「やめろ、レード。そいつはルディだ」
パウロさんのその声で俺は刃を少年の首から離す。
「レ、レード…?」
ルディが驚きに満ちた表情でこちらに振り返った。驚きたいのはこっちだ。なんでこんなところにいるのだろう。しかし、見覚えのある背中や声は間違いなく彼のものだった。
「…素直に久しぶりの再会を喜べる状況じゃなさそうだな」
妹に泣かれ、父親をボコボコに殴る姿はかつてのルディのそれと一致しない。何があったというのか。
「な、なんで、レードも…」
「転移したのはお前らだけじゃねぇ。フィットア領のブエナ村のやつらもみんな転移したんだ。レードがここにいるのはたまたま俺やノルンに触れてたからだ」
パウロさんが苛立ちながら言う。
「ザントポートやウエストポートのギルドの掲示板にも伝言は残した。なんで、見てねぇんだよ…」
ルディにもなんらかの事情があったのかもしれない。しかし、それを知らないため俺はルディを弁護できない。
「お前がのんきに旅してる間に、何人も死んだんだ」
悔しいが紛れもない事実だ。俺の両親を含めたブエナ村の人たちの死亡報告は多々あった。
「…ってことは、シルフィも!?」
それには俺が答える。
「ああ。シルフィ姉もまだ見つかってない。グレイラット家だって、パウロさんとノルンちゃんを除けば再会できたのはルディのみだ。どこにいるのかの手掛かりすらない」
「ここで、何を?」
明らかにショックを受けるルディ。よろけた足で椅子に縋り付いて聞く。
「俺たちは転移した奴らを探すための捜索団を組織している」
とパウロさん。さっきの諍いは捜索団が奴隷を奪おうとしたときに起きたものらしい。
「ルディ。お前はとっくに事情を察して、すでに動いてくれてると思ってたよ。それがのんきに冒険とはな…」
パウロさんは失望したように言う。ルディの表情は見えない。いや、正直見たくない。
「パウロさん、俺が言うのはアレですけど、ルディだって動けなかった事情があったのでは?」
「な訳ねぇだろ。そんなに言うならあとであいつから話を聞いてみろ。あいつは家族のことなんて放っておいて、転移に乗じて遊び歩いてたんだ。ボレアスの令嬢となぁ!」
その怒りが再び溢れたかのような声に俺は言葉に詰まる。確かにそれはパウロさんが怒るのも分かる。俺ですらそれが事実なら怒りを感じるだろう。
「…ルディ、その話は本当か?」
彼は俯いたまま答えない。この状況では答えたくないに違いない。しかし、パウロさんの言ったことが事実だとしても、ここで俺が感情的になってはいけない。こんな親子喧嘩で数少ない友人を失うわけにはいかないからだ。
「あとでまた細かい話は聞くけどさ…」
そう言ったところでルディは外に逃げ出してしまった。
それから数分後。治療を終えたパウロさんが立ち上がって俺に聞く。
「…レード。お前、やけにルディの肩をもつな」
「そのつもりはありませんよ。ただ、俺は詳しい事情を知らないので本人の口から聞きたかったというだけです。それより大丈夫ですか?」
「あいつ強くなりやがって。ノルンが飛び込んで来なかったらヤバかったな」
そのノルンちゃんはパウロさんにしがみついている。たった一人の父親を殴られていたところを見たのだ。トラウマにならないか心配だ。
ルディの乱入という予想外のことはあったものの、結果的には奴隷の救出には成功した。俺たちはそのまま事務所に戻った。しかし、戻った先には先客がいた。
「よう、探したぜ?」
「お久しぶりです。ギースさん。お元気そうでなによりです」
俺は頭を下げる。しかし、パウロさんは舌打ちしながら答える。
「今さら何しにきやがった、ギース」
猿顔の彼はヘラヘラ笑って答える。
「その様子じゃまだ会えてないのか?」
「会いましたよ。ルディでしたら」
俺が答えると、ギースさんは頭を掻いた。
「その割にはあんまり嬉しそうじゃねぇな。せっかく会いたかった家族に会えたっていうのによ。喧嘩でもしたのか?」
そうしてパウロさんは先ほどの出来事を話し始めた。すべて聞き終えるとギースさんはため息をついた。
「なぁ、パウロ。ちょっと付き合え」
そう言って彼を連れてどこかへ行ってしまった。
一方、俺もノルンちゃんをヴェラさんに預けて外に出る。向かう先はルディのいるところだ。幸いにもここから遠くもないところにいた彼を発見した。彼は一人ではなかったが。
(もしかして、さっき言ってたボレアスの令嬢って人かな…)
赤髪の少女がルディを抱きしめているのだ。めちゃくちゃ声をかけにくい。
(どうしたもんかな。この慰めタイムに割って入るほど空気読めない人にはなりたくはないぞ)
俺が悩んでいるとルディの方から声がかけられる。
「…レード。いるだろ?」
「気づいてたか」
俺は傍から出る。赤髪の少女は警戒心を露わにしてこちらを見る。
「そんな、警戒しなくても俺は何もしないよ」
そう言うとルディは弱々しく笑う。
「よく言うよ。さっき俺の背後を取ったくせに」
「ねぇ、ルーデウス。こいつって…」
「俺の幼馴染のレーディス。通称レードだよ」
「はじめまして。君がパウロさんの言ってたボレアスの令嬢か」
「エリス・ボレアス・グレイラットよ」
気が強そうな彼女は殺気を隠すことなく言う。あまり信頼されてないようだ。
「エリスさん、ね。もしかして、会ったことある?」
数年前、どこかで彼女と話したことがある気がする。
「かもしれないわね。でも、覚えてないわ!」
失礼ながらあんまり記憶力は良くなさそうだ。とはいえ俺も覚えていないわけだし、気にしなくていいだろう。
「で、レード。慰めに来たのか?」
ルディが海を眺めながら言う。
「それはルディの説明次第かな。俺はさっき何があったか何も知らないわけだし」
「さっきって、父様と喧嘩してただけだよ」
「いや、さっきだけじゃない。転移事件の前から、つまりあのとき別れてからルディが何をしてたのか、俺は知らないんだ。だからさ、教えてくれよ、ルディの口から」
そうして彼は重い口を開き始めた。
どのくらい時間が経っただろうか。いつのまにかエリスさんはいなくなっており、俺とルディは2人で海を眺めていた。
「…なるほどな。波瀾万丈だな」
スペルド族を助けたり、大森林で全裸で牢獄に放り込まれるなど、経験したくてもできるものではないだろう。
「レードはどうなの? 俺と別れてから」
ルディの問いに俺も話す。彼と別れたあと魔術と剣術がかなり飛躍したこと。難民の救助に明け暮れたこと。その難民に教育を施した上、仕事を斡旋したこと。そして、新たな剣術と魔法を組み合わせた攻撃方法をトレーニングしていること。それらをかいつまんでルディに説明した。
「…凄いな、レードは。そんなの見てたら父様だって、俺が何もしなかったって思うのは当然かな」
「俺だってお前と同じ場所にいたらおそらく生きてここまで来れてないさ。たとえルイジェルドさんのような強い味方がいたとしてもな」
「そう、かな」
「ああ。ルディだからここまで来れたんだよ。俺はそんなルディを尊敬してるし、友として誇りに思うよ」
ちょっとギザなセリフだったかもしれない。ただ、これは俺の本心だ。腹を割って話すつもりで来たのだから、正直に話すべきだろう。
そう言うと、ルディは顔を涙でぐちゃぐちゃにしながら抱きついてきた。
「ありがとう、レード。俺は…」
彼の背中を撫でて答える。この小さな身体でエリスさんを守りながら魔大陸を生き延びたのだ。家族を助けられなかったからなんだというのだ。生きてるだけで十分だ。それに俺だって両親を助けられなかった。責める資格はどこにもない。
「…俺もルディが生きててよかったよ」
俺も泣いていたかもしれない。彼を抱き止めていると、寒いはずの海風がどこか暖かく感じられた。
やっとルディ出せたから嬉しい