音したメダルに誘われて   作:カワード

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辿り着いた真実は、非常に残酷だった。
木野は、その時の事を、鮮明に思い出してしまう。


明天 その3

 それが、僕がどうしても忘れたかった真実だ。

 

 あの時僕は、破砕機の運転スイッチを押し、起動させた。

 

 門宮はそれに巻き込まれて、ぐちゃぐちゃになった。

 

 ただそれを、呆然と眺めていた。

 

 

 

 その日、僕と門宮は、2人で破砕機のメンテナンス作業をしていた。

 

 門宮は破砕機の保護カバーを開け、中で破砕機の部品を取り付ける作業をして、僕はその外で交換した部品を掃除する作業をしていた。

 

 

 

 その時、門宮は、付き合っている彼女について話してきた。

 

「いやぁ〜、実はあの子と別れたんすよ」

 

 唐突な発言だった。

 

 ついこの前までは、人生が楽しくてたまらない、とか喜んでいたのに。

 

「何かあった?」

 

 

 

 門宮の様子がおかしかった。

 

 そんな、淡々と別れ話をするようなやつでは無い。

 

 僕はその異様さに気付いていながらも、話を聞いた。

 

「バイトと大学の勉強が忙しいから、一緒にいる時が少なくなったんすよ。なのに、こっちに休みを要求するんですよ、おかしくないですか?いやいや、俺の有給だって無限にあるわけないっしょ。それに、どーでもいい事ばっか、いちいち文句言ってきて、それで、だんだん、面倒になってきて」

 

 

 

 いつも通りのうざい喋り方だった。

 

 彼女と別れたらしいが、それほど落ち込んでもいないらしい。

 

 そのまま門宮は、付き合っていた彼女に対しての愚痴を喋り続けた。

 

 

 

 彼女と仲が悪そうな雰囲気は、門宮の話を聞く限り、感じなかった。

 

 だがこうもあっさり、唐突に別れる事があるとは、恋愛とは僕には全く理解できない。

 

 

 

 だけど、僕はこの時の話をいつも通りだと思ってしまった。

 

 

 

 それが、間違いだった。

 

 

 

「本当に無駄な時間でした。なんであんなに夢中になってたんすかね?」

 

 

 

 俯く門宮は、手に持った何かを見つめている。

 

 言及はしなかったが、おおよそ彼女との思い出の物か何か、なのだろうと思った。

 

 

 

「取り付けは終わった?」

 

「はい」

 

 この時の返事は、声が籠っていたが、僕は気にしなかった。

 

「それじゃ、回すよー」

 

 門宮に、運転開始の合図を送る。

 

 そして僕は破砕機の方を見て、そこに門宮が居ないことに気づいた。

 

 

 

 破砕機から、離れているのか?

 

 そう思った僕は、何のためらいもなく、スイッチを押した。

 

 

 

 ぐちゃぐちゃ、ベギィ!ゴギッ!

 

 

 

 ――ちゃりん♪

 

 

 

 血飛沫が舞い、肉と骨がすり潰される。

 

 機械が過負荷で止まって、1枚の血塗られたメダルが床に落ちた。

 

 その時に、鳴り響いた音が、僕に真実を突きつける。

 

 

 

 門宮が何故、あの時「はい」と返事をしたのかは、分からない。

 

 

 

 だが、どれだけ忘れようと思っても、この音が思い出させる。

 

 

 

 ちゃりん♪

 

 

 

 それが決して逃れられない、唯一の真実。

 

 

 

 僕は、真実を忘れようと、自分の偽りの記憶を、真実だと思い込むように自己暗示をかけた。

 

 

 

 あの時は何も無かった。

 

 平穏な日常を過ごしていた。

 

 門宮からメダルを貰った。

 

 

 

 それでも、門宮の死を、忘れる事は出来なかった。

 

 

 

 だから、別の暗示をかけた、僕じゃなく、別の人が殺したことにした。

 

 

 

 気の狂ったリーダーが、門宮を殺した。

 

 僕はそれを見ていた。

 

 僕もリーダーに殺されそうになった。

 

 僕はこの件について何も関係無い。

 

 

 

 全ては、僕が真実を忘れるための、偽りの記憶だったんだ。

 

 

 

 僕は、ただ忘れたかった。

 

 

 

 カツン、カツン。

 

 

 

 破砕機の方に、何かが降り立った。

 

 

 

 ひぃっ!

 

 

 

 それは、破砕機にすり潰されて無惨な姿になった、門宮の下半身だった。

 

 破砕機に巻き込まれ、えぐり取られた部分は丸ごと無くなっている。

 

 門宮の下半身だけが、破砕機の前の血溜まりに立っている。

 

 

 

 ごめんなさい。

 

 

 

 ちゃりん♪

 

 

 

 門宮は、メダルの音と共に僕の元に近づいてくる。

 

 あの時、どうしてスイッチを押したのか?と、問い詰められている気がする。

 

 

 

 止めて……。

 

 ちゃりん♪

 

 

 

 僕はその光景から目を逸らした。

 

 だが、門宮が踏み出す1歩と共に鳴るメダルの音が、脳裏にその光景を鮮明に写し出す。

 

 うずくまって耳を塞いでも、音

 

は止まない。

 

 

 

 止めてくれ………。

 

 ちゃりん♪

 

 

 

 静まった空間に強く響く、メダルの音、それが告げるのは、後悔と自責から生まれた、罪悪感だった。

 

 

 

 ごめんなさい……僕は罪から逃れようとした。

 

 今も顔を上げることができない。

 

 でも、門宮を殺した真実と、向き合って生きる事もできない。

 

 

 

 見てはいないが、門宮は僕のすぐそばまで来たのだろう。

 

 足音が聞こえなくなった。

 

 その代わりに、ピシャッ、ピシャッ、と傷口から滴る血の音が聞こえて来る。

 

 

 

 ちゃりん♪

 

 

 

 いや、これは、メダルが落ちる音だ。

 

 僕にはそう聞こえる。

 

 

 

 つらい。

 

 

 

 ちゃりん♪

 

 

 

 生きていくのが苦しい。

 

 

 

 ちゃりん♪

 

 

 

 未だに生きている自分が、醜い。

 

 

 

 ちゃりん♪

 

 

 

 誰か、僕を、殺してくれ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰も、あなたを殺したりなんかしません」

 

 

 

 罪悪感に押し潰されそうになった時、真っ暗な僕の心に、巧妙に射し込んできた、わずかな光。

 

 

 

 明天の声だ。

 

 

 

 その言葉に、すがるように、僕は顔を上げた。

 

 見上げると、そこには僕を見下ろしている明天がいた。

 

 近づいてきていたはずの門宮は、破砕機に挟まったままだ。

 

 何も近づいてきていない。

 

 あれは、僕の想像……だったのか?

 

 

 

「これが、あなたの求めていた…いや、あなたが忘れようとした真実です」

 

 

 

 …その通りだ。

 

 だけど、やっぱり無理だ。

 

 この真実から逃れる方法は無いんだ。

 

 

 

「いいえ、逃れる方法はあります。真実から逃れるために、あなたが用意した、もう1つの選択肢があるのです」

 

 

 

 選択肢?

 

 

 

「私が、あなたの代わりに人生を生きます」

 

 

 

 代わり?

 

 代わり……だって?

 

 ……お前に…僕の何が分かるって言うんだ!?

 

 門宮を殺した、殺してしまった!

 

 その罪悪感がお前に分かるのか!?

 

 そもそもここは、僕の記憶や想像でできた世界なんだろ!

 

 だったら、お前も、僕の想像上の物でしかない!

 

 そんなお前に、僕の気持ちなんて、分かるわけないだろ!

 

 

 

「………」

 

 

 

 ここに至るまでにあった出来事、出会った人物、僕が抱いた感情……全てに意味があった。

 

 

 

 僕は、死を願った。

 

 

 

 お前は、僕の代わりなんかじゃない。

 

 僕を殺しに来た死神だ。

 

 

 

 そうなんだろ?

 

 

 

「私は明天…明日(あす)のあなたです」

 

 

 

 明日の僕?

 

 

 

「そしてあなたは木野…昨日(きのう)の私です」

 

 

 

 僕が昨日の自分?

 

 どういう……事だ……?

 

 

 

「我々は同じ1人の人間なのです。あなたの過去は、私の過去でもある。だから、私の事をあなたは知らない」

 

 

 

 同じ人間だって?

 

 何で……歳も顔も違うのに。

 

 

 

「あなたが私をどう認識しているのかは分かりませんが、私はあなたの全てを理解している。自分の過去その物だから」

 

 

 

 …納得はできないが、お前が僕の過去を理解しているのは事実だ。

 

 

 

 だったら、今はどうなってる!?

 

 現実は、現実の僕は、どうなっているんだ!?

 

 

 

「現実と、この世界が直接干渉することは、ありません。ここでどれだけ時間が経っても、何が起こっても、現実はあの忌々しい事故現場から、何も変わらないのです。まるで時が止まったかのように」

 

 

 

 それじゃ…この世界の存在する理由は?

 

 

 

「何も変わらない、真実に絶望した、昨日までの自分として、死ぬか。真実を乗り越え、明日に生きる、新たな自分として生きるか。それを決めるための、世界なのです」

 

 

 

 真実に、絶望するか、乗り越えるか、そんなのって…。

 

 

 

「私には、この真実を乗り越えて生きる覚悟がある。そしてあなたの事を誰よりも理解している。だからこそ、この悲劇からあなたを救いたいのです」

 

 

 

 でも、僕は…これでいいのか?

 

 分からない、けど、それが真実が逃れる方法なのか?

 

 

 

「今まで苦しかったでしょう?辛かったでしょう?私も同じ思いをしました。だから、もうこれ以上、苦しむ必要はありません。後悔もしなくていいです。あなたが背負った苦しみも、後悔も、全てを、私が乗り越えてみせる!」

 

 

 

 あぁ…ありがとう。

 

 そうか、僕は大きな勘違いをしていたようだ…。

 

 明天は、死神なんかじゃない。

 

 

 

「これが1つの物語だったとして、その主人公は誰か、あなたに分かりますか?」

 

 

 

 それは、明日の僕だ。

 

 

 

 そして木野である僕は、過去の感情であり記憶、それを体現した存在、昨日の僕だ。

 

 

 

 明天の覚悟を無駄にしないためにも、僕も決断をしなければならない。

 

 

 

 全て託すんだ。

 

 明天に、未来を、僕の人生を。

 

 

 

「それでいいんです。ですが、ここに居ては、また、あの音があなたに、真実を突きつけるでしょう。だから、音が絶対聞こえない場所へ、向かいましょう。私が案内します」

 

 

 

 ありがとう……ありがとう…。

 

 心がすっと軽くなった。

 

 

 

 音が聞こえない場所。

 

 この世界でそんな場所は1つしかない。

 

 

 

「そして、そこで、あなたは深い眠りにつくのです。そうすればもう、あの音が聞こえてくる事はありません。そうしてこの世界が崩壊すれば、後は、私があなたとして、現実を生きていきます」

 

 

 

 頼み…ます。

 

 

 

 

 

 僕は、安堵した心で電車に揺られていた。

 

 音が聞こえない場所へ向かっている。

 

 ようやくこの罪悪感から、逃れる道を見つけたのだ。

 

 いや、逃れるのでは無い、託すのだ。

 

 他人にではなく、明日の自分に託すのだ。

 

 

 

 残酷な真実は変わらない。

 

 それを起こした、僕の存在も変わらない。

 

 

 

 変わるのは、僕の心だ。

 

 僕は明天になるのだ。

 

 

 

 絶望を乗り越えて生きていく、明日の自分になるのだ。

 

 

 

 ほら、もう電車の走る音が消えた。

 

 あと少しだ。

 

 

 

 電車が止まった。

 

 何も聞こえない場所に着いた。

 

 この不気味な静寂を、最初は恐れたが、今はとても心地よい。

 

 電車のドアが開いた。

 

 電車から降りると、会社が見える。

 

 

 

 目を瞑ろう。

 

 会社も、真実も、何も見なくていい。

 

 

 

 どこでもいい、静かに眠れる場所へ、歩いていこう。

 

 疲れるまで、歩いていよう。

 

 目は瞑ったままでいい。

 

 

 

 ……どれくらい歩いたのかな?

 

 

 

 ……………………今…歩いている?それとも立ち止まってる?

 

 

 

 何も見えない。

 

 何も聞こえない。

 

 何にも触れてない。

 

 何も感じない。

 

 

 

 それでいい、あの音は聞こえないのだから。

 

 

 

 眠ろう。

 

 

 

 ありがとう……明天。

 

 僕の代わりに、生きて……くれて。

 

 

 

 おやすみ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………うるさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちゃりん♪




この話も全体のラストスパートになってきました。
この勢いのまま、最後まで書き抜きたいと思っております!
あと2話で完結予定です!
最後までよろしくお願い致します!
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