日蝕のアサルトレコード 作:その辺の残骸
一瞬たりとも地に足を付けることのない空中戦を繰り広げていた。
ティルヴィング、カラドボルグともども、オーバードブーストを起動。推力の凄まじさを示す轟音とプラズマ噴射がオーバードブースターから迸ってる。
第零世代のそれは第二世代アーマード・コア以降、実用化されたオーバードブーストの元型にあたり、オプションなしでの音速巡行を実現している。
最初期のACでありながら驚異的性能を有するのが第零世代アーマード・コアだ。操縦桿とフットペダルで操る操縦方式でありながら、第四世代に近いスペックを有する(さらに言えば兵器運用能力は第四世代を凌駕している)。
だが、性能と引き換えにドライバーに要求する能力は常軌を逸している。
殺人的な加速に耐えられる、極めて強靭な肉体が大前提だが、それだけでは足りない。
ACを構成するハードウェアとソフトウェアの性質を把握し、反射や本能の領域で制御しなければならない。
「次は左手を貰いましょう」
ルベリアはカラドボルグに向かってプラズマライフルを構えた。
両機は高度を変えつつ八の字を描くように旋回。互いを正面に捉えながら攻撃を繰り出している。
相対速度はマッハ2をゆうに超えていた。
メインドームは音速域での真っ向勝負をするには狭い。瞬く間にカラドボルグが視界に迫る。
すれ違いざま、ティルヴィングはプラズマライフルを発砲。至近距離でピンク色の荷電粒子ビームが弾けて、カラドボルグを打ち据える。
『ぐぅぅぅっ!! またしてもなのか!?』
白と金色のACはぎりぎりで大型シールドでプラズマの一撃を防ぐ。
シールドは驚異的な熱量を持つプラズマ弾によって融解していた。
これで三度目の攻防となる。
既にカラドボルグの腰部ホバーユニットは破壊されている。ほぼ無傷のティルヴィングに対して、カラドボルグは損傷が目立つ。
ルベリアはプラズマライフルのシングルトリガーでセドリックを圧倒している。
初速が遅く、AC同士の運動戦では当てるために工夫が要るのがプラズマ兵器の常。だが、ルベリア・アーヴィングにとってはごく簡単なことだった。
悔し気に叫びながら、金髪の少年は踏み込んだ。プラズマの炸裂でセンサーは瞬間的に麻痺しているが、ルベリアの気配を追いかけ、ランスで突き込む。
今、この時だけが英雄乙女と全力で戦い、下すことができる機会だ。
だから、誇りにかけてセドリックは決して負けられない。
手に届く場所に現れた、かつての英雄を超える。貴き者として、混迷の世界を導く者になる。少年の野心がこの決闘の舞台を作り上げていた。
「おっと」
セドリックの執念の一撃はついにティルヴィングを捉えた。
灰白髪のお姉さんは、ちょっとした驚きの声を上げながら左の操縦桿を引く。ティルヴィングはランスの穂先を左腕のシールド一体型パイルバンカーで受け流す。
魔法のような盾捌きで最小限のダメージに抑えたが、予想より衝撃が伝わっている。パイルバンカーの射出機構に損傷、と視界にアラートが躍る。
「今のは惜しかったですよ」
ルベリアは穏やかな微笑みを湛えながら、セドリックの反撃を評価した。強烈な加速Gがかかっているが、オルベリアにとって戦いとは苦痛の連続。肉体の痛みには慣れっこだ。
白色のナノスキンスーツを纏ったルベリアの豊満な肢体はびくともしない。せいぜい脚を開いて踏ん張り、股間の装甲が目立つ格好になっている程度だ。
『くっ! 馬鹿にして!』
ルベリアは真剣に褒めている。だが、セドリックは余裕のある物言いに屈辱を感じてしまう。
融解して使い物にならなくなったシールドを放棄したカラドボルグは、オーバードブーストをカット。
白と金色のACは壁を蹴り、鋭角な跳躍で四度目の射撃を避ける。
「同じ第零世代ならば、やれるはずだというのに!」
金髪の美少年は傍目には華麗な動きをしてみせながら、悔しくて泣きそうだった。
このような恥ずべき戦いになるはずがなかったのだ。
極めてプライドの高いセドリックであっても、オルベリアとの実力の認めざるを得なかった。
カラドボルグはティルヴィングを基に新たに熾天派が建造した最新の第零世代機。
英雄聖女たる聖オルベリアの愛機を再現することに拘った灰白色のACに対し、カラドボルグは熾天派が保有する遺失技術を注ぎ込んだACであり、
セドリックが思い描いた戦いでは、決めの一手として背部の新兵器を使うはずだった。
実際には窮地に陥り、逆転の手として縋るように使うことになってしまったが。
「目覚めよ、我が
大仰な物言いでセイフティを解除した。
カラドボルグの背部ユニット中心部が解放され、ジェネレーターが露出。放電現象を伴う薄緑色の光が炸裂。光を纏ったカラドボルグは、速度を増して突撃してきた。
観客席は騒然となっていたが、ルベリアは慌てることもなく。
「やはり防御系の兵装でしたか」
ルベリアは試しにプラズマライフルを撃ち込むが、パルスエネルギーに弾かれ、プラズマが霧散する。
パルスアーマーの中に微細な輝きが揺らめくのが見て取れる。それは危険な輝きだ。ルベリアは接触を避けるように動き回っていた。
エリスが提供したデータでアップデートされた、ティルヴィングのデータバンクが敵兵装の情報を表示した。
オーヴァード・パルス・アーマー"アイギス"
熾天派が一から開発した防御システムではなく、《再構築戦争》で使われた遺失技術の一つだった。
背部ユニット備え付けのジェネレーターから放出されたエネルギーをナノマシンとの共振で増幅する全周パルス防壁。
一度起動すればジェネレーターは暴走状態になり、物質とエネルギーを分解する絶対防壁を展開し続ける。
無敵のバリアを張りながら、大部隊に単騎で殴り込むことを想定した兵装だ。
聖オルベリアが活躍した時代には、第零世代ACのために設計された殲滅兵装の多くが闇に葬られていた。そのため、ルベリアにとっても初見となる兵装だった。
アイギスは攻撃を防ぐだけでなく、空気抵抗を軽減しており、旋回のキレは先ほどと桁違いだ。
攻撃範囲自体も伸びている。パルスアーマーに当たれば、第零世代ACの装甲でもタダでは済まないし、荒れ狂パルスの放電にも無視できないほどの威力がある。
『うおぉぉぉおおおおおおお!!』
「まったく。私を消し飛ばしてしまったら元の子もないでしょうに」
咆哮しながら突撃するセドリックに、少しばかり呆れる。
とはいえ、猪武者は嫌いではない。むしろ、上手く使ってみせてこそ、という考えの灰白髪の英雄乙女ではある。
同好会が見守っている観戦席にカラドボルグの突撃が向かないよう、ティルヴィングは巧みに動き回る。主導権を握られていることに、セドリックはまったく気付いていない。
唐突に。
「これは……ヤトちゃん先輩さんの指示でしょうか?」
メインドームの天井が開放され始めた。
カラドボルグの破壊力を危惧したのか、それとも試合を盛り上げるためか。
思惑は推測するしかないが、とにかく、ルベリアにとっては好都合だ。いつもながら自分は幸運に恵まれてると感じる。
ティルヴィングをピッチアップさせる。
ぐるんと視界が90度上を向き、慣性によって下に押し付けるような加重を感じた。白色のナノ被膜が包むルベリアの大きな胸が、上下に弾む。
「私たちに相応しい舞台でケリを付けましょう。勿論、セドリックくんが付いてこられればですが!」
ジェネレーターのリミッターを解除して、ティルヴィングは蒼天へと駆け昇った。
◆ ◆ ◆
二機の第零世代ACが空中戦を繰り広げる一方。
イクリプスとバロールは地上で近接格闘戦を続けていた。
空中で繰り広げられているのが馬上試合めいた騎士の決闘だとするのなら、地上の戦闘は剣闘士による剣戟。華麗で苛烈で致命的な死の舞踏だ。
純白のネクスト、イクリプスはバロールの鋭い蹴りに危うく身を翻す。
「はぁっ――――」
赤い髪を振り乱しながら、エリスはどこか艶めかしく息を吐く。
ククルシアの好む接近戦に赤髪ヤンキー娘が付き合う形である。もっともエリス自身、切った張ったのひりつくスリルを愉しんでいたが。
強力な旋回運動で、深紅のナノスキンが包んだ双丘が弾んでいる。胸が薄い分、集中力が乱れないククルシアが有利か、などと愚にも付かないことを考える冷静さは残っている。
ちょうど、ドームの天井が開き、ティルヴィングが上昇し始めたときだった。
「ちぃぃっ! 相変わらず無茶を!」
バロールが目の前で分裂ミサイルを発射。炸裂した弾頭が両機のプライマルアーマーを減衰させる。
爆炎と黒煙で視界が塞がるが動きは止めない。止まったら殺られる。
クイックブーストによる連続的な変位。瞬間加速で常に音速を超える、不条理で瞬間的な高速移動。
互いにプライマルアーマーが剥がれ、粒子装甲による空気抵抗の軽減という恩恵を失っているが、高機動型の機体ゆえ空力特性に優れており、速度は衰えていない。
防御力を失っている分、速さをそれを補うように動いていたつもりだが。
『そこ、頂きますわ』
ククルシアはあらぬ方向に背部の散弾砲を発射してきた。
フェイントではなく、跳弾させるためだ。
バロールが左手のライフルを発砲。ライフル弾はイクリプスを直接狙うのではなく、先に発射された散弾に向かって飛ぶ。
奇跡的、あるいは運命的な着弾によって断頭は弾かれ、その奇跡が瞬間的に繰り返された。
ついにイクリプスが有効打を受けた。跳弾したライフル弾が背中に刺さり、メインブースターを狙撃している。
機動力の喪失はネクスト戦において致命的であり、バロールの決定的優位が確定する――はずだった。ククルシアが必中を運命付けて放った砲弾は、イクリプスが背負った背部武装に弾かれた。
背部武装としてマウントした鞘がバロールの致命の弾丸を受け止めていたのだ。
イクリプスの背部武装は強力なキャノンや高誘導ミサイルではない。
エリスが最も得意とする近接戦闘用の武装。一振りの野太刀と、それを把持する可動式のサブアームユニットだ。任意の角度からの抜刀を可能し、術理行使の幅を大きく広げる。ただそれだけに特化していた。
"黒羅刹"。それがこの近接兵装の銘である。
「
レヴの言葉に応じ、エリスは流れるような動きで終わりを始める。
邪魔なライフルは既に放棄してある。
「しまっ……っ!」
ただならぬ気配にククルシアの貌から笑みが消えた。赤黒色のネクストは下手を打ったと悟り後退するが、もう遅い。
鞘内で電磁加速、射出された野太刀はマッハ20を超える超絶の速度でもって振るわれた。
日蝕の白騎の太刀筋は
斬撃は左腕を付け根から斬り飛ばし、衝撃波がバロールの赤黒い装甲を吹き飛ばしている。
「ほほう」
エリスの強さを知っている同好会の少女たちでさえ、言葉を失っている。
ただ一人、サムライメイドの村雨レネだけは、エリスの太刀筋を前に静かに感心の声を零していた。
全損したバロールは斬撃の勢いで壁に叩きつけられ、完全に機能停止している。
打ち破った敵機を見下ろし、イクリプスは静謐な所作で納刀した。
「まだ生きてるか、ククルシア?」
『ええ。完敗ですわ。改めて惚れ直しましたわエリスお姉様』
エリスは安堵した。ククルシアの声は先ほどよりもずっと生き生きととしている。
まるで戦いという儀式を通して、魂を現世に呼び戻したかのような。
ティルヴィングとカラドボルグの空の戦いの決着もついた。白と金色のACがボロボロの姿でメインドームのど真ん中に落下してくる。