日蝕のアサルトレコード 作:その辺の残骸
インプラント通信でやり取りしているレヴの指示に従い、エリスは灰白髪の行き倒れ美女を連れ、店の裏に回った。店員に出迎えられ、レストランの裏口から入って個室で待っている同好会に合流する。
「お待たせしました」
お嬢様にしては不自然なほどの腕力と体幹の強さで、上背がある女性を支えたエリスがやってくると、待ってましたばかりに笑顔で迎えてくれる。
「またえらい綺麗な人を連れてきはったな」
ヤトは扇子を片手に艶やかに笑っている。妖狐の笑い方である。滅茶苦茶嬉しそうで怖い。
この雅やかな少女が部長を務める航宙部員ということもあり、隣にちょこんと座る黒羽チトセも目を輝かせていた。
エリスが助けた行き倒れの女性は容姿もスタイルも完璧なほどに整っている。美人に目がないこの突撃系メガネ少女にとって絶好の被写体だ。
「んぅぅ……」
「もう少しの辛抱ですからね。さっここにかけてください」
店内に漂う料理の香りのせいか、エリスが肩を貸している半ば意識不明の女性は唸っている。
すきっ腹には酷い拷問だろうと思う。空いている席に女性を座らせ、エリスはその隣に腰掛けた。
――――――――
フカヒレスープを無心で啜る灰白髪の美女。殆ど本能で栄養を補給しているようなものだった。「おいひぃ、おいひぃ」と食事の歓びを文字通り噛み締めている。
そんな有様でも食事の所作は洗練されていた。食器を鳴らすような不作法はしていない。
前菜とスープを食し終えて、人心地付いた頃。
「申し遅れました。私はルベリア・アーヴィングと名乗っている者です。助けていただいた御恩は決して忘れません」
正体を取り戻した灰白髪の女性は穏やかな微笑みをたたえ、丁寧に名乗ってくれた。
気品、それにカリスマというモノだろう。そういうものを生まれながらに纏っている。そんな微笑みだった。黒羽サヤなど同好会の少女達は、貴婦人然としたルベリアの所作に目を奪われていた。
それにしても。
(名乗ってる?)
ルベリアの言い回しに妙なものを感じたエリスは視線を走らせ、ヤトやミコの反応をうかがった――同様の反応だ。暢気なのは料理に夢中なアンヘラだけだった。
(それはそれとして、この連中は何だろ?)
ルベリアは何者かに追われていた。
レヴが監視カメラや配送ドローンの視界などをハックして周囲を常に警戒しているのだが、妙な動きがあった。
映像はエリスの視界に共有されており、一人と一体で怪しい連中を片っ端からマーク。敵性集団の割り出しに二秒とかからなかった。
観光客に扮して私服で紛れ込み、レストランを囲むように散らばっている。
(レヴ、この映像をミコの端末に出してあげて)
意志一つで発したエリスの指示に電脳サメが従う。携帯端末の画面を見たミコは「むうっ、なるほど」とだけ。言葉で詳細を伝えずとも、エリス達のハンドラーは察してくれる。
「外にいる人達はアーヴィングさんとはどういう関係なのでしょうか?」
「まあ、気付いていらっしゃったのですか?」
ミコに問われると、バツが悪そうな顔をするルベリア。
追われている身だというのに、このまま何事もなく食事をしてサヨナラしようとしていたのだ。
ここにいる少女たちが、競技用ACを駆る女子高生の集まりという奇特な集団というだけでなく、その道のプロが混じっているとルベリアは悟ったようだ。
「良い人達ですよ。この服も彼らから」
ルベリアは豊満な胸元に片手を沿えながら、穏やかな口調で言った。
皮肉ではない。自分の追手を好意的に見ているようだ。服はサイズが合うものを剥き取ったようだが。
「ここで会ったのも何かの縁です。我々と一緒に行動しませんか? 無関係な者を巻き込むような組織ではないのなら、一緒にいたほうが安全なはずです」
皆を代表してのミコの申し出にルベリアは目を丸くしている。
「食事を恵んでもらっただけで、既に返しきれないほどの恩が出来てしまってるのですけども……」
「はっはっは。義を見てせざるはなんとやらですよ。ここにいる皆、同じ気持ちですのでご心配なく」
ミコに応じて、サヤ達ACバトル同好会の少女たちが一斉にルベリアは見つめた。
「ありがとう皆さん。それにしても聖オルベリアか。口にすると、なんだか気恥ずかしいですね」
決心した少女たちの凛々しい顔を見渡してから、誇らしいような、恥ずかしいような苦笑いで頬を掻くルベリアだった。最初に自己紹介した際も聖オルベリアの生徒と名乗った時に、何やら驚きを隠せていなかった。
ルベリアの素性について、エリスはササラやリゼと視線を交わして推測を共有した。だが、その話はあとでじっくり聞かせてもらおう。
「手伝う」
口数少なく名乗り出てのはアズ・ライル。
銀髪褐色のミステリアスなボーイッシュ少女は、傭兵一族が地球に送り出した期待の子だ。そんな出自なので物静かだが、血の気が多い。試験上位でACドライバー科に合格し、初日で大喧嘩をかまして転科した経歴の持ち主なのだ。
「こちらからは仕掛けない。手を出させないための護衛作戦だ。できるか?」
「了解した。やってみせる」
「よろしくねーアズちゃん」
金髪ツインテールのササラは、涼しい微笑みでアズに作戦概要を説明する。
幼い頃から故郷の植民惑星で鉄火場を潜り抜けており、その実力はササラとリゼが見ても戦力として認められるレベルにあった。
「姉御たちの手を煩わせるなよー」とライバルである薄金髪の火星ヤンキー、イリヤはジト目だ。勿論、この少女も敬愛するエリスの手前、やる気十分。
「ねえエリス、ボクは何すればいい!?」
アンヘラがシュバッと挙手して質問。仕事を割り振ってもらいたくて仕方がない。こういう時の南米娘は人懐っこい大型犬のようだった。
「アンヘラは守られていてください。いつもの勘が働いても、飛び出してきてはダメですよ」
「えー、アズは良いのにボクはダメなの?」
「我慢してください。ナノスキンスーツを着ていないのですから危険です」
だが、赤髪の飼い主は心を鬼にして参戦不許可を言い渡す。アンヘラの生まれながらの戦闘適性が、ネクストを駆っての戦闘以外でも発揮されるのは理解しているが、それでも不慣れな生身の戦闘に参加して怪我をして欲しくない。
「あわわ。なんだか緊張してきちゃいました……」
金髪片目隠れの遊間クィナが、強張った面持ちで言う。思いもよらぬ夏の冒険に、室内に緊張感が張り詰め始めた。
これはいけない。せっかくの豪勢な昼飯が味わえなくなってしまう――空気を和らげなければ。
「一応訊きたいんだが、向こうが焦れてロケット弾を撃ち込んでくるようなことはないか?」
「―――彼らは規律と節度のある方々です。そこは信じられます」
エリスが確認すると、なぜかルベリアは困惑の表情を浮かべてから答えた。その理由にすぐに気付いた。しまった、思わず素の口調に戻ってしまった。
「なら急ぐ理由はないな。外で待ってる人たちにゃ悪いけど、デザートまで味わってから出よう。まだ北京ダックも食ってないんだぜ?」
お嬢様風の装いのまま、ヤンキー全開の口調で宣うエリスだった。
――――――――
それからたっぷり時間をかけて昼食を楽しんだ。
その間も外にいる敵(とここでは呼んでおく)の動きは、レヴを通じて監視していたが、こちらの目に気付いてはいないようだ。
彼らの目的であるルベリアには、さりげなく集団の真ん中にいてもらい、少女たちで囲むことで手出しを封じている。
ターゲットと観光客の女子高生たちが、成り行きで行動を共にしているようにしか見えず、敵が狼狽えているのは明白だった。
「あれじゃ倒れちゃうよ」
黒識リゼは割と真剣に心配している。
炎天下で見張っている連中は全身に汗を浮かべ、気休めにしかならない水分補給を続けながら見張っているのである。敵ながら真面目な仕事ぶりで感心してもいる。
基本は
「せっかくだ。リゼと一緒に差し入れしてやったらどうだ? 試供品っていう体裁でくれてやれ。
それらしいコスプレ衣装と薬物入りの飲み物ならすぐに
レヴがニヤニヤ笑いで提案する。裏稼業向けのドローンデリバリーは世界中、どこを探しても繁盛している。
ここ横浜でも例外ではない。治安維持に心血を注ぐ日本であるため、殺傷力のある武器の取り扱いは少ない、あるいは割高だが、強力な睡眠薬や変装用の衣装くらいなら簡単に調達できる。
「誰がするかっての」
「それいいかも♪」
エリスは断固拒否。悪戯心を刺激されたリゼは乗り気だ。
「冗談だよ。まったく非効率だからな」
開いていた携帯端末の画面を閉じるレヴ。画面に際どいキャンペーンガール風のコスチュームが表示されていたのがエリスには見えた。
三人のやり取りを眺め、ルベリアは淑やかに微笑んだ。
「仲が良いのですね。エリスさん達の会話を眺めているとなんというか、心が温かくなります」
ルベリア・アーヴィングの逃亡生活で、暖かなコミュニケーションに飢えていた。
――――――――
ガレージに戻る同好会が尾行されることはなく、敵は一端は引き下がったように見えたが、迎え撃つ準備を整えておくに越したことはない。
ルベリアを加えた少女たち達は揃って宿舎に向かっている。
既に連絡が行っているのですれ違うメイド隊の動きは、楚々としながらやや慌ただしさを帯びていた。
「格納庫のACはスタンバイさせてある。エリスくんやアンヘラくん用の火陣もだ」
「ありがと。こっちもイクリプスとウルティマ・ラティオを射出できるようにしておく」
ミコがエリスの隣を歩きながら告げた。二機のネクストは先日の再戦が終わってすぐに地下基地から、海中に潜む巨大工廠艦ツクヨミに移送させてあり、緊急出撃態勢に置かれていた。
ネクストを呼ぶ事態は可能な限り避けるつもりだが、仲間たちの安全のためにも切り札は握っておきたい。
「というわけで、緊急時に備えて諸君にはパイロットスーツに着替えた上で過ごしてもらう。ヤト先輩、チトセくん――それにルベリアさんもお願いします」
完全にヤンキーギャルモードのエリスと、冷徹なハンドラーとしての側面を露わにしたミコのやり取り。それを興味津々に見ていた周りの少女たちに向き直り、和風ビスクドールという趣の小柄な部長は宣言した。
すぐに元気のいい返事が返ってくる。
制服やウィンドブレーカーの下にパイロットスーツを着ることも多いので抵抗はなかった。
ヤトとチトセもこんな時でもなければ着る機会がない同好会のユニフォームに身を包めるとあっては、異論は挟む余地はない。
「大抵のACは動かせるので、お役に立てると思います。許可をいただけませんか?」
「それは心強い。ぜひお願いします」
ルベリアが申し出ると、ミコは二つ返事でOKする。
「やっぱりルベリアさんもACを動かせるんですね」
「ええ。大得意ですよ」
同好会のエースである快活な女子高生、黒羽サヤは得心した表情。既にルベリアの素性について察しがついている。
ルベリアは欠片も謙遜することもなく、大得意と断言していたが、それは自信過剰ではなく、純然たる事実を語っていた。