日蝕のアサルトレコード 作:その辺の残骸
学園の建物や生徒たちを興味深そうに観察しているのは、上品でありながらもどこか退廃的な相を帯びた少女であった。
その少女は低い位置で二つ結びした黒紫色の髪を風に揺らし歩んでいた。
他者に捉えられない、捉えさせない。優美にして不遜な脚捌き。
気持ちが浮ついているのは、再会の喜びだけでなく身に纏っている衣服の心地もあるだろう。
袖を通したばかりの聖オルベリア教導学園の制服はほっそりとした肢体を優しく包んでいる。
高価な生地が使われているだけでなく仕立てが丁寧。実に安心する着心地だ。デザインも好みに適っている。
(皆さんは恥ずかしくないのでしょうか?)
腰布か何かのように短いスカートの丈だけは気になる。黒紫髪の少女は丈の長いドレスを好むので、ミニスカートは脚が涼し過ぎて落ち着かないのだ。
どうやら平均的に短いのがこの時代の
それにエリスお姉様の綺麗な白い脚がいつでも見られるのなら、悪くない。
夕日に照らされた学園のキャンパスに、ククルシア・フェムトは足を踏み入れていた。
エリスの居場所は既に把握済み。敬愛するお姉様の不遜な相棒、レヴがサプライズに協力してくれていたのだ。
携帯端末に表示されたナビは一目見て頭に叩き込んである。
ククルシアは軽やかな足取りで夕日に照らされた旧校舎に歩みを進めていく。
◆ ◆ ◆
待ち構えていた舞芸科の生徒達の歓声は対空砲火のようだった。
体育館にいる数十人の舞芸科生は、稽古を一時中断してまで赤髪の淑女(偽)を迎えてくれた。
各自の稽古に打ち込んでいるので衣装はバラバラだ。
イリヤ達と同じタイプのボディタイツに身を包む者、レオタードを着ている者、あるいは実物の衣装を着ている者まで、一様に興奮の眼差しで見つめている。
エリスは一人一人に目線と笑顔を向けて応じていく。
(もう馴染んでる……)
衣装に身を包んだ集団に混じる制服のアンヘラの姿がある。ごく自然に舞芸科の集まりに溶け込んでいるのは流石といえよう。
空気的には完全に溶け込んでいても、見た目は突出している。
神薙アンヘラは見上げるほど背が高く、豊満の肢体の持ち主。しかも実戦的に鍛えた筋肉質なのでとにかく目立つ(スカートが短いのでバキバキに鍛えたフトモモや脚が丸出しだ)。
拍手が止めば、エリスが歓迎に応じるターンだ。
エスコートしてくれたイリヤにお礼を述べてから、赤髪のお嬢様は一団に
「お待たせしてすみません。神薙エリス、参上いたしました」
「心より歓迎しますわ。ようこそ、我らの稽古場へ」
エリスをこの場に招いた張本人であり、三年生を率いるマリエル・
波打つミルクブロンドの長い髪に碧眼。大理石のような白い肌。双丘のボリュームは1メートルを超えている。
ミドルネームの通り、マリエルは日本ひいてはミサカ・グループと縁深い家柄。そういう事情もあり、櫛名田ヤトはマリエルを珠洲葉とミドルネームで呼び友人に関係にあった。
マリエルはコロニー生まれ、コロニー育ち――本物の天上人というやつだ。
このミルクブロンドヘアのお姉様は"同じコロニー育ち"として、エリスに強い親近感を持っているとのこと。赤髪ヤンキーギャルはマリエルに疑われないほどに、天上人の仕草が出来ているということである(と信じたい)。
身に着けている衣装はイリヤと同じくボディタイツだが色は白色。役柄でボディタイツの色を分けており、マリエルは主演だった。
豊かな肉体はボディタイツの強烈な着圧で引き締められている。本来、ティーカップより重い物を持つことなく一生を終えられるような本物の上流階級である。
演者として舞台に臨むというのは、相当な物好きといえた。そんな
マリエルの肢体は芸術品のように美麗であると同時に、生命力と体熱を漲らせている。
ついさっきまで稽古に打ち込んでいたのだ。演劇に打ち込むマリエルの情熱がありありと見て取れてた。
その情熱は、物理的にも体温と汗の匂いとして発散されている。
少女の汗を吸ったボディタイツは透けており、白色のおかげで目立ちにくいが、それでも胸の先端と局部がシールされているのが分かってしまう。
煽情的な見た目以上に嗅覚への刺激が強かった。衣装であるボディタイツに生来の甘やかな香り、香水、甘酸っぱい汗の匂いが沁みつき混じり合っている。
マリエルほどの身分の人なら毎回使い捨てにしても不思議ではない。
だが、マリエルは体形が合わなくなったときに替えるだけという常識的な交換に留めている。
当人から教えられたわけではなく、エリスは自らの感覚でそれを察した。
ミルクブロンドヘアのお姉様のボディタイツから発される匂いは、他の生徒よりずっと濃い。エリスはケモノよりも鋭敏な嗅覚を持っているのでそれが分かる。使い込まなければそうはならない。
「良い香りですね」
美しい乙女の体から発されていたとしても、耐性がない者では顔を顰めてしまうような血と汗と努力が織りなす匂いだ。
マリエルと向き合って会話するエリスは微塵も不快感を示さない。それどころか、褒めるようなことを言うのだが。
(しまった)
エリスは迂闊な発言をしたと後悔。穏やかな笑顔の裏で冷や汗を浮かべる。
ACバトル同好会の娘達を褒めるときのような調子で発言してしまった。
本来、汗の匂いなど女子が言われたら、ポジティブな感想でもショックを受けてしまう。デリカシーがないと思われてしまうかもしれない。
「科外の方にそのように褒められるなんて。ありがとう、本当に嬉しいですわ」
幸いにも、エリスの心配は杞憂で済んだ。
努力の汗を褒められたマリエルは両手を合わせ、無邪気に喜んでいる。
見学の前に、イリヤとアズを含めて舞芸科の生徒が改めて整列する。一年生だけでなく、上級生まで並ぶ姿にはヤンキーギャルが本性な少女であっても恐縮してしまう。
「まずは我が科で励む娘たちを紹介させてください」
エリスの隣にマリエルが立ち、舞術科の生徒を簡単に紹介していく。一年生から順番に、生徒たちは緊張しながらも誇らしげに挨拶してくれた。
舞芸科の生徒の中には知っている顔もいれば、知らない顔もいる。だが、エリスにとって初対面でも相手はこっちの評判を知っているので粗相はできない。
おまけに、ここにいるのは演技のプロを目指す少女たちだ。
他者の演技を観察する眼も磨かれている。仕草に綻びがあれば見抜かれてしまうので、エリスは戦場にいるかのような心構えで振る舞う。
同時に、こんな感想も抱いた。
(なんか閲兵式に出たお偉いさんみたいな気分)
二百年前の話だが、傭兵とはいえ数えるくらいには閲兵式の経験があるエリスである。
せいぜい、自分は見られる側だったので変なカンジだ。
気になることがあるので、マリエルに訊いてみた。
「アンヘラが来た時にも紹介してくださったのですか?」
「もちろん。大切なお客人ですもの」
マリエルは答えた。やっぱりか。
手間をかけさせてしまった気がして、二人一緒に来れば良かったと少しばかり後悔する赤髪のヤンキーギャルであった。
全員の紹介が終わってすぐに、稽古場に新たな来訪者があった。
「失礼する」
「どうも〜♪」
今度は二人だ。金髪ツインテールと黒髪シニヨンの際立った美少女。すらりと高い背丈のペアは親密そうに肩を並べている。
「あら、奇遇ですね。ササラさん、リゼさん」
エリスはササラ・レイフィールドと黒識リゼに向き直り、スカートを摘まんで優雅にお辞儀。
友人二名の登場に驚きはなかった。
リゼは交友関係が広く、学園の事情に精通している。
その情報網をキープするために、あちこちに顔を出していることもエリスは知っていた。彼女の情報収集の分け前を貰い、厄介な事態を免れたことが何度もあった。
「やあ、リゼ、ササラ。来てくれて嬉しいよ」
「イルに呼ばれたら来ないワケにはいかないよ」
二人を呼んだのはマリエルの補佐役的なイルゼ・ロウランという三年生だった。誘われたのはリゼのほうで、ササラはその付き添いのようだ。
三年生をイルと親し気に呼んでいるのが二人の仲の良さを物語る。
リゼはこういう娘が好みなんだろうな、とエリスはふと思った。ササラとイルゼの綺麗な顔を交互に見ての推測である。
イルゼは亜麻色の髪の麗人と形容するのがぴったりな少女だ。
女子高生だと知らない者ならイルゼに対して迷わず女性という表現を使うだろう。
ショートヘアで王子様系の顔立ちでありつつ、長い睫毛は女性的な魅力も兼ね備えている。
身体はリゼに負けないくらい成熟していて、綺麗やカッコいいという印象がまず浮かぶ。
スーパーモデルのように引き絞られたイルゼの肢体を覆うのは黒色のボディタイツ。流麗なシルエットのボディラインがくっきりに際立っている。
三年生であるイルゼは当然、厳しい稽古に励んでおり、その練習は大量の発汗を伴う。
ボディタイツから滲み出た汗で全身が濡れており、イルゼの肉体はしっとりした熱気を放っていた。
白い
亜麻色の髪の王子様は、マリエルと並び舞台の主演であるだけでなく演出と脚本を担当する才人であった。
マリエルがお姫様ならばイルゼはその傍に付き添う騎士か、あるいは相手役の王子様という印象である。
衣装の透け感は黒色なおかげで助演以下の着る灰色のタイツより抑えられている。
だが、収縮色である黒で染められているせいで、身体のカタチが強調されているようでもある。
「いずれは同好会の皆に私たちの舞台を見てもらいたいものだ」
「それなら、わたしからミコ部長にスケジュール調整相談してみるよ」
「ありがとう、リゼ。感謝の極みだ」
亜麻色髪の王子様は大仰な礼をしてみせる。そのしなやかな動作は、イルゼがイケメンな王子様でも、女性であることを語ってた。
ボディタイツに包まれた瑞々しい女体の躍動。形の良い双丘が揺れ、お尻だって柔らかく魅惑的に震える様は隠しようがない。
肉体のラインを晒し、情熱に伴う匂いを発しながらも、イルゼは颯爽と振る舞っている。
最上級生であるマリエルとイルゼが並び立ち、羞恥的な衣装でも堂々とすることで舞芸科の後輩たちに勇気を与えている。
ササラとリゼは何度か稽古を見学しているとのことだ。
リゼはイルゼと親しく話している。その一方、エリスとササラは他の生徒たちに囲まれていた。
マリエルは声をかけることなく、客人と舞芸科生の交歓を見守っている。
「お二人は皆さんと話さないですか?」
「今日は止めておく。普段から一緒にいるから」
マリエルの質問に答えたのは銀髪褐色のミステリアス娘、アズだ。
ヤンキー娘と褐色も後方で腕組み待機。普段からエリスと一緒いることが多いから遠慮しているのである。
「レイピアを使った殺陣か。やってみよう」
ササラは羽根つき帽子をかぶり、タバードを羽織った銃士風衣装の生徒にアクションについて相談されていた。小道具のレイピアを受け取ると手本を披露してみせる。
舞芸科の生徒は言われずとも、ササラから距離を取った。
仮想の敵を眼前に見立てると、金髪ツインテールの美少女はレイピアを構える。
敵が先に動く。ササラは死角を狙ってきた敵の突きを
敵の喉元に突き込む一撃でトドメ。踏み込みは風圧を感じるほど力強く、切っ先は鋭く思える。
視線や体捌きまで実戦さながらのフェンシングの試合とは違う本格的な動き。ササラは演技の参考として最高のモノを提供していた。
物凄く短いスカートでの演技だった。なのでスカートが風でめくれ、筋肉で引き締まった豊満なお尻の下側がかなり見えていた。
白い肌の臀部は豊かな曲線を描く滑らかな質感。筋肉が瞬間毎に引き締められたり、緩んだりするのは同性目線でも魅惑的で官能的だ。
見学していた一部女子生徒から「穿いていない!?」という驚きの小さな声が漏れていた。
実際にはちゃんと穿いている。金髪ツインテのクールな美少女は、白色のTバックを装着していた。
「参考になったのならば幸いだ」
拍手喝采を浴びたササラは殺陣を見せた後に、動きを一つずつ説明して、真似できるようにするのも忘れない。
流石、ACバトル同好会の教官をやっているだけあり、丁寧な教え方だ。
「護身術程度ですので参考になるかどうか――アンヘラ、お願いできますか?」
「OK! もちろん、まっかせて!」
エリスも指導を頼まれた。金髪ツインテのアクションを見て、ちょっとばかりスイッチが入っていた。
アンヘラを相手に体術を披露する。受け役の南米娘との息はぴったりで、その点でも舞芸科生を湧かせていた。
「はあっ!」
赤髪の少女は気合の入った掛け声で飛び蹴りを放つ。スカートが翻り、レースの白ショーツが丸見えになっており、観客の女子生徒は顔を赤らめたり、嬉しい悲鳴のような歓声を上げる。
「くぅっ!?」
アンヘラは両手を交差させて、飛び蹴りをガード。
しかし、衝撃で後退するほどの威力があり、体幹が崩れる。そこを狙い、素早く着地したエリスが足払いをかけてアンヘラを転倒させ、決着。
「大丈夫ですか?」
「うん。全然平気」
エリスはアンヘラの手を取り、助け起こす。金髪の南米娘の握り返す手の力は強い。
安全のため、マットの上で戦っていたのでアンヘラに怪我はなかった。
「やはりマリエルの目に狂いはないね。私でもあんな演技はできない」
「ふふ、そうでしょう――では、わたくしからお願いしてきますわ」
ホワイトブロンドのお姫様と亜麻色の王子様は頷き合う。
マリエルが華麗に足運びでエリス達の元に近づけば、その思惑を察した舞芸科生らがさっと後ろに下がる。特にイリヤとアズの動きは素早い。
「素晴らしい演舞でしたわ。エリスさん、ササラさん。どうか一つ、わたくしの頼みを聞いていただけませんか?」