日蝕のアサルトレコード 作:その辺の残骸
今、エリスがするべきことは目の前の敵を倒す。ただそれだった。
追撃してきたスキッソルを無力化し、保護対象のクィナは自力で安全を確保している。
スキッソルとつるんでいた二機のACは既に撃墜されている。
クィナのストライヴが撃退したのではない。協働してストライヴを追跡し、メガフロートの中央工業ブロックに入ろうとしたときだった。ヘルホイールとプアンソンは突如としてスキッソルに刃を向けられた。
かたやタンクタイプ、かたや狙撃タイプの軽量逆関節。
至近距離でブレード特化型のACに裏切られては為す術がなかった。
内輪揉めとは、ある意味ではレイヴンらしい行為である。
エリスとしては安心して背中を任せられる僚機や、好みの仕事を回してくれるハンドラーに出会えたことが、いかにありがたいか実感させられる光景であった。
スキッソルの裏切りは、ネクストを落とすという大戦果を独り占めしたくなったがためだろう。
「この武雷ってヤツは功名心が異常に強い手合いだ。やられた方も用心しておくべきだったね」
裏切りが起こった時、レヴは心底楽しそうな口振りでそう言っていた。武雷、それがスキッソルのレイヴンの名だ。
精巧なゴシックドレスの少女人形に宿るこの電脳サメAIは、とことん性格が悪い。
人間の醜悪な面や暗黒面を眺めるのが特に好きだった。
カウンセラーの肩書きで聖オルベリア学園に来たのも、生徒の内面を娯楽として消費するためと宣うほど(その割にはちゃんと仕事していたみたいで、見た目の可憐さもあって生徒に人気を博していたが)。
そんなレヴだが、共に戦う相棒としては最高だ。完璧以上にエリスの戦闘をアシストしてくれる。
「おっぱじめるぞ」
「いつでもどうぞ」
バックブーストでリニアレールを後退しながら、イクリプスはライフルとガトリングガンの射撃を開始。VACの大口径火器が輸送レールシステムの狭い通路に砲声を轟かせた。
全身のアクチュエータ複雑系を精密に制御して、レヴは射撃反動を受け流している。おかげで照準はチートコードを入れてるみたいに安定していた。
相対する大型ホバーMTは、純白のネクストACの銃撃を真正面から食らいながら、それを上回るほどの鉄と熱を吐きつけて報復してくる。
灰色の都市迷彩が施された大型機だ。角を削ったような四角形のフォルムは、まるで蹲るようであった。
「シュトゥルム・グスタフか。大型MTのベストセラーらしいが、さてどんなもんか」
「少なくともカタログスペックは信じるなよ。ミサカの手が加わってるだろうからね」
シュトゥルム・グスタフは欧州の巨大企業体、オールドガーデンに属するドイツ兵器メーカーのMTだ。
本体となる前部と武装カーゴの後部に分かれており、さらに全身が効率的にブロック化されている。
堅実な性能から人気が高く、ブロック構造のおかげで改修が容易なため数多くのバリエーションが存在する。
本体の両サイドには主砲となるキャノンを装備可能なアームがある。可動域が広く、強固に装甲されているため格闘戦にも対応している。
シュトゥルム・グスタフは両腕のキャノンを含め、ありったけの砲門を突き付け、一斉射撃してきた。
フロートによって大型MTとしては高い機動性を持つとはいえ、ネクストを圧倒できるほどではない。ブースト推進で浮き上がり、段差を超えるくらいはできるが、根本的には立体的な戦闘は不可能。
いくら装甲が分厚いとはいえ、上面装甲は薄い。ネクストの背部キャノンで撃ち抜くことができる。
本来ならせいぜい梃子摺る程度の相手なのだが、今の状況はネクストーーひいてはアーマード・コアという機動兵器にとって不利だった。
閉所ではネクストの最大の武器である機動性が制限される。
一方で、シュトゥルム・グスタフは火力を最大限発揮しつつ、厚い正面装甲で攻撃を受け止められる。
こうなれば大型火器の威力によって、コジマ粒子によるプライマルアーマーの防御もすぐに削り切られ、それ自体は従来型のACと大差ない強度しかないネクストの機体も跡形も残らず破壊されてしまう。
イクリプスがこの先にある貨物プラットホームに辿り着き、自由に動き回れるようになる前に撃破するつもりだろう。
「それはこっちも同じこと!」
エリスはあえて突っ込んだ。
オーバードブーストをかけつつ跳躍。
プライマルアーマーで榴弾を真っ向から受け止め、爆炎に包まれる。閉鎖空間での強烈な爆圧。イクリプスは力技でそれに打ち勝ち、神業的な運動及び機動制御で敵機の上を取った。
シュトゥルム・グスタフの上面装甲にガトリングとライフルの銃撃をお見舞いしながら、頭上を通り抜ける。
通路の左右の幅は狭いが、天井は高く、トップアタックを仕掛けることができた。
上面にもVLSミサイルランチャーや近接防御用の散弾砲、機関砲が備え付けられているが、ガトリングの掃射を浴びせて対処する。
本体には貫通力のあるライフルの大口径砲弾を叩き込む。
最初の数発は装甲表面に生じた斥力――MTの防御力をさらに高める高出力の防御スクリーンが弾き返していた。
ACやMTのジェネレーターでは気休め程度の防御力しか発揮できないが、大型機であれば物理装甲との相乗効果で防御力は段違いに向上する。ミサカによって施された改修だった。
――――防御スクリーンがあっても、VACの銃ならこの通りってワケだ!
だが、被弾が重なると防御スクリーンの斥力はVAC用武装の威力に圧倒された。
あっという間に頭上の敵を攻撃可能な武装が破壊されていく。ライフルの巨大な砲弾は装甲を抉り、奥深くに達していた。
シュトゥルム・グスタフの頭上を通過する間も、爆発と被弾でイクリプスの粒子装甲は減衰していく。
「なんのっ!」
爆風によって前進さえ妨害される。それでも純白のネクストを駆り立て、エリスは突き進んだ。
一瞬の交差でしこたま銃撃を浴びせ、都市迷彩の大型MTを飛び越す。
マニュアル制御による最大出力のクイックブーストとオーバードブーストが合わさり、スピードはマッハ2を超えていた。
イクリプスはクイックターン。サイドブースターの瞬間的な噴射で機体が反転させるこの機構は、ネクストに絶対的な機動戦の優位を与えている。
「ぬぉぉぉぉ!!」
「むぅぅ」
180度の反転でかかる猛烈な慣性荷重。エリスは操縦桿を握り、踏ん張って耐える。
後ろにいるレヴも流石に余裕ではいられず、黒ゴスドレスの幼い姿でするには不格好だが、脚を広げて堪えてた。
着地。滑走。イクリプスの足元で火花が散る。
グスタフの巨体が遠ざかる――いや、カーゴが迫ってくる!
「ト・カ・ゲか、おのれは!」
補助ブースターで加速をかけながら突っ込んでくる武装カーゴに向かって叫びながら、赤髪の戦乙女は地を蹴る。
そのイメージに従い、純白のイクリプスが再び跳んだ。思わず声が出てしまったが、シュトゥルム・グスタフの動きは読めていた。
エリスは相手の数手先を行っている。
傍から見れば蛮勇でしかない戦闘機動も一か八かの賭けではなく、確実な手として選んでいる。
目にも止まらぬ速さでイクリプスがカーゴを飛び越える。
直後、カーゴは自爆した。爆発によって周囲は完全に崩落し、爆風が純白のネクストを押し出す。
転倒寸前になりながらもエリスは爆風の勢いに乗り、プラットホームに飛び込んだ。
すぐさま巨大な腕がイクリプスに迫る。
先にプラットホームで待ち構えていたシュトゥルム・グスタフが格闘戦を仕掛けてきたのだ。
キャノン内蔵のアームをラリアットの要領で叩きつけてくる。
直撃すればプライマルアーマーを最大出力で展開したネクストとて一たまりもない――が、空振りする。
イクリプスは大型MTのAIの予想よりも遥かに速い。まるで違う時間の流れで動いているかのように俊敏だった。
「残念だったね。エリスは君よりずっと速いんだ」
白金髪のゴシック娘が嘲笑う。誇らしげでもあった。
ラリアットを避けたイクリプスが隙を突いてライフルを叩き込む。至近距離からの連射で腕の基部を撃ち抜いた。
脇を通り過ぎたイクリプスに旋回して追いつこうとするシュトゥルム・グスタフだが、既に純白のネクストACは幻のように消えている。
「遅いっ!」
エリスは瞬間移動めいたクイックブーストで死角から銃撃を浴びせていく。
相手が反応した時には既にそこにイクリプスの姿はない。シュトゥルム・グスタフは一方的に撃たれ放題というわけだ。
片腕を失った大型MTはそれでも果敢に挑みかかるが、結果は目に見えていた。
MTの運用を前提とした広大なプラットホームは、シュトゥルム・グスタフに何の優位も与えない。
赤熱したガトリングガンの銃身が空転する。
イクリプスが銃口を向けている先には装甲を穴だらけにしたシュトゥルム・グスタフの姿がある。内部からの爆発で酷く損傷しながら停止していた。
「いい武器を拾えたおかげで楽に勝てた」
弾切れになったガトリングガンを放棄して、レーザーブレードを再び左腕に装備する。
激しい戦闘のようだったが、イクリプスの損傷はごく軽微だったし楽勝といえた。
「ヤトのほうは苦戦中か、不味いな」
赤と黒のナノスキンスーツ姿で腕を交差させてストレッチしながら、エリスは戦況を確認した。
視界に「ちょっと鬱陶しいのに絡まれて遅れとる、堪忍な~」とデフォルメアイコン付きでヤトのメッセージが表示されている。軽い調子で振る舞っているが、深刻な状況だと赤髪の戦乙女は悟っている。
あくまで今回のミッションの最重要目標はヤトが侵入した施設の量子サーバーなのだ。
それに依頼主がやられては話にならない。
いくらイクリプスが高性能でも、異星技術まで用いた新型機と交戦中のヤトの援護には間に合わない。
地上でクラッシュアームズ参加者のACを叩きのめして、退路を確保しているアンヘラに遣いを頼んでも同様。
ここでストレッチを中断した赤髪のヤンキーギャルは振り返って、後ろのシートに座るレヴの様子を確かめた。
「まったくお前ときたら、依頼人の一大事にニヤつきおってからに」
予想通り、ニヤニヤしている。エリスは大袈裟に呆れてみせた。
電脳サメにとっては自分の力を発揮できる、またとない機会なのだ。
「いいじゃないか。ちょうどクィナもこっちに来ている。今更、前言撤回なんて言わないでくれよ?」
「分かってるよ。レヴ様のお手並み拝見だ」
「任せてくれ」
胸を張って殊勝な物言いをするレヴ。エリスは操縦桿を握り直し、深呼吸した。
この状況は想定していなかったわけではない。
作戦進行のボトルネックを取り去る一手としてレヴがいた。
何重にも制限をかけた上で電子戦モードを解禁してクラッキングを仕掛ける。
これにより、イクリプスそのものが現地に向かえなくも、電脳の見えざる神の手でヤトを援護することはできるのだ。
クィナのストライヴは全速力でこっちに向かっている。
撃破したばかりのシュトゥルム・グスタフを背にして、エリスはクィナを出迎えるようにしていた。
「キミのほうも上手いことやってくれよ」
「そこは心配すんな。ヘマしたらサヤ達に顔向けできん」
既に暗号通信でストライヴには味方だと伝えてある。
だが、プラットフォームのゲートに姿を見せた灰色の偽装ネクストAC、ストライヴはイクリプスに銃を向けてきた。
通信もなく、KRSWの蒼い光弾が放たれる――救助対象に撃たれるという異常事態だが、それを予期していたエリスはクイックブーストで軽やかに跳ねて射撃を躱す。
ブーストダッシュをかけながらストライヴは残りの武装で射撃してくる。攻撃を受け止めるプライマルアーマーの光を纏いながら、イクリプスは円を描くステップを刻んだ。
言葉を交わさずとも、クィナの苦悩も事情も察している。
「気にすんなよ。皆殺しになんてさせない、全員助けるさ」
赤髪の戦乙女は優しい声音で眼前の敵機に呼び掛け、仕事の大詰めにかかった。