日蝕のアサルトレコード   作:その辺の残骸

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オン・ザ・コロシアムⅢ

「本当に出場なさるおつもりですか?」

 

 二つ結びの黒紫色の髪、深紅の瞳。闇色のロングワンピースを身に着けた、嫋やかな少女は少年に問うた。妖しく微笑んでいる。

 

「速やかに聖下にお戻りいただくにはこの方法しかあるまい。既に根回しも済んでいる」

 

 貴族然とした金髪の少年は、身長も年齢も上な少女の慇懃無礼な態度を受け流す。

 

「ですが、我々のACを衆目に晒すのはリスクが高過ぎるのでは? アリーナでは隠蔽工作のしようがありませんわ」

「いつまでも陰に隠れて動くのは、我ら熾天派の本意ではない。聖オルベリアの名と力の元で、強欲者に溢れた世界を糺すのが我らの悲願だ」

 

 少年の意志の強い眼差しは、これ以上の質問は許さぬと語っていた。少女は優雅な所作で、主君に対する完璧な礼をしてみせる。

 

「先ほどの愚かな問いをどうかお許しください――ククルシア・フェムト、謹んでお供させていただきます」

「それで良い」

 

 納得した風を装いながら、少女は思った。

 こちらが公の場にあえて身を曝せば、心優しく気高い聖戦乙女は、無視するのがいたたまれなくなって決闘に応じる――そんな今回の作戦にしても組織の在り方にしても、他人に依り過ぎている。

 

 それはわたくしも変わらないのですが、と自嘲気味でもあった。

 

 傲慢な自信ありきの愚かな企ては、最愛の"お姉様"と再会する絶好だ。このような状況ならば、間違いなくお姉様は必ずオルベリアに伴う。

 ククルシア・フェムトは、赤髪の戦乙女の姿を思い描いた。

 

◆ ◆ ◆

 

「クィナちゃん、本当に格好良かったよ! 新しくなったストライヴも!」

 

 サヤが開口一番、興奮気味に言ってきた。

 名だたるランカーが入場する開会式の壮観さよりも、友人の晴れ姿に感動したらしい。

 実にこの娘らしいとエリスは思った。

 エリス自身、開会式を観ていれば同じ感想を抱いただろう。

 

「何とも大仰なものだね。あちこちからレイヴンを呼び集めるとは」

 

 と、黒いドレスのゴシックオートマタ。

 レヴはエリスの立つリビングスペースの後ろにおり、バーコーナーのスツールに偉そうに座り、供されたオレンジジュースのグラスを傾けている。

 

「守られる身としては、安心できますな」

 

 足捌きが良く、妖艶でもある脇腹までのサイドスリットが入ったメイド服を纏ったレネがカウンターに立って給仕している。

 本来は各種サービスを担当する専属の従業員がいるが、同好会の世話の一切は蒼銀髪のサムライメイドが務めていた。保安上の理由などで、VIPが自分の従者に世話をさせることを珍しくない。

 

 室内にいるのは完全に身内だけ。なので気兼ねなく外に漏らせない話ができる。

 

「凄かったよ、クィナちゃんの存在感。ランカーが霞むくらい。なんたってネクストだしさ」

 

 ソファに座るリゼもクィナのことを大絶賛していた。

 ミサカの新しいリンクスとネクストのサプライズ参加は大きなインパクトがあった。

 

「まっそれはそれとして。ここ、良かったら座って」

 

 さりげなくお尻をズラし、アンヘラとの間にエリスが座るスペースを作って誘う。

 

「失礼します」

 

 黒髪の蠱惑的な少女の厚意に感謝しながら、赤髪のお嬢様はソファに座る。

 

「待ってたよエリス!」

「まったく、少し離れてただけでこれなんですから」

 

 途端、アンヘラが抱きついてきた。

 エリスは振りほどいたりはせず、身長相応に大きな胸を押し当てるアンヘラの頭を優しく撫でる。

 冷房が効いて涼しい室内だ。抱きつかれても暑苦しくない。むしろ、ちょうど良いくらい。

 

「善き哉善き哉♪」

 

 健康的な小麦肌と白い肌の美少女の絡みを間近で見物して、満足気なリゼである。計画通りという顔だ。

 

 ソファの後ろに立つルベリアは、感心しながらエリスとアンヘラを見ていた。

 黄泉還りし英雄乙女は、女の子同士の絡みに興味があるご様子。

 

「これで妙な気を起こす者はますます減るだろう」

 

 甘えるアンヘラ、甘えられるエリス。

 二人を微笑ましく見守りながら、金髪ツインテールの美少女、ササラ・レイフィールドが言った。

 

 巨大企業ミサカ重工のお膝元として、指折りの治安を誇る日本。

 そんな国でも大きなイベントにはテロの脅威が付き纏うのが現実だ。

 レイヴン兼賞金稼ぎとして、国内のテロや犯罪に対処しているササラはそれを良く理解している。

 

 残念ながら、レイヴンのACを"たかが傭兵ごとき!"と侮って、襲撃を強行。返り討ちにある熱心で身の程知らずのテロリストは多い。

 

 そんな熱心な連中でさえ、恐れるのが第四世代アーマード・コアなのだ。

 

 大型ディスプレイの画面はメインゲートに繋がるAC用通路を映している。

 ストライヴはメインゲートの警備担当であり、通路を通って外に出ようとしていた。

 

「綺麗な色だ。灰色よりずっと似合ってる」

 

 エリスはクィナが日のあたる場所に出られたことを嬉しく思った。

 

 ストライヴはもはや、灰色の幽鬼(グレイスケイル)ではない。

 フレームはミサカ製のフレームに換装されており、白色に桜色のアクセントが入ったカラーリングになっている。その色合いは剣呑な究極兵器に優美な印象を与えていた。

 

 右腕はアサルトライフル、左腕には最新の超高出力ハイレーザーライフル。背部には高機動ミサイルと長距離戦を想定したレールキャノンが装備されていた。

 

 頭部は試験機に用いられるデータ収集特化タイプだ。

 ブレードアンテナが斜め後ろに向かって伸びている。複合センサーの面構えが睨みを効かせると迫力があり、警備にはもってこいに思えた。

 

 軽量級だが過剰なほどの重武装が施されている。ハードウェアとソフトウェアの双方を入念に調整した上で、優れたリンクスの腕前があって成り立つアセンブルだった。

 

「クロエのAC、新型になってたよ。サラマンダーだって」

 

 アンヘラはリモコンを弄り、モニターを分割モードに切り替えた。

 白色の軽量逆関節機。暗緑色のタンク型。二機のACが通路を移動する映像が併せて映る。

 

 四柳(クロエ)とメリッサ・ロングファングも開会式に参加していた。

 現在、二人は外の警備に立つため移動中だった。ストライヴと同じく、メインゲート方面を担当するらしい。

 

「良い名前じゃないか。にしても第六世代機か。相当なコネがなけりゃ地球に持ち込むのは難しいだろうに、よくやる」

 

 クロエのタンク型ACの名はレイヴンネームとして亡き父から受け継いだモノだ。

 そんな機体名を変えるというのは、大きな心境の変化があったことを意味している。四柳のACをまじまじと見つめるエリスは、すっかりヤンキーモードであった。

 

 従来機のパーツを第六世代の機体構造に適合させたササラとリゼのアークセイバーとは異なる、真の第六世代と言えた。サラマンダーは完全新造のパーツのみで組まれているのだ。

 

 ガトリングガン、重ショットガンの腕部武装で近距離から中距離までをカバー。背部にはグレネードキャノンとミサイル――全距離に対応できる武装を積んでいた。

 

 第六世代AC。それは技術開発の特区となっている植民惑星プロメテアで開発された、新規格のアーマード・コアだ。

 プロメテアで独自開発された演算素子を用いた中枢システムによる機体制御と戦闘処理能力は、リンクスが駆るネクストに近い領域にあった。

 

 近いとはいえ、依然として両者には大きな性能差がある。搭乗者の技量次第でネクストを撃破可能な潜在力が第六世代にはあった。

 

 そんな新型ACの技術が植民惑星に独占されている現状は、地球中心の秩序を揺るがしかねず、地球政府と巨大企業体は揃って一機動兵器に過ぎない第六世代アーマードコアに脅威を感じていた。

 

◆ ◆ ◆

 

 メインゲートが開く。

 クィナはストライヴは外に向かって前進させた。白い装甲が夏の陽射しを照り返す。

 

 遠くからストライヴを撮影している人々がいた。集音センサが警備のACを目当てに集まった人々の歓声を拾っている。皆、ネクストACのサプライズ参加に興奮していた。民間人がネクストACを撮影できる機会は本当に限られているのだ。

 

 ストライヴは所定位置にて警戒態勢を取った。規定に従い、メインシステムは通常モードに固定する。

 アリーナが襲撃されない限り、ストライヴがプライマルアーマーを展開することはない。

 

「ふぅ」

 

 クィナは開会式の緊張感から解放されて息をつき、シートに背を預けた。

 

 支給された新型パイロットスーツは快適だった。カラーリングは黄色に黒色のライン。

 ラバーのような質感で体のラインがくっきり出るので、貧相な体付きが丸見えなのは恥ずかしかったが。

 

 いざ本番が近付くと緊張してしまった。

 今日の試合に参加するランカーACを率いて、最初にメインアリーナに入場する大役を仰せつかったのだ。

 

 極一部のアリーナ運営関係者と同好会を除いて、ミサカの新たなネクストの登場は告知されていなかった。

 

 そのため、観客の反応は爆発的だった。

 

 会場のスピーカーを通して浴びせられた大歓声に気圧されてしまったが、ストライヴの挙動にそれが反映されることはなく、クィナは律動的な歩みで入場してみせた。

 友人や尊敬する人達の前で失敗はできない、そう己を奮い立たせたのである。

 

 ここから先は警備としてこの場に立ち続けるので気楽だ。クィナは待つのが得意だった。

 休憩の時間は勿論あるが、サヤ達のいるVIP区画を訪う余裕はない。

 

 クィナはミサカ重工のリンクスであるだけでなく、聖オルベリア学園AC部バトル同好会の一員だ。

 

 その名に恥じぬよう立派にやり遂げよう。

 改めて決心する金髪片目隠れの少女だったが……

 

『おい! ストライヴ聞こえてるか!?』

 

「はっはい! こちらストライヴ! 何か御用でしょうか!?」

 

 決意を固めた直後、通信の音声がストライヴにコクピットに響いたので、クィナは跳び上がりそうになった。

 同じくメインゲート方面に配置されたレイヴンのACからの通信に、片目隠れの少女は慌てて応じる。

 

 通信ウィンドウに映ってるのは同い年くらいのオレンジ髪の少女だった。

 濃い緑、サイドのメッシュが肉体を締め上げて強調する忍者風のレオタードスーツを着ている。

 

 クィナの姿は通信画面に映っておらず、黒塗りをバックにしたSOUNDONLYの表示のみ。

 戦略級兵器である第四世代を駆るリンクスは企業の要人。そのプライバシー保護のためだった。

 

 相手から見えていないと判っていたが、クィナは反射的に弾かれたように背筋を正し、敬礼までしていた。

 

 通信相手のオレンジ髪の少女、四柳は続けてぶっきらぼうに言った。

 

『入場行進は様になってたぞ。自信持てよ』

「ありがとうございます……! 四柳…さん」

 

 クィナは、事前にエリスから四柳のことを教えられていた。

 四柳、本名をクロエというオレンジ髪の少女レイヴンは、気が強くて攻撃的な性格。しかもリンクスに強い対抗心があるとのことで身構えていた。

 

 だが、四柳は意外に優しい言葉をかけてきた。新たなミサカの正規リンクスを新人と見破り、その緊張を見て取ったのだ。

 

 四柳の僚機はその様子を静かに見守っていた。

 

 白色の超接近戦型逆関節機、ダイヤウルフ(死してなお輝く狼)だ。

 ユーロ・アリーナのランク2。圧倒的な近接戦の実力でトップランカーに君臨する日も近いと目される、灰髪の眼帯美女、メリッサ・ロングファングが駆るACだ。

 

 メリッサの全身を覆う黒いボディスーツは手足にプロテクターがありながら、胴体は無防備。魅惑的な凹凸がありのまま浮き出る扇情的な構造だった。

 

 戦場の先輩として、クロエは心構えを説き、ストライヴの少女はそれを真剣に聞いている。

 クロエにはストライヴに敵愾心を向けないよう事前に注意しておいたが、その必要はなかった。

 

 クロエは亡き父から受け継いだACから、新しい機体に乗り換えた。

 それは単なる装備の更新による戦力強化というだけではなく、クロエにとってもっと大きな意味を持つ。

 パートナーであり、保護者でもあるメリッサは、それをよく理解している。

 

「怪我の功名……かな?」

 

 イクリプスとの戦い、そして敗北がクロエを変えたのだと思う。だが、直に言ったらきっと怒るだろう。

 

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