音したメダルに誘われて   作:カワード

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 山の中で突然現れた電車に乗って、木野は圧夢駅へ辿り着く。
 そこは、木野が働く職場と同じ工場があり、仕事内容も酷似していた。
 そこの従業員は全員、面を付けていた。
 そして、工場見学を一通り終えた木野は、最後に事務所に案内され、そこで高校時代の友人、直雄と再会する。
 直雄は木野に対し、ここで働くように提案してきた。
 迷っていた木野だが、明天の手がかかりを掴むため、ここで働く事を決意したのだった。


圧夢駅 その2

 ある日、夢を追う若者がいた。

 

 だが日々を忙しく過ごす中、夢を追いかけるのは困難だった。

 

 何故、俺たちは生きるための理由である夢を、諦めて生きているのか?

 

 

 

 そうやって生きて何が楽しい?

 

 

 

 夢を諦めて、生きるのでは無い。

 

 夢を叶えるために、生きるのだ。

 

 

 

 若者は、勤めていた会社を辞めて、夢を追った。

 

 仕事に取られていた時間が、今はある。それが無限に存在しているように感じた。

 

 この時間を、有効に使うぞ。

 

 若者は張り切った。

 

 夢は音楽を作ることだ。

 

 朝から晩までずっと作曲していた。

 

 この生活を続ければ、夢は叶うんだ。そう思っていた。

 

 だが現実は、甘くはなかった。

 

 若者は、最初こそ張り切って活動を行っていたが、有り余りすぎた時間がかえって彼を堕落させた。

 

 時間があるから、明日すればいい。1ヶ月以内が目標だった、いや、3ヶ月以内だったか?まぁいいか、どうせ、明日も時間はある。

 

 何かしらの目標を立てたとしても、時間はたっぷりあるからと言って、全く別の事をして過ごしている日々。

 

 当然働いていないので、金は減る一方だ。

 

 

 

 夢を叶えるには程遠い生活だった。

 

 

 

 曲のアイデアも浮かんで来なくなった。

 

 仕事中は、いくらでもいいアイデアが思い浮かんだのに。

 

 時間が出来た時、いざ何かを考えようと、ペンと紙を用意して机に座っても、白紙のまま1日が終わった。

 

 

 

 若者はこの生活で夢を叶えるのは、不可能だと思った。

 

 だが1つ分かったことがあった。

 

 それは仕事の必要性だ。

 

 確かに、仕事を懸命にやった所で夢は叶わない。

 

 だが、仕事を全くやっていないと、堕落してしまうからだ。

 

 それなら、自分が不快に思わない程の仕事量をやりながら、その空いた時間に夢を叶えるための活動をすればいいんだ。

 

 それが結論だった。

 

 それが直雄にとってこの職場、圧夢駅を作るきっかけになったのだ。

 

 

 

『そう思って立ち上げたのが、この会社だ』

 

『…理由は、分かったんだけど、それじゃ、この会社がどうやって成り立ったのか、分からないよね?』

 

『はぁ〜、またそれか。だからいいだろ?とにかく、必要とされているんだよ、この会社は』

 

『今は、それで納得しろってことか?はぁ〜分かったよ』

 

『明日から頑張れよ!木野!』

 

『もう働くのかよ』

 

 僕は事務所から出た。

 

 直雄は、ここに来たばかりの僕を働かせようとしていて、僕はそれを受け入れたのだ。

 

 他にも直雄から色々な話を聞きたかったが、得られた情報は少なかったな。

 

 

 

・時間が余りすぎると、信念を持っていても人間は堕落する。

 

・夢を叶えるために必要なのは、環境の圧力。

 

・環境の圧力が夢を叶えるための活動を促進させる効果がある事。

 

・だが、仕事より夢を優先するため、自分が不快にならない量にする。

 

 こんな所か。

 

 生活するのに不備は無さそうだが、夢を叶えるのは、そこまでしないといけないという事か。

 

 

 

 直雄は僕の夢を知っている。

 

 

 

 僕の夢は、自分の人生を生きて、色んな体験をして、それを1つのストーリーにする事だ。

 

 体験だけじゃなく、小説や映画、ゲーム、アニメ、漫画、音楽、絵、彫刻、様々な美術品。

 

 それらには、制作者の様々な思いや伝えたい事、生き様が、詰まっている。

 

 僕はそれらを、見て、触れて、体験して、自分が何を思うのか、それを1つのストーリーにすれば、自分が生きてきた人生の答えになると思った。

 

 

 

 それが僕の夢だ。

 

 

 

 この事を、高校時代に直雄に話すと、直雄も自分の夢を語ってくれた。

 

 誰もが知っているような、凄腕の作曲家になること。

 

 

 

 それが直雄の夢だ。

 

 

 

 明天が持っているメダルを見るため、と自分に言い聞かせながら、僕はここで働くと決めた。

 

 何一つ納得出来ることは無かったが、そもそも、これが現実かどうか分からない以上、無理に帰ろうと思っても、帰れないのだろう。

 

 

 

 全員が面を付けている状況の中で、直雄だけが面をつけていない理由は、まだ現実を否定してないからだ。

 

 彼の人生で少なくとも今までは、このことは絶対に忘れたいとか、悲惨すぎる体験は起こっていないのだろう。

 

 だがここで働いている他の人達は違う。

 

 この人たちは、全員、僕やあの老婆のように、面を付けるほど忘れたい記憶、壮絶な体験があったんだ。

 

 一人一人に聞いて回るか?

 

 すぐには解決できそうにないが仕方ないか。

 

 

 

 

 

 それから、気が付けば数ヶ月という月日が流れていた。

 

 

 

 僕はここの仕事にすぐに順応できた。

 

 直雄に言われた通り、前の工場とほとんど同じ作業だからだ。

 

 短い作業時間、長い休日、生活費も全て会社負担、寮での一人暮らしだが、悪くない生活だった。

 

 何より寮が職場の隣にあるのが最高だった。

 

 朝早く起きて、渋滞に巻き込まれながら行く憂鬱な朝は、もう無い。

 

 

 

 だが絶対に守らないといけないルールもあった。

 

 それは、夢を叶えるための活動を一日に絶対、行わなければならない事。

 

 それを会社では、ノルマと呼んだ。

 

 ノルマは自分で定めることが出来たため、非常に簡単なものでも良かった。

 

 だから僕は仕事が終わったら一日、一行(10文字程度)だけ小説を書く、とノルマを決めて活動していた。

 

 その日の深夜0時、その時間までに、ノルマを達成しなけばならなかった。

 

 そんな簡単なノルマでも、認められたのだ。

 

 

 

 毎日が楽だった。

 

 夢の実現に、確実に近づいている感覚が、自分に生きる意味を与えてくれた。

 

 

 

 だが僕がやっていたのはこれだけじゃない。

 

 面を付けて働いている人に、最近おかしな事が起こってないか、聞いて回っていたのだ。

 

 1人でも多くの人を解放(面を壊す事)できるように、僕なりに行動していた。

 

 

 

『あぁ、全て思い出した。まさか自分の腕が、事故で切断されていた事を忘れていたなんて』

 

『辛いでしょうが、それが事実です。でも今は耐えるしかない』

 

 僕は従業員の1人に違和感を覚えた。

 

 名前は※※※さん。

 

 その人は、右腕を無くし、左手の指もいくつか損傷していたが、その記憶を無くして、働いていたのだ。

 

 片腕が無い上に、残った指も少ないから、作業に対して、明らかに不慣れな様子だった。

 

 

 

 僕はそんな※※※さんに、話しかけ、腕や指が無くなった訳を聞いていって、失っていた記憶を思い出させた。

 

 そして、どうにかその人の面を、壊すことができた。

 

 

 

『木野さんが話しかけてくれなければ、私は機械に巻き込まれて失ったこの両手の事を、忘れたまま生きていた。怪我をしたのはもう何年も前の話なのに』

 

『真実を忘れたまま過ごす。僕も同じ経験をしましたから、辛いのは承知しています』

 

 右腕は前腕ごと欠損。

 

 左手は残っているものの、薬指と小指が半分で、人差し指は無かった。

 

 残っているのは親指と、中指の合計2本だけだ。

 

 ※※※さんは、随分と短くなった右腕を、指がほとんど残っていない左手でさすりながら、悲愴だが信念が宿った目で自身の決意を語る。

 

『……それでも事故の事は今でも恐ろしい。私がこの仕事を続けられるのかどうか、人事部の人と相談してきます。木野さん、色々とありがとうございました』

 

 僕は差し出された左手を握りしめ、励まそうと言葉をかけた。

 

 残った2本の指に、力が入らない感触が、掌に残った。

 

 握手してみて、この人の痛みをほんの少し、理解できた気がする。

 

『頑張って下さい!』

 

 そう言って、※※※さんは、事務所に向かった。

 

 

 

 これで良かったんだよな。

 

 確かに、忘れたいような悲惨な記憶を無理矢理、思い出すのは苦しいと思う。

 

 だけど、どこかで真実と向き合わなければならないんだ。いや、いずれ向き合う事になる。

 

 犬に噛まれたお婆さんのようには、ならなかった。

 

 僕は初めて自分の力で、面を壊す事ができたのだ。

 

 とはいえ、まだまだ面をつけた人は大勢いる。全員の面を壊すのは、途方もない時間が必要だろう。

 

 

 

 それでも、面が見えるのが僕だけだ。僕がやり遂げなくてはならない。

 

 それにしてもこんなに長い間、家を離れて生活したのは初めてだ。

 

 だが、家から連絡が一切来ない。こっちから連絡することも出来なかった。

 

 現実味が無い。

 

 だから気にしても仕方ない。

 

 これは夢だからいつか覚める。

 

 

 

 そう自分に言い聞かせた。

 

 

 

 帰る必要なんて、今は無いんだから。

 

 

 

『※※※と何かあったのか?』

 

 直雄が後ろから話しかけてきた。

 

『いや、ちょっと仕事のアドバイスを貰ってただけさ』

 

 面のことは、誤魔化した。

 

『そうか、相変わらず真面目だな。もう少し楽にしてりゃいいのに』

 

『そうはいかないよ、僕は不器用だし、要領が悪いからね』

 

『あんまり仕事ばっかり気にしてると、ノルマが出来なくなるぞ』

 

『大丈夫』

 

『ならいいが。まぁ俺も今日は仕事が多いから、残業だ。だから人のことは、あんまり言えないんだけどな〜。ノルマを、優先したいのによぉ』

 

『なおの、ノルマは何?曲作りのことに関してだとは思ったんだけど、どのくらいの事をやってるの?』

 

『俺か?1曲作成』

 

『1曲作成!?それ、期限に間に合うの!?』

 

『いっつもギリギリだが、何とかな。自分で定めたノルマだ、これくらいこなしてみせるさ』

 

『そこまでしなくても…』

 

『ほら、これが昨日作った曲!』

 

 直雄はまたしても、音楽を聴かせてきた。

 

『だから、聴こえてこないんだって!』

 

『まだかかるか』

 

『まだかかる?』

 

 直雄は、音の無いこの空間でどうしてそこまでして、自分の作った音楽を聴かせてこようとするのか?

 

 僕には理解出来なかった。

 

『そのうち聴こえるようになるさ!それじゃあな!』

 

『あ、あぁ』

 

 直雄は、仕事に戻った。

 

 1日1曲作成。直雄は仕事をしながら、それをこなしているのか。

 

 ノルマは休日も達成しなければならない。

 

 

 

 直雄とすれ違った時、あいつの耳に大きな傷の跡が見えた。

 

 ※※※さん程とは言わないが、僕にはそれが痛々しく見えた。

 

 やはり工場勤務に労災は耐えないのだろう。

 

 そんな、苦労をしながら、夢を追っているのか。

 

 夢に関しては、あいつの方が熱心だな。熱心……。

 

 僕が今、熱心になっているものは、メダル……か。

 

 そうだ、メダルの事も忘れちゃならない。

 

 だが、何も手がかりは見つかっていない。

 

 明天、どこにいるんだ?

 

 案内しておいて、何も言ってくれないのかよ。

 

 まぁいいさ、今回も僕は独自に探してみせる。

 

 

 

 それから、僕は四時間という短い業務を終わらせて、帰る準備をしていた。

 

 さて、今日も小説の続きを少しだけでも、考えなくては。

 

 考え込みながら僕は帰る支度を整え、ロッカールームから出ようとした。その時。

 

『ば、化け物ぉ!?』

 

 ※※※さんの大声が聞こえた。

 

 いや、聞こえたように感じた。

 

 音が聞こえなくても、声の感じ方で誰なのかは、判断できたのだ。

 

 事務所の方からだ。

 

 そこに目をやると、※※※さんが慌てながら扉を突き飛ばして出てきて、尻もちを着いていた。

 

 ※※※さんは、目を思いっきり見開いて、恐怖し、震えていた。

 

『※※※さん!?どうしました!?』

 

 ※※※さんは、僕の声を無視して、倉庫の方へ千鳥足で駆けて行った。

 

 

 

 すると、事務所の扉から、巨大な茶黒い色の腕が見えた。

 

『え…?』

 

 その腕は毛深く、筋骨隆々で、動物園で見たゴリラのような、あるいはそれ以上の太さをしていた。

 

 爪は黒くて鋭く、先が三角形に尖っていた。

 

 やがてその図体が、のっそりと事務所から姿を現した。

 

『化け…物だ』

 

 この場所に対しての、認識が甘かった。

 

 こんな化け物が存在しているとは。

 

 最初に来た時の警戒心が、完全に無くなっていたんだ。

 

 

 

 事務所の扉が小さく感じる程の巨体を、捻りながら、その化け物は出てきた。

 

 その姿は、人に似ているが、遠目からでもハッキリと化け物だと認識できる。

 

 全身が黒い毛に覆われ、顔は黒子が付けているような、白い垂れ布を顎まで垂らしている。

 

 尖った両耳からは矢のような細い棒が突き出ていて、そこから血が流れていた。

 

 そして筋骨隆々の黒い肉体で、全身は3メートルを超えていた。

 

 顔面ではなく、頭頂部にあの面を帽子のように被っていた。

 

 面の底部からその布が垂れていた。

 

 

 

 アニメやゲームに出てきそうな、邪悪な存在、それが一番印象に近いだろう。

 

 細部までは認識出来なかったが、僕にはあれが、恐怖の権化にしか見えなかった。

 

『ヅダァワラナィヨォォォ!』

 

 化け物は意味不明な奇声をあげながら、※※※さんを追って倉庫の方へ歩いていった。

 

 

 

 何だ!?あいつは!?

 

 恐ろしい…。

 

 確かに※※※さんが驚くのも納得だ。

 

 どうする?追うか?

 

 僕が追ってどうにかなるのか?

 

 でもこのままじゃ、※※※さんが襲われてしまう。

 

 

 

 行こう、もう誰かが死ぬ所なんて見たくない!

 

 

 

 意を決して、僕は化け物の後を追った。

 

 

 

 不安はあった。僕はまた、後悔するんじゃないのか?

 

 それでも、動かなくちゃ!僕が気づいた時にはいっつも遅いんだ!

 

 だったら、迷ってる時間は無い!

 

 

 

 倉庫に着いた。

 

 暗いな…だが化け物は間違いなくこの場所にいる。

 

 ※※※さんは、どこだ?無事か?

 

 電気をつけ…いや、辞めておこう。

 

 何の音も聞こえない、何も見えない。

 

 探そうにも、これじゃ探せない。

 

 

 

 嫌な予感がする。

 

 僕が追って、助ける?

 

 どうやって?引き付けて時間を稼ぐか?

 

 それは甘い考えだったんだ。

 

 ※※※さんは、もう殺されていて、僕も見つかってしまう。それであの化け物に……っ!?やめろ!そんな事考えるな!

 

 僕が何とかするんだろ!だったら救う方法を考えるんだ!

 

 そうだ!先に見つければいいんだ!

 

 化け物よりも、絶対先に※※※さんを見つけてみせる!

 

 恐怖から生まれたネガティブな感情を、何も解決しないゴリ押しな迷案で、誤魔化した。

 

 そうでもしないと、化け物と静寂と暗闇に、精神を壊されてしまう。

 

 

 

 何が分かる?この五感で、今何を感じる?見えない、聞こえない、匂い…は、錆びた物が多すぎてよく分からない。

 

 そう思っていたら、倉庫に置いてあった機械の備品に手が触れた。

 

 そうだ、今唯一頼れるのは手の感触、五感の触覚だけだ。

 

 

 

 どうか、化け物に触れませんように!

 

 手元、足元に細心の注意を払い、ペタペタと機械の端を触りながら、進んでいく。

 

 

 

 ペタペタ、ペタペタペタ。

 

 ペシャッ(無音)

 

 足元には零れた機械油が、掃除もされずに放置されている。

 

 どこだ?何処にいる?

 

 硬い機械の感触ばかりだ。

 

 たまにある柔らかい感触は、恐らく機械につけたクッション材だろう。

 

 手汗が止まらない。うっかり化け物に触れてしまったらと、考えたら進めなくなるため、なるべく考えないようにした。

 

 それにしても、錆の匂いがほんとにキツイ場所だ。

 

 

 

 んっ!?

 

 何かを掴んだ!

 

 機械じゃ無い、クッション材とも違う……っ!これは!手だっ!誰かの手……※※※さんの手だ!

 

 

 

 間違いない。この少ない指の感触が皮肉にも伝えてくれた。

 

 この手は※※※さんの手だ。

 

 

 

 良かった!化け物に襲われる前に、※※※さんを見つけれたんだ!

 

 僕は化け物に見つからないように小声で、話しかけた。

 

『※※※さん!僕です!木野です!さぁ、早くここから逃げま――』

 

 その時、僕が手元に引いた※※※さんの手に、力は無く手首からダランっと下に垂れた。

 

 

 

 あれ?※※※さん??

 

 

 

 それが示していたのは、そこに居るはずの※※※さんが居ない事だった。

 

 まさか、僕が握っていているのは、切断された※※※さんの……!?

 

 

 

 パチッ(無音)

 

 

 

 急に電気が付いた。

 

 光が僕が掴んだ手の、正体を照らす。

 

 そう、僕が掴んでいたのは、腕だ。それ以外は何も無い。

 

 腕だけだった。

 

『あぁっ!!?』

 

 それを脳が理解した瞬間、僕は思わず手を離してしまった。

 

 

 

 ベチャッ(無音)

 

 

 

 それが落ちたのは、真っ赤な血溜まりの中だ。

 

『うわあああっ!!』

 

 後ずさりして、後ろにあった機械のクッション材に触れた。

 

 だが、それは嫌にブヨブヨしていて、ベトベトだ。

 

 これ……違う!?これはクッション材なんかじゃない!これは、人の……肉片!?

 

 目に映ったのは、どこの部位かも分からない程、ぐちゃぐちゃにされた肉片だった。

 

 ま、まさか。僕が通ってきたのはっ!?

 

 恐る恐る振り返った。

 

 その辺り一面が、肉片、骨、内蔵、見分けが付かないくらい、おびただしい量のそれらが、散乱していた。

 

 血溜まりを踏んで歩いた、自分の足跡を見て、僕がどこを通ったのか、何を触ってきたのか理解した。

 

 機械の備品にべっとりとこべり着いた、肉片を触ってきたのだ。

 

 肉片だけじゃない。

 

 身体から剥き出た脳、目玉、心臓、肺、腸、腎臓、肝臓、血管⋯⋯それらがそこら中に、ぐちゃぐちゃに散らばっている。

 

 所々剥き出した白い部分は骨だろうか。

 

 それらをクッション材と勘違いして。

 

 当然、自分の手も真っ赤に染まっていた。手汗なんかじゃなかった。

 

『……ぁあぁ……ぅおぇえっ!……』

 

 嗚咽、目眩、吐き気、涙、言葉にできない感情が湧き上がってくる。

 

 目に映るもの、匂い、感触、全てが気持ち悪い。

 

 聴覚と視覚が無かっただけで、ここまで気づけなかったのか!?

 

 

 

 その失意していく感情の中で※※※さんが死んだ事を、じっくりと確実に理解していった。

 

 既に遅かった。

 

 結局僕は何もできなかった。

 

 

 

 そういえば、化け物は?っ!?まだここにいる!?

 

 というか、なんで突然電気がついたんだ?

 

 まだ、恐怖は終わってない。

 

『暗かったから電気つけてみたらよぉ、おいおい、何だこの凄惨な現場は?』

 

『なお!?』

 

 そこに居たのは、顔を傾け、片手で耳を抑えながら、もう片方の手で電気のスイッチに手を当てていた直雄だった。

 

 化け物じゃなかったのか。

 

 いや、まずい!まだ化け物が近くにいるんだ!

 

『木野、大丈夫か――』

 

『今すぐここを離れよう!化け物がっ!化け物が近くにいるんだ!』

 

 僕は直雄の肩を掴んで、揺さぶりながら必死に忠告した。

 

 ここに留まっていてはダメだ。

 

『落ち着けって』

 

『これを見て落ち着いていられるか!?化け物が、奴がやったんだ!僕は見た!事務所から出てくる化け物の姿を!あれは、悪魔そのものだった!』

 

『……だから騒ぐなって』

 

 どうして何も動じてないんだ?まさか、この悲惨な光景が見えてないのか?

 

『どうして!?』

 

『音楽が聴こえないだろ』

 

『は?音楽?こんな時に何を言っているんだ!これが見えないのか!?』

 

 僕は直雄に見えるようにバラバラの肉片を指さした。

 

『そこら中にバラバラで転がってるのは※※※だ。知ってるんだよ。だってそいつは、期限内にノルマを達成できなかったんだからな』

 

『ノルマを達成できなかった?』

 

『あぁ、だからこうなった。納期のデーモンに狩られたんだ。デーモンはノルマを達成できなかった社員を、処刑する悪魔。ノルマ達成の重大性を示すのに必要な存在だ』

 

 嘘だろ。

 

 ノルマを達成できなかったら、そんなペナルティがあったなんて。

 

 あの化け物が、そのデーモンだと?

 

『どういう事?何でそんなこと知ってるの?』

 

『俺は人事部だからな。これも必要な罰則だ。ノルマが達成できないやつは、ここで働く理由も、生きる価値も無い』

 

 何を言っているんだ?

 

 直雄は、両手を広げて高らかに宣言した。

 

『ここは、夢を叶えるための理想郷!夢を叶えるために働き、生きる!そのために※※※は死んだ!そうしなければ生きるのは楽しくないんだよ!分かるだろ?それが理解出来れば俺の音楽が聴こえてくるんだよ、木野』

 

 

 

 僕の知っている直雄は、こんな狂った人間じゃない。

 

 夢を叶えるのに必死だったが、人の死を無下に思う人間ではなかった。

 

 一体何があったんだ?

 

 何がお前をそんな風にしてしまったんだ!?




はい、圧夢駅のその2です。
次回で、圧夢駅編は、終わりです!お楽しみに!
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