日蝕のアサルトレコード 作:その辺の残骸
そして敵は来た。夜闇に紛れて。
まずは偵察ドローンが何機か。そのあとに本隊である夜戦装備の特殊部隊が現れた。
人工の闇、黒色のナノスキンで引き締まった肉体を覆い尽くした赤髪の美少女は、琥珀色の目を凝らしていた。
合宿場を囲む防風林に潜伏して遠距離から敵を観察する。
暗視モードに切り替えたヘルムの視界は良好。それに加え、エリス自身の鋭い感覚が集団の位置を正確に掴んでいる。
(5チームか。攻め落とすには少ない。バックアップがいるのかな?)
訝しみながら、敵の動きを推測した。
各所に展開したチームからも、『我、敵を発見せり』を意味する信号が発された。現時点で五つの分隊を確認している。
――――十数分後、敵兵力はほぼ確定した。
その陣容に思わず「マジかー」という呟きを漏らしてしまうエリス。熾天派が送り込んできた戦力が多いからじゃない。少ないから驚いていた。
こちらの火力、陣地の優勢から鑑みて、一方的に殲滅される恐れがあるほど熾天派の戦力は乏しい。ルベリアを奪還(拉致)する作戦なら攻撃チームが足りなさすぎる。
所詮民間の警備しかないと侮っている様子はない。熾天派の部隊は身を隠しながら、ガレージや宿舎を大人しく監視している。
(ホントに偵察に来ただけ?)
相手の反応を考慮すればその結論にならざるを得ない。AC戦があるものとして気合を入れていたので、エリスは拍子抜けしていた。隣のアンヘラも少しばかり残念そう。
お互いの位置から動かず、睨み合うこと一時間。大きな動きがあったことを報せる信号は、誰からも発信されない。
(レヴからの警告もないし……)
電脳サメは敵に察知されない程度に電子的に警戒していた。これだけ注意して機動兵器を発見できないとなれば、敵戦力は確認している特殊部隊のみの可能性が高い。
後先考えず、力尽くで、が横行するこの世界において、驚異的なほど抑制された作戦行動である。赤髪ヤンキー娘は混じりっ気なしに感服していた。ルベリアが善い人達と太鼓判を押すだけある。
頭上を飛び回る偵察ドローンを見上げる。ステルス装備の潜伏チームに気付いている様子はなし。少し冒険してもいいかとエリスは決心。アンヘラに声をかける。
「もうちょい近寄って様子見る。付いてこい」
相手の面を拝んでおきたい。実際には相手もヘルメットで顔が隠れている。が、雰囲気や態度は確かめておくに越したことはない。会話の盗み聞きができれば上々の成果だ。
「OK! そういうのドキドキして好きだよ!」
この冒険のお誘いに健康的なでっかい南米娘は弾む声で返事。待ってましたと言わんばかり。
お互いにヘルムのバイザーが真っ黒に染まっていても表情を読み合える。
すっと立ち上がる二人の戦乙女。ナノスキンスーツのパワーアシストで、羽のように軽くなった大口径アサルトライフルを抱え、疾走開始。
暗視があるとはいえ、何かに引っかかってアンヘラがすっ転ぶんじゃないと、ちょっぴり心配なエリスだが、小麦肌の金髪南米娘――今は全身真っ黒だが――は木の根や地面の窪みを上手く躱している。
アンヘラのこうした本能的な能力は流石だとしか言えない。
二人は木々の間をすり抜けるようにして接近。減速から低く跳躍して、飛び込むように伏せた。地面の感触が薄い被膜一つ挟んだお腹に伝わる。突き出たバストが圧迫されるし、飛び込んだときに先端が擦れて淡い刺激を感じた。
体操選手顔負けの巧みな身体の使い方とナノスキンスーツの消音性能のおかげで、ほとんど無音の動きだ。
とにかく、アンヘラと身を寄せ合い、豊満なお尻同士を並べる格好で潜伏。近距離偵察を開始。
「なんか動き硬いよね?」
「教本通りに訓練された特殊部隊だなありゃ。実戦経験は少ない手合」
アンヘラが敵の動きを評し、エリスはその意見を肯定。
昼間監視していた連中と同じ動きのクセが見て取れた。至極真面目な印象。だが、戦場で命取りになるタイプの真面目さでもある。
ササラやメイド隊の眼帯お姉様、マルレーナも同様の感想を抱くだろう。何ならもっと厳しくダメ出しもするだろう。
「とにかく、大当たりだね」とアンヘラは嬉しそうに囁く。エリス達が発見したのは指揮分隊だったのだ。
「エリスは分かっていたの?」
「まさか。偶々だよ」
敵が攻めてきそうなルートを地図から予測して潜伏場所を選んだので完全な偶然。よく昔から仲間には、"エリスの勘に間違いはない"とは言われてきたが。
闇のなかで息を潜め合う。二時間が経過すると、痺れを切らしたのか、指揮官に食ってかかる者が出た。兵士ではない。当てはめるなら
しかも子供である。十代の少年だった。
細身で繊細そうな身体に合わせた特別誂えの夜間迷彩服を着て、ヘルメットを被っている。黒尽くめだが、貴族的なオーラを発している。ただし高貴さではなく、威張りくさった感じ。
(お子様連れか。大変だねー)
エリスは思わず同情する。距離が開いているから会話は聞き取れないが、偉そうな態度で攻撃を命じる少年を、指揮官が宥めているのは分かる。
(ルベリアが抜け出したのは、こういうトコロが原因なのかな?)
なんて考えてしまう赤髪ヤンキーギャル。
あちこちの紛争を憂いて、介入している熾天派なる秘密結社の私兵は規律正しい軍隊のようだが、上の人間に過激なのがいるのは明白だ。
兵たちのやる気はともかく、攻撃を仕掛ける可能性がある。一瞬迷ったが、エリスは警戒を意味する信号パターンを素早く発信。傍受を避けるため、事前に決めたごく単純な信号パターンで交信しているので、詳細な意図が伝えられない。
「どうする? あの子拉致ってみる?」
とんでもないことを言い出す南米娘である。
「アホなこと考えるな。刺激してどーするっちゅうに」
「あいたっ」
アンヘラの危険な発言を、デコピンでたしなめるエリス。
とにかく、緊張感を増しながら相手の様子を注視する。またも状況が動いた。
闇から滲み出るように女が現れた。細身の引き締まった体つき。少女と呼べる背格好。特殊部隊と同じ装備だが明らかに身のこなしが違う。
女は少年の戦闘服の襟首を掴んで持ち上げてしまう。女の身長は少年を約10cm上回っていたが、軽々と持ち上げて脱出を許さない腕力は人間離れしている――エリスも他人のこと言えないが。
少年は手足を振り乱して暴れながら「ぶっ無礼であるぞ!」とこっちまで聞こえる音量で怒鳴る。
女は暴れる少年を完全無視。指揮官に優雅に頭を下げて非礼を変わりに詫びていた。
指揮官は安堵したようで部下に撤退を指示。その決断に激怒する少年。そのお尻を女が叩いてお仕置きする。少年は激痛と屈辱に背を反らせて震える――悲鳴は堪えていた。
――――気付かれた!?
喜劇めいたやり取りの直後。女が一瞬、エリスを見た。気のせいではない。暗視装置付きの物々しいヘルメット越しだったが、口元に指を添える妖艶な仕草で女が何者か判った。
二世紀前、異星AIとの戦争の最終局面で戦死したはずのエリスの戦友のひとり。女、いや少女の姿形が鮮明に思い浮かぶ。
ククルシア・フェムト。二つ結びにした黒紫色の長い髪。金色の瞳。レヴが宿るオートマタのモデルの一人でもある血塗れの淑女。「お姉様」とエリスを慕い、いつも背後から忍び寄って、
銃火器による近接戦闘と、遠距離への斬撃による狙撃、唯一無二にして異形なる戦技の使い手。
敵が引き上げてからも、エリスはしばらく動けなかった。
聖オルベリアという英雄のクローンを造るような組織だ。それより以前に活躍した第零世代アーマードコアのドライバーをクローニングしていても不思議ではないか。そんな今更な思考が頭を過っている。人格まで復活させているようだ、あとでレヴに所見を伺おう――――
「……どうしたのエリス?」
柄にもなく考え込んでいたらアンヘラが心配して声をかけてきた。
「なんでもない。けど、厄介な新事実が発覚した」
「さっきの女の人? 助かっちゃったね。あの人がいなかったら戦闘になってたかも」
やっぱ理解ってしまうか。エリスは素っ気なく肯定。
「戻ったらルベリアにも話しておくけど。さっきの女、私の昔の仲間だ。多分、クローンだろうけど」
「それってすっごくステキなことだよね!? 会って話してみたいなぁ!!」
予想していたが、アンヘラの反応は爆発のようだった。目を輝かせている。