日蝕のアサルトレコード   作:その辺の残骸

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リンク・ステップスⅡ

 クィナが無力化したスキッソルはベルトコンベアを下敷きに倒れていた。

 

 四肢を破壊された無惨なハイエンドノーマルのコクピットは開け放たれている。

 クィナはドライバーである"武雷"(ブライ)を逃げるままにさせた。たとえ恨めし気に睨みつけられても耐えた。

 

 仕事の間だけの協力関係とはいえ、手を組んでいたレイヴンを裏切って殺害するような輩だ。義憤――そう呼べる感情が片目隠れの少女の中で渦巻いていた。

 

 それでも殺しはしたくなかった。母親であるアゲハの意思に従いたくはなかったのだ。だから、堪え続けた。

 

 通信回線が開く。相手は当然、母であるアゲハだ。

 

『格好良かったわよクィナ。お母さんとして、ちゃんと最後の仕上げまでやって欲しかったけど、それは次からで良いわ。ちょうどいい相手も来ていることだし』

 

「どういうこと……?」

 

 クィナが困惑するとアゲハは嗤った。

 

 

――――

 

 

 強力無比なハイレーザーライフル"WH04HL-KRSW"の一撃を切り抜けた純白のイレギュラーネクストにライフルを射掛けて牽制。

 さらにプライマルアーマーを瞬時に削り切るパルスキャノンを浴びせようとする。

 

 灰色の偽装ネクストAC"ストライヴ"は"イクリプス"と交戦していた。

 

「っ……!」

 

 華奢な肉体が浮き出る黒と黄のスキンスーツに汗が滲む。戦闘機動の苦痛に苛まれながらクィナは全力を尽くしていた。

 

『メガフロートには自己解体プロセスが仕組まれているの。あなたが頑張らないと今生き残ってる参加者は皆死ぬことになるのよ』

 

 無論、救援に駆け付けてくれたイクリプスへの襲撃はクィナの意志ではない。母であるアゲハに脅迫されてのことだ。

 

 クラッシュ・アームズという命の奪い合いに参加したのだから自業自得。

 

 そう片付けることはできなかった。脅迫や拉致で無理やり参加させられた者も多数含まれているのだ。

 廃棄メガフロート全域を使った大規模な戦闘を目玉とする今回のクラッシュ・アームズを盛り上げるために用意された犠牲だ。

 

 そうした者達のリストを見せて、アゲハはクィナに裏切りを強要してきた。リストの中にはクィナと変わらない年頃の少年少女まで含まれていた。

 

 参加者の大部分はイクリプスの僚機である黒い重量級のネクストACに撃破されており、機体は破壊されているものの生存している。

 

 今は無事というだけだ。メガフロートの崩壊に巻き込まれれば生き延びる術はない。

 

 自分の力ではどうすることもできない状況に、金髪片目隠れの少女は絶望を噛みしめながら、命令に従った。

 

――――ごめんなさい、お世話になります

 

 しかし、その絶望は戦闘を通して払われていた。全力を出せるのは相手を信頼しているからだ。

 

 イクリプス、イレギュラーネクスト、(カラス)の黒い翼を背負った山猫。そのリンクスの顔をクィナは知らない。けれど、その思惑は理解している。

 

 貨物プラットフォームで繰り広げられる激しい戦闘の最中、クィナはイクリプスのリンクスと言葉を用いずに通じ合った。

 

 ステップと銃撃によるコミュニケーション。アイカメラ越しの意志が"信じろ"と告げている。イクリプスはアゲハの企みに気付いていた。

 

『いいわ、とっても素敵よクィナ。そのまま"イクリプス"を殺して貴女の価値を証明しなさい。お母さんの方も、もうすぐ大きなネズミが片付くの。終わったら直接褒めに行ってあげるわ』

 

 アゲハの哄笑混じりの言葉はもうクィナに響いていない。

 

 慕ってきた母親の豹変ぶり。かつてレイヴンとして名を馳せていながらイクリプスの意図を読み解くことができていない違和感。

 それは今、自分に一方的に話しかけている相手が地獄のような日々から救い出してくれた遊間アゲハではないという確信を抱かせていた。

 

「くっ! やっるぅっ!」

 

 容赦なくストライヴの背後を取ろうと動き回りながら、エリスは獰猛に笑う――その後ろで白金髪のゴシックドールは滅茶苦茶不満げ。

 

「何がやっるぅだよ、君が本気ならこの程度のネクスト一蹴できるだろうに」

「クィナが強いのは本当だよ。これから伸びるよあの娘は」

 

 一見すればエリスは追い込まれているようだが、これは演技でしかない。

 

 ストライヴと無言の即興連携プレーで死闘を演出しているのだ。自らも大型兵器を制御してナハツェーラーの相手をしている人格複合体は、これにすっかり騙されている。

 

 実弾ライフルをレーザーライフルに持ち替えつつ、イクリプスは通路に逃げ込んだ。

 

 ロックオン警告を聞き流しながら回避運動。サイドブースターがプラズマを炸裂させる。

 不意に急激な横Gがナノスキンスーツに包まれたヤンキー娘の肉体を殴りつける――クイックブーストで曲がり角に強引に滑り込んだ。

 

 イクリプスを追尾しきれず壁に当たったマイクロミサイルが炸裂する。

 黒煙を押し退けながら灰色のストライヴは敵機を追った。

 

「大詰めといく、任すぞアンヘラ!」

 

 赤い髪を修羅の如く振り乱し、エリスは上空にいるウルティマ・ラティオに叫ぶ。

 

 漆黒の重装ネクストは向かってくるACを叩きのめし、クラッシュアームズを台無しにしてから飛び立っていた。

 

 エリスが指定したポイントに巨大な両手持ちの複合砲"ガンボックス"を向けている。

 そのドライバーシートで陽気な南米娘は、鼻歌混じりにコジマミサイルのパスコードを入力してセイフティを解除。

 

「よーし、いっけぇ♪」

 

 ガンボックスの最大火力であるコジマミサイルにはバンカーバスター弾頭が用いられている。

 二発同時発射された大型ミサイルがメガフロートの中央から広がり、面積を占める工場の屋上を貫通――それぞれ指定された深度で起爆した。

 

『これでいいかな?』

「ばっちり、完璧だ!」

 

 コジマ爆発が工場の一角を崩壊させる。イクリプスは侵入した際と逆に縦穴(シャフト)を昇り、月が輝く夜空に向かっていた。

 

 大穴を降りたり昇ったりする一日だと、レヴはなんとなく思った。そこに赤髪のヤンキー娘の鋭い声が飛ぶ。

 

「レヴ、コジマ物質への電荷最大! 余剰エネルギーをぶっこめ!」

 

 本来ネクストでも扱いきれないエネルギー負荷の武装を使用できるように、イクリプスのジェネレーターは遺失技術によって大幅な改修が加えられている。

 現在の武装で消費しているエネルギーはそのジェネレータ出力からすれば微々たるもの。

 

 イクリプスは莫大な量のコジマ粒子を全身の整波装置で安定還流させ、強固なプライマルアーマーを張る。

 落下してくる瓦礫と背後を取っているストライヴの攻撃で減衰しても、オーバードブーストの高速をキープできる十分な厚さだ。

 

 夜空に高く舞い上がった白いネクストACを追う灰色のストライヴ。

 

 縺れ合うように空中戦を演じる二機。

 全周に展開されたコジマ粒子とブースターから放たれるプラズマの光が闇の中にその機身を照らし出す。

 

 ウルティマ・ラティオを後退させつつ、アンヘラはエリスとクィナが繰り広げる戦いの決着を見届けようと目を凝らしていた。

 

 追撃される形だったイクリプスは反転、すぐさま急降下をかけた。その右手に握ったレーザーライフルは荷電粒子の輝きを銃口に蓄えている。フルチャージ。

 

 ストライヴは四つの武装を一気に解き放ちながら、純白のネクストACとの間で瞬間的かつ熾烈な旋回戦を展開した。

 

「ちっと痛いかもしれないけど、我慢してくれ!」

 

 対して、エリスが撃ったのは一発だけ。

 迎撃を掻い潜り、敵機の回避運動を予測して狙撃した。ピンク色の荷電粒子ビームが正確に灰色の右肩を撃ち抜く。

 

「いいぞ、こっちはスタンバイしてる。待たせてくれるなよ」

「承知!」

 

 レヴには電子戦モードの限定的かつ瞬間的な使用を許可している。

 この電脳サメは久々に全力が出せるとあって、ウキウキしていた。付き合いの長い相棒だから声で分かるし、ましてや今はAMSでリンクしているので互いの思考の殆どが筒抜けだ。

 

「行きます、イクリプス!」

 

 右腕が全損したことによる激しい痛みを感じながらもクィナは力の限り叫んだ。

 

 仰向けに落下していくストライヴに向かって増速するイクリプス。

 その左腕にはレーザーブレードの輝きがあった。格納可能な小型タイプでありながら、息を呑むほど剣呑な光刃だ。

 

 統合制御体の予測では、純白のネクストが仕掛けるマニューバーが成功する可能性は極めて低い。自殺行為でしかない。

 

 だが、それでもクィナは心から相手を信じて命を預けることができた。

 何一つ憂うことなく、全身全霊をぶつけるだけでいい。

 苛烈な戦いがスポーツのようにも感じられて楽しい。こんな気持ちになったのは、はじめてのことだった。

 

――――同好会の皆やサヤちゃんともなれるかな、こんな風に

 

『いいわぁクィナ、そのままイレギュラーを殺しなさい! そうすれば貴女の価値は――――』

 

 オンラインになったままの通信で戦闘を監視している"母"が何か熱狂的に叫んでいる。

 けど、今はそんなことはどうでもいい。

 

 文字通り、ストライヴは全弾を撃ち尽くした。

 それでもイクリプスは健在だ。被弾しているが、被った最大のダメージは頭部のブレードアンテナがパルスレーザーを受けて吹き飛んだ程度。

 

「本当に強い」

 

 ついにブレードの間合いまで肉薄したイクリプスを前にして、クィナは思わず呟いた。

 祈るように目を瞑りながら、純白のイレギュラーに最後の反撃を行う。

 

 左手のライフルを叩きつける即興の近接攻撃。

 それは予想通り躱され、カウンターのレーザーブレードで胸部が切り裂かれる――直前でイクリプスはサイドクイックブースト、ストライヴにトドメを刺すことなく通り過ぎる。

 

 交差の瞬間、レヴはクラッキングを開始。

 至近距離でレーザー通信回線を使ってストライヴのメインシステムに侵入する。

 

――――征け、REV!

 

 言われなくとも。

 レヴは赤髪の戦乙女に素っ気なく返事して、ゴシック少女の義体から抜け出した。

 

 かつて惑星アリシアの異星AIを殲滅した最悪の人工知性体は枷を外された全能感を愉しみながら、電脳の海を駆け抜けていく。

 

「やあ、少しだけお邪魔させてもらうよ」

「えっ!? どうしてレヴ先生の声が!?」

 

 クィナに挨拶して混乱させながら電脳サメのREVは、量子サーバーまで回線を遡った。

 

 遊間アゲハのペルソナを被っている複合人格とクィナの通信は戦闘中に傍受しており、ストライヴの通信回線を介してのハッキングが可能だと確信していた。

 

 そうでなくとも手間がほんの少し増えるだけだ。電子戦モードのREVにかかれば造作もない。

 

 侵入が検知されるとすぐさま回線が遮断されるが、電脳サメは悠々と新しい経路を見つけ出す、あるいは作り出していく。

 

 REVは量子サーバーに侵入し、大口を開けた。

 興味を惹かれない雑多なデータ――とはいえミサカという巨大企業を揺るがす機密情報を飲み込みながら獲物に迫った。

 

 獲物の居場所はすぐに分かった。哄笑を響かせていて喧しいからだ。

 

 電脳サメにとっては、人格という複雑かつ莫大なデータの複合体も一口で食べきれる程度の物でしかない。

 

 蝶の如き翅を持つ人型兵器を操り、逆関節のネクストACを葬ろうとしていたまさにその時、人格複合体は丸呑みにされた。

 

「間一髪だね。危うくただ働きになるところだった」

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