日蝕のアサルトレコード 作:その辺の残骸
大地から空に昇る逆しまの流星。
かたや灰白色の。かたや白と金色の。
オーバードブーストのプラズマ噴射が織りなす光翼と轟音が彼方まで響き渡る。ティルヴィングとカラドボルグの戦場はメインアリーナの外、蒼天へと移った。
「さて、そろそろですね」
ルベリアは背後からの圧力が増してくるのを肌で感じた。
ティルヴィングの中枢AIも追いすがるカラドボルグが近接戦のレンジに入るまでの猶予が残り少ないと警告してくる。
ジェネレーターのリミッターをカットしたティルヴィングは、オーバードブーストの推力をさらに増しながら垂直上昇を続けていた。
驚異的だが、機体に限界寸前の無理をさせて高速域に達している。搭乗者の捻り潰すような殺人的な設計の機体が逆に酷使に耐えかね、悲鳴を上げていた。
ティルヴィングの超音速飛行はルベリアの超人的な技量で成り立っているのだ。
オーバードブーストによる発熱で生じる内側からの熱。断熱圧縮で機体表面に生じる超高温。
内外からの灼熱が灰白色の機体の全身を蝕んでいる。
灰白髪の英雄乙女は冷却系をマニュアル制御しつつ、気流を味方に付けるようにティルヴィングを飛ばしていた。
「羨ましいですね。あのパルスアーマーは」
というのがルベリア・アーヴィングの正直な感想だ。
セドリックが駆るカラドボルグは、オーヴァード・パルスアーマーの光を帯び、その薄緑色の眩い輝きはいつ果てるとも知れない。
対してカラドボルグはアイギスの加護により、大気圏内での高速飛行によるあらゆる不利益を拒んでいる。その速度は既に極超音速に達している。
端から速度で振り切るつもりはなかった。技量の差で相手の動きを誘導するにも限界がある。
ここだ。というタイミングでルベリアは重力に抗うことを止めた。
すべてのブースターをカット。気流に乗って舞うことで、またしてもカラドボルグの必殺の突きを空振りさせる。セドリックが必死に当たりを付けたティルヴィングの未来位置の正反対である。
灰白色のACはぐるんと反転。
「それでは幕引きと参りましょう」
これまで熾天派の前では披露しなかった力の一端を解放する。
ルベリアは右操縦桿のトリガーを操作してコマンド入力。ティルヴィングに兵装変更を命じた。
右手のプラズマライフルをメインドームに落ちるように投棄。個人的な決闘で万が一にも怪我人を出すわけにはいかない。
背部ハードポイントに搭載した長大な砲を手にする。
両手持ちの武器だが、左腕兵装は前腕に装備するシールドバンカーなのでパージは不要。
それは死神の衣のように真っ黒な砲身の巨銃だった。ツクヨミ艦内工廠製超重散弾砲ヴァルキリーアーム、その一つ。エリスが"ゲイラヴォル"の銘を与えた対巨大兵器モデルである。
トレーラーで運んできてくれた多数の装備から、対重装甲目標や要塞攻略に特化したこの兵装に目をつけ、貸してもらった。
「うん。やはりこれは素晴らしい武器ですね」
ティルヴィングが両手で把持した巨銃の重みを、自らの手で抱えるかのように感じる。
ゲイラヴォルを手掛け、自分に快く貸してくれた赤髪の少女に感謝する灰白色の英雄乙女。
セドリックが光の神盾を繰り出してすぐに攻略法が幾つか閃いていた。
その中でも、この散弾砲を使うのが最もショックが少ないと考えている。
後れてターンしたカラドボルグは上下左右にランダムに振れるフェイント運動を続けながら接近してくる。
ゲイラヴォルを警戒している動きだ。だが、逃れられない。
ルベリアはその未来位置にぴたりと照準を合わせ、軽やかに引き金を絞った。
瞬間。轟く咆哮。
黒き巨銃から暴風が解き放され、白と金の
「なっ何ぃぃぃぃいぃぃい!?」
カラドボルグが纏っていた無敵の光は、砲弾の乱打を受けて瞬く間にかき消されていた。
神話の世界から飛び出してきたような輝光を散弾の黒い嵐が殴打し、蹂躙し、犯し尽くす。
ゲイラヴォルは対艦クラスの砲弾を高速連射する代物であり、殲滅戦アセンブルの第零世代が扱うスケールの火砲ではある。
カラドボルグが纏う
スピリット・オブ・マザーウィル級主砲の直撃や超重水爆の爆風さえ無効化することができる。
同格の矛と盾であるはずなのに砲撃を受けた途端、光盾が削りきられる不可解な事象が起こっていた。
その原理に限れば単純だ。
ルベリアは散弾の散布界をミリ単位で調整し、砲弾同士を重ねることで威力を増している。
無数に散らばる砲弾の弾道。彼我の遷移座標。この二つを完全に把握しているということだ。
極めて高度な量子演算装置を並列稼働させればどうにか可能という所業だ。
人間のなせる業ではない。だが、ルベリアはあり得ない事象を感覚と直感のみで発生させていた。
こうして砲撃に捉えられたカラドボルグは瞬時に大破。パルスアーマーを抜かれれば、ゲイラヴォルの散弾は掠るだけでも堅牢な第零世代ACの装甲を粉砕する。
元型を残しているのが奇跡。否。奇跡としか思えない事象はルベリアが行使する人の業である。
白と金色の壮麗な鎧を砕かれたカラドボルグに残された道は一つ。敗北への道だ。そのまま墜落するしかない。
中枢AIはまだ機能しており、真っ赤に染まった情報ウィンドウがセドリックに脱出を推奨する。
「うるさい!うるさい! 僕は敗けたのだぞ! おめおめと逃げられるか!」
金髪の少年はそれを拒んだ。落下による慣性荷重でレバーが引けなかったのではない。プライドが許さなかった。
「やはり脱出しませんでしたか。強情なんですから。出てきたらコクピットブロックを優しくキャッチしてあげようと思っていたのですが」
メインドームに向かって降下するティルヴィング。墜落してもドライバーが怪我しない程度にコアの損傷は抑えてあるので、ルベリアは心配していない。
◆ ◆ ◆
こうしてスペシャル・エキシビジョンは決着。
禍々しい漆黒の大型散弾砲、ヴァルキリーアーム"ゲイラヴォル"を手にしたティルヴィングが上空から軽やかに降りてくる。
全長10メートル以上の巨体に相応の重量を感じさせない軽やかな着地した。
それは天上から降臨するかのような華麗な勝者の姿。
イクリプスとティルヴィングが並び立った瞬間、観客の歓声はさらに高まった。
『凄い歓声ですね』
ルベリアの声は穏やかな調子だった。
通信ウィンドウ越しに観たところ、灰白髪のお姉さんは汗は少しかいているが、息切れもしていない。
『そっちは楽勝だったみたいだな』
『セドリック君も頑張ってましたよ。今まで手合わせした中で一番強かったですから。後で褒めてあげないといけません』
ククルシアと戦ったエリスのほうは呼吸が少し乱れていた。
互いに本気の決闘だった。ナノスキンスーツの中は汗でぐっしょりで、リサイクルシステムがフル稼働している。エリスとしては良い汗をかけたという気分だ。
『せっかくだし付き合おうか? 護衛はいたほうがいいだろ?』
ククルシアが付いているなら、ルベリア一人でも捕縛されるようなことはないだろう。
一緒に戦った仲だ。付き添っておきたい……あの小僧の泣きっ面を拝んでおきたい―――っと、これはレヴがわざと混線させた思考だ。
「とにかく退場しよう。私たちは所詮、仮初の客ってヤツだ」
『そして今からは臨時の警備員、ですね』
「ミコや同好会の皆には悪いけどね」
ここからは警備部隊の一員という扱いになる。
退路は櫛名田ヤトが確保してくれている。閉幕後に運び込んだトレーラーと一緒に撤収という流れだ。
なにせ、敵が多い立場なので派手に動いた後はACの傍にいる必要がある。
◆ ◆ ◆
「凄い! 二機とももう本当に凄かったですね!」
横浜アリーナ、メインゲートを警備する白と桜色のネクストAC、ストライヴ。
遊間クィナはいつになく興奮して、通信相手に熱狂ぶりを訴えていた。
両手をぶんぶんと振っているし、顔は紅潮している。自分でもびっくりするくらい興奮して、大きな声を出している。
赤髪の戦乙女は憧れであり、リンクスとして目指すべき目標だ。
神薙エリスの例外的な強さの一端を垣間見て、畏敬の念をますます強める金髪片目隠れの少女だった。
通信相手はサラマンダーとダイヤウルフだ。
クィナはちょうど休憩時間に入ったところ。四柳達にも運営の粋な計らいで(のつもりなのだろうが四柳としてはフクザツな気持ちだが)、試合を観戦する時間が与えられた。
『分かった分かった。少し落ち着けって……まったく、ガキじゃあるまいし』
ぶっきらぼうながら四柳の声はどこか優しい。
相棒であり、姉的存在であるメリッサ・ロングファング以外には怒鳴りがちな少女の珍しい対応であった。
四柳としては素直に喜べないのだが、こうも純粋に興奮されたら怒るにも怒れない。ストライヴのリンクスのことは、嫌いではない。むしろ好きだし。