日蝕のアサルトレコード 作:その辺の残骸
ミッションはこれで完了だ。
ついさっきヤトから援護のメイド隊と共に無事合流し、欠員なしで帰投しているとの連絡があった。
「すぐに後始末の部隊が来る。邪魔しないようにズラかろう」
『了解っ♪ 行こ行こ♪』
エリスはストライヴを引き連れて、ウルティマ・ラティオと合流。
メガフロートを離れるべく巡行飛行に移った。三機とも大出力大容量のコジマジェネレーターのおかげで、飛びっぱなしでいられる。
音速のオーバードブーストで悠々と飛び去っていく三機のネクスト。それを邪魔をする意志がある者は誰もいない。することもできない。ただ見上げるばかりだ。
赤髪ヤンキー娘が言った"後始末"――日防軍が廃棄メガフロートを確保するべく、全速力で向かっていた。
日本政府は当初からミサカが所有することになった廃棄メガフロートで、非合法の戦闘興行が行われているという事実は把握していた。ミサカが関わっているため、手出しできなかったのである。
ミサカという絶対的なスポンサーの元で殺し合いを金儲けに使っていた運営者一同の身元は"善意の民間協力者"より提供された情報で既に特定されている。
こちらにも内務省直属の特殊部隊が送り込まれていた。
日本で行われている唯一の、そして世界的にも有数の大規模なクラッシュアームズはこの日、終わりを迎えたのである。
本来ならミサカの私設軍であるMSFが出向いて処理すべき案件だ。
裏社会では広く知られた話とはいえ大々的に報じられれば、ミサカという巨大企業体にとっても瑕になる。
「根回しは完璧ってわけね」
あえて日本政府に処理させ、巨大企業体に対して物言える国という印象を与えるかわりに諸々の便宜を図らせる。そういうつもりなのだろう。
ヤトの派閥はクラッシュアームズのスポンサーだった派閥に比べれば、政府と協調する姿勢を取っている。だから、日本政府にとっても悪い話ではない。
「またまたおっかない知り合いができちまった」
口にしてから、エリスは知り合いというのは他人行儀な言い方だと反省した。
戦場で轡を並べずとも同じ陣営で命を賭けて戦ったのだ。櫛名田ヤトは戦友と呼べるだろう――この関係が末永く続けばいいが。
「そうでもないさ」
「なんだよー、レヴだってヤトと会ったときは結構困ってたじゃん」
「あんなものはじゃれあいだ。君に比べればあの女は大した脅威じゃない」
レヴが唯一"脅威"と評価できるのは相棒である赤髪の戦乙女、神薙エリスだけだ。
研究所で養育されていた幼き日のエリスは、創造者の封印を破り電子戦モードに移行したREVをとんでもなく野蛮で強引で、理不尽としか言えないやり方で打ち負かしたのだ。
『それにしても結構やられたね』
象徴的なブレードアンテナが折れた純白のネクスト、イクリプスの全身を確かめてからアンヘラが言った。
共闘からの敵対。あるいは決闘が馴れ初めとなった小麦肌の南米娘。エリスに敗けたことは特別な思い出としてアンヘラの心に深く刻まれている。
あの時はアームズフォート"ギガベース"とウルティマ・ラティオを同時に操り、全身全霊でエリスに挑んだのだが、これほどの損傷は与えられなかった。
「ちょっと妬けちゃうかな」
アンヘラは何気なくつぶやいた。その視線はイクリプスではなく、片腕を失った灰色のACストライヴに向けられている。
口元に指を当てた笑みは雌の猛獣めいて好戦的で、ぞっとするような妖艶さを醸し出す。黒紫色のナノスキンスーツがアンヘラが発露させた魔性ともいえる気質を強調していた。
遊間クィナへの興味が強まると同時に嫉妬の感情が沸いていた。
「だろ? クィナは強いんだ」
エリスは名誉の負傷だと言わんばかりに深紅のナノスキンに包まれた胸を張っている。
アンヘラの巨大な胸にサイズ負けしているとはいえ一般的には巨乳と呼べるボリュームだ。
普通の服を着ていても目立つが、サランラップほどに薄いナノスキンに覆われて裸同然ならばなおさら。
抜群に形が良い。いつでも強気なエリスの性格と相まって挑発的な双丘だった。
「機嫌直せよー夏休みが終わる前にまた闘り合おうぜ、全力でな」
危険な一面を覗かせるアンヘラに気付いていない赤髪ヤンキー娘ではない。何気なく誘う。
『やったぁ! 本気の本気で戦おうね、次はボクが絶対勝つから!』
目を輝かせ、大喜びするアンヘラ。
クィナへのささやかな嫉妬は再戦の喜びで吹き飛んでいる。
今回の仕事ではクラッシュ・アームズで実力のあるACドライバーを多数圧倒し、撃墜スコアでエリスを大きく上回っていた。
それでも全く勝ったという気にはなれない。ともに戦えば戦うほど、エリスの強さを思い知らされ、再戦したい気持ちは強まるばかりだ。
大好きな友人であり、同じ年頃ながら自らの力で過酷な戦場を切り拓いてきたエリスは憧れのお姉さん的存在でもある。
しかし、同時に超えると決意した敵なのだ。
イクリプスは、レーダーと肉眼で海上を進む帰還先を捉えた。
よし、無傷だな。分かっていても肉眼で確かめるまでは心配なエリスだった。
単に帰還先というだけなら海中に深く静かに潜ってる工廠艦ツクヨミがあるが、あの船にはエリスの友人たちが乗っているのだ。
「あれにも僕が入ってるんだ、無傷に決まってるだろう」
「そうだったそうだった」
レヴの指摘にエリスはおどけて返事した。
帰還するのは海上を航行しているタンカー。以前、火星でのミッションに向かう際に使っていた桐嶋ミコ所有の船だ。
主力をヤトの支援に割いているメイド隊をサポートするため、偽装タンカーのサーバーにもREVが入っていた。電子的存在であるため、遍在することができるのだ。
演算リソースは独立しているのでエリスの戦闘支援に支障はなかった。
タンカーの広い甲板にACの姿がある。
白と青の人型、見るものに聖騎士を想わせる佇まい。左腕にマウントしているのは近接武器を操る剣豪たちの憧れ、
アークセイバー、エリスの仲間である
二人は、ディハーニエ連盟国の一件で延期されていた親善試合を行うため日本本土に向かう同好会の護衛を担当していた。
クィナを脅迫して戦わせるために、同好会の少女たちの身柄が狙われる可能性があったので、ミコ部長から頼んでいたのである。
その読みは見事に的中したというわけだ。
通信が開く。搭乗者のバストアップウィンドウ付きだ。
『やっほ、エリス』
黒髪をシニヨンで纏めた黒識リゼが陽気に呼びかけてきた。後部シートに座った彼女は黒色のハイレグスーツを纏って魅惑的な肢体を強調している。
「ふたりとも護衛お疲れ!」
『そちらもな。大変だったろう』
「まあねー」
エリスは片目を瞑り、スポーツの試合の後のような調子で労う。
対して涼やかに微笑むのは金髪ツインテールの美少女。白色のハイレグスーツ姿のササラ・レイフィールドだ。
「同好会の皆もよくやってくれた」
『やった! エリスちゃんに褒められた~♪』
『バカになった自爆ドローン落とすくらい、オレたちならどうってことないですぜ、姉御!』
『熟練者からの高評価はうれしい』
『サヤ、喜び過ぎですよ』
『リリィは嬉しくないの?』
『それは……私だってエリスさんに褒められて嬉しいですけど』
エリスに褒められた少女たちは大喜び。彼女たちの機体の反応は船倉を改装した格納庫からだった。
黒髪セミロングの元気系健康JK、黒羽サヤ。
火星生まれヤンキー、イリヤ・フレアテイル。
植民惑星の砂漠育ちのミステリアスな褐色、アズ・ライル。
白雪のような髪のお嬢様、リリィコード・オルドリッジ。
ミコを除いた聖オルベリア学園ACバトル同好会の女子高生たちである。
全員、ユニフォームでもある灰色のレオタードスーツと白色の四肢プロテクターのセットによるパイロットスーツを装着している。
移動中は最も安全であり脱出が容易なACに搭乗してもらい、さらに自衛できるように実弾を装填しておいた。
今回の敵であるミサカ重工の一派閥は、女子高生を拉致するだけにVTOL兵員輸送機に乗った特殊部隊と飛行型可変MTを投入。
さらに荒っぽいことに船の航行能力を奪うために自爆ドローンの大群を投入してきた。
とはいえ、通常モードでも電子戦において数歩先を行くレヴがタンカーが装備している強力な電子戦機材を使ってジャミングしていては、MTもドローンもまともに機能しなかった。
兵員輸送機と飛行MTは「容易過ぎる」と思わずササラが洩らすほどに簡単に無力化して、海に叩き落すことができた。
ドローンのほうは誘導装置を麻痺させたとはいえ、目的に対してあまりにも過剰な数であったが、その処理を同好会のAC四機が手伝ってくれた。
敵味方ともに死傷者はゼロ。撃破した輸送機とMTの乗員も日が昇る頃には救助されるだろう。
『レヴちゃんのおかげで楽勝だったよ』
「だって。褒められてるぞ」
「ふん、当然だ」
エリスの後ろの座席で、腕み組んで偉そうな態度を取る白金髪のゴシックオートマタ。
「今度お礼を~」とリゼが瞳に妖しい色を浮かべながら告げれば血相を変え、「いい!
そういうのは本当に要らないから!」などと全力拒否。
以前、タンカーのシャワー室でされた悪戯が相当なトラウマになっているようだ。
ササラとリゼは殆ど汗を掻いておらず、本当に楽勝だったことを体で証明している。
サヤをはじめとした同好会メンバーは二度目となる実戦、相手が的同然の自爆ドローンとはいえ実弾の重さに緊張していたが、戦闘が終わればすっかり落ち着いていた。
『守りは任せてくれ。弾薬は補充してある』
ササラが呼びかける。
アークセイバーは使い慣れたリニアライフルを右手に把持し、背部ハードポイントに対地対空汎用ミサイルランチャーと対潜ミサイルランチャーを装備していた。
もし近辺の日防軍艦艇が妙な動きをしても迎え撃てるというわけだ。
「まずクィナから降ろす。皆で迎えてやってくれ」
サヤたち同好会メンバーにお願いしてからストライヴにコールする。
外部と素性を隠して音声でやり取りする際に使っているボイスチェンジャーはオンにしたままだし、通信ウィンドウを出していない。
「ストライヴ、聴こえてるか?」
『はっはいぃ! 感度良好! 大丈夫です!』
片目隠れの少女が緊張する様子が想像できた。戦闘では言葉もなく阿吽の呼吸で連携していたが、会話するのははじめてだ。
「二時方向にタンカーが視えるな? 甲板に降りてくれ」
『了解』
緊張しながらもしっかりした返事をするクィナの健気さに笑みが零れる。
さぁて、サプライズだ。エリスは通信ウィンドウをオンに。黒と黄色のスキンタイトスーツで華奢な肢体を浮き立たせたクィナの姿が映る。
クィナのほうにもエリスとアンヘラの姿、彼女がはじめて見る、ナノスキンスーツを纏った姿が映し出される。
「ごきげんよう、クィナさん」
『驚いた?』
学園で見せるお嬢様としての貌で優しい笑顔を向けるエリス。陽気に笑いかけるアンヘラ。
『えっ』
一瞬、クィナはフリーズした。信じられないという顔をしている。
『エリスちゃん、そっそれにそっちはアンヘラちゃん! どっどうしてネクスト、イクリプスがエリスちゃん!?』
数瞬後、びっくりして大騒ぎし始めた。しかし、現実を飲み込み切れていないようだ。
『わっすごいびっくりしてる♪』
「ちょっとした悪戯のつもりだったんだけど」
予想外の激しい慌てぶりにエリスは、やり過ぎたと思った。
どうにか落ち着きを取り戻したクィナはストライヴをタンカーに降ろすと、今度はACを降りて甲板に上がってきた同好会メンバーに囲まれ、サヤに強く抱きしめられた。
クィナは嬉しいやら恥ずかしいやら迷惑をかけて申し訳ないやら、様々な感情が入り混じった反応をしていた。
これから太陽が少しずつ昇り、夜が明ける。そんな時刻でも姦しい少女たちを、エリスはコクピットを開放して身を乗り出して微笑ましく眺めていた。