日蝕のアサルトレコード   作:その辺の残骸

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オン・ザ・コロシアムⅠ

 

 空が明るくなってくると、エリスはすぐに行動を再開した。一糸纏わぬ姿なのに大股を開いて気持ち良さそうに寝ているアンヘラを起こさないよう、静かに起きてシャワールームに向かった。

 

 今朝のエリスの隣にはレヴがいる。その小柄で可憐な姿を見下ろし、笑いかける。

 

「またまた、めかし込んじゃってからに」

「これくらい当然だろう」

 

 電脳サメ入りのゴシックドールは、アリーナをVIP席で観戦するに相応しい装いになっていた。相変わらず黒系統のドレスだが、普段にも増して豪奢だ。こんな服いつ買ったんだか。

 タイツも繊細なレース。非常に質がいい。幻想的な白金髪の髪を揺らしてみせる様は、どこに出しても恥ずかしくない美少女だった。

 

「私は普段のレヴが好きだぞ」

 

 何気なく言ってみるエリス。むっとするレヴ。

 

「嫌味か? 君らしくない」

「本気だって」

 

 外に出る。真夏といえど早朝は比較的涼しい。

 エリスの今日の移動手段――駐車場に停まってる四輪駆動のSUV。色はベージュ。主にレネが運転する同好会の備品だ。

 車の前に背の高い、長い茶髪の女性が立っている。タイトなサマーセーターにジーンズで、身体の線をくっきりさせている。

 

「おはようございます、エリスさん、レヴさん」

 

 茶髪の女性が上品な口調で挨拶する。見た目はまるで別人だが、声はルベリアのもの。

 灰白髪の英雄乙女は特殊メイクに長けたメイドの手を借りて変装している。その出来栄えに感心するエリスであった。

 

「昨夜はよく眠れた?」

「はい、それはもうぐっすりと……いやー勇んでおきながらお恥ずかしい」

 

 素のヤンキーギャル口調のエリスに、穏やかに応えるルベリア。

 これまでの逃亡生活で溜まった疲労のせいか、同好会との夕食の後はぐっすりだった。

 敵襲に備え、待機しているうちに寝落ちしたのである。それに気付いた黒羽サヤを始め同好会メンバーに担がれてベッドまで運ばれた。ルベリアにとっては、嬉しくも恥ずかしい体験であった。

 というわけで、昨晩の敵部隊に紛れていた、かつての仲間のクローンとおぼしき者のことは、まだルベリアから聞けていない。

 

 エリスはSUVに背を預け、ルベリアと肩を並べる。赤髪ヤンキー娘の露出した白い肌と日差しで熱を帯びた車体が触れ合う。

 

 同乗する予定の少女を待っていた。遊間クィナだ。小柄で可愛らしい片目隠れの少女は聖オルベリア学園の制服を着込み、背筋を伸ばして歩いていた。

 

「よろしくお願いします」

「お願いされちゃいます」

 

 背の高いルベリアを見上げるようにしてクィナは挨拶。腰に両手を当てて、柔和に応じる茶髪紫眼に変装した英雄乙女。豊かなバストの持ち主である。

 

 急なことではあったが、櫛名田ヤトの手配でクィナはアリーナの警備部隊に加わることになった。クィナとストライヴにとって、正規リンクスとしてのお披露目の舞台ということになる。

 ミサカの人間(正確にはヤトの従者だ)の元にクィナを送り届けるのが最初の目的だった。

 

「緊張してないみたいだね」

「はい。レネ先生に教えてもらった呼吸法のおかげです」

「ふうん、それなら良かった」

 

 晴れ舞台に臨むクィナの顔を覗き込むゴシックドールの声音はどこか優し気。これがウワサに聞く優しいレヴ先生かとエリスな変な気分だった。

 

「よっ」とエリスが陽気に声をかけると、クィナは赤面して目を逸した。

 

 赤髪ヤンキーギャルはすぐにその原因に気付き、視線を下に向けた。

 

 今朝の服装は、エリスの魅力的な容姿と相まって同性から見ても、刺激の強い恰好だった。

 黒色のぴちっとしたハイネックのハーフトップ、下は布面積が極めて少ないホットパンツ。

 

 半裸と呼んで差し支えない服装だ。鍛えられた腹筋や四肢が目立つ。おまけにハーフトップを押し上げる双丘の先端が"つん"と浮き出ている。

 ヤンキーらしく、肩を組んだりなんかしちゃおうかなーと悪戯心を起こしてしまうエリスだが、それを制するようにレヴが動いた。

 

 クィナの傍に寄り、SUVのドアを開けて冷房の効いた車内に導く。

 

「怖がらなくていい。いつも通りのエリスだ」

「はっはいぃ」

 

 実のところ、クィナが赤面したのはエリスの裸に近い今の服装に、宿舎のシャワー室にて真っ裸同士で抱きしめられたのを思い出したことが原因だった。が、それは口にできなかった。

 

「それでは出発しましょう」

 

 促され、エリスは助手席へ。シートベルトを締める。ハンドルを握ったルベリアは嬉しそうだ。間違いなく運転好き。

 

 今一度、エリスは後ろの席を振り向いて確かめる。

 

「皆揃ってるよね?」

 

 二列目のシートにレヴとクィナが座り、三列目のシートで金髪サイドテールの若い女性が腕を組んで爆睡してるのを確認。

 

 メイド隊のアーシャだ。私服に着替えている。

 ACドライバーとしても上位ランカー級の実力を持ち、様々なアセンブルに対応できる逸材。メイドとしても一流だが怠惰な性格が玉に瑕。

 そんなアーシャはルベリアが外で待っている間も、ずっと寝ていた。

 

「全員いるな、ヨシ」

 

 クィナを降ろしてから、エリスとルベリアは徒歩で移動し、車はアーシャに預ける。

 

 本来はアーシャが運転手だったのだが、ルベリアのお願いで運転を代わったのである。

 

◆ ◆ ◆

 

 朝早くの出発とはいえ、横浜市内は混雑が予想されていた。

 しかし、ベージュのSUVは不思議なほど順調に進んでいた。信号はまるでルベリアに気を遣うかのように青になっている。

 

「レヴ、お前か?」

 

 エリスは振り向いて、白金髪のゴシックオートマタに訊いてみる。真っ先にレヴが市内の交通システムをハックしたのを疑ったのである。

 

「いいや。人為的なものじゃないよ」

 

 レヴ、即答。ハッキングでも熾天派の何かしらの策謀でもないということ。

 

「ツイてるんだね」

「よく言われます」

 

 今度はルベリアに顔を向けるエリス。物凄い幸運だ。ツキがあるヤツが味方というのは嬉しい。

 

 それに、チャンスだと考えた。エリスは切り出す。

 

「蘇ったのはツイていたからだと思う?」

「それは――――うーんと、どうなんでしょうね。なんとも言えません」

「ゴメン。変なこと聞いた」

 

 穏やかに微笑みながらも困り顔の灰白髪の美女。困らせてしまったことに申し訳なさを覚えながらもエリスは話を続ける。

 

 根本的にルベリア・アーヴィング――聖オルベリアの復活はエリスにも関係のある話だった。

 

 熾天派が彼女を蘇らせたクローン技術、その大本はエリスがいた研究所で開発された技術であった。ルベリアが熾天派で聞かされた理論に思い当たるデータがツクヨミに残っており、レヴがそれをピックアップしたのだ。

 

 資金繰りのために売却された低価値のテクノロジーだった。特定個体のバイオリズムに共振する人工細胞により、オリジナルから記憶と人格を引き継いだクローニングを行うというもの。

 典型的な疑似科学であり、はっきり言って詐欺であったが、どういう巡り合わせか実用化に成功したようだ。

 

「昨日の晩、合宿場を囲んでいた奴らの中にもルベリアと同じクローンがいた。ククルシア・フェムトってヤツは知ってる?」

 

 ルベリアは首を横に振った。

 

「その方については残念ながら存じ上げません。丁重に扱われていましたが、機密へのアクセスや行動はひどく制限されていたので――ククルシアさんというのはエリスさんのお仲間ですよね?」

「そう、いわゆる第零世代のレイヴンの一人」

 

 特務傭兵部隊(ヴァンガード・レイヴンズ)、あるいは特攻兵団(マローダー・コープス)とも呼ばれ、レイヴンズ惑星アリシアとの戦争を終わらせた最初のアーマードコア・ドライバーたち。

 常軌を逸した能力を持つ戦闘の天才たちを傭兵として集め、常人には一歩も動かすことのできない最強の機動兵器を託すことで、異星AIの殲滅は完遂された。

 

「私以外の成功例がいるとは思いませんでした。彼らによると私に用いたクローニング手法は極めて成功率が低く、私の存在は奇跡の証明らしいですから」

 

 ククルシア以外もクローン再生されているとしたら、熾天派の脅威度を何段階も引き上げなければならない。

 もしも、仲間たちや養父と再会することになったら――複雑な気持ちになりながら、赤髪の少女は次の質問に移る。

 

 昨晩、ククルシアに尻を打たれた少年のことを訊く。

 

「そちらは分かります。セドリック君ですね。オールドガーデンに出資してる名門貴族の子なんですよ。なのに高貴な者の義務だなんて、前線に出ている立派な子ですよ……私への対抗意識が強いみたいで、ちょっと困ったところはありましたけど」

 

 ほんわかした口調で楽しそうに語るルベリア。

 昨晩、特殊部隊に同行していたセドリックがムキになっている理由が今理解できた。なんとなく、そんなことだろうと思っていたが。

 

(こんな大事なお話、部外者のわたしがいる所でするんですか!?)

 

 エリス達が話しているのを見て、片目隠れの少女は固まっていた。クィナは絶句しているのだ。

 

「気にするな。世間話だ。それに君だって関係者だよ」

「はっはぁ……」

 

 レヴはクィナの様子にすぐに気付き、心を読んだかのように声をかけてきた。

 大事に巻き込まれているのだが、どうにも実感が湧かなかった。不安がないと言えた。エリス達なら、どんなことになっても、なんとかしてくれるという安心を感じる。

 

◆ ◆ ◆

 

 クィナを降ろし、SUVをアーシャに預けるとエリス達は横浜市内を徒歩で移動。

 地下に隠したルベリアのACトレーラーに乗り換え、横浜の中心地に建つバカみたいに巨大なドームに向かった。

 

 周囲の建造物と比較して異様なサイズのドームは、巨人の住処か何かのよう。

 

 これこそが日本におけるAC戦闘競技の主要開催地の一つ、YOKOHAMA Titan Nest、通称横浜アリーナである。

 地上及び地下の広大な空間にACの戦場から整備スペース、さらに関連設備が設けられている。巨額の金が動くAC戦闘競技だからこそ成り立つ箱物であった。

 

「大きな施設とはいえ、こんなにすんなりと隠せるなんて不思議ですね」

「まあね。権力者が友達でいてくれると、こういう役得もある」

 

 アリーナの見取り図に目を通したところ、使われていない格納庫がいくつかあった。ヤトとミコ部長の手引きで格納庫の一部を確保してもらい、そこにトレーラーごとルベリアのACを運び込んでいた。

 襲撃があった場合の備えだ。アリーナの観戦が終わったら、ルベリアはACごと海鵬市に雲隠れすることになっていた。

 

 エリスはメンテナンスベッドに固定された灰白色の人型機動兵器(アーマード・コア)を見上げている。熾天派を脱走してから追っ手との戦闘を繰り返したのだろう、装甲の至るところに傷が見て取れた。

 

「いい面構えだ」

 

 そんな灰白色のACを前にして、エリスは率直な感想を口にする。変装を解いたルベリアは微笑んでいた。

 第四世代(ネクスト)に匹敵する複雑で緻密なアクチュエーター、荒々しくも洗練されたシルエットの曲線的な装甲、これこそが第零世代アーマード・コア"ティルヴィング"。惑星アリシアとの戦争後に起こった動乱において、残された僅かなパーツと乏しいデータから再現されたエリスにとっては未知の第零世代アーマード・コア。

 

 このACもまたルベリアと同じく復元されたモノだった。

 熾天派は聖オルベリアと共に失われたティルヴィングに限りなく近いACを建造、ルベリアの協力の元で完璧に仕上げたのだ。そのために投じられた資金は旗艦級アームズフォートに匹敵するという。

 

 

 ACバトル同好会の面々もVIPルームに到着する頃だが、まだやらなければならない仕事が残っている――ちょうど必要な資材が届いた。搬入用ゲートが開き、新たに二台のトレーラーが入ってくる。

 

「あの中にエリスさんとアンヘラさんの機体が?」

「そう。パーツと武装もピックアップして持ってきた」

 

 長い灰白色の三つ編みをなびかせ、トレーラーのほうを向いたルベリアは興味津々な様子。次は私とアンヘラのACを見せる番だな、そう意識するとエリスの気持ちも上がってくる。

 

 トレーラーにはツクヨミから運び出されたイクリプスとウルティマ・ラティオがそれぞれ搭載されている。レヴの監督の元で、搬入は完全無人で行われた。ササラとリゼもアークセイバーをアリーナのどこかに隠しているそうだ。

 

 アリーナの出場者、警備には上位ランカー級のレイヴンも多い。

 こんなところに攻めてくるバカはいないと思うが、これもまた念のため。切り札は手元に置いておくに越したことはない。

 

「さっ始めようか。遅くとも開会式が終わるまでには済ませよう」

 

 レヴが赤髪と灰白髪の戦乙女を率いるように歩き出す。

 工廠艦ツクヨミで製造したパーツは第零世代と互換性があり、修理用の部品もできる限り持ってきた。これらを使えば損傷したティルヴィングを整備することができるはずだ。

 

 

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