2週間ほど経ち、ノルンちゃんの体調は元に戻った。そして、フィットア領に向けて馬を走らせる。看病の間を縫って何が起きていたのか聞いていたが、大した情報は得られなかった。
(何も手に入らないってことは被害が大したことないってことなのかな…? それとも被害直後で情報がまとまってないのか)
俺たちだけが転移して、それ以外の面々が家で待っているというならそれが一番マシな結果だ。というか、それを祈るしかない。帰ったらシルフィ姉が「遅かったね。どこ行ってたの?」と迎えてくれるはずだ。
しかし、俺たちがブエナ村に着くことはなかった。そもそものフィットア領が消滅していたからだ。
パウロさんはノルンちゃんを抱えたまま茫然としている。俺は何も言えなくなった。あまりにも規模が大きすぎる。
「おとうさん……おうち、まだなの?」
沈黙を破ったのはノルンちゃんの声だ。その声は不安で震えているように感じられた。
(すべてなくなった…。帰る家も、人も…)
家族にはもう会えないのか。そんな気持ちを隠すように俺は俯く。
「パウロさん…」
絞り出すような俺の声にパウロさんは左手で俺の頭を軽く撫でて答える。
「大丈夫だ、2人とも。俺がついてる」
パウロさんだって苦しいはずだ。2人の妻や子どもたちだってどこにいるかわからない。それでも、俺とノルンちゃんの前ではその苦しさは見せなかった。
俺の中にその暖かな手の感覚はいつまでも残り続けた。
別の街に移動して再び情報を集める。この災害はフィットア領全土で発生したものらしい。領主の貴族も対応に追われており、大混乱に陥っている。
そんな中、アルフォンスという老人が接触してきた。彼はグレイラット家の執事であったという。
「というわけで、難民キャンプの手伝いを頼まれた」
「そうですか…。俺は賛成です。パウロさんは早くゼニスさんたちを見つけたいでしょうけど…」
「まあな。ただ、ルディが働いていたところの上司みたいなもんだ。そのことを踏まえると断りにくい」
「それで、パウロさんはどうするんですか?」
「難民を救うよ。家族を見つける手がかりがあるかもしれない」
話し合いの末、難民キャンプを作り、パウロさんが主体となって「フィットア領捜索団」が設立されたのだった。
一方、俺はどうしていたか。俺はその捜索団に加入した面々に片っ端から剣術と魔術を教えることにした。
(ぶち壊れたこの世界で生きていくためには能力が必要だ。ハローワークも就労サービスもない世界だからな)
最低限、弱い魔物を倒せる力があればそう簡単には死ぬことはない。場合によっては別の人の救助の戦力になりうる。
もちろん文字や算術も教えていく。この世界は識字率がかなり低い。騙されて生きていく人間を減らすためだ。
(少人数とはいえ一人じゃとても手が足りないな…。こんなときシルフィ姉やルディがいてくれれば)
俺自身が救助に赴くこともあるため疲労はマックスだ。しかし、その甲斐もあってか俺とパウロさんの名前は徐々に有名になっていった。
そうして早くも数ヶ月が経過した。俺はいつの間にか10歳の誕生日も通り過ぎていた。忙しすぎて忘れていたが。
「疲れた…」
俺は捜索団の本部である小屋で休む。いや、休んでいる暇はない。算術の教本も作らなくてはならないのだ。生前は教師がこんなに忙しい立場とは思ってもいなかった。
「レード兄、大丈夫…?」
近くにいたのはノルンちゃんだ。彼女も俺の教育のおかげか、彼女自身の才能によるものか分からないが、かなり成長しているように感じられる。
「ちょっと疲れてるけど大丈夫だよ。どうしたの?」
俺が聞くとノルンちゃんは嬉しそうに答える。
「前言ってた、無詠唱? できるようになったよ!」
彼女が庭に手を突き出すと、水弾が飛んだ。
「凄いなぁ。俺より早くできてる」
「レード兄のおかげだよ!」
嬉しそうに笑う彼女の頭を撫でる。初級魔術とはいえ無詠唱は無詠唱。彼女の努力の賜物だ。
そんな様子を見ていたパウロさんが言う。
「レード、お前は教える方が向いてるかもな」
「そうですかね? やることが多すぎてめちゃくちゃキツイですけど」
「捜索団の連中もお前には感謝してるぞ。仕事が見つかったから、礼を伝えといてくれっていう話もよく聞く」
「そういえばルディも家庭教師をやってましたよね」
「ああ。今のレードと早く会わせてやりたいな」
今会えば教師あるあるとかで盛り上がるかもしれない。そんなことをぼんやりと思いながら眠りにつく。
そしていつしかパウロさんが表に立ち、俺が裏で支えるという構図が出来上がっていた。協力者もそれなりに増え捜索団の規模も大きくなっていた。
しかし、俺もパウロさんも家族を見つけることはできずにいた。それどころか死亡報告が出てくる一方だ。どうしたものかと思っていると団員の1人が飛び込んできた。
「貴族の襲撃です! 急いでください!」
この頃、増えてきたのは俺たちが奴隷を強引に奪っていくことにより反感を持った貴族の私兵による襲撃だ。目立ってくればくるほど不満を抱く者も増えていく。
「分かった。すぐ行く。パウロさんは?」
「団長が対応してます!」
武闘派が集まってるわけではないので、放っておくと壊滅するだろう。せっかく保護した難民を失うわけにはいかない。
本部の外ではすでに兵士が団員を何人か切っていた。パウロさんも戦闘中だ。
「レード! 来てくれたか!」
「はい! 火球弾(ファイアボール)!」
俺が魔術を撃ち込む。それを避けたところでパウロさんの剣の餌食だ。
「クソガキがァァァ」
横から突っ込んできたのは兵士の1人。ただスピードは遅い。
「流(ナガレ)」
俺は水神流の技で避けたのちカウンターの剣撃をぶつける。数ヶ月のうちに剣術の腕もかなり上がってきた。
「すまん、レード。通してしまった」
「かまいません。それで死傷者はどんな感じですか?」
「今回は2人だ。もっともお前が来てなきゃ増えてただろうがな」
「これっていつまで続くんですかね…」
俺は剣についた血を拭きながらため息をつく。
「分からない。だが、救助の手を止めるつもりはない」
俺もそれは同意だ。こうしているうちに家族の手がかりが思いがけず得られるかもしれない。
「見廻り行ってきます」
「ああ、頼む」
俺は難民キャンプをうろつく。問題が発生したら仲裁したりする役目もある。といっても問題が発生するほど難民たちの元気もないようだ。
ついでに行方不明者の書かれた掲示板も見に行く。が、そこに書いてある名前も常に同じだ。
(俺が単身で魔大陸に乗り込むというのはさすがに無理か)
まだ魔大陸を探していないのを思い出した。しかし、いくら強くなったとはいえ一人で挑むというのは無謀もいいところだ。
見廻りの結果、異常はなかった。が、俺の心に覆い被さった不安は晴れることはなかった。
弟の仕事量が多すぎる気がするけど、まあなんとかなるはず()