ひとしきり抱き合ったのち、ルディは涙で濡れた笑顔で答えた。
「情けないところを見せちゃったな」
「今更だよ。姉の裸ガン見してた時点で十分恥ずかしいしさ」
「それもそうか」
「で、パウロさんのところには行くのか?」
彼だってルディと和解したいという気持ちはあるはずだ。聞いた限りだと説明の仕方が良くなかったり、お互いの考えがすれ違っていただけのはずだ。
「ああ。次は、失敗しないさ。レードも行くのか?」
「いや、親子水入らずに割って入るのはどうかと思うし、行かないよ。それに俺は俺でやることがあるしな」
パウロさんがギースさんとどこに行ったかは知らないが、ルディの語るギースさんはパウロさんにマイナスなことを吹き込むような人ではないはずだ。互いに向き合えるように上手く説得してくれたと信じたい。
「とりあえず、今日は戻るよ。父様によろしく伝えといてくれると助かる」
そう言ってルディは宿へ戻って行った。その足取りはどこか軽いように見えた。俺も事務所に戻りながら考える。
(あの2人は放っておいても仲直りできるはずだ。だとすれば、俺に求められてるのは周りのフォローだよな。ルイジェルドさんはともかくとして、ノルンちゃんとエリスさんはお怒りだろうし)
パウロさんはまだ戻ってきてないようだ。まあ、そのうち戻ってくるだろうが。
「ただいま、ノルンちゃん」
「おかえり。遅かったけど、どこに行ってたの?」
「ルディ、ノルンちゃんのお兄ちゃんのところさ」
俺がそう言うと彼女は顔を顰めた。
「なんで、あんな人のところに…」
「いろいろと確認したいことがあったからだよ。やっぱり許せない?」
まあ、俺もノルンちゃんの立場ならブチ切れてたかもしれないが。いや、ルディじゃなかったら殺してたまであるな。
「お父さん、殴ってたもん…」
「まあ、そりゃそうか。確かにすぐには納得できないよな」
というかルディからすれば仲直りできないのは織り込み済みなのかもしれない。俺からしてみれば仲良し兄妹とまでは行かなくても、ノルンちゃんが睨むようなことは避けたいところだが。
「俺の顔に免じて、でも無理?」
ダメ元で聞いてみた。
「それでも、無理だよ…」
ノルンちゃんは俯いて答える。パウロさんはずっと守ってくれた家族だし、それを殴られた恨みは俺が思った以上に大きいようだ。
「分かった。許さなくていいよ。というかルディも俺が言ったところでダメだって分かってるだろうし。でもね、あいつは悪いやつじゃないよ。ずっと幼馴染をやってきた俺が保証する」
俺が言うと、ノルンちゃんは黙って抱きついてきた。おそらく俺は信用してるからとりあえず頷くけど、ルディは許せないっていうことだろう。
俺は頭を撫でる。こうすると普段は頬が緩むのだが、今日ばかりは難しいようだ。
「甘えん坊だね、ウチのお嬢様は」
そうからかうと抵抗とばかりにギュッとしがみついてきた。うーん、それをやっても可愛いだけなのだが。
(ルディ…。悪いけど、しばらく許してはもらえなそうだな)
そんなことを俺が思っていると、パウロさんが戻ってきた。
「おかえりなさい。いつもノルンちゃんが甘えてるときに戻ってきますね、パウロさん」
「ただいま、2人とも。レードがウチの娘にちょっかい出さないか監視しなくちゃならないしな」
「そんなことするように見えます?」
俺が聞くと、パウロさんは笑う。
「見えるね。さっきルディに会いに行ったんだろ? あいつに何か吹き込まれたんじゃないかってな」
「そんな余裕はありませんでしたよ。で、覚悟は決まりました?」
パウロさんがルディと会う覚悟が決まってるかどうかは分からない。が、まだ決まっていないようだったら俺からも一声かけておくか。
「ああ。明日、ルディにはちゃんと謝る。で、ちゃんと仲直りするさ」
「それはなによりです。ギースさんに何か言われたんですか?」
「ああ。親なら気づいて当たり前のようなことを今更知るのは情けない話だけどな」
何を言われたのかはあえて聞かないが、それで前向きになれるのなら文句なしだ。
やっぱりこの2人は大丈夫だ。前世も現世も同郷の幼馴染と、7年近い付き合いの自慢の師匠なのだから。
そして翌日。パウロさんはルディに会いに行くと言って、酒場に向かって行った。一方、俺はもう片方の説得だ。どこにいるかは分からないが、ルディから聞いた宿屋にいる可能性は高いだろう。
俺はドアをノックした。が、返答がない。
(こういうときはどうしたもんかな…)
埒があかないので俺は鍵がかかっていないドアを思い切って開いた。
中にいたのは暴れる赤髪と禿げた大男であった。エリスさんとルイジェルドさんだ。
「離しなさい、ルイジェルド! 私があいつにガツンと言ってやるわ!」
「ダメだ。今は2人で話をさせてやれ」
2人は俺が入ってきていることにも気づいていないようだ。
「えっとー、そのことで話があって伺ったのですが…」
俺の声にエリスさんが叫ぶ。
「あんた、昨日の!」
ルイジェルドさんもこちらを見たので、俺は頭を下げる。
「ルイジェルドさんははじめましてですよね。俺はレーディス。通称レードといいます」
「ルーデウスから話は聞いている。幼馴染だそうだな」
「何の用なのよ!」
エリスさんがイライラしたかのように言う。
「先ほどのパウロさんの一件でお話しがありましてね」
「その前にレーディスはルーデウスの父親とどのような関係だ?」
「師匠と弟子であり、上司と部下のような関係ですね」
ルイジェルドさんは怖そうな見た目に反して、優しい性格なのだろう。スペルド族が恐ろしい生き物だと言った連中は彼のことを知らないのだろう。
「で、俺の用件はお2人にパウロさんへのお怒りを鎮めていただけないか、ということです」
もっともルイジェルドさんはあんまり怒ってはいないようだが。
「俺はかまわない。そもそも怒ってるというより心配していたからな。だが、エリスはな…」
と横目でエリスさんを見る。
「無理ね!」
はっきり言い切られてしまった。気の強い彼女の性格上、オブラートに言うみたいな言い方は不得手のようだ。
「そこをなんとかなりませんか?」
なんだか値切り交渉のような言い方になってしまったが、こちらは至って真剣だ。
「だいたいあんたはなんなのよ。突然きて幼馴染って言われても、信用できないわ!」
確かに。ルディから俺がどのように伝わっているのか知らないが、そもそも話していない可能性もある。
「まあ、それはそうですね。ただ、こちらを睨んでこられるっていうのは居心地が悪いんですよね…」
「そもそもなぜエリスを説得しようと思ったのだ?」
ルイジェルドさんが聞く。
「こういう緊急事態です。無駄な軋轢があっても仕方ないので。今は、というか2年前から俺たちは一致団結してこの難局を乗り越えて助け合わなくてはならない。喧嘩をしてる場合ではないんです」
値切り交渉から選挙演説になったような言い方だが、これで通じるだろうか。
「…幼いのにしっかりしているな」
ルイジェルドさんが呟いて頭を撫でてくれた。
「一応11歳ですけどね。エリスさんはどうですか?」
「それでも、仲良くするのとは話は別よ。ルーデウスをあんな風にしたのは許せないもの」
「…ならもし、あの2人がまだ和解できていないようでしたら、俺にその怒りをぶつけてください」
ほぼ間違いなく仲直りはできてるだろうが、エリスさんを納得させるためなら俺自身を使えばいい。
「いや、しかしな…」
ルイジェルドさんが口を挟もうとするのを、俺は手で制した。
「大丈夫です。あの2人が仲直りできてないのであれば、俺の責任でもあります。ですから殴る蹴るなどなんでも受け入れます」
まあいざとなったらルディかルイジェルドさんが止めてくれるだろう。止めてくれるよね…?
「あの2人が仲直りできてたらどうするのよ」
「そのときはパウロさんのことを許してくれれば幸いです。許さないにしても、殴りかかるようなことがなければ十分です」
そう言うと彼女は黙って座り込んだ。俺の啖呵にエリスさんはどうにか矛を納めてくれたようだ。
「すまない。礼を言う」
なぜかルイジェルドさんが頭を下げる。
「どういうことですか?」
「エリスを止めてくれたことへの感謝だ。子どもに暴力など振るいたくはない」
俺はスペルド族への偏見は絶対になくそう。そう強く誓った。
ルイジェルドさん初登場でした