音したメダルに誘われて   作:カワード

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 圧夢駅で働くことになった木野。
 それから既に数ヶ月の歳月が過ぎた。
 木野は、そこでの仕事に満足しながらも、面を付けた作業員を解放するために行動し、一人の面を壊すことに成功した。
 だが、その作業員は、仕事終わりに、謎の化け物に倉庫まで追われてしまっていた。
 心配になった木野は化け物を追って、真っ暗な倉庫に潜入、手探りで作業員を探す。
 だが見つかったのは、作業員の腕のみだった。
 倉庫の明かりが点くと、そこら中にバラバラの肉片や内臓が無惨に散らばっていた。
 そこへやってきた直雄(なおたけ)は、これはデーモンの仕業と告げ、この惨状の真相を知っているようだった。


圧夢駅 その3

 直雄は、※※※さんが死んだ真相を知っていた。

 

 それは、期限内にノルマを達成できなかった※※※さんが、罰則としてデーモンに殺されてしまった事だった。

 

 肉体がバラバラになるほど無惨に殺されたんだ。

 

 それを知っていて、何で平然としていられるんだ?

 

『木野、これは必要な犠牲なんだ。実際に誰かがこうならないと、ノルマの存在意義が無くなる』

 

『だからって、人を殺していい理由には、ならないだろ!』

 

『いや、そんな事はどうでもいい。これが現実かどうかなんか分かってねぇし。このことを咎める者は、この場にはいない。お前を除いてな』

 

『酷すぎないか?ノルマを達成しろって言われても。達成できなかったら殺されるなんて。そんな事、僕は聞いてなかった!』

 

『あぁもう!うるせぇな!音楽が聴こえねぇって言ってるだろ!デカい声出しやがって!』

 

『だから!音楽なんて今はどうでも――』

 

『どうでもいい訳ねぇだろ!!』

 

 直雄はその言葉に激怒した。

 

 その声は僕には、聞こえないはずなのに、物凄い怒号を聞いたように感じた。

 

 怒っているのは僕の方なのに。

 

『こっちはそこに命かけてるんだ!人が死ぬのはこの会社のルールだ!この無音の空間は俺の作った曲だけが聴こえるんだよ!絶対にな!そういう風にできているんだよ!』

 

 俺が作った曲だけ聴こえる!?

 

 何が根拠で聴こえるんだ?

 

 それに、うるさいとか、騒がしいとか、なんで僕の声の大きさを気にしてるんだ?音は聞こえないはずなのに。

 

『他の社員には全員聴こえる。俺の作った曲の音だけがな。聴こえてないのは、お前だけだ。お前は、いい夢を持っていた。小説家になるんだろう?だったらこの事実を受け入れて、励むんだ!夢を叶えるには覚悟が必要だ!その覚悟を見い出せば、必ず聴こえてくる!』

 

『いや、それは違うよ。いくら夢を叶えるためだからって、殺人も許される訳ないんだ!悪いけど、君の音楽は僕には聴こえない』

 

 そうだ、もうここにいたらダメだ。

 

 僕は倉庫の出口へ向かって歩き始める。

 

『おい!どこへ行くつもりだ!?』

 

『僕は今すぐ、ここから出ていく』

 

『は?待てよ。出ていくって、だからどこへ行くつもりだ?』

 

『ここじゃない所に行く!』

 

『何言ってんだ?お前はここで働くと約束したじゃないか!仕事はどうするんだよ?ノルマは?夢は?全部放ったらかしにするつもりか!?』

 

『そうだ。僕は僕の意思でここから出ていく。この場所が現実かどうか分からないなら、出ていって確かめる』

 

『ふざけんなよ…そんなの許されるわけねぇだろ!』

 

『ふざけているのは、そっちだろ!夢とか、音楽とか、ノルマとか、それが、人の命より大事なわけないだろ!』

 

『……』

 

 もう、これでいいんだ。

 

 ここにいたのは、直雄じゃない。

 

 直雄に似た別人だ。

 

 僕は倉庫の出口の扉に手をかけた。

 

 直雄――それに似た何者かは、下を向いて脱力していた。

 

『木野……お前には…もう、何も無い。夢も、友情も、人生も。がっかりだ』

 

 今更、どう言われようと僕の心は変わらない。

 

『気をつけて帰れよ。デーモンにな』

 

 デーモン!?

 

 いや、奴が追って来れない所まで逃げるんだ。

 

『ノルマなんて、もう気にしてないよ。ここから出ていくんだからな』

 

『何を勘違いしているんだ?外を見てみろ』

 

『今更――え?』

 

 倉庫の窓の外は真っ暗だった。

 

 おかしい、僕が倉庫に入ったのは、確か夕方頃だった。

 

 それから、ほとんど時間も経ってないはずだ。

 

 既に日が沈んでるなんておかしい。

 

 いや、僕が入った時点で、倉庫は電気が消えていて真っ暗だった。

 

 本来なら夕暮れ時でも陽の光が射し込んでいる明るい場所なのに。

 

 どうなってるんだ?

 

『時間だ。お前、期限内にノルマを達成できなかったな?』

 

『まさか!?』

 

 僕は倉庫に置かれている時計を確認した。

 

 その時計は電波時計だから、時間は合っているはずだ。なのにどうして?

 

『午前……0時』

 

『そう、お前もノルマを達成できなかったんだよ。これで、お前も罰則の対象だ』

 

 来るのか!?

 

 あの、惨状を作り上げた化け物が、ここに!?

 

『お前こそ、俺の知ってる木野じゃねぇよ。だから、夢のために死んでくれ』

 

『おぉぉい!誰かぁっ!助けて下さいっ!』

 

 ドンドンドンと、音が出ないのに無意味に扉を叩くが、誰の反応もない。

 

 早く逃げないと。

 

 来る!

 

 だからっ!早く!開けよっ!

 

 ガチャガチャ。

 

 倉庫のドアノブにどれだけ力を込めて捻っても、扉は開かない。

 

 何で!?出られない!

 

 待って!?来るっ!まずいっ!

 

 

 

 直雄が呼んでくるのか!?

 

 そう思って直雄の方を見ると、彼の耳から血が流れていた。

 

 その手には、面!?

 

 面を持っている!?

 

 

 直雄がそれを頭に被ると、面から白い垂れ布が出てきた。それが顔を覆う。

 

 あのデーモンがつけていた物と同じ、白い垂れ布だ。

 

 そして、直雄は真っ二つに折れたドラムスティックを懐から取り出した。

 

『あ…お前……まさか!?』

 

『ヤッッヂマオォゼ、MUTEKIノカアダダ』

 

 意味不明な言葉と共に、その折れたドラムスティックを、思いっきり自身の両耳に突き刺した。

 

 

 

 直雄の身体はみるみるうちに、黒く変色し、筋肉が膨張していった。

 

 着ていた服が、その膨張に耐えきれずビリビリと張り裂けていった。

 

 マンガやアニメに出てくる、人体とは思えない程の巨大な身体。

 

 それが僕の目の前で出現したのだ。

 

 

 お前だったのか、あの恐ろしいデーモンの正体は!

 

 

 ※※※さんを無惨に殺した、デーモンと僕は今、向き合っている。

 

 そこに直雄の面影など存在していなかった。

 

 彼は既に、デーモンだったのだ。

 

『オォマァエアッ!』

 

 音はしないのに、床が震えた。デーモンは拳を振り上げ、こっちに突進してきた。

 

『うわぁぁぁっ!』

 

 

 

 パチッ(無音)

 

 

 

 僕は咄嗟に電気を消し、その場でしゃがんだ。

 

 デーモンの拳が、僕の頭上を掠めたのだろうか、大きな風圧を感じた。

 

 逃げろ!

 

 僕は、地面を這いずって離れた。

 

 多分、デーモンの両足の間を、足に触れることなく、通り抜けることができた。

 

 それだけじゃない、血溜まりと肉片が転がっている中を、這いずって逃げた。

 

 吐き気を抑えるのに必死だった。

 

 入ってきた時と同じ状況なのに、ここまで感覚が違うのか。

 

 

 

 またしても、暗闇と静寂が倉庫に訪れた。

 

 でも今回は、ここにデーモンがいる。

 

 早く逃げないと!

 

 でもどうやって?

 

 倉庫の出口はあの場所しかない。

 

 デーモンを、あそこから遠ざける必要がある。

 

 だが、もうベタベタとそこら辺の物を触って移動するのは、無理だ。

 

 あのデーモンがここにいると確実に分かってしまった以上、そんな事はできない。

 

 それ以前に、もうここにある物に、触れたくない。

 

 

 

 ビチャッ(無音)

 

 

 

 っ!?

 

 僕の顔に肉片が飛び散ってきた。

 

 僕は、声を漏らさないように、血塗れた手で、口元を必死に押さえた。

 

 音は聞こえずとも、喋ってしまえば、場所はバレる。

 

 デーモンが暴れてるのか?

 

 ダメだ、ここでじっとしていても、いずれ捕まる。

 

 あの巨腕に掴まれてしまったら、助かる術は無い。

 

 

 

 僕もここで無惨に殺されるのか?

 

 

 

 いや、僕は絶対、生きて真実に辿り着く!

 

 動け!考えろ!

 

 この場から逃げる方法を!

 

「プァッジョンインギャダッ♪」

 

 

 

 何!?

 

 今、音として声が聞こえた!?

 

 その声は、デーモンが発している。

 

 何故ならここには、僕とデーモンしかいないからだ。

 

 分かる。

 

 あの意味不明な叫びは、デーモンの声だ。

 

 その声の元にデーモンはいる!

 

「ヅダァワラナィヨォォォ♪」

 

 だったら!

 

 僕は自身の足元を探った。

 

 触ってられないなんて、言ってる場合じゃない!

 

 そしてそこに落ちていた、※※※さんの腕を掴んだ。

 

 ごめんなさい!

 

 その腕をデーモンの声と逆方向に投げた。

 

「オワラナイデェイテッ!?」

 

 デーモンが投げた腕に反応して、こっちに来ているはず。

 

 僕はその場から後ろに身を引いた。

 

 また風圧が僕の前を横切った。

 

 移動した!今だ!

 

 ※※※さんには、本当に申し訳ないけど、僕は犬にボールを投げる要領で、デーモンを扉から引き剥がした。

 

 扉に向かって行くぞ。

 

 僕はその場から動き始める。

 

 早く!扉にっ!?

 

 ドンっ!(無音)

 

 大きな何かにぶつかった。

 

「アンダヲミティルヨォォォ!?」

 

 それは、デーモンの背中だった。

 

 しまった!出るのが早すぎた!

 

 だが扉に向かって走り続けた。

 

 扉が開くのか、分からないけど、今は、止まるな!

 

 そしてドアノブを、力いっぱい捻った。

 

 ガチャガチャ。

 

 何度捻っても扉は開かない。

 

 やばい、デーモンがこっちに来る。

 

 開け開け開け開け開け!開けよ!

 

 

 

 ちゃりん♪

 

 

 

 その時、久々にメダルが落ちる音が聞こえた。

 

 何で聞こえた?

 

 いや、今はいい!

 

 えいっ!

 

 その音を気にする余裕もなく僕は、一か八か、扉に向かってタックルした。

 

 

 

 ガチャッ(無音)

 

 

 

 やった!開いた!

 

 僕はやっと倉庫から脱出できた。

 

 扉を開けようと手こずっていた時に、デーモンに追いつかれてもおかしくなかったが、何とかなった!

 

 この一直線の渡り廊下を突っ切れば、工場の出口だ!

 

「ドォリョクグァナンダッ!♪」

 

 デーモンはその巨体のせいで、両肩が出口に引っかかって、すぐには出てこれなかった。

 

 走れっ!

 

 僕は止まらず、工場の出口を目指した。

 

 そして難なく、工場の出口の扉に辿り着いた。

 

 デーモンはまだ、倉庫から出てこれてない。

 

 倉庫から出ようとしているのか、ドシンドシンと、何度も両肩を出入口にぶつけている。

 

 そのぶつける振動だけが僕に伝わった。

 

 それが、デーモンの力強さを表しているようで、改めて恐怖した。

 

 急いでここから脱出しなければ。

 

 脱出……脱出しなければ!脱出脱出脱出あぁ…早く…脱出を!…なぜだ!?

 

 またしても扉は開かなかった。

 

 早く出ないと!またデーモンが来る!

 

 他の出口は!?

 

 辺りを素早く見渡して、他の出口を探る。

 

 外の景色が写った窓が僕の目に入った。

 

 窓、そうだ!

 

 だが窓を開けようとしたが、どれだけ力を込めても、ビクともしなかった。

 

 だったら、窓を割って逃げればいい!

 

『うおおぉっ!』

 

 窓を割ろうと力強く肘打ちした。

 

 ダメだ!ビクともしない!

 

「ヤッッチマオウゼ♪」

 

 デーモンは!?

 

 声が聞こえて、僕は倉庫の方を見た。

 

 既にデーモンは、体を捻って倉庫から出てこようとしていた。

 

 このままじゃ、追いつかれる!

 

 くそっ!

 

 僕は一旦、身を潜めるために、近くのロッカールームに転がり込んだ。

 

 そして、細長いロッカーの中に、自分の体を無理やり、押し込んだ。

 

 バタンと強く扉を閉める。

 

 はぁ……はぁ……。

 

 ここにいても結局意味は無い。

 

 でも、今脱出できないなら、デーモンに見つからない場所にいるしかない。

 

 見つかったら終わりだ。

 

 怖い。

 

 今、生きてるのが不思議なくらいだ。

 

 どうしてこうなった?

 

 なんであんな物が、存在しているんだ?

 

 

 

 ちゃりん♪

 

 

 

 また、メダル?

 

 その音とともに、僕は直雄との、思い出を漠然と思い出した。

 

 

 

 

 

「なぁ、木野。これめっちゃカッコよくね?」

 

「いいな、この曲!」

 

 その感想は僕の本心だ。

 

「なぁ!マジでこの人天才だわ!ホンマにすげぇ!」

 

 直雄は、僕に色んな曲を聞かせてくれた。

 

 一緒に色んな曲をカラオケで歌った。

 

 そして直雄は、自分が気に入った曲を作った作曲者を、とても尊敬していた。

 

 その人に心から憧れていた。

 

 自分もそうなりたいと、願っていた。

 

 高校を卒業した直雄は、働きながら、作曲家として本格的に活動を始めていた。

 

 だが現実は甘くなかった。

 

「よし、できた!新しい曲だ!後はアップロードするだけだな。よし、頑張ったから、なんか美味い物でも食おうかな!久々に!」

 

 直雄は、いつも家で食事をしているが、その日は久々の外食を取った。

 

「あっ、この曲は…」

 

 その店内で流れる音楽は、直雄がかつて憧れた作曲者の作った曲だった。

 

 その人は、世間的に人気になっていて、街中でも曲が流れる程だった。

 

 それを聴いた直雄は、何故か暗い表情になり、沈んだ気分のまま家に帰った。

 

 そして、自分が作った曲を今一度、聞き直してみた。

 

 憧れた人には、遠く及ばなかった。

 

「…何だ?…この曲は…」

 

 直雄は失望した。

 

 憧れていた作曲者と、今の自分を比べてみて、その圧倒的な実力差を明白に感じたからだ。

 

 まるで成長していない。

 

 そんな自分に苛立ちを覚える。

 

 それだけでは無い、作曲家は他にも沢山いる。

 

 自分より遅く曲作りを始めたのに、自分より上手い人は大勢いる。

 

 それらの事実が積み重なり、また苛立ちを覚える。

 

 その苛立ちは、自分だけでは収まらなかった。

 

 俺はいい曲を作った!

 

 それなのに、他にいい曲を作るやつが多すぎるから、誰にも見向きされないんだ!

 

 多い!多い!多すぎるんだよぉ!

 

 考え出すと、怒りが収まらず、暴れ始めた。

 

 物に自分の怒りをぶつけた。

 

「クソが!クソが!クソがっ!あんな奴らがいるから!あんな奴らが曲を作ってるから!誰も俺の曲なんて、聴きやしない!クソっ!」

 

 部屋にあった物を手当たり次第、掴んで投げる。

 

 それが楽器でも、テレビのリモコンでも、本でも、何でも投げ散らかしていた。

 

 バギッ。

 

 たまたま投げた物が、置いてあったドラムスティックをへし折った。

 

 それを見て、正気に戻る。

 

 あぁ、何をしているんだ俺は。

 

 自分に呆れた。

 

 いつの間にか憧れた人を、冒涜していた。

 

 そんな自分は、何だ?何者なんだ?

 

 醜い、醜い、自分が嫌いだ。

 

 そう思っていても、嫉妬心は消えない。

 

 うつ伏せになり、何度も床を叩いた。

 

 何もかもが許せなかった。

 

 自分も、他人も。

 

 精神が壊れそうだ。

 

 

 

 そう思っていると、家の外から、例の作曲家の曲が大音量で聞こえてきた。

 

「うぁぁぁぁぁ黙れ!!」

 

 それは耳障りを超えて、もはや不快だった。

 

 耳を塞いでも、その音が耳にこびりいたように離れない。

 

「くそっ!くそぉ!」

 

 

 

 音が憎い。

 

 

 

 もう何も聞きたくない。

 

 折れたドラムスティックに手を伸ばした。

 

 折れた切れ端が鋭く、ギザギザになっている。

 

「静かにしろ!あぁぁぁぁっ!」

 

 それを自分の両耳に突き刺した。

 

 痛みと引き換えに静寂を手に入れた。

 

「ヤッッヂマオォゼ、MUTEKI(無敵)ノカラダダ」

 

 この言葉は、自分が作った曲の歌詞だった。

 

 誰かに聞いてもらおうとして、発した言葉だった。

 

 外で流れている音楽は、自身の邪魔をしているように感じた。

 

 だから、外でその曲を流している原因を壊しに行った。

 

 例えそれが人間だったとしても、どうでも良かった。

 

 

 

 自分が作った曲だけが響く、誰もが自分のことを認めてくれる、そんな都合いい場所が欲しかった。

 

 

 

 それは、実現できたのだ。

 

 面の力を使って、全ての記憶を改ざんした。

 

 他人も、自分も、過去も、現実も、状況も、全て改ざんした。

 

 そうやって作られたのが、この職場だった。

 

 もう何の音も聞こえてこない。

 

 ここには自分の、曲だけが響くんだ。

 

 

 

 それが、直雄の過去だった。

 

 

 

 

 

 デーモンの言葉は、歌詞だったのか。

 

 僕は、今、その話を思い出した。

 

 いや、僕が直雄が高校を卒業してからの話は知らないはずだ。

 

 何で、僕がその話を覚えているんだ?

 

 なぁ、何で、そんな思いをしてるのに何も言ってこなかったんだ?

 

 なぁ、どうしてそんな、悲しい目を僕に向けているんだ?

 

 

 

 ロッカーの空気穴から覗いている僕は、いつの間にかデーモンと目が合っていた。

 

 デーモンは白い垂れ布をめくって、僕の顔を見つめている。

 

 それなのに、デーモンは襲ってこなかった。

 

 僕を見つめるそのデーモンの素顔は、間違いなく直雄本人だ。

 

 ここに来た時、直雄は唯一面を付けていなかったから、何も起きてないと思っていたが、そうではなかった。

 

 彼は苦しんだ末、こうなってしまった。

 

 面の力が、その悲しみを糧にデーモンを生み出してしまったのだ。

 

 だったら、彼の心はまだ残っているんじゃないのか?

 

 僕の声を耳障りだと言った彼なら、僕の声が届くのではないのか?

 

 デーモンはこっちをずっと見つめている。

 

 この状況を打破するためには、それに賭けるしかない!

 

 それが唯一、直雄を救えるかもしれない方法でもあるんだ!

 

『なお!正気に戻れぇ!』

 

「オマエラッ!♪」

 

 っ!?

 

 デーモンはロッカーのドアをこじ開け、僕の首をガッシリと掴んだ。

 

 ダメだ!心は残っていない!

 

 そのまま、ロッカーから僕を引きずり出した。

 

『くそっ!離せ!なお!なお!頼む戻ってくれ!』

 

「アンタヲミテイル!♪」

 

 僕の言葉に対しての反応は無かった。

 

 そしてどれだけ抵抗しても、力が緩まることはなく、無意味だった。

 

 

 

 終わった。

 

 

 

 持ち上げられ、その腕でバラバラにされる。嫌だ!そんな死に方、絶対に!

 

 

 

 ちゃりん♪バギッ!

 

 

 

「!?MUTEKIノカラダガッ!?」

 

『かはっ!』

 

 デーモンは僕を離した。

 

 何が起こった!?

 

 でも今だ!

 

 片手をついて、立ち上がると同時にその場から去ろうとした。

 

 その時、床に何かを引きずったような、跡が見えた。

 

 それは平行な二本の直線だった。

 

 僕はロッカールームを出て、今度は倉庫の方へ離れた。

 

 どうして助かった?

 

 あの時何が起こった?

 

 あの時…メダルが…落ちる音!?

 

 

 

 助かった理由を考えていると、今度はすぐにロッカールームから、デーモンが出てきた。

 

 だが様子がおかしかった。

 

 

 

 デーモンは、ロッカールームの扉に手をかけ、片足を引きずっていた。

 

 よく見ると、その片足は歪な方向に折れ曲がっている。

 

 何かにぶつかったのか?

 

 いや、その程度で折れるような足には見えない。

 

 そのせいでデーモンの移動速度は格段に落ちていた。

 

 廊下を通ってこちらに来るまで、さっきよりも、時間がかかるはずだ。

 

 だが、どうする?

 

 また倉庫に戻るか?

 

 いや、それじゃ一生ここから出れない。

 

 現場の方に行っても、それは同じだ。

 

 どうすれば!?

 

 僕は倉庫の入口の方に、後退りした。

 

 ちゃき♪

 

 っ?今、何かを踏んだ。

 

 この状況で、そんな事、気にしている場合では無い。

 

 そのはずなのに、僕は踏みつけたそれを拾った。

 

『メダル?どうしてここに!?』

 

 メダル、落ちる音、二本の直線跡、折れたデーモンの足。

 

 何だ?

 

 何かが繋がりそうだ。

 

 ……はっ!?

 

 僕はここに来た時のことを思い出した。

 

 あの時も、メダルの音が聞こえていた。

 

 それらのバラバラな情報から、一つの結論に至った。

 

 そしてたった一つ、この場を切り抜ける方法が分かった。

 

 だが、それをすると直雄はもう二度と元に戻らないだろう。

 

「ハァヤク、ナントカシテクレヨ〜♪」

 

 デーモンは、叫びながら、遅くとも着実にこちらに近づいている。

 

 

 

 だが、もう下がらない!

 

 

 

 僕は拳を握り、親指の上にメダルを乗せて前傾姿勢で右手を前に突き出した。

 

 メダルを落とさないように、手首を支え、震えを抑える。

 

『僕は、ここから出ていく!』

 

 そして、指でメダルを宙に弾いた。

 

 その行為に、意味があるようには思えないだろう。

 

 だが、この弾いたメダルが床に落ちる、その瞬間。

 

 

 

 ちゃりん♪

 

 

 

 その時、音は、発生する!

 

 その音が導くのは、

 

『電車だ!』

 

 フォオオオオオン!!!

 

「ナッ!?」

 

 グチャッ!

 

 

 

 虚空から突如、電車が現れ、デーモンを轢いた。

 

 

 

 本当に、あの痕跡は電車が通った跡だった。

 

 あの足は電車に轢かれたんだ。

 

「あ…あぁ…」

 

 デーモンはその半身を電車に潰されて、弱っていた。

 

 だがデーモンはまだ息がある。

 

 でも、もう助からないだろう。

 

 

 

 直雄は、もうそこにはいなかったんだ。

 

 僕はこの場所から出る。

 

 そして、真実を求めて、明天の所へ行く。

 

 これは僕の意志だ。

 

 

 

 そして、ここから脱出する方法は、恐らくこの電車だろう。

 

 この電車に乗れば、ここから脱出できるはずだ。

 

 僕は落ちたメダルを拾い、電車のドアに近づいた。

 

「………行くのか?」

 

『っ!?』

 

 直雄の声がした。

 

 僕はその言葉に引き止められるように、その場で立ち止まった。

 

「早く行けよ。こっから出てけ…そしてここに……二度と戻って来るなぁ!」

 

 僕は黙ったまま、直雄の話を聞いた。

 

「お前が、俺の夢を否定して、俺の職場を壊した。なのに罰則を受けねぇなら、戻ってくんな!絶対に!絶対にぃ!」

 

 僕は振り返ることも、頷くこともせず、電車に乗り込んだ。

 

 

 

 直雄に言われなくても、僕がもうこの場所に戻ることは、二度とないだろう。

 

 戻ることは無い、今までに亡くなった人達のためにも、真実を追い続けるんだ。




圧夢駅編、堂々完結です!
いかがだったでしょうか?
これで年内の投稿は全て終了となります
ここまで読んでくれた方、本当にありがとうございました!
次回から最終章に突入しますので、頑張って最後まで書き上げたいと思っております!
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