日蝕のアサルトレコード 作:その辺の残骸
残暑が残る九月となった。夏休みが終わり、二週間が経つ。
放課後の本校舎。
空は茜色に染まり、ガラス張りの長い廊下に夕日が差し込んでいる。
赤髪の少女と黒髪の少女が肩を並べて歩く姿があった。
二人とも一分の隙もなく制服を華麗に着こなしている。際どいほど短いスカートを翻し、華麗に歩んでいた。二人の少女はともに背が高く、脚が長い。
身のこなしだけではない。容姿や根底にある雰囲気が発する輝きが魅力的だ。
そんな美少女が二人も並び立つのは、それだけ他者を魅力する魔的な光景だった。
すれ違う生徒たちは見惚れてしまっている。よほど強靭な意志を持つ者を除いて、挨拶することさえできない。
「ごきげんよう」
半ば立ち尽くす女子生徒に、穏やかな光を湛える琥珀色の眼差しと微笑みが送られる。
すると真っ赤になって俯く女子生徒。
興奮と喜びが頂点に達しており、精神的には良くても身体的には良くなかった。
感極まった末、女子生徒はフラついて倒れそうになってしまう。
おっと。これはいけない。赤髪の少女――神薙エリスは山猫の速さで動く。
「っと――――大丈夫ですか?」
「はっはひぃ……」
その初動は驚くほど軽く、俊敏だ。エリスは倒れ込んだ女子生徒を受け止める。ひらりと短すぎるスカートがめくれ、ちらりと白色の上質なパンツが見えていた。
「また撃墜数が増えはったな」
エリスは優しく女子生徒を介抱するが、肝心の相手の容態は魂が抜けたようだ。
魅力の塊な美少女が目の前にいるせいで、顔が真っ赤な熱暴走状態のままなのである。
おまけに女子生徒はエリスに抱き締められているわけで。
形の良い双丘が押し当てられ、肌の感触や体温を直に感じることになった。極めつけに綺麗な顔が近い。
長く豊かな黒髪の櫛名田ヤトはそんなどこか喜劇的な光景を眺め、艶やかに笑っていた。
こんな調子でエリスは日々を学園で穏やかに過ごしている。
アンヘラやササラと一緒にイクリプスで出撃ることもあるが、九月に入ってからは軽い仕事(エリス基準)ばかりだ。
「エリスちゃん、今日はこれから舞芸科の根城に行くんやってな?」
「ええ。お昼に"ぜひ"と招かれまして」
さすが、ヤトは情報が早いと思うエリスであった。
学園では基本的にミコやヤトとは仕事の話はしない。お互い、華の女子高生というやつを謳歌したいというのが共通認識であった。
「
「ご忠告ありがとうございます。それでは失礼いたします」
妖狐風の美少女と分かれ、エリスはいざ目的地に向かった。
舞台芸術科――略して舞芸科の根城(要するに主な稽古場)は旧校舎だ。
多種多様な学科と膨大な数の生徒を擁する聖オルベリア学園の敷地は恐ろしく広い。
円滑な移動のために自動運転車やモノレールなどの移動手段が整備されているほどである。
こうした巨大な建造物は作業用重機として、
とはいえ、本校舎から旧校舎までの距離はそう遠くない。徒歩で十分だ。
旧校舎は木造風の建築だ。
古めかしい、くすんだ印象が威厳や積み重ねた歴史を感じさせる。エリスをして、緊張感を持たざるを得ない場所であった。
依頼がないときは同好会の手伝いか、アンヘラに付き添ってカフェでのバイトに勤しむのがエリスの日常となっているのだが、今日はどちらも休み。
先にヤトと話した通り、今日のお昼はランチを舞台芸術科の名だたる上級生とご一緒することになり、その際に「是非」と念押しされた上で見学に招かれた。
上級生のお姉様方が、なぜエリスのスケジュールを把握していたかといえば。
「姉御! 今日はわざわざご足労ありがとうございます!」
「こちらこそ。出迎えありがとう」
情報元は同好会の薄金髪不良娘、イリヤ・フレアテイルであった。
薄金髪のヤンキー娘自身、エリスに自分が励む姿を見てもらいたかったのだ。
イリヤと言葉を交わすエリスの口調は穏やかだが、視線は一瞬だけ鋭くなる。ヤンキーの姉御として舎弟に「おう」と応じている。
「そちらの衣装ははじめて見ますね」
「本番用です。先輩方の舞台に端役として出るんで」
イリヤの装いは本番用の衣装だ。
練習用の白色のハイレグレオタードとシューズの組み合わせは見慣れているが、イリヤの長身の肉体を包む黒灰色の全身ボディタイツは初見である。薄い生地が首から下を完全に包んでおり、手や足も覆われている。
胸部はくっきりと形に沿ってラッピングされており、お尻部分も割れ目に食い込んでいた。塗料を肌に塗っているように誤認してしまいそうだ。
「よく来た」
火星生まれの凶暴なヤンキー娘の隣には、銀髪褐色の神秘的な少女が立っている。
アズは腕組みして尊大にエリスを見上げている。褐色のカラダはしやなかでありながら強靭。
アズとイリヤは様々な部分が対照的なペアであり、そこが周囲から魅力的と思われている。
そんな二人は鍛え込まれた筋肉が形造る豊満な臀部を並べている。
舞台で踊るための衣装としては動きやすいが刺激が強すぎる。
二人の衣装はプロジェクションマッピングを前提にした物で観客に見せることはない。
仮想の衣装を投影する前提のいわば下着なのだ。どんなに動きづらい衣装であっても、演者には影響しないのが利点である。
欠点もある。ボディタイツの生地が薄いため、汗を吸うと透けてしまうのだ。
ステージでは大量の汗を掻くので、これは必然となる。
放課後の練習が始まってから三十分ほどしか経っていないが、イリヤとアズの全身は大量に発汗しており、ぴったりと張り付いたボディタイツに汗を吸わせていた。
そのため、タイツから肌が透けている。
勿論、胸の先端と陰部――
二人は舞芸科でも屈指の激しい演舞で知られていた。
それが評価されて三年生の舞台に呼ばれたとのこと。舞芸科では例年、三年生が期待している下級生を舞台のキャストに招く慣例があり、大変な名誉だった。
声をかけてくれた先輩方を失望させないよう全力で取り込んでいる。同好会の活動はハードだが、だからといって学業も疎かにしていない。
人型機動兵器アーマード・コアの操縦を学ぶことがイリヤとアズの本懐。
ダンスを学ぶことになったのは紆余曲折の結果なのだが、身体と踊りで物語を表現することに夢中になっている。
その努力は全周囲に発散される、フェロモンが混じった甘酸っぱい汗の匂いと熱気という形で見て取ることができた。
少女たちが繰り広げる華やかなステージの舞台裏は汗臭い。
それを混じりっ気なしに努力の証と評価できるのはエリス自身が極めて汗臭い(そして鉄臭い)仕事を本分としているからた。
「アンヘラはもう着いてますか?」
「はい! 練習始まって五分もせずに来ましたぜ!」
肌を上気させたイリヤが元気良く応えると、豊かなバストが揺れ弾んだ。ちなみに薄金髪の火星ヤンキーはアンヘラに対してはタメ口である。
「どうぞ中へ。ボクとイリヤだけじゃない。皆、エリスが来るのを心待ちにしてたんだよ」
銀髪褐色の少女がエリスを中に導く。
アズは体育館の扉を引き、お辞儀をする。礼法はボウ・アンド・スクレープ。頭を垂れながら右手を胸に、左手を横に流す。右足をやや後ろに退く。
銀髪褐色のミステリアスなボク娘のお辞儀は優雅で、エリスでさえ目を見張ったほど。
演技っぽさがない、完全な自然体だった。
黒灰色のボディタイツでのボウ・アンド・スクレープは身軽さから道化師を想起させる。
そのイメージはアズという少女の自由気ままな気質にぴったりだった。
「そう言われると、緊張しちゃうぜ」
アズの一言はエリスにさらに強い覚悟と緊張感を持たせた。 思わず素のヤンキー口調になってしまいながら赤髪の少女は気合を入れる。
「イリヤさん。不躾なお願いですが、エスコートしていただけますか?」
「喜んで」
待ってましたとばかりに応じたイリヤは、ヤンキーから貴婦人に付き従う騎士に変身した。
ボディタイツを纏ったイリヤにエスコートされながら、優雅な歩み方で進む。
赤髪のお嬢様は穏やかでどこか妖艶な微笑みをたたえ、舞台芸術科の生徒たちが待ち構える空間に踏み込んだ。