日蝕のアサルトレコード 作:その辺の残骸
「くぅぅぅぅっ!――――まだまだぁ!」
被弾したことで
黒と暗赤色の逆関節機は身を深く沈めつつ、ショックからの回復を試みる。フルチャージした四連レーザーキャノンを敵に向けようとしていた。
ナハツェーラーを叩き落した敵機――人型の蝶のような大型機動兵器、レピドプテラは蝶の翅を想起させる意匠のフライトユニットから噴射炎を轟かせ、急降下強襲を仕掛けてきた。
上空に残った突撃型オービットに攻撃させることもできた。が、オービットはあえてナハツェーラーの空中の逃げ場を奪うだけに留めた。
自らの手でナハツェーラーを切り捨てようとしている。
死者の人格を再現し、融合させた人工知性体だからこその非合理的な行動だった。
「千に一つ、万に一つでも!」
ポニーテールに束ねた黒髪を振り乱し、悪鬼羅刹の如き形相で吼える。ヤトは妖狐を連想させる日頃の余裕を捨て去っていた。
追い込まれながらもその戦意は衰えていない。操縦桿を強く握り、ラバー状の黒いボディスーツを張り付けた長い脚を猛々しく開いて踏ん張る。
恐怖はなく、純粋な闘争本能に従って動いていた。今、この瞬間、レピドプテラに最大限の反撃をすることがすべてだった。
頭上から振り下ろされた長大なレーザーブレードがナハツェーラーをプライマルアーマーごと真っ二つに切り裂こうとする――REVがクラッキングを仕掛けたのは、まさにその時だった。
刹那、電脳サメは貪欲に情報を貪り、すべてを終わらせた。
「こういうヤツこそ僕らの相手に相応しいんだが」
REVは独り呟く。
ヤトが交戦した大型機動兵器の詳細なスペックは既に把握している。
今回のミッションの憂さ晴らしに、少し手を加えてツクヨミの模擬戦プログラムに追加しようと考えていた。
レピドプテラは二世紀前の戦争で用いられた惑星アリシアの異星兵器とネクスト技術のキメラだった。
人間のリンクスが操るネクストでは、一分と持たないような強力な機体だというのはREVも認めざるを得ない。巨大企業の重要施設の守護者に相応しい兵器だった。
とはいえ、その戦闘力はオンラインで繋がった量子サーバーの情報処理能力があってはじめて成り立つ。
人格複合体は派閥の戦略意志決定のみならず、レピドプテラや同種の兵器の制御も念頭に設計されており、元人格の特性を取捨選択して構築されていた。
強力なジャミングを受けたり、本体となるサーバーが電子的・物理的に破壊されれば大幅に性能が低下してしまう、電脳サメからすればお粗末な代物であった。
レピドプテラを制御していた人格複合体は電脳サメに飲み込まれ、腹の中で悲鳴を反響させている。
量子サーバーとの接続が切れても、機体そのものに内蔵されたAIで基本的な自律行動を取るくらいはできる――が当然戦闘力は格段に低下するし、自律AIへの切り替えまでにもタイムラグがある。
「勝てるようにしてやったんだ。この借りは高くつくからな?」
そう言い残し、電脳サメは巨体を宙返りさせてエリスが待つイクリプスに帰還した。
永遠とも思えるほど鈍化した時間の中にあって、ヤトは制御する本体を失ったレピドプテラに隙が生じるのを確かに見て取った。
――――今っ!
ナハツェーラーは最大出力のクイックブーストで弾かれたように後退する。レピドプテラの必殺の斬撃は盛大に空振りして、床を溶断した。
頭部の複眼状のカメラアイを明滅させたままレピドプテラは動かない。滞空しているオービットも硬直していた。
時間にすれば数瞬の出来事だが神経直結で加速された体感時間、ネクストにとっては強力な攻撃を叩き込むに十分な時間だった。
ヤトは思考でトリガーを引き絞る。
レピドプテラが放出し続けている淡緑の鱗粉――コジマ粒子が散らばる空間を蒼い閃光が塗り潰した。
量子サーバーとの通信が途絶え、機体側の自律AIに切り替わるまでの間に四連レーザーは命中。四本の光条はプライマルアーマーを撃ち抜くだけでなく、大型機動兵器の腹部に大穴を穿っていた。
動力部を撃ち抜かれたレピドプテラはただちに誘爆を起こす。それを見越して、ナハツェーラーは逆関節の跳躍力で一気に飛び跳ねている。
「この子選んでほんま正解やったな!」
コジマ粒子を含んだ爆発が干渉を起こしているため、プライマルアーマーは張れない。だが、大気を切り裂くよう設計された鋭い装甲のおかげで脱出に十分な速度を叩き出せた。
調達可能な
コクピットが激しく揺れる。炎とコジマ粒子が際限なく広がり、シャフトを満たしていくが恐怖も焦りも感じていない。
むしろ、クールダウンしていた。相手の動きが急に鈍った原因が、エリスたちの電子支援だということに既に気付いている。
ナハツェーラーは脱出経路を進む。非常警報が鳴り響く通路に、邪魔立てするものは何もない。施設内はREVの置き土産で完全な混乱状態になっており、ヤトもメイド隊も何の妨げもなしに脱出できるようになっていた。
「精進せんとな――――うっ」
戦闘の興奮が冷め、コクピットに充満した匂い――自分の汗やアドレナリンの濃厚さを自覚すると超然とした微笑みから一転、狐を連想させる鋭い美貌をしかめる。
嗅覚が鋭いので自分の体が放出したものとはいえ辛い。
ヤトが掻いた汗はラバーのような質感の特殊素材に吸収され、外部に排出されていた。
ミサカの最新技術で造られた試作ボディスーツは吸収した水分を素早く気化させ、発散するのだ。
多量の汗が内側に溜まらない一方、発汗量が多いと表面が汗でコーティングされたようになるし、気化した汗を纏う羽目になってしまう。
帰還すれば、ヤトはすぐに湯殿に通され戦いの疲れを癒すことになる。
その間に技術者や整備士がコクピットとボディスーツを洗浄しメンテナンスする。
彼女たちはそれが仕事なのだが、生々しい匂いを嗅がせるのは申し訳なく思えた。今後はリンクスとして戦場に出るのだから、慣れなければならない感覚ではある。
もっと大きな悩み事も出来ていた。
「デカい借りを作ってもうたな」
楽し気に、しかし苦々しくつぶやくヤトであった。
神薙の名を持つ少女たちの協力がなければ今回の作戦は果たせなかった。
AMS手術の痕をチョーカーで隠してエリスに見せびらかし、意気揚々と出撃した己はやられかけて助けてもらったに過ぎない。
貸しを作るのは好きだが、借りを作るのは大嫌いだし、そうならないようにしてきた。
だというのに、返しきれないほどの借りが出来てしまった。