日蝕のアサルトレコード   作:その辺の残骸

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勝者と敗者

 

 エリスはヘッドオンで二人のレイヴンと会敵する。

 これまで戦ってきた大型兵器からは感じなかった、生身の人間の戦意が放つプレッシャーがACを通して伝わってくる。

 

 両機の武装とトリニティの意図から考えれば、ダイヤウルフが撃破役、大筒丸が制御役だ。

 大出力のブレードはPAに有効だ。それにイクリプスをブレードで撃墜すれば機体の大部分を傷つけず回収できる。

 

(落とすなら危険な逆関節の方からだろう。見たところ、あのタンクは決定打を持っていない)

(あの二機は一年前から協同でミッションをこなすようになっている。コンビネーションに警戒する必要がある)

 

 待ち侘びた強敵との戦いに思考は加速を続け、傭兵少女と電脳鮫の思考は重なり、融合しつつあった。

 

 敵ノーマル二機のうち、軽量逆関節機であるダイヤウルフのOB速度は速い。

 背面の大型ブースターによる加速が加わり、その速度はネクストであるイクリプスを超えていた。

 イクリプスのオーバード・ブースターは速度に優れたものではないが、ノーマルとしては脅威的な加速力だ。

 

 徹底的な軽量化と空力性能を追究したパーツ選択によって成し得たスピードだろうとエリスは考えた。

 

 ダイヤウルフと鈍重な大筒丸との距離が開いていく。

 

 エリスはダイヤウルフを射程に捉えると、垂直ミサイルを一斉射した。直後、弾切れになったミサイルランチャーをパージ。

 

 推定アセンブルのエネルギー消費量に従えば、ミサイルが降下軌道に入った時、ダイヤウルフのエネルギーは底を尽きる寸前になるはずだ。

 

 さらに右背面に背負ったイクリプスの最大火力、コジマキャノンを発射。

 ミサカの兵器開発施設を襲撃した際に確保した試作兵器をREVがツクヨミの工廠で完成させたものだ。

 

 フルチャージで放てば収束コジマ弾体が着弾地点で臨界爆発を起こし、周辺を文字通り消滅させる。

 通常時はレーザー兵器を遥かに超える弾速のコジマレーザーを発射可能だ。

 

 総弾数が少ない欠点があるが、巨大兵器とACのような機動兵器双方に対応できる兵装だ。持ってきて正解だった。

 

 続けて右腕部のライフルを連射。降下軌道に入ったミサイルと共に息切れするはずのダイヤウルフを狙う。

 

 ダイヤウルフの両肩側面(エクステンション)に取り付けられたユニットが一瞬発光する。

 

(やっぱり"電池"か!)

 

 エクステンションに装備されているのはトリニティ提供の試作エネルギーパックであった。

 ジェネレータのエネルギーを取り戻したダイヤウルフは、OBを継続する。

 純白の逆関節ノーマルはあえて緑色の光条が飛来してくる方向に機体を傾ける。

 

 ダイヤウルフはコジマレーザーをぎりぎりで躱し、バレルロールしてみせる。

 そのままイクリプスの背後に回り込むように旋回しながら上昇してくる。

 

「やるぅ!」

 

 ダイヤウルフに追従して機体を動かしながらエリスは唸った。

 牽制のつもりだったが、掠りもしないとは!

 

 OB制御に熟達し、機体特性を知り尽くした凄腕でなければできない動きだ。

 

 現時点の高度はイクリプスのほうが高い。既に通常ブーストに切り替えているが、ダイヤウルフは未だにオーバード・ブーストによる加速を続けている。

 

 ブレードの間合いよりも遠くからダイヤウルフの反撃が来た。両腕のレーザーブレードを振るい、光波を放つ。

 レーザーブレードのエネルギーを遠方に放つブレード光波攻撃は近接特化機体の唯一の遠距離攻撃手段だ。

 

 エリスは時間差をつけて放たれた二発のブレード光波のうち一発目をQBで回避するが、二発目を喰らってしまった。

 光波はPAを貫き、深紅の装甲に施された最後の砦、耐レーザー塗装が辛うじて軽微なダメージに抑えた。

 もう一度被弾箇所周辺にレーザーを受けたらPA越しでも大きなダメージを被ってしまう。

 

「出番だREV! やれ!」

(はいはい。やれといったりやるなと言ったり我侭なお姫様だよ、君は)

 

 エリスはREVのアシストを受けながら、ライフルを連射するが当たらない。

 被弾一つが命取りになる軽量級乗りは回避に長けていた。

 

 統合制御AIの苛立ちが僅かなノイズとなってAMSを介してエリスに伝わる。

 

(生意気だよ、君)

(こういう相手と戦うから面白いんじゃない)

(僕は生意気と言っただけだ、面白くないとは言っていない、好敵手との出会いに愉快な気分さ!)

 

 REVのアバターである鮫が真顔で反論した。今度はエリスが笑う番だった。

 

 ダイヤウルフはブースターを切って急降下。

 着地後、即座に高く飛び上がり、イクリプスを中心に円を描くように動く。

 空力に長けた機体形状なので滑空速度でもかなりのスピードを出している。

 

 高速で動き回るイクリプスの銃口を把握して動いているのは、流石上位ランカーといったところ。

 

 ダイヤウルフは合間合間にOBを行い、その速度を活かしてイクリプスの攻撃を完全に回避している。

 

 イクリプスとダイヤウルフがドッグファイトを行っている間に大筒丸は十字砲火の位置につく。

 と同時にタンクACのドライバーであるハイティーンの少女の明るい声を無線が拾った。

 

「お待たせメリッサ! ミサイルカーニバルの時間だ! さあ、好きなだけ喰らえ山猫!」

 

 大筒丸の背面ミサイルランチャーのハッチが開き、多数の大型ミサイルが打ち上げられる。

 

 さらにガトリングガンによる対空砲火が地上に下りようとするイクリプスを空中に押し留める。

 深紅のネクストは弾かれるようにOBで上昇を開始する。

 

 ミサイル群はOBを吹かして急速上昇する深紅のネクストを追い、弾頭から多数の子弾を解き放った。

 小型ミサイルの一発一発がAIを搭載した自律高機動ミサイルだ。

 高効率燃焼ロケットモーターにより、母機よりも高速でイクリプスに迫っていく。

 

 おまけにミサイルのAIはフェイントを含む多様な飛行パターンで接近している。

 小型ミサイルとはいえ連続被弾すればPAが大きく減衰し、いずれは直撃を貰うことになる。

 

 相手が大筒丸単体ならば、ミサイルの大群をPAとQBでやり過ごし、ガトリングガンの火線を掻い潜ってブレードの一閃を見舞うくらいできる。

 手古摺るが、負ける相手ではない。

 

 そこに優れた僚機がいれば脅威度は跳ね上がる。

 ネクストという竜を殺すための魔剣を携えたダイヤウルフが凄まじいプレッシャーをかけながらOBで急速上昇してきている。

 

 ランク4の女性レイヴンが操る純白の機体は両武器腕の大型レーザーブレードをチャージして死刑執行の準備を終えている。

 

 アドレナリンが急速に分泌される。エリスの体感時間が引き延ばされ、汗がナノスキンスーツの内側で滲む。

 

(ミサイルを受けている間にレザブレで殺られる! ならば――――!)

 

 REVに思考で意図を伝えると、エリスはイクリプスのOBを起動。

 さらに機体のリミッターを解除。高出力ジェネレータが甲高い悲鳴を上げるがEN出力は大幅に上昇。

 

 AMSの精神負荷が激増する代わりに機体と完全に一体化する。

 今のエリスはアクチュエータ複雑系の一ユニットに至るまで制御できる。

 

 イクリプスが超音速の回避運動を開始する。

 高い機動力で追いすがるミサイルを複雑なアクロバット飛行で引き剥がしていく。

 

 PAによる防御と回避を併用すると読んでいた二人のレイヴンにとって予想外の動きだった。

 必殺の機動を修正するため、ダイヤウルフはエネルギーをロスしていた。

 

 エリスは大空を舞台に死のバレエを踊る。

 

「くぅぅぅぅぅぅっっ!!」

 

 重力加速度に歓喜とも苦悶ともつかない声を漏らしつつ、エリスは歯を食いしばってアーマードコア・ネクストを操る。

 イクリプスはマシン・マキシマム構想に基づいた調整がなされている。

 搭乗者の生命保護は完全に無視されているが、必要ならば超絶の機動性を発揮できる。

 

 現在エリスにかかってる重力加速度はナノスキンスーツの高度な耐G性能でも足りないほどだ。

 QB速度は通常の三倍に跳ね上がり、殆ど瞬間移動めいている。

 

 それでもダイヤウルフを駆るメリッサ・ロングファングは直感を頼りに飛行コースを調整していた。

 大筒丸の放った自律型高機動ミサイルは忠実な猟犬のようにイクリプスを追い立てている。

 判断一つ誤ればイクリプスは最初にノーマルに撃墜された不名誉なネクストになるだろう。

 

(あはは、これ凄く楽しいね! 思わず歌いたくなる素敵なマニューバだよ!)

 

 REVは窮地にあっても暢気なものだ。このAIは他者はおろか、自身の死にさえ欠片も興味がない。

 

 各部の機体負荷がイエローとレッドを行き来する。

 アラートが鳴り響き、被弾による機体のダメージを予測する悲観的なシミュレート結果が次々に浮かぶ。

 

 それを至極愉快に感じたREVはお気に入りの太陽系外出身者(アウトスターズ)のアーティストの曲を歌い、思考の海で舞い踊り始めた。

 

 若くして地球圏にまで名を轟かせながら、植民惑星解放運動に加わり、地球連邦の治安部隊の砲撃で跡形もなく消し飛んだ男の曲だ。

 REVのそれは無機質な合成音声による歌だが、人間以上に病んだ熱狂を孕んでいる。

 

"真っ黒だ。どいつもこいつも道連れさ。地獄は命/血/糧が欲しくていつでも口を開いてる"

 

 ありきたりの言葉に抜き身の憎悪を込めた、植民惑星の卑猥なスラング混じりのフレーズがエリスの意識の中に黒く奔った。

 

(本当にぃ! 喧しいぃっ! ヤツっ!! こんっ! なっ! 時っ! でもっ! 暢気なっ! クソ鮫っ!!)

 

 QB制御に集中しているため、途切れ途切れの思考で相棒を罵倒するエリスであった。

 

 AIの歌は少女に狂気めいた霊感を授けたのか。イクリプスは大筒丸が放ったミサイルの第二射、第三射さえ無傷で躱していた。

 

 イクリプスを挟み撃つコースを取っていたミサイル群同士が、空中衝突する滑稽な末路を辿る。

 電脳サメREVは間抜けなミサイルAIの最期に手を叩いて大笑い。

 

 天上でエリスが繰り広げるのはネクストの機動性を持ってしても常識外れな、壮絶な戦闘機動。

 並みのACドライバーならば圧倒されて手を止めてしまうかもしれない。

 

 死のバレエを最後まで踊り切ったイクリプスは降下しながらチャージしたコジマキャノンを上空に発射。

 一直線上に集まっていた残りのミサイル群はコジマ爆発に飲み込まれるか、爆発による衝撃波を受けて爆散した。

 

 イクリプスの回避機動によって、地上の大筒丸は僚機と敵機の双方から引き離されてしまった。

 

 低速のOBで追いかけながらガトリングガンによる対空砲火を続け、イクリプスを有効射程に収めようとする。

 高性能高コストなトリニティ製新型ミサイルは三射で使い果たして、パージされていた。

 

「おらおら! 逃げんなよ! おらぁ!」

 

 四柳は通信回線を開いて元気一杯に吠えながらトリガーを引いていた。

 

 ガトリング砲弾がPAに次々に着弾するが、有効射程外なので減衰は軽微だ。

 

 翼をもがれた天使の如く落ちていくイクリプス。不意に深紅の機体を影が覆う。

 高く高度を取ったダイヤウルフが上空からの死(デス・フロム・アバブ)をもたらそうとしていた。

 

 純白の逆関節ACが両腕を広げて迫る姿は十字架、天使、あるいは白い鴉を連想させた。

 空よりも深い青のエネルギーの刀身はACの全長に達するほど延長されており、必殺の威力を物語る。

 

 神々しい光景だ。フルスイングでブレードが振るわれた時、イクリプスはPAごと紙のように切り裂かれるだろう。

 全てのレイヴンが待ち望んだジャイアントキリングが現実になろうとしている。

 

 エリスの時間は泥のように遅くなる。

 コジマキャノンは再チャージが間に合わない。ライフルもブレードも構えている間にやられる。

 後方にQBしても長大なブレードからは逃れられない。

 

「ならばっ―――――こうだ!」

 

 獰猛な笑みを浮かべ、エリスはメインブースターのQBを吹かす。ダイヤウルフの懐に飛び込みつつ、決死の格闘戦に挑む。

 イクリプスはサマーソルトキックめいた動きで敵機を蹴り上げた。

 

「でぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!」

 

 エリスが咆える。ダイヤウルフごとブースターの推進力でとんぼ返りする。二機の位置が一瞬にしてひっくり返った。

 

 下になったダイヤウルフは、蹴りの衝撃によりアクチュエーター複雑系に大きなダメージを受け、駆動系が一時的に麻痺してしまう。

 ブレードを振るうどころはではなくなり、地面に落下。木々を薙ぎ倒し、土煙を巻き上げる。

 ダイヤウルフの各部がショートして頭部のセンサが光を失う。

 ジェネレータが止まった。

 

"究極の天使! それが何者であるか、疑う余地はない!"

 

 史上最もネクストを追い詰めたノーマルACの最期にREVはお気に入りの曲の一節を手向ける。

 宇宙に食指を伸ばした巨大企業グループを究極の座を求めて、醜く争う天使達に喩えた詞であった。

 

「メリッサ!」

 

 僚機が地表に叩きつけられると、大筒丸のドライバー、四柳は悲痛に叫んだ。

 

 だが、深紅のネクストが息を吹き返し、上空から超音速で迫ってくれば相棒の身を案じる余裕などない。

 

 肩部装甲板を開き、インサイドのナパームロケットをダメ元で発射。

 命中。ナパームの火炎がネクストの粒子装甲を包み込む。

 

 炎を振り払うように、QBで向かって左に跳んだネクストのヘヴィ・ライフルがコアと左腕部に命中する。

 コアに当たった二発は跳弾したが、一発が左腕の関節部を貫通。

 左腕は損傷で重量のあるガトリングガンを保持できなくなってしまう。

 

「ひっ……!―――――まだまだぁぁ!!」

 

 四柳は舞い降りてくる深紅の破壊天使に慄いてしまうが、己を叱咤してすぐに闘志を呼び戻した。

 

 音声入力でFCSを精密射撃モードに切り替え、残った右手のガトリングでPAの薄い部分を狙う。

 敵ネクストは真正面に着地。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 それを挑発と思い込み頭に血が上った四柳はOBを起動して、地を滑るように突っ込み、体当たりで一矢報いようとした。

 

 僚機がやられたら容赦なく見捨てて離脱するという、ミッション前にメリッサと交わした約束は荒れ狂う激情の嵐で吹き飛んでいた。

 

 深紅のネクストの背部キャノンの砲口が眩い緑に瞬く。四柳の視界が激しく揺れて、真っ暗になる。

 

「ぐぅぅぅっ!! なっ何ぃ!? モニターが死んだ!?」

 

 コジマレーザーが頭部とコアの隙間を射抜いたことによるダメージだった。

 重装甲にアセンブルされたACといえど、関節部は脆い。

 主要なセンサやレーダーを搭載した頭部が機能停止したため、右手のガトリングガンの射撃精度はがた落ちだ。

 

 イクリプスは闘牛士のようにタンクACの体当たりを避け、側面に回り込んだ。

 

「わざと外したの?」

(まさか。向こうの悪運が強いんだろう)

 

 ミサイルとダイヤウルフで消耗したエリスはコジマキャノンをREVに任せていた。

 正面からの砲撃なのだから、コクピットに直撃させることは息をするより容易いはずだ。

 

 リンクスと統合制御AIとして思考の海を共有しているとはいえ、心の内までは読めない。

 どちらにせよ、エリスはこのレイヴンを殺したくなかったので好都合だ。

 

 一瞬の休息で気力体力を取り戻したエリスはライフルで右腕部、コアと脚部のジョイント、履帯を撃ち抜き、とどめにブーストキックで蹴り倒してタンクACを無力化した。

 

 コクピット・ブロックは無事だ。

 墜落したダイヤウルフにも生体反応が残っている。

 

 二機のノーマルACとの戦闘に要した時間はきっかり二分だった。

 

 擱座した二機のノーマルの姿は無惨なものだった。

 一方で勝者たるネクストの周囲には稲妻が瞬いて完全な粒子装甲を纏い、威容を示した。

 

 通信は沈黙している。ドローンと監視衛星で戦闘の推移を見守っていたトリニティの将校達は何を思うのか。

 

(帰ろう。増援はない。お楽しみは終わりみたいだ)

 

 REVが促す。

 エリスは返事を返すことなく、OBを起動して、垂直上昇。最大出力のQBでさらに加速する。

 

(エリス! 一体何を!?)

 

 REVの困惑は直後にトリニティ側の通信を傍受したことで鎮まった。

 

《ただちに攻撃を中止しろ! 敵ネクストは既に離脱している! 基地と友軍を消し飛ばすだけだ!》

 

 無線で吠えている、今回の罠の仕掛け人殿は意外にも良心的だった。友軍とは雇ったあの二人のレイヴンのことだ。

 

 光翼を背負った破壊天使はあっという間に高度一万mに達する。

 エリスは勘だけで軌道上でコジマ粒子砲のチャージを完了しつつある攻撃衛星を感知したのである。

 

 トリニティ上層部には命令を撤回する気はないようだ。

 

 エリスはコジマキャノンをただちに発射。

 コジマ粒子レーザーは射線上の大気を分解しながら直進、衛星砲を射抜く。

 粒子収束力場が乱れ、大規模なコジマ臨界爆発が起こる。

 

 暴走したコジマエネルギーは周囲に伴う衛星砲秘匿のためのダミー衛星を飲み込み、衝撃波が広がっていく。

 

 破壊的なエネルギーの広がりよりも速く、イクリプスは天空を駆け、戦域を離脱した。

 

 

 イクリプスを収容した大型VTOL輸送機を迎えるべく、工廠艦ツクヨミが浮上する。

 VTOL着艦後、聖書の海獣の如き船体を誇る遺失技術艦は幻のように姿を消し、再び海中に没した。

 

 エリスはネクストのコクピットから飛び降りて、VTOLの操縦席に戻り、放置していたタブレット端末を回収した。

 

 ネットワークに再接続されたことで書類が送信されている。

 送信先は日本にある聖オルベリア教導学園。送ったのは入学手続きの書類だ。

 次代の優れた人材を育成するこの学び舎は連邦政府と多数の企業による共同出資で運営される、一種の聖域だった。

 

 エリスは傭兵と女子高生の二重生活を始めるつもりでいた。

 

 元々着ていた衣服を洗濯シュートに放り込み、エリスはナノスキンスーツの手首のスイッチを押す。

 スーツの密着が解けると、エリスはするりと脱ぎ捨てて全裸になる。

 

 赤髪少女は生まれたままの姿を恥じることなく、満面の笑みで大きく伸びをした。健康的な美少女の解放感に溢れた姿ではあった。

 

 戦闘中に掻いた汗は綺麗さっぱりなくなっている。

 

 ナノスキンには汗や尿などの水分を浄化して非常用飲料水として保存しつつ、汚れを分解して着用者の清潔を保つ機能があるのだ。

 

 さらに、スーツを装着したまま入浴さえできる。

 実際、かつてのエリスは常にナノスキンスーツを着たまま過ごし、入浴までしていた。

 

 ナノスキンスーツはその名の通り、ヒトの第二の皮膚なのだ。不便を理由に脱ぐ必要性は一切ない。

 一秒さえ惜しい《再構築戦争》の兵士のニーズに完璧に応えたスーツだった。

 

 だが、今の地球は巨大勢力が暗闘を繰り広げているとはいえ、表向きは平和が維持されている。温かいシャワーも好きなだけ浴びられる。

 神薙エリスは傭兵としてしか生きられない身だが、かつての世界で叶えられなかった一時の平和や安らぎを噛み締めたい気持ちもあった。

 

 それが、戦装束であるナノスキンスーツを脱ぎ捨ててシャワーを浴びる理由だった。

 

 心地良いお湯を素肌に浴びて、体を温めながら今日の戦闘を反芻すると、笑みが零れる。

 打つ手を一つ間違えていればイクリプスは大きな損害を被るだけでなく、撃墜されていただろう。

 生と死の狭間に立つ、陳腐なスリルがエリスという名の乙女の姿をした怪物の最大の糧だった。

 

 シャワーを浴び終えると、エリスは肩にタオルをかけただけの、はしたない恰好で自室に戻る。

 ナノスキンスーツは更衣室に置きっぱなしだ。

 

 皺は付かないし、洗濯する必要もないし、今日は店仕舞いだ。それに明日の朝もシャワーを浴びるし。

 

 服を着るのは面倒臭い。

 

 もし、今日またイクリプスに乗る必要があったら、裸で乗ろう。

 無駄に頑丈なのが取り柄だから、超音速戦闘をしても苦しいだけで戦闘に支障はないし――――などとエリスは考えていた。

 

「エリス! いい報せだ! 仕事の依頼が来ている。それも五件だ! 全部、前に連中が必死で封鎖したアドレスからのコンタクトだ。いよいよ君に指先ほどの利用価値を見出し始めたみたいだね」

 

 突如として艦内放送でREVの合成音声が響いた。

 

「ふーんなになに――――」

 

 パンツを穿いて股間を覆うことさえせず、裸身のままエリスはタブレット端末で依頼を確認する。

 

 全て企業からの依頼でご丁寧にこれは罠ではないと文面で保証している。しかも一つはトリニティからのもの。

 先ほどの戦闘から一時間も立たないうちに正式な依頼を持ち込んできた。

 この面の皮の厚さこそがこの世界を支配する勢力の強さだった。

 

 態度を改めたが、どの組織も隙あらばエリスを罠に嵌め、イクリプスを手中に収めようとするだろう。

 力を示し続ける必要がある。望むところだ。

 

 ブリーフィングを再生する。

 依頼人はトリニティ・セキュリティサービスの特務部局長ヤヌス・キルロイ。

 淡々とした口調でミッションを説明するキルロイ氏の声を聞くのは本日三回目のことだった。

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