ミリス神聖国に着いてから2年、俺の両親の死が発覚してから半年が経った。飲んだくれてしまっているパウロさんの代わりに俺が主体となって、難民をフィットア領に返すという仕事を行っている。
本当はもう少し教育を施しておきたかったが、最低限団員相手にはこなせたので満足はしている。
ということで少し時間ができた俺は新たな剣術の練習を行うことにした。
この世界は剣士は剣、魔術師は魔術とどういうわけかはっきり分断されている。それはそれで悪くはないと思うが、俺はあえて魔術を融合させた剣術というものを作ってみるつもりだ。具体的に言えば、遠距離から見えない風の斬撃を飛ばしたり、上は剣で下は氷の棘で挟み込む、といったものだ。鬼◯の刃の型で出てくる炎や水がイメージではなく、リアルに出てくるものと考えればいいだろう。
剣術は相手に近づかないと意味がない。人ならともかく魔物に近づくというのは、何をしてくるか読めない分相手の強さに応じたリスクがある。もちろん、治癒魔術というものがあるが、俺みたいに上手く使えない人間もいるわけでそういった人たちには遠距離戦として使えるのではないかと思う。
といったことを居酒屋でパウロさんに話してみた。
「それは闘気とは違うのか?」
「闘気には炎を実際に起こすとかじゃなくて、身体能力を引き上げるという感じではないですか?」
確かに闘気を織り込めば戦い方の幅も広がるかもしれないが。
「魔術と剣術の応用か…。今までにない考え方だな。教えたりはするつもりか?」
「習いたいって人がいるならありですけど、とりあえずは自分である程度、戦闘で使えるようになってからですね」
「そういえば、団員の人たちは何か言ってたか?」
最近のパウロさんは酒に溺れ、積極的に話しかけるのは俺とノルンちゃんくらいだ。
「まあ、ぶっちゃけあまり良い評判は聞きませんね…」
「だろうな。悪いな、仕事押し付けてよ」
「かまいません。何かやることがないとこっちも潰れてしまいそうなので」
両親が死んだという事実は俺に重くのしかかっている。俺の場合は酒ではなく仕事と鍛錬に溺れているだけだ。しかし、家族に関しては両親の死の発覚以降、何も情報を得れていない。
「そうか。情報はまだないよな」
「はい。何も得れてません」
シルフィ姉もグレイラット家も何も情報は入ってこない。2年間必死に捜索しているにも関わらずだ。
「…パウロさんなら単身で魔大陸やベガリット大陸に挑んでもよかったかもしれませんね」
「いや、ダメだ。ノルンを放置できないからな」
彼女に何かあればパウロさんはどうなってしまうのか分からない。まあ、それはシルフィ姉がいる俺にも言えるわけだが。
「確かにそうですね。それにまだいるという確証もありませんし」
「『黒狼の牙』の連中がいたら、ノルンを守りながらでもやっていけたかもな…」
「ギースさんたちですか…」
俺は少しだけパウロさんの昔の仲間であるギースさんと話すことがあった。彼は悪い人ではないように感じられたが、パウロさんに対しては思うところがあるようだ。細かいことを聞く前にふらりとどこかへいなくなってしまった。
「あれが解散したのは俺のせいだからな。声をかけてくれただけありがたいさ」
「…そうですね」
何があったのか聞くのはやめておこう。いつか話したくなったときに向こうから話してもらえるのを待てばいい。
「それじゃ、戻りますね。パウロさんもちゃんと部屋で寝てくださいよ?」
それを言うと彼は軽く笑った。
「分かってるさ。お前の部屋の横でゲーゲー吐く真似はもうしないさ」
しかし、その笑顔は酷く疲れているように見えた。
俺は事務所兼家に戻り、団員であるシェラさんたちの話を聞く。
「団長は…」
「まだ飲んでますよ。伝言があるなら伝えておきますが」
「今日はないです。けど、11歳の子にこんなに任せるというのは、ちょっと…」
まあ、それは俺も思う。かなりの人数を救ってきた団体の実質的なトップがまだ11歳の俺であるのはいかがなものか。
「いいんです。何かやってないと落ち着かないんで」
幸いにも体力はある方なので、多少仕事が増えてもなんとかなってはいる。
「分かりました。それではおやすみなさい」
ここで向こうが話を切り上げたため、俺も出ていった。
部屋で待っていたのはノルンちゃんだ。彼女とも3年以上の付き合いになる。いや、転移事件の前を含めたら5、6年は経つか。
「レード兄、おかえりなさい!」
彼女はいつも俺やパウロさんを笑顔で出迎えてくれる。
「ただいま、ノルンちゃん。大人しくしてたかい?」
「うん! お父さんは、どうしたの? まだお仕事?」
パウロさんが酒に溺れていることは言わないことにしている。ショックを受けるかもしれないし。まあ、向こうは薄々察しているかもしれないが。
「ああ。ちょっと仕事が忙しくて遅くなるってさ。それじゃ、ご飯作るから、手伝ってもらえる?」
俺は市場で安くで売ってあった材料を並べる。簡単なものでも自炊はしておいた方が安上がりだろう。金はいくらあっても困ることはないし。
「分かった!」
笑顔で彼女は頷く。
「いい返事だ。手、切らないように気をつけてな」
彼女が野菜に刃を入れるのを見ながら言う。軽い怪我なら俺レベルの治癒魔術でも治せるだろうが、痛い思いをしないのが一番だ。細心の注意を払う。
「レード兄ったら、緊張しすぎ。これくらいできるよ」
「それもそうか」
互いに笑い合う。彼女には笑顔でいてほしいものだ。そんなふうに思っていた数日後、事件が起きた。
その日は俺はいつも通り、仕事を終えたのち空き地でトレーニングに励んでいた。が、簡単にはいかない。やはり、魔術と剣術のコントロールはかなり難しい。
(というか、疲労が半端ないな…。剣は何万回でも振れるけど、魔力量には限りがあるからな)
効率よく使う方法も探さなくてはならないようだ。いざというときに魔力切れで使えなかったら意味がない。
「レードさん! 大変です!」
血相を変えて俺の前に現れたのは捜索団の団員である。
「そんなに焦ってどうした?」
「団長が喧嘩に巻き込まれて…」
巻き込まれたところで、そこらの連中に負けるような人ではないはずだが。
「パウロさんなら大丈夫だろ。酔ってても十分強いはずだ」
「ですが、他の団員との小競り合いがきっかけでして…」
なるほど。そうなったら俺が出向く必要があるか。
「分かった。すぐに向かう」
俺は走って指定された場所に向かう。酔ったパウロさんがときどき泊まる宿屋だ。
(冒険者として一流だったパウロさんに喧嘩挑むとかどんな怖いもの知らずかな)
そんなことを思っていたら、甲高い声が聞こえた。
「やめてええぇぇぇ!」
ノルンちゃんの声だ。ちょっと前にその笑顔を守ると誓ったはずの少女の悲鳴が聞こえてきて、そのときはすでにブチ切れていた。
中では自分とそう変わらないくらいの年の少年がいた。パウロさんは顔中血まみれの傷だらけであり、それを庇うようにしてノルンちゃんが立っている。
パウロさんと喧嘩してノルンちゃんが守っているのか、それともノルンちゃんにちょっかいをかけてパウロさんが守ろうとして返り討ちにあったのか。どっちなのかは分からない。どっちであっても関係ない。目の前のやつは紛れもなく敵だ。
「お父さんを、いじめないで!」
涙目のノルンちゃんが睨みつける。俺は気配を消して少年の後ろに近づき、首筋に刃を当てる。
「なぁ、何してくれてんの? その首、落とされたい?」
できる限り怒りを殺す。本当は怒鳴り散らしたいところだが、目の前のノルンちゃんを前にしてその感情を抑えた。
と、ここでパウロさんが血を吐きながら答える。
「やめろ、レード。そいつは、ルディだ」
告げられたのは5年ぶりに再会した幼馴染の名前だった。
話進むの早いかな