日蝕のアサルトレコード 作:その辺の残骸
今日くらいはのんびり過ごしたい。そんなエリスのささやかな望みは儚くも崩れ去った。
死ぬほど忙しいはずの櫛名田ヤトが訪ねてきたのは、エキシビジョン・マッチへの参加要請のためだ。
エキシビジョンの内容が急遽変更されたのである。
"欧州企業の試作機"という触れ込みのACが参戦することになり、その対戦相手としてルベリアと一緒に参戦を求められたのである。
気が早いことに、対戦相手はヤトと話している間にもメインドームに入場していた。
「わざわざこんな目立つ舞台で決闘を申し込まなくても。私が無視を決め込んだらどうするつもりなのやら」
メインドームに現れ、その場の主であるかのように鎮座する白と金色の機体。
派手な、あるいは貴族的な装飾のACを見下ろすルベリアは少しばかり不機嫌な表情であった。これまで穏やかな微笑みを湛えていた灰白髪のお姉さんが、はじめて見せる表情だった。
「いやはや、熾天派という連中の連力は凄まじいな」
その隣で白金髪を弄びながらのレヴの嫌味ったらしい呟きである。
「ルベリアさん、エリスちゃん。色々と思う所はあるやろうけど、どうかおたのもうします」
ヤトはエリスとルベリアに対して、丁寧に頭を下げて参加を依頼してきた。
若くしてミサカ・グループの最高幹部である、この妖狐のような少女の"お願い"を断れる人間は地球上でも数%くらいだろう。
「謹んで引き受けさせていただきます。私としてもセドリック君には、少しお説教をしないといけませんから」
「全力を尽くすよ。その代わり、後始末は宜しく。試合が終わったら囲まれてホールドアップってのはゴメンだ」
「ほんまおおきに。勿論、ウチのほうで退路は抑えとくよ」
だが、一切の社会的力学とは関係なく、灰白髪と赤髪の戦乙女は参加を引き受けた。
決闘の手袋を投げてきた相手は、ルベリア・アーヴィングと神薙エリスとの対戦を切望しているのだから。
ここで白黒付けるってんなら、望む所ってもんよ。
「ねえねえエリス」
「何?」
話がついて、二人がいざ出陣しようとした時だ。アンヘラがエリスの服の袖を引っ張って声をかけた。おねだりする子供のような明るい笑顔で。
「ボクも行きたい!」
と宣う南米娘に、エリスはやっぱりかーという表情。ルベリアは「まあ! 嬉しいです!」と小躍りしている。
試合に参加したいわけではない(一方的に喧嘩売られたとはいえ、二対三は卑怯だ)。
熾天派の動きを警戒してのことだ。
メインドームで待っているセドリックという少年が、本気で決闘で白黒付けるつもりであってもだ。熾天派全体の思惑と一致しているかは分からない。
別動隊、あるいは別の一派を警戒するに越したことはないのだ。
「私もアークセイバーを出そう」
「ササラが行くってんなら当然パートナーであるわたしも出撃しなきゃね。お目付け役がいればエリスも安心でしょ?」
遠巻きに見守っていた金髪ツインテと黒髪シニヨンが参戦を申し出ると、後ろでサヤ達同好会が歓声を上げていた。
「そりゃそうだけど。せっかくの休みなのに、本当にいいの?」
「なに、少し体を解したいと思っていたところだ」
「ルベリアさんに私達のスーツも見てもらいたいしね」
こうして、アンヘラの僚機としてササラとリゼも出撃することに。
異例の事態だが、警備チームへのアサインはヤトがやってくれるとのこと。やはり、権力者の知り合いがいると話が早い。
「この場は拙にお任せを。我が命にかけて皆様を守り抜きます故」
同好会のガードは蒼銀髪のサムライメイドさんがいるので安心だ。
ルベリアを先頭にぞろぞろとVIPルームを後にした。
同好会の少女たちは戦場に向かう戦乙女一行を真顔で見送る。敬礼でもしそうな空気だった。
「用意が済み次第連絡する」
「それじゃ、また後でね」
ササラとリゼは独自のルートで会場内にアークセイバーを隠しており、途中で別れることになった。
◆ ◆ ◆
機体を置いてきた格納庫に戻り、ルベリア・アーヴィングはACに乗り込んだ。
灰白色の第零世代、ティルヴィング。
灰白色に染め上げられた攻撃的で複雑なディテールの装甲には、防御スクリーンとの相互作用を最大化する遺失技術が用いられていた。
研ぎ澄まされた刀身を彷彿とさせる剣呑な煌めきを帯びており、それ自体が一振りの剣のようでさえある。
ティルヴィングの姿形は勇姿というより威容を感じさせ、災いと勝利をもたらす魔剣の名に相応しかった。
「皆さんに着替える所を見せられないのが残念ですね」
そんな艶っぽい独り言が零れた。今のルベリアは上品さと妖艶さを兼ね備えた、タイトなワンピースを着ている。
身に着ける下着を厳選しなければならないような衣服である。
これから着替える戦闘用スーツはワンピースと比べ物にならないほど薄い。
頑丈さが最も重視される戦闘スーツでありながら、大部分はサランラップほどの厚さしかない。
白色を基調としたナノスキンスーツだ。エリスとアンヘラが昨晩、ナノスキンスーツを纏った際は親近感を感じて密かに嬉しくなったものだ。
このスーツもティルヴィングと一緒に持ち出した装備だ。
ネクストの操縦に最適化されたエリスとアンヘラとは違い、四肢や首元のハードスキンが重装甲な旧タイプである。
ルベリアは狭いコクピットで真っ裸になっていく。その動作でボリュームのある双丘が弾んでいた。
シートに置いておいたナノスキンスーツを手に取ると、ルベリアは慣れた手つきで足先をスーツの首の穴に通す。
灰白色の長髪は三つ編みに束ねてあるので、身に着けるときは横に除ければ邪魔にならない。
ナノスキンスーツはこの段階では余裕があるサイズに伸びている。
手首のスイッチをプッシュすることで一気に縮み、着用者に密着する。
装着の際、内側に溜まっていた空気は四肢のハードスキンから排出される。
減圧によって汗が気化することになるので必然、放出された空気に籠った自分の匂いを嗅ぐことに。他者にとっては甘酸っぱくも魅力的な香りであるが、ルベリア当人にとっては我慢の瞬間であった。
ギチギチという伸縮音に伴い、灰白髪の英雄乙女の長身はナノスキンスーツで隈なく締め付けられた。
柔らかく大きな乳房はカタチそのまま縁取られる。ボリュームのあるお尻はスーツの圧力で強く引き締められており、美しく持ち上がっていた。
排泄物パックを内蔵する股間装甲と、そこから続くお尻の間に食い込むI字型の装甲は衛生の都合上、特に強い圧力を感じる。
オマケに内側にぬるりと染み込むような強烈な不快感を伴うため、着こなすには習熟が必要だ。
ルベリアはこの感覚に慣れていた。恥ずかしいどころか、その感触にむしろ気合が入るというものだ。
ナノスキンスーツを身に着ける度に気合を入れ直して戦場に臨むのが、オルベリアの姿勢だった。
今はもういない日系人の戦友はそれを「フンドシを締めてかかる」と慣用句で評していた――ルベリア・アーヴィングはそんな過去を思い出してしまい、慌てて振り払う。
「これで、よし」
最後に自分の目と手でスーツの装着具合をチェックする。
これまで一人で戦ってきたが、心から信頼できる仲間がいる。
エリス達に見苦しい姿を見せたくない。その一心で身嗜みを徹底する灰白髪のお姉さんだった。
つんと浮き出た豊満なバストの先端。
艶めかしいおヘソの窪み。綺麗に割れた腹筋。
鼠径部のライン、装甲が食い込んだお尻の割れ目。
本来なら衣服で隠れるカラダの凹凸が完全に浮き出てしまうのが、ナノスキンスーツの特徴だ。ソフトスキンの色合いはパールホワイトで、ハードスキンの柔らかな白さとは異なる鮮烈な印象を与える。
純白のナノスキンスーツは聖オルベリアが身に着けた聖遺物として扱われていた。
ルベリアの戦闘力と人格は、熾天派が崇敬する英雄乙女そのものであり、彼女を蘇らせた者たちは歓喜しながら至宝を奉還したのだ。
搭乗者を感知したティルヴィングのAIは自律モードで起動プロセスを済ませていた。
エリスが提供した武装とのマッチングは不気味なほどに良好。
機体自体のコンディションは絶好調だ。これも赤髪の少女と白金髪のゴシックドールの丁寧な整備のおかげだ。
ルベリアが軽やかな身のこなしで豊満なお尻をシートに降ろし、操縦桿を握ると、それに呼応して視界に外の景色が投射された。
同じく格納庫で待機していた二機の第四世代――イクリプスとウルティマ・ラティオの機内でもルベリアの命の恩人であり、助太刀まで申し出てくれた親切な美少女たちが着替えを済ませていた。
『お待たせしてすみません。ティルヴィング、戦闘準備完了です』
通信チャンネルを合わせると、凛とした声音でオルベリアは二人に呼びかけた。
『それがルベリアのスーツ? 真っ白ですごく似合ってるよ! おっぱいが大きいからどーんって感じ!』
『アンヘラさんこそ立派なお胸で素敵ですよ』
『やった、褒められた! エリスのおっぱいも綺麗だから見て!』
通信ウィンドウに表示されるバストアップ。ルベリアの戦装束に真っ先に食いつくアンヘラであった。
小麦肌の健康的な南米娘は黒紫色のソフトスキンと黒色のハードスキン、デザインはエリスと同一のナノスキンスーツを纏っていた。
アンヘラにセクハラ発言を真正面からかまされたルベリアだったが、スーツを含めて褒められ、心の底から喜んでいる。
『なんちゅー会話しとるんだ。セクハラだぜ』
エリスはジト目で突っ込み。
思わず真紅のナノスキンに覆われた美乳を片腕で隠してしまう。後ろのレヴはニヤニヤ笑いだ。
ルベリアのナノスキンスーツに興味があるのは赤髪のヤンキーギャルも同じ。
デザインからバージョンを推測する。恐らく聖オルベリアが当時身に着けていたスーツなのだろう。
アップデートされておらず、当時のまま使っている。
『それはそうと。終わったらスーツも整備しておこうか? アップデートしたら着心地が良くなるよ』
『是非』
決闘に敗けて、熾天派の元に戻る気はさらさらないということだ。
エリス達は迎えを待っている。
事後承諾になるが、櫛名田ヤトの権限で格納庫の利用と出場を認めさせた。
しかし、正規の出場者ではないので、アリーナの運営を納得させる必要があった。そのため、移動の際は警備のACが立会人としてつくことに。
勿論、立会人となるACは不審な動きをしたら、即攻撃する許可を与えられている。
向かってきているACは二機。ダイヤウルフとサラマンダーだ。ヤトが指名したのだろうか、はたまた偶然か。
メリッサ・ロングファングと四柳クロエ。エリスと縁のあるレイヴン達であった。
『間違いなく怒鳴られるから今のうちに覚悟だけしといてくれ』
タンク型の最新鋭機をひっさげたオレンジ髪の少女の反応を想像し、エリスは二人に言った。