日蝕のアサルトレコード 作:その辺の残骸
決闘の舞台に自らを誘い出したセドリックからの通信に対して、ルベリア・アーヴィングは応じた。
ちょっとガツンと言ってきますので、と先に僚機であるエリスに断ってから――――
「確かに敵の心理を利用して行動を制御するというのは戦術の基本です。
事実、私をこの場に引き出すことには成功していますが、失敗した際のセカンドプランは用意していましたか? それに成否に関わらず、事後処理のコストは法外に高く、熾天派のリソースであっても事態をもみ消すのは不可能でしょう。その点についてのフォローは?」
怒涛のお説教を開始する灰白髪の三つ編みお姉さん。
にこやかな表情のままだが、容赦なくセドリックの作戦の手落ちを指摘していた。
『そっそれはですね。聖下のお人柄なら必ずや応じていただけると確信してのこと。隣にいるククルシアも普段のように異論を挟むことも、素直に従ったほどで……』
(ふふん、少年よ。この展開は予想していなかったんだな?)
セドリックはすっかりたじたじだった。
相手が他の者。それこそ、エリスがヤンキー全開の荒っぽい口調で指摘しても、果敢に反論してきただろう。
だが、ルベリア・アーヴィングは尊敬の対象であり、迫力もあって口答えできていない。
『とっとにかく。この場にお出でいただいたということは、委細承知という理解でよろしいですね?』
押されている空気を切り替えようと、セドリックが改めて確認する。
『私が敗ければ熾天派に戻る、勝てば自由の身』
ルベリアは意識して淡々と述べた。
『その通りです。我が名にかけて誓います』
金髪の少年の態度は「これって信じて良いやつ?」と疑念を挟む余地がない真摯なもの。
熾天派の総意はともかく、セドリックの権威が及ぶ範囲での追撃が止むのは間違さそうだ。
『よろしい。これ以上の言葉は不要。決闘を始めましょう』
◆ ◆ ◆
開戦の号砲となったのは、カラドボルグの槍砲だった。
ランスと同軸上に備え付けられたリニアライフルを連射しながら腰部のスカート状のホバーユニットを起動させていた。地表から僅かに浮き上がり、滑らかな動きで左右に振れながら砲撃してくる。
ルベリアはフットペダルを踏み込み、ティルヴィングをブーストジャンプさせた。
重力を感じさせない急速上昇だ。第零世代のブースト性能は加速力、最高速度ともに最新鋭のACを凌駕している。
放熱量も相応だが、強力なラジエーターとフレームの冷却性能で強引にねじ伏せる設計だった。
ティルヴィングは最小限の動きでカラドボルグの砲撃を躱している。右手のプラズマライフルを構えるが、まだ発砲はしない。
天井近くまで飛翔した灰白色のACを追うカラドボルグ。敵機から迸る戦意を浴びても、穏やかな白銀色の眼差しを向けるルベリアであった。
(ククルシアさんもそのつもりでしたか。なら、ご厚意に甘えさせてもらいましょう)
赤黒色の第四世代機が、自分に敵意を向けていないことを肌で感じている。
後方に控えていたバロールがイクリプスめがけてクイックブーストによる急襲をかけてきた。
総重量を抑えた軽量級ならではの瞬発力だ。
『やはり、互いに一対一での戦いになってしまいますね。どうか幸運を、エリス』
『シンプルでいい! ルベリアもな!』
お互いの名を呼び合い、武運を祈る赤と白の戦乙女。
エリスもバロールとの戦闘に突入。挨拶代わりに二挺のライフルで射撃する。
バロールは慣性を活かした鋭い機動で銃撃を切り抜けた。四肢に装着されたスタビライザーが砲弾を切り捨てているのは偶然ではない。スタビライザーは研ぎ澄まされており、近接戦用の武器を兼ねるようになっていた。
「腕は衰えてないみたいだね。昼食前にやるにはタフな戦いになるな」
「そうでなくっちゃ面白くない! ますます燃えてきた!」
普通なら驚嘆するような技量を前にしても、エリスが動揺することはない。
むしろ闘志を燃やしてるし、戦友との意外な再会は嬉しかった。
一瞬で迫ってきた赤黒色のネクストAC。そのコアに座す少女が艶然たる笑みを浮かべてる。視えてるわけではないが、エリスは確信している。
アリーナにおける2対2はチーム戦であるため、必然として僚機との連携が重視される。
しかし、今回の試合は一つのフィールドで二つの戦闘が並行して繰り広げられるという特異な形となっていた。
◆ ◆ ◆
当たり前のように実弾を使っている。繰り広げられているのは試合の皮を被った実戦であった。
かつての戦友と敵対するという状況でありながら、微塵も手を抜いていない。荒っぽいことには、二百年前から慣れっこだった。
特にククルシア・フェムトは危険な少女であり、エリスは刺激的な時間を過ごしたものだ。
「いい加減、話してもいいんじゃないか? それとも私のことは嫌いになっちまったか?」
『そのようなことは決して。ご機嫌ようお姉様、それにREV」
黒紫色の髪を二つ結びにした瀟洒な少女の姿が通信ウィンドウに映った。
その身に纏っているのは黒と赤のスキンタイトなパイロットスーツ。色はかつて纏っていたものと同じだが、ナノスキンスーツではない。
『先ほどのことはお許しを。今のわたくしはセドリック様の個人的な従者のような立場なもので。ルベリア様が出奔なさってからのことなので一か月も経っていませんが』
『昨日はケツ叩いた癖に?』
『主のため、時には心を鬼にしなければならない時がありますわ』
親しい会話の間にも、少女達は相手の命を刈り取るような熾烈な攻撃を繰り出し合っている。
接近を続けていたイクリプスとバロールはついに交差した。互いにクイックターンで反転する。軽量な分バロールのほうが一瞬速い。
赤黒色のネクストはミサイルとライフルの同時攻撃を浴びせてくる。
これを見越していたエリスはサイド・クイックブーストで難なく回避。イクリプスは純白の幻影と化していた。
「今のお前はどれくらい本物だ?」
赤髪を振り乱しネクストACを操りながら、エリスは意地悪と思いながらも問いかける。
『自分自身のような、記憶を持っただけの他人のような。まるで夢の中にいるようですわ』
ククルシアの返答に、赤髪の戦乙女はらしくない感情を抱いた。
悲しみだった。かつての戦友が勝手に蘇生された上に、自らをコピーのように思ってしまっているのだから。
ふと思った。ルベリアもきっとそう感じているに違いない。
ルベリア・アーヴィングは単なる偽名ではない。別人という認識があるからこそオルベリアと名乗っていないのだ。
藪を突いて蛇を出すとは、このことだった。心理戦のつもりが仕掛けたエリスのほうが揺らいでしまった。
「僕には理解できない感覚だ」
不意に電脳サメの思考が言葉となってエリスの意識に奔った。
遍在し、死と生の概念を持たない機械知性体であるレヴには、確かにクローニングによるアイデンティティの悩みは無縁だろう。
無神経な発言だったが、それはエリスを戦闘に引き戻すためでもあったのだろう。
「少しは人の気持ちを汲み取ってやれっての! ええレヴ先生よぉ!?」
エリスは電脳サメのぶっきらぼうな優しさ(と形容していいのだろうか)に感謝して気を引き締め直す。
『エリス姉様を焦がれるこの気持ちは本物と信じたいですわ。どうか、お姉様の目でわたくしの真贋を見定めてくださいませ』
バロールの動きが変わる。
教本通りの近接機動戦を遂行していた赤黒いネクストACだったが、フェイントをかけてから最大出力のバック・クイックブースト。接近戦から一転、中距離射撃戦の構えを取る。
瞬間、バロールの右手で閃光が閃いた。
近接攻撃を仕掛けると思われた右腕のレーザーブレードから光刃が"射出"された。
光刃を射出するよう設計されたブレードではない。通常のレーザーブレードを神業的な制御で射撃武器として扱っている。
例外的な攻撃モーションなので火器管制システムによるアシストはない。
プラズマの塊を高加速放出しているだけだ。砲身による安定がないため、弾道は安定せず、命中率は悪い。しかし、バロールのそれは必中の精度に練り上げられていた。
高出力のブレード光波はイクリプスのコア、コクピットブロックを捉えている。
刃が微かにコジマ粒子装甲に触れる直前、エリスはクイックブーストで光刃を回避。
「その手は食わん!」
『それでこそです。この程度で斃れるのなら、お姉様ではありませんわ』
ククルシアの艶のある声は愉快そうだった。
これこそがククルシア・フェムトの戦闘技巧だった。武器を本来の用法とはまるで異なる、予想外の使い方で扱ってみせる魔技、あるいは異能。
ククルシアは惑星アリシアとの戦争において、異星AIに共鳴した人間たちが駆る機動兵器を数多屠った。いかに卓越した戦士であっても、その攻撃を予測することはできず、雑兵のように葬られたのだ。
エリスであっても用心深く戦わねばならない強敵だった。
「とは言っても負けてやる気はせんがな!」
赤髪の戦乙女はククルシアに向かって意気揚々と叫んだ。
クイックブーストによる超高速切り返しで、互いの姿がブレている。その中でもエリスはバロールを捉え、攻撃のチャンスを掴んだ。
いける!瞬間的にバロールの動きに勝り、ククルシアが動揺するのを感じた。
確信と共に引き金を絞り、純白のイクリプスが両手のライフルを浴びせる。数発の砲弾がプライマルアーマーを抜けるが。
「ちぃ! やっぱり狙い通りにはいかんか!」
「片腕を潰したんだ。儲けものだろう」
コアに当てるつもりだったが、右腕を中破させるのみ。赤黒色のネクストACは辛うじて身を捻り、被弾箇所を変えてみせたのだ。
『嗚呼、なんて素敵なのでしょう。お姉様から贈り物をいただけるなんて』
「そういうとこ、ちょっと気持ち悪いと思うぞ」
被弾し、その痛みがAMSを介して右腕に伝わりながらもククルシアは笑顔を絶やさない。
敬愛するエリスから受けた痛みは贈り物であり、歓喜を起こさせるものでしかなかった。ジト目で嫌がる赤髪ヤンキーギャルの突っ込みも物ともしない。
バロールは鋭角的な跳躍を交えつつイクリプスの懐に飛び込んだ。
「――――とっ! 危ぁっ!」
赤黒色の第四世代機は、回転の勢いで斬撃を浴びせてくる。
ククルシアの得物は各部のスタビライザーだ。スタビライザーブレードによる攻撃は粒子装甲を紙のように切り裂き、ネクストAC本体にやすやすと致命傷を与えられる。
避け損ねたらズタズタにされる。そんな連撃をエリスは数ミリのところで躱す。
ククルシアのターンは続く。
姿勢を低くしたバロールが背中のスラッグガンで超近接射撃。散弾が単一目標に対して最高の破壊力を発揮する間合いでの発砲だ。
「くぅっっ!」
斜め右方向に飛ぶようクイックブースト角を調整して、純白のネクストは跳ねた。
プライマルアーマーを削られながらも射突式ブレードに匹敵する破壊力の接射を凌ぎ、回頭する。
もしも距離を取っていたら、反動制御をあえて捨てた強烈なリコイルを使って振り上げたアサルトライフルの射撃を浴びる。あるいはレーザーブレードを利用した目眩ましを食らっていた。
『踊り続けましょう。わたくしとお姉様で心ゆくまで、どちらかが斃れるまで』
「それは構わんが。けど踊れる時間は短いぜ。向こうの勝負はもうすぐお終いだ」
声を弾ませ、陶然たる口調で誘うククルシアに対して、エリスは突っ返す。
あくまで自分たちは引き立て役であり、勝負の決着は第零世代同士の勝負と共に終わる。その刻は近いと赤髪の戦乙女は確信していた。