青と緑の惑星で、あなたと   作:磯風とユキカゼ

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第1話

「紅い宇宙」から数十年。

 

コーラルという不思議な物質は宇宙の彼方にまで広がった。

彼方まで広がる間に、その報せは伝言ゲームのように変質し、マイナスの側面は自然と絶え、余多のプラスの側面が生まれた。

曰く、「至高かつ最後のエネルギー革命」

曰く、「安価で最良の伝導体」

曰く………

 

曰く、「最高にハイになれるお薬」

 

そんな物が溢れ返っても世界は変わらない。

強者が弱者を食い荒らし、弱者はそのまま野垂れ死ぬか、抗って新たな強者になろうとするか。

そして私は

 

野垂れ死ぬ方の弱者。

 

 

借金の形に親に二束三文で売り飛ばされ、娼館でコーラルと媚薬の漬物にされた。

他の子は耐えきれずに片端から死んでいった。

その意味では私は運がよかったらしい。もはや名前すら思い出せないが。

そして、楽しませることができなくなった私は、遠く離れた廃墟の街に遺棄された。

壁に寄りかかれていることがせめてもの救い。それでも雨のせいで私に迫る死の音色は強くなっていた。

受けた暴力のせいで視界は狭く、逃亡を防ぐために機能を失わさせられた足はぴくりとも動かない。

眠気で暗くなる視覚と遠くなる聴覚が騒音と影を捉える。

視線を上げると、巨人がこちらを覗き込んでいた。

私の口が本能によって言葉を紡ぐ。

 

「たす………けて…………」

 

 

 

 

 

ルビコンを離れて十数年。

争いは嫌いだから、あの宙域を離れて正解だったかもしれない。もはやあの二人に勝てる存在は、あそこには存在しない。

その点、この星は静かで良い。大きな争いは私の関知する範囲では存在しないし、何より私の降り立ったこの辺りには高度な知性を持つ「人間」という生命が少ない。気になりこそすれど、彼らは争いの火種。積極的な交流は持ちたくない。

放棄された地下施設を見つけられたのも大きい。そこに放置された機械類のほとんどは動作流体にコーラルを用いる物だから、私の手足の代わりとなった。本来ならルビコンを離れるときに土産替わりに持ち出したあの機体――確か「スティールヘイズ」と言ったか――を使いたかったが、あれは入手したときから手足がない上に逃げるときに使ったオンボロ脚は逃げるための船に辿り着いた時点で完全に壊れてしまったので、替えが見つかるまでここに放置せざるを得なかった。

とりあえず、私はこの施設で見つけた作業用と思われる旧型のMTに乗っている。そこまで悪くはなかった。

 

いや、それは嘘だ。揺れる。とてもとても揺れる。揺れるし脚の関節が軋む。

 

 

散歩は好きだ。いつも新たな発見がある。廃墟の隙間や舗装の割れ目に芽生える小さな草(踏まないように注意しないと)や、空を飛ぶ数多の鳥たち(仮の機体とはいえこれに糞をするのはやめてほしい)。ルビコンの赤茶けた大地と細かく黄色い砂、分厚く冷たい氷の層からは考えられない「自然」がこの星にはあった。

今日は天から水が粒となって降ってくる「アメ」という自然現象に遭遇した。

そして、初めて出会った。

 

人間という存在に。

 

しかしその個体はひどく弱っているように見えた。

『大丈夫ですか?』

 

その個体の声はか細く、今にも消え入りそうで

「たす……けて………」

 

私はMTの腕をそっと伸ばし、この個体を拾い上げた。

 

 

 

「…………ん」

『目が覚めましたか?僭越ながら、このMTの生命維持装置にあなたを繋げています。酷く揺れると思いますが、もうしばらく我慢してください』

頭に声が直接響く。ついに幻聴が聞こえてきたか?

『私は……そうですね……レインと言います』

まぁ今テキトーに考えたのですが、と脳に響く声――レインは語る。

そして彼女は自分の存在と出自について軽く話した。

曰く、「ルビコン3というこことは別の惑星から来た、コーラルでできた生命」とのこと。

『あなたは……なんと呼べばいいのでしょうか?』

「わた……しは」

そうだ。名前が分らない。いや、忘れてしまった。

「わから……ない」

『そうですか。では仮に……初めて逢った人間ですし……ユイと』

「ユイ……?」

『昔の言葉で、「ただ一つ、それだけ」を示す語です。どうでしょうか』

字は着いたらお見せしますと言って、歩みを続けるレイン。

正直、名前などどーでもよかった。どうでもいいのだが。

そこはかとなく胸の奥が熱くなる。

「ユイ……うん」

数年振りに感じたそれに、少し困惑を覚えてしまった。

『気に入っていただけたようで何よりです。つきました。私の家です』

家というにはただの大きな扉しかない。

 

 

中は意外と、いや予想以上に広く、また縦方向に広がっていた。

『ここで少しあなたの治療をします。足と頭はどうすることもできませんが、せめて体だけは整えましょう』

MTから慎重に降ろされ、ひとりでに動く移動台車に乗せられる。シートもなにもないから落ちそうで怖い。

 

医療用と思われる部屋には不思議なものがたくさんあった。そこの台は無機質で温かい。

『発熱あり……心雑音あり……ユイ、息を大きく吸って、吐いてください……そうです……呼吸音若干の異常……症状から見るに風邪と思われます。温かくして休息をとりましょう。幸いにも寝具はたくさんあります』

レインによる簡単な診断の後、またあの台車に乗せられて大きな一室に連れていかれた。

『これを飲んでください。ここにあった風邪薬です』

水とともに差しだされたのは錠剤2つ。水は冷たく、火照る体にはちょいどよい。

固いベッドに潜り布団をかぶると、これまでの疲労と安心感で急速に眠気が襲ってきた。

 

「レイン………あり……がと…………」

 

 

 

『おやすみなさい、ユイ。良い夢を………』

……そういえば生物には食料が必要だ。

ここには食料生産プラントがあったようだが、既に機能は停止している。

 

 

…………どうしよう。

 

 

 

 

 

 

 

場所と時間が変わって、18年前、アーキバス本社の会議室。

企業の重鎮たちが椅子に座る中、一人の社員が変な汗を流しながら報告をしている最中だった。

 

「何?うちの機体が?」

「はい……ルビコン3に残った社員から『非常に旧式のACの脚を履いたスティールヘイズ』を見た……と……」

「『スティールヘイズ』?まさか。あの機体のパーツは既に廃盤、製造分は数十年前のV.Ⅳしか使っていなかったんだぞ?見間違いだ」

「ですが同様の証言が複数人から上がっており画像も……」

「画像があるならもっと早く言いなさい!」

社員は喉から出かかった「あなたたちが人の話を遮ったからだ」という非難を間一髪で飲み込んだ。

「…………確かにこんなパーツがありましたね……足はとても古い上にジャンク品を繋ぎ合わせたパッチワークのようですが……」

「それで……如何いたしましょうか?」

「如何とはなんだね?」

「いくら既に型落ちの旧式とはいえ、ヴェスパー隊隊長が用いていた機体ですし……」

「ふーむ……しかしこのパーツ……君、この機体に用いられているパーツを使ってできるACはどのような性能になるのかね?」

「はい、このシリーズのパーツを用いると軽量2脚のACになります。積載量よりも機動性に重点が置かれている機体になります。データベースに残っている情報でも射撃によってACS負荷限界を与えつつ、機動性によって近接攻撃をすることが多かったようです」

「……なら……放置でいいのでは?」

「うむ……」

「軽量型のACは乗り手を選びますからね……じゃあ君、この機体については放置します。いいですね?報告ありがとう」

「わかりました、失礼します」

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ……緊張したァ……」

「うい、お疲れ」

彼は同僚から受け取った缶コーヒーを開ける。

口へ一口流し込むと顔をしかめた。

「……これコーヒーだよな?コーヒーにしては甘過ぎないか?」

「新商品だってよ」

 

 

 

 

場所と時間は戻ってどこかの惑星。

 

あれから6日が経った。

今だユイの食料問題にはめどがついていない。

現状、残されていた栄養剤の点滴でしのいでいるが長くは続かない。

食料生産プラントの再生も考えたが、資材が限られる上に原料がない(厳密には足りない)ため断念した。

略奪や傭兵は正直勘弁だ。争いが嫌いでこっちに来たのに。

 

 

……外が騒がしい。何か来たようだ。

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