日蝕のアサルトレコード 作:その辺の残骸
進路をターゲットの航路に重ね、アークセイバーは要撃態勢を取っていた。敵はアームズフォート。悠然と舞う巨躯に無数の兵器を搭載した殲滅機械。
相手にとって不足はない。己の肉体に狂おしいほどの闘気が漲るのをササラは感じている。
普段から凛々しい眼差しはより鋭く。鍛え上げた美しい肉体に、軽やかな衣を羽織った金髪の戦乙女がそこに在った。
強烈な加速Gに圧されているにも関わらず、ハイレグスーツの女子高生レイヴンは平然としている。少女達のしなやかな肢体は強靭であり、幾つもの死闘を経て、鍛え上げられている。
「やっぱ揺れるなぁ」
後ろのシートに座るリゼの能天気な呟き。
曲線的な形状のフレームとはいえ、十メートルの人型が受ける空気抵抗はひたすらに大きい。ACは大出力ジェネレーターが生み出すエネルギーを絶大な推力に変換し、力業で飛ぶのだ。
モニターの一部にターゲットが拡大表示される。試験航行中に、突如あらゆるコマンドを受け付けなくなったトリニティ・グループの新型無人AF、ソラリス。低空飛行を続ける巨体は、どこか鯨に似ていた。
太陽を意味する名に反して、その機体色は黒灰色。下部に円盤状のハイレーザー砲塔を持ち、この主砲は360度旋回可能。
上面と側面にはパルスキャノン砲とミサイルセルが多数。護衛用無人機のハンガーは満タン。完全武装で試験航行していたのが災いしていた。
ソラリスのハード面にノーマルACが付け入る隙はまるでない。
それでもミコとリゼで手分けして引き出したデータを基に、攻略法を編み出していた。ササラの超絶的な技量ありきの作戦で無茶振りなのだが、
「リゼとミコにまた苦労をかけてしまったな」
金髪ツインテールの少女レイヴンは、作戦を立案してくれた二人に深く感謝していた。
「いいってことよ〜。ササラには返し切れない借りがあるんだから」
リゼにとって、ササラと一緒に戦うのは違う自分になることだった。本人は仕事を選り好みしているだけだと謙遜するが、ササラ・レイフィールドは正義の味方だった。少なくとも、リゼはそう思っている。
この仕事だって、ササラは人助けだから請け負ったのだ。
事故なのか、あるいはそれを装った故意なのか知らないが、アームズフォートの暴走など民間人にとって迷惑極まりなく、それが許せないから戦っている。
――あの日、ササラは私を昏い世界から救い出してくれた。だから、どんな時でも助けるんだ。
アークセイバーがソラリスに接敵するまで十分を切った。否応なしに緊張感が増していく。
通信ウィンドウが開く。貨物船のオペレーションルームからの通信だ。小柄な少女の明るい笑顔が映る。フィクサーであるミコだ。
『作戦の要諦は一撃必殺!』
まず大袈裟な身振りで言ってから、しばし間を置き、
『正直、それ以外に勝ち目を見つけられなかった。面目ない。さて、嬉しい報せだ。今しがた"信頼できる筋"からの情報支援があった。そちらにアップロードしよう』
企業が誇る最新兵器の情報を盗み取るか。やはり只者出ないな、とササラは思う。黒髪を上品に編み込んだ、やり手リサーチャーのリゼも感心している。二人とも土壇場で情報を送ってきた相手の見当は付いていた。
「アークセイバーの戦術COMへのダウンロードは完了。ソラリスの応戦パターンのアルゴリズムか、これが欲しかったんだよね〜」
メインドライバーのササラも一緒に概要を確認していたが、声を上げたのは妖艶なサブドライバーだった。
ボギー1接近、マッハ1.2で接近、コジマ粒子反応なし――高機動ノーマルと推定。火力投射開始。
敵機の接近を察知したソラリスの自律AIはシンプルな攻撃パターンで、アークセイバーを迎撃する。ミサイルセルが開き、一斉に誘導弾を放った。
「想定ラインぴったりでミサイルが来た! 数は300とちょい、これも想定通り!」
リゼが叫ぶ。ササラはアークセイバーを操る。ミサイルの弾幕が迫る。追加ブースターで航行する間は、ほぼ直進しかできないと言っていい。
「真っ向勝負だ! リゼ、電子戦はお前の判断で好きにやってくれ!」
「任された!」
肩部インサイドから対ミサイルデコイを放出しつつ、オプショナルパーツで強化した電子、サイバー戦能力を行使。
リゼは素早くコンソールを操作。ジャミングをかけつつ、機載レーダーの電磁波照射に指向性を与えて弾幕に混じったASミサイルに浴びせる。完全自律型の厄介なミサイルは制御中枢を焼き切るに限る。
コアの迎撃レーザーをオート、右手に握ったマシンガンをマニュアルで発砲。
撃ち落としきれなかったミサイルはササラが撃墜した。決して弾道が安定しているとはいえないマシンガンの掃射で極めて高い命中率を叩き出している。
電子妨害と実弾による迎撃で弾幕を切り抜け、アークセイバーはソラリス――太陽の名を冠する黒灰の鉄鯨に突き進む。
多数の敵性反応を意味するアラートが鳴り響くが、金髪ツインテールのレイヴンは冷静だった。想定されていた事態だ。それに備えてアークセイバーをアセンブルしてきた。
「ソラリス、無人機展開。うひゃーこっちも凄い数」
電子戦を続けながら、リゼがモニターに映った光景に思わず声を出す。
ソラリスの側面が開き、無人機が次々に吐き出された。
センサーを赤く輝かせながら白一色の無人戦闘機が向かってくる。平たい全翼機の大群だ。巨大な怪物に寄生する小型の怪物。そんな印象を与える。
既にササラは動いていた。両背部のハードポイントを同時に使うほど大型のランチャーからミサイルを発射。
コンテナミサイル、無数の子弾を内蔵したミサイルを全弾一気に射出。
迎撃されることなく座標空域に達したコンテナが開き、四方八方に向かって子弾が散らばる。
悍しいほど整然と散開していく無人機。しかし、回避しきれない。アークセイバーが放ったミサイルの数に圧倒された。爆発、爆発、爆発。
「やりぃ!」
「これで第一関門は突破だな」
黒煙をたなびかせながら、残骸が落下していく。無人機は全滅。
コンテナミサイルを打ち切り、パージしたことで身軽になったアークセイバーはさらに加速。
肝心のアームズフォートそのものを撃墜するには左腕のレーザーブレードを使う。月光の光刃には、それだけの異常な出力があるのだ。
「追加ブースターを外してくれ」
「了解!」
静かな声でリゼに呼びかけるササラ。パージの操作を行い、エネルギー供給を推進系に優先で割り振る。
推進をAC本体のブースターに切り替えたアークセイバーは驚くべき機動力を発揮した。
オーバードブーストを点火して直進したかと思うとエクステンションの可動式ブースターと併せて、高速のバレルロール。
白と青の人型機体を狙ったレーザーの照射が続くが当たらない。ソラリスは巨躯を傾け、レーザーの射界に敵機を収めていた。
新たに発射されたミサイルとパルスキャノンの弾幕が襲い掛かっても、アークセイバーはそれさえ潜り抜ける。回避運動によってかかる荷重にはササラもリゼも慣れっこだ。
ソラリスは内部から破壊する。
左腕のレーザーブレードで装甲を切り裂き、側面の無人機カーゴより侵入する作戦だった。抜き放った月光色の光刃は長く伸び、最大出力時のプラズマ噴射はACの全長にさえ達する。
MOONLIGHTの名を冠するレーザーブレードは複数のモデルが存在し、その製造時期も異なる。共通するのは遺失技術の産物ということだけだ。
ソラリスに接近したアークセイバーは思わぬ方向から狙撃された。海の一点が光る。超高速の収束レーザーがアークセイバーに迫った。
直撃寸前で、ササラは機体を後方に宙返りさせる。凄まじいGが少女達の肉体を圧し潰そうとするが、両脚を広げて懸命に耐える。さらにソラリスのミサイルが迫るが、リゼは抑え付けてくる重さを振り払い、コンソールを叩いてジャミングをかけた。
そして、
「セミラ・ミィス、同業者狩りで悪名高い女!」
編み上げ黒髪の妖艶少女は忌々し気に叫ぶ。
新手が来た。海上を滑走しするフロート脚部のACは毒々しい紫色のカラーリングのスナイパー機体。
機体コードは"ヘムロック"。実力のあるレイヴンの首にかかった賞金を狙って荒稼ぎしている女レイヴンだ。
片目だけを前髪で覆った邪な笑みの美女である。愛機と同じ紫色のボディスーツを身に着けている。
ミッション中の同業者に奇襲を仕掛け、高出力のレーザースナイパーライフルで仕留めるのがセミラのやり方だ。
狙撃機体で遠距離から攻撃しているとはいえ、ヘムロックは既にアームズフォートの射程内にあり、危険だ。
しかし間接的にでもアークセイバーを始末すれば報酬が得られる。
アークセイバーがソラリスに撃ち落されるよう仕向け、素早くオーバードブーストで離脱するのがセミラのプランだった。
毒婦染みた女レイヴンは卑劣ながら実力と胆力を兼ね備えており、リスクを冒しても良いと考えるほどに今回の仕事の報酬は破格なのだ。
『ヒーローごっこは今日でおしまいよ、お嬢ちゃん達』
セミラはわざわざ通信入れてきた。その間にも再びレーザーの狙撃。エクステンションブースターを作動させ、ササラは高速ターンで狙撃を躱す。
オーバードブーストでパルスレーザーとミサイルの弾幕に突っ込む。狙撃されてもやることは変わらない。
『不愉快よ、若い子特有のそういう勇敢さって』
一意専心し、ソラリスを撃沈せんとするササラに苛立つセミラ。
ヘムロックにもソラリスのミサイルが降り注ぐが、フロートタイプのACは海上を機敏に滑り、エクステンションの迎撃ミサイルで身を守っている。
『一丁前に大人の世界に首を突っ込んだ報いよ。残念ねぇ、二人とも若くて綺麗なのに、こんなところで真っ黒焦げになって死ぬなんて。せいぜい小便漏らす暇もないように殺してあげる』
憎たらしい小娘二人を確実に撃墜できるよう、狙いをつけ、レーザースナイパーライフルの引き金を絞ろうとする。
口を裂くように嗤う毒婦が驚愕と怯えの表情に様変わりしたのはその直後のこと。
「コッコジマ粒子反応!? ネクストだっていうの!?」
ちょうどヘムロックの背後を突くように、侵入してくる機体はコジマ粒子の装甲を纏っていた。大多数のレイヴンにとってより上位の捕食者であるリンクスが駆るアーマードコア・ネクストは絶対的な死の化身だ。
それは真紅を纏ったネクストだった。ブレードアンテナを戴く頭部に騎士の如く象徴的なフレーム。
『待たせたなアークセイバー、邪魔者は引き受ける! デカブツは殺れるな!?』
企業にも国家にも属さぬイレギュラーネクスト、【日蝕の鴉】イクリプスを駆るのは赤の少女。神薙エリス。