達は所詮メイドですから』
ヤトの突入をお膳立てして、現在も支援してくれている別動隊から通信が入る。
可能であれば部隊を割いてヤトの援護に向かわせることになっている。
通信ウィンドウに映っているのは、桐嶋ミコに仕えるメイドの一人、アーシャだ。
メイドにあるまじき怠惰な性格、物言いも従者にあるまじきざっくばらんさ。そんな金髪サイドテールのアーシャは腕利きのACドライバーだ。
彼女の青色のAC"レイジィダンサー"はOBコアの重量二脚にアセンブルされている。
機動力と防御力を両立した機体構成だ。
アーシャはミッション毎にアセンブルを変更した機体に対応できる稀有な才能を持っていた。
ミコが用意した突入部隊はアーシャをリーダーとして、数機の戦闘MTとACが随行する編成だった。当然、ドライバーは全員、彼女に仕えるメイドたち。
制御施設の一部を制圧して、量子サーバーへのゲートを順次解除してくれている。
当然、ミサカ側は制御の奪還に全力を尽くしており、敵部隊との交戦が続いている。
今もアーシャは戦闘機動しながら通信している。金髪サイドテールのメイドの静かな口調には、荒い息遣いが混じっていた。
機動の激しさは通信画面を見れば分かる。戦闘服である黒のレオタードスーツを身に着けた肉体が、慣性で揺さぶられていた。
レイジィダンサーはこの瞬間にも敵機を撃墜している。
『ご心配なく。いざとなればこちらの判断で離脱しますので。
ですが、我々にもお嬢様の従者としての意地ってものがあるので、やれるだけのことはやりますよ』
「アーシャはんがそこまで言うなら、ウチが口出しするのは野暮やな」
苦し気な様子にヤトが懸念を抱くと、それを察したのかアーシャは言った。
ヤトは知らなかったが、怠惰なアーシャがやる気を出すというのは極めて深刻な状況であった。
「これは本当にヤバいかも」
通信を聞いていた金髪ロングのギャル風メイド、燈火アリアが冷や汗を掻き、苦笑いしたほどだ。
『っと横から失礼しますっス。今から前方のゲートを開けます。これが最後です、後はシャフト下れば、サーバーまですぐっスよ……なるはやで終わらせてもらえると助かるっス』
同じく戦闘に参加している銀髪片目隠れのメイド、水凪ラキからだ。
電子戦型MTより伸ばしたケーブルを通じて、クラッキングを担当している。
「流石、ミコちゃんの従者やな。――ナハツェーラー、吶喊する!」
重々しくゲートが上がっていく。ヤトはナハツェーラーのオーバードブーストを点火。
コア背部が解放され、コジマ粒子による爆発的推進が起こる。
エッジの効いた黒と赤の装甲が大気を切り裂き、ナハツェーラーは音速の世界に突入した。
迎撃のレーザータレットをライフルで破壊しながらゲートを通り抜ける。
そこから先は別世界――異界的な光景が広がっていた。
壁には量子サーバーにエネルギーを供給するチューブで埋まっている。太いチューブに青い光が走り、暗闇を照らしていた。
量子サーバーを含めた中枢は、惑星アリシアの人工知性群が有していた技術を基に造られている。
現在の人類の技術で再現することは可能だが、二世紀経った今でも原理は解明し切れていない部分が多い。
そのため、構造まで正確に模倣しなければならなかった。それが異界的な光景を造り出していた。
見た目が一変しても通路にはACが通れるだけの広さがある。
ラキの情報通り、シャフトまでは一直線だった。
浮遊感。下から上への加速度を感じる。ナハツェーラーは通路から飛び出して深い縦穴を降下し始めた。
――――鬼が出るか、蛇が出るか。
なんて月並みな言い回しを胸の中で遊ばせた直後、敵は来た。
下方、薄緑色の眩い光が散らばり、ナハツェーラーを刺し貫かんとする。
「――――っ!」
ヤトは反射的にクイックブースト。
各部のブースターを連続的に炸裂させ、拡散された薄緑色の閃光を躱す。
AMSによる直結でなければ間に合わなかった。それほどに速い。
掠めるだけで済んだが、プライマルアーマーの強度が大幅に低下している。コジマ粒子兵器による攻撃だった。
奇襲を躱した余裕に浸ることはなく、ヤトは自らの意志を統合制御体に伝えた。
ナハツェーラーはバックブーストしつつ旋回。弧を描きながら二挺の銃口を向ける。
「お返しや」
射撃する――が、腕部の追随が追い付かない。思わずヤトは舌打ち。
物凄いスピードで垂直上昇してくる敵機は、ネクストACより一回りほど大きかった。
「ウチは見下ろされるのは好きやあらへん」
癪だが機体を起こして頭上に滞空する敵機を仰ぎ見る。
プライマルアーマーを纏って輝いている。背中の蝶の翅のような大型ユニットが目を惹く。
ブースター兼コジマ粒子整波装置であると、ナハツェーラーの統合制御体とヤトは同時に結論付ける。
ヤトは先ほどの射撃にある程度の手応えを感じていた。
事実、ナハツェーラーの突撃ライフルは命中していたが、本体にダメージは見られない。高出力のプライマルアーマーで防がれていた。
その人型兵器は"TYPE-HOGIRE"や"TYPE-LANCEL"のような、標準的な二脚ACを範とするミサカ製ネクストとはまるで異なる機体形状だった。
異星的な空間の守護者に相応しく、異様な姿である。極めて有機的なフォルムの装甲は背中のユニットと相まって、人型の蝶を思わせた。
対ネクスト用に配備された自律兵器だろう。だが、ミサカの機密情報に通じるヤトでも覚えがない。
光が爆ぜ、轟音がそれに付き従う。翅を持つ人型兵器は強力なブースト噴射によって、音よりも速く宙を駆けた。ネクストほどの瞬発力はないが、大型であるため推力は桁違いだ。
ナハツェーラーは深部にある量子サーバーを背にしているので、先ほどのようにコアから発射されたコジマレーザーは撃てない。
代わりに機首にブレードが取り付けられた、突撃型の自律兵器を多数射出してくる。
本体も両手からレーザーブレードを抜き放つ。闇の中に輝く白いプラズマの眩い光は、プライマルアーマーごとネクストACを切り裂けそうだ。
蝶の如き守護者は自律兵器と連携してナハツェーラーを追い込んできた。
「ちぃっ!――――あと少しやのに」
自律兵器をライフルで撃ち落して包囲を逃れつつ、蝶のような人型兵器にも銃撃を食らわせる。驚異的な戦闘センスではあった。AMS手術を受けて日が浅いヤトは、ネクストにまだ数回しか搭乗していない。
コアに吸い込まれるように飛翔するライフル弾。
必殺となるはずの攻撃はしかし、強力なプライマルアーマーに阻まれる。対PA貫通力にも優れた砲弾といえど分厚いコジマ粒子の防壁で威力が減じてしまい、本体の装甲に弾かれていた。
死なば諸共で量子サーバーを攻撃しようとすれば殺られる。人型の巨大兵器は単純なロジックではなく、戦術的に動いていた。
「ぐぅぅぅぅっ!! きっついっ!」
激しい戦闘機動の苦しさに、ヤトは抑えきれず品のない雄叫びを上げてしまう。
連続的なクイックブーストによる強力な慣性荷重。高機動の代償はコクピットを囲むよう充填された耐Gジェルでも打ち消しきれない。
ヤトは肉体を痛めつけられながらも耐え凌ぐ。
ポニーテールに結んだ黒髪が揺れ、肺が圧迫され、黒色のラバーに包まれた胸部も暴れる。過酷なGに耐えるため、ぴったりとしたスーツに浮き出た腹筋に凄まじい力が込められていた。
まだ打つ手はある。
(見た目通りの武器と思うとるみたいやな。その隙、抉らせてもらうわ)
ナハツェーラーの背部武装は"MP-O901"ミサイルランチャーに酷似しているが別物。
エリスから提供された四連ハイレーザーキャノンだ。
想定される大型兵器戦への備えとして、赤髪のヤンキー娘は工廠艦ツクヨミで製造したAC用武装を貸してくれた。
戦闘中に試算してみたが、直撃させれば敵機の分厚いプライマルアーマーを撃ち抜くことができる。本体へのダメージも期待できるだろう。
シャフトの壁を蹴り、大型兵器のブレード斬撃を回避。
ナハツェーラーはエネルギーを節約しつつもトリッキーな機動戦を繰り広げ、レーザーキャノンの射撃タイミングを見計らう。
「にしても、ほんまいけずな人や」
異星技術で建造された巨大兵器の名はヤトはまだ知らない。しかし、それを操る者は統合制御体がデータを弾き出しており、ヤト自身も直感している。
遊間アゲハ。クィナの義理の母親、正確には数年前に暗殺された彼女の電子的コピーだ。
アゲハはミサカ本社幹部の子女でありながらも、若い頃はレイヴンとして自らの力だけを頼りに生きていた。
やがて父親の地位を引き継ぐことになり、自由な傭兵暮らしとACのシートから離れることになったが、その鬱憤を晴らすかのように辣腕を振るった。
暗殺されたのは数年前。非人道的な扱いを受けていたAMS被験体の少女を娘として引き取ってしばらく経った頃であった。
死後もその人格は量子サーバー内で再現され、人工知性体の一部となっている。
アゲハの人格を含む人工知性体は、無人兵器と異星技術のさらなる活用を進める派閥の中核であった。
ヤトが属する(そして、事実上支配する)派閥にとって排除する対象。だが、無理をしてまで今回の作戦を仕組んだのはそれが理由ではない。
むしろ、ヤトの個人的なエゴによるものだ。
ヤトは母を騙る人工知能に利用されているクィナという一人の少女を救いたかった。