ミリス神聖国に移って一年が経った。
俺、つまりレーディスの1日は非常に忙しい。朝起きたら子どもを中心とした難民に剣術の指導、汗をかいてトレーニングを終えたのち、初級魔術の指導だ。そして、昼ご飯をパウロさんやノルンちゃんと食べたのち難民の捜索と救助。さらに俺はその人たちに希望の仕事を斡旋する担当までしている。
そんな俺の数少ない癒しはノルンちゃんだ。彼女は俺に懐いてくれている。難民の子どもたちは男女関係なく俺に感謝してくれてはいるだろうが、ノルンちゃんからのものとはまた違うと思う。彼女から感じるのは尊敬だけではないだろう。
「無詠唱もだいぶ上達してきたね。さすがだ」
「レード兄のおかげだよ」
ノルンちゃんはなでなでを要求するかのように頭を出してくる。甘え上手なものだ。
「そんなに甘えてると、本物の兄貴が嫉妬するかもよ?」
「レード兄がお兄ちゃんだったらなぁ…」
本人に聞かれたら俺はルディの魔術の直撃は避けられないだろう。どう説得したものか。
とここでパウロさんが入室してきた。
「レード、なんていうか、伝えたくない報告がある」
その表情は沈痛そのものだ。俺は膝の上からノルンちゃんを下ろして、パウロさんから書類を受け取った。
死亡者リスト。常日頃から俺たちの心を蝕んでいくそれを見て俺は愕然とした。
父さんと母さんの名前が書かれていたのだ。
「レード、こういうときなんて言えばいいか分からないけどよ…」
「パウロさん、大丈夫です。ちょっと外に出て行きます」
俺は何も考えられず、そう口走った。
「分かった」
パウロさんも苦しそうな表情で頷く。そりゃそうだ。俺の父さんとパウロさんは仲も良かった。よく相談に乗ってもらってたと聞く。
そうして気がつくと俺は空き地にぽつんと一人で佇んでいた。
(俺の、家族はみんないなくなるんだな…)
静香姉も父さんも母さんも。みんな会えない。これがもしかして前世で早死にした俺への罰かもしれない。
(だとしても…。だとしても重すぎるだろ。俺一人が苦しむならかまわない。地獄にだってなんだって行ってやる。でも、シルフィ姉はどうなるんだよ…。親はいない。頼れる人が誰もいない場所にいるかもしれないのに)
そう考えたところで最悪の結論に至ってしまう。シルフィ姉もこの世にいない、というものだ。
「あああああァァァァァァ!!!!」
俺は周りの人たちが何事かと振り返るのも気づかないほど泣き叫んでいた。泣いたって何一つ変わらないというのは分かっているのに。自分が後悔を抱いたところで過去を変える術はないというのに。
「なんで…なんで、みんないなくなるんだよォォォォ!!!」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら叫ぶ。パウロさんとノルンちゃん以外、みんなこの世にいない可能性だってある。
「俺が何したってんだ! ふざけるなァァァ!!!」
手に持っていた短剣を俺は力任せに振り回す。周りに人はいない。しかし、それがかえって良かった。もしいたら当たってしまったかもしれないからだ。
俺は濡れた顔を袖で強引に拭う。今、俺はさぞ酷い顔をしているだろう。ただでさえ日々の仕事で大忙しな上に、両親の死だ。平気でいれるわけがない。
「なんでなんだよ…」
再び涙が溢れる。怒りの次に湧き上がってきたのは悲しみだった。
「レード兄…」
しゃがみ込んで涙を流す俺の横にいたのはノルンちゃんだった。彼女は優しく俺の頭を撫でてくれた。その手はシルフィ姉に次いで世界で2番目に暖かかった。
「…情けないところ、見せちゃったな」
「大丈夫だよ」
こんな小さい子にまで心配かけてしまう辺り、俺にお兄ちゃんは向いていないらしい。
「レード…。しばらく休め」
そう言ってくれたのはパウロさんだ。彼が俺を見つけてくれたのだろう。
「そんなわけにはいきません。仕事はほっといても溜まっていきますし」
「だとしても、だ。今のお前の顔、酷すぎる。そんなん子どもがしちゃダメな顔だ」
パウロさんがそこまで言うくらいだ。相当酷いのだろう。そんな顔で子どもたちの前に立つわけにはいかない。それは分かってはいたが。
俺が何も言えずにいるとパウロさんが続ける。
「とにかく休め。ただでさえ働きすぎなのに、これ以上お前に負担かけたら親としてのメンツが丸潰れだ」
「…分かりました。お言葉に甘えさせていただきます」
俺はパウロさんの肩を借りながら部屋に戻った。そして、泥のように眠り続けた。
(どうすればよかったんだろうな…。俺がこの世界で最強の存在だったとしても今回の事件は避けられなかったような気がする)
そう考えると、より深い無力感に苛まれた。自分の力が足りないのなら、より一層鍛えて強くなればいい。ただ、それをしたところで家族は助けられない。俺がパウロさんたちと一緒にいた以上、両親を助けるのは不可能だったのだ。
(2人を見捨てる…。そうすれば助けられた可能性はあった。でも、俺にはそれはできない)
俺がいなくてもパウロさんならノルンちゃんを守ることができただろう。しかし、それは必ずしも家族を救う道ではない。それどころか俺も両親と共に野垂れ死んでた可能性すらある。
(なら、俺がすべきことは今周りにいる人たちを守ることだ。自棄を起こすのは時間の無駄だ)
その覚悟が決まって部屋から出たのは2週間ほど経ったときだ。
俺はパウロさんの部屋に入って謝る。
「すいません、パウロさん。遅くなりました!」
今の俺の顔はそれほど回復してはいないかもしれない。しかし、あのときよりはマシだろう。
「レードさん…」
複雑そうな表情で答えたのは手伝いをしてくれているヴェラさんだ。
「あれ、パウロさんはどこへ?」
「酒場にいます。行ってあげてください」
パウロさんは酒はあまり飲まない人だったはずだ。俺が知らないうちに飲んでたという可能性はあるが、酒に逃げる人というイメージは結びつかない。俺は彼の行きつけらしい酒場に向かった。
彼は薄暗いカウンターで飲んでいた。すでにかなり飲んだのだろうか、頬は朱に染まっている。
「…パウロさん」
「…おう、レードか」
彼は俯いたまま答える。
「情けねぇな…」
「そんなことはやめてください。俺はパウロさんがいなかったら死んでました」
「ハッ、そんなわけねぇよ。お前は優秀だ。俺なんかに頼らなくても生きていけるさ」
そう言ってコップを傾ける。
「酒に逃げたくなる気持ちも分かります。俺だって飲めれば飲んでました」
「分かってんだよ、俺だって。現実逃避にすぎないってことは。けどよ、家族はもういないって思ってな…」
悔しそうなその声に俺は酒をコップに追加する形で答える。
「しばらくは現実逃避してていいですよ」
「レード…」
「パウロさんの代わりは俺ができる限り頑張ります。ですから、ノルンちゃんだけは、何としてでも守ってください」
「お前は俺に甘いな」
確かに甘いかもしれない。けど、大事な人が死ぬ感情は俺が痛いほど分かっている。残された人を俺は責めることはできない。
「…必ずみんなを見つけましょう」
「…そうだな」
この場にルディやシルフィ姉がいたら、また違うことを言ったかもしれない。それでもこの場にいるのは俺だ。パウロさんの2年間の苦しさを知っているからこそ、こう言うしかなかった。
もう少しでルディと再会できるかも