日蝕のアサルトレコード 作:その辺の残骸
山道を走る一台の乗用車。その車内は華やかであり、同時に奇妙でもあった。
まず、運転しているのは古式ゆかしく奥ゆかしい
助手席に座っているのは鮮烈な赤髪に琥珀色の瞳の少女だ。
夏の気候に合わせた、黒いチューブトップに青いデニムホットパンツというアクティブな服装。鍛えに鍛えた腹筋が魅力的だ。
綺麗な形の胸や見事なスタイルの肉体を露わにする煽情的な恰好でもあった。殆ど下着同然と言えるのだが、ジャケットは羽織っている。
そんな助手席の赤髪ヤンキー娘――神薙エリスは後ろの二人の様子を何となく確かめていた。
一人は、夏だというのに真っ黒なゴシックドレスで身を固めた人形のような少女。
エリスの相棒であるレヴだ。その正体はヒトではなくナノマシンで構成され、人工知性体が宿ったオートマタ。
もう一人は、自然豊かな景色を無邪気に眺めている金髪小麦肌の少女。背が高く、胸も並外れて大きい。それでいて、綺麗に締まった肉体をしている。健康的という言葉が良く似合うラテン系の神薙アンヘラ。
アンヘラは色々あって、北米系巨大企業クロムバウのリンクスから傭兵に転向し、今はエリスと組んでいる。
最強のアーマードコアたる
はじめて喫した敗北と共に心に決めていた再戦を果たすのだ。
「どうかしたのエリス?」
エリスが自分を見ていることに気付き、アンヘラが顔を向けた。
好奇心に満ちた瞳は明るく、これから殺し合う大好きなエリスを見つめている。
今朝も普段とまるで変わらず、アンヘラは底抜けに陽気に振る舞っていた。先日、親善試合を勝利で飾った同好会の皆に挨拶して、元気に車に乗り込んだのである。
友達と日々を楽しく過ごし、それが永遠に続くを願う。
同時に好敵手と見定めて、その命を奪うことで完結しようとする。
矛盾した感情がこの南米娘の中では両立しているのだ。
「随分熱心に外を見てるけど、景色が気に入ったのか?」
「うん! 海もいいけど、山もいいね」
レヴは南米娘の隣で不遜に腕を組み、目を瞑っている。会話に加わる気はないようで、静止モードだった。
日本の景色が気に入ったというアンヘラ。約二世紀前、エリスが後に養父になる男に取っ捕まり、預けられた研究所も日本にあった。そこで、
二百年を経て、様変わりしたこの国の景色を見て回るのも悪くない。そのときには、この娘にも付き合ってもらおう。
アンヘラは好きなようにやっている。だから、エリスも負けないくらい好きにやって、自分の流儀を押し付けるつもりだった。
――――――――
山を二つ超え、車は目的地についた。
地図に載っていないトンネルから続く先――山の地下に掘られた基地だ。
傭兵活動の拠点の一つとして、ミコ部長とエリスが共同で購入した施設である。
(感激だ。こんなデカい施設が、そのまま残ってるとはな)
赤髪のヤンキー娘は案内された施設を感慨に浸りながら眺めている。
奇しくも、そこはエリスの知る場所ではあった。惑星アリシアの機械知性体群と繰り広げた戦争の際に、既にこの施設は建てられていたのだ。
流石に二百年も経っているので内装は大きく変更されている。当時の面影を僅かに残すばかり。
開発されたばかりの第零世代アーマード・コア、原初の純戦闘用人型マシンのテストの一部は、この基地で行われた。
月面で発見された超空間ゲートから続く惑星アリシアの開拓に投入された、汎用作業機械マッスル・トレーサーをスケールアップすることで、アーマード・コアという兵器の最初の世代は誕生した。
それは開発者の個人的な信条により、常人であればたちまち死に至る極端な負荷を前提に設計された代物。乗りこなせたのは、エリスを含めて十数人。とんでもないモンスターマシンであった。
運転手のメイドさんに先導され、エレベーターで地下のガレージ区画に降りた。
目的の階層に到達して、エレベーターが開くと、歓迎の光景にエリスは息を呑み、アンヘラは明るい笑顔、後ろのレヴは「ほお」と感心の表情。
「至れり尽くせりだな」
主人をもてなすように、整備班のメイドたちが並んで一礼して出迎えてくれている。
アンヘラは無邪気に喜んでるが、エリスとしては気後れする思いだった。
自他ともに認めるヤンキー娘だが、ここまで丁重にされると申し訳ないという気持ちになる奥ゆかしさは備えている。
「僕らは彼女に雇われているし、友人でもある。何も遠慮することはなかろう」
「たく、お前ってやつは」
レヴは当然という態度で胸を張り、メイドの列の間を歩いている。
きっちりメイド服を着こんでいるのは運転してくれたメイドさんのみ。整備班は動きやすいよう、黒色のレオタードスーツにホワイトブリムを付けている。
ちなみに、この場に桐嶋ミコはいない。
先日の試合を勝利で飾った同好会は、今日はその反省会を実機で行っているのだ。勝って兜の緒を締めよ、というヤツだ。
――――――――
十メートル級の
かたや高機動戦タイプの白い人型。かたや、重武装、重装甲の黒い人型。対照的な機体だ。
偽装タンカーからトレーラーに乗せ、この基地まで輸送。整備を受けさせていた。
なお、クィナのストライヴは別の場所で整備を受けている。ヤトは素早く
「おっ頭も直ってる」
以前の戦闘で折れてしまったイクリプスのブレードアンテナは、新品に付け替えられていた。
「イクリプス、ウルティマ・ラティオともにご満足いただけるコンディションに仕上げました」
純白のネクストACを見上げるエリスの傍らに立ち、整備主任のメイドは誇らしげに言った。
普段はレヴが整備を行っているが、今回はミコお抱えのチームに一任していた。現場での整備や修理が行えるよう経験を積んでもらうためだ。
普段からアークセイバーを整備しているチームなので、エリスは全幅の信頼を置いていた。
「ありがと。にしても凄いな。ネクストを弄るのは流石にはじめてだろ?」
端末で電子化された整備のレポートを確認して、エリスは感心する。
「レヴ様に指導いただきましたので」
「そういうことだ。完璧に仕上げてさせてある」
レヴの綺麗に整った白い貌がニヤりと笑う。白金髪の少女人形の静謐な美貌が邪悪に歪むと、妙に迫力がある。
電脳サメは基地への輸送から二機の整備まで、全行程を監督していた。
レヴの戦闘への拘りは、比類のないものだ。機体の整備を含めて、準備も徹底している。
最高のカードが配られるよう、レヴは事前にあらゆる手を尽くす。状況を整え、あらゆる情報を掌握し、微細な事象さえ操作する。
そうして勝つべくして勝つのが好みだ。
対して、赤髪のヤンキー娘は配られた手札で勝負するスタンスだ。
たとえば、量産型のノーマルでネクストと戦わなければならないなら、打ち負かす手をその場で打つ。不利であればあるほど闘志が湧くし、感覚も研ぎ澄まされる―――レヴには理解できないな、と評されているのだが。
閑話休題。
大変だったろうなー。エリスは整備メイドの皆さんに頭が下がる思いである。立場を笠に着て、威張りまくったに違いないのだから。
「君も着替えたらどうだ」
「君も?」
そんなことを考えていると、レヴが促してきた。ゴシックドールの一言にまさか、と思いながら南米娘のほうを見る。
「~~♪」
やっぱりか。アンヘラはその場で服を脱いでいた。白色のホットパンツを黒いハイレグパンツごと降ろそうとしている。確かにナノスキンスーツは手荷物にあるが、格納庫で脱ぐのはいくら何でも気が早い。
「ここで脱ぐなっちゅうに」
エリス達がACに搭乗する際に着用するナノスキンスーツは、必ず素肌に装着しなければならない。このまま放置してればアンヘラはメイド達の前で全裸になってしまう。
エリスもツクヨミでは格納庫で真っ裸になって着替えることがある。
風呂の後にタオルだけ首にかけて艦内をほっつき歩くことも日常茶飯事。だが、それは他人がいない空間だからだ。
「どうぞ、お構いなく。さあ、エリス様も」
「いいの?」
止めにかかろうとするが、メイド達はどうぞどうぞという感じ。
遠目に見守り、エリスの脱衣を心待ちにして目を輝かせている娘までいる。
いつの間にか、脱いだ衣服を入れるため籠が置かれていた。
「期待されてるみたいだぞ」
察したレヴが急かしてくる。このゴシックオートマタは対Gスーツを着る必要がないほどボディが頑丈なので、着の身着のままで乗れる。
「ならお言葉に甘えて」
こうなっては仕方があるまい。深呼吸で一つ気合を入れてから、赤髪の戦乙女はジャケットに手をかけた。
幼少期は汚染地帯で変異生物を狩りながら野生児として過ごした身。捕獲されて放り込まれた研究所でも、家族同然の研究員達にとはいえ、あらゆる部分を検査されている。
このように、エリスは羞恥心が薄い生まれと育ちなので、躊躇はなかった。
ジャケットを籠に放り込み、チューブトップを脱ぐ。
自由になった綺麗な形の双丘が揺れた。ホットパンツを脱ぎ下し、お尻を突き出すように姿勢になった時、背後で小さな感動の声が聞こえた――ような気がするが気のせいだろう。
靴も脱いで裸足になって、格納庫の冷たい床を感じる。リンクスとしての素性に隠すためのチョーカーを外すのは最後だ。この時代で目覚めた際、新たに造ったAMSコネクタが露わになる。
文字通り、生まれたままの姿でナノスキンスーツに足先を入れる。ちょうど、アンヘラもスーツを装着するところだった。
二人は、シンクロするような動作でナノスキンスーツを引っ張り上げていた。
顎から頬にかけてのプロテクターで固定してから、手首のフィッティングスイッチを入れる。
スーツから独特な駆動音が響く。内側の空気が一気に抜かれて裸体に密着する。
エリスは深紅、アンヘラは黒紫のカラーリングのスーツだ。超極薄のナノ被膜と黒色の局部プロテクターだけで、艶やかに肉体を締め付けてる。
股間はプロテクターでV字に覆われる。だが、ボリュームがあり、筋肉で持ち上がったお尻の形はナノスキンが張り付いて丸見え。しかもプロテクターがお尻の間に深く食い込み、煽情的にお尻を強調している。
作戦行動中に重要な排泄物パックとしての機能を果たすため、致し方ない形状だった。
胸部に関しては、着用者自身も分かるが先端がくっきり浮き出ている。おヘソも同じく。
身体の起伏は完璧に浮き彫りになってしまうのがナノスキンスーツの特徴。エリスとアンヘラは、抜群のスタイルと美貌を兼ね備えているので着こなせる。
「ふう」
装着を完了するとエリスは赤髪をかき上げて見せる、魅力的な仕草を自然に取った。振り返れば、メイド達は感激で声も出ないようだ。その場でエリスがストレッチして、脚を開いて屈伸すると、感激が増す。
(今日は静かだな)
琥珀色の視線は隣のアンヘラに向けられていた。
超極薄のナノスキンスーツになると一肌恋しいのか、スキンシップが激しくなるアンヘラ。
だが、今日は敵同士、真剣に戦うとあってか、エリスに声をかけることもなく、ウルティラ・ラティオのコアに向かってキャットウォークを昇った。表情はいつものように明るい。
「僕らも行こう」
「おう」
メイド達に見守られ、金髪小麦肌の南米娘の背中を見つめていたエリスも動き出す。
純白のイクリプスに搭乗しシートに体を固定する。
ナノスキンスーツのプロテクターにコネクタが形成されているので、シートに座るだけでオートで固定されるのだ。
後ろのシートにレヴも着座。二人して、頸部コネクタにケーブルを接続。
ネクストとリンクしたエリスの視界に表示された情報窓から、今回の兵装を選ぶ。両手両背部、
兵装庫から引き出されたアサルトライフルとレーザーライフルーーこちらはアンダーバレルにグレネードランチャーを付けている――を手に取るとクレーンのロックが外される。
背中にはイェーガー・ユニットーー可動式の大型フレームに追加ブースターと兵装コンテナを綴じた高機動型の
制御肢が増えるのでリンクスの負担が増すが、頑丈な神経系を持つ赤髪ヤンキー娘であれば、問題ナシ。
エクステンションは対ミサイルのチャフ・フレア。
全自動の工程を経て、イクリプスは
ウルティマ・ラティオも準備を終えていた。
今回は両手持ちのガンボックスから別の武器に替えている。VAC用オートキャノンとハンドミサイルランチャーのダブルトリガー。
ウルティマ・ラティオはイクリプスと同じく、ツクヨミで改修されている。駆動系、ブースターを強化しているので、重火器で武装していても、素早く立ち回ることができた。
脚部のロックが外れ、整備メイドからゴーサインが出る。
それに頷き、エリスは純白のネクストを歩ませた。律動的な歩行と共に、入念に整備されたアクチュエーターが連動するのが直に感じられる。
ウルティマ・ラティオがその後に続いた。
二機の間に会話はない。空気が張り詰めていた。
二機のネクストはリフトに乗り、決闘の舞台――基地の試験場である地下アリーナに向かう。
到着まで数十秒、ゲートが開いてアリーナに入れば、敵同士だ。
(結局、私も興奮しちまってんだな)
否応なしにアドレナリンが迸り、昂る戦意を自覚する。エリスは妖艶に、猛々しく笑った。