シーローン王国での騒動を解決したのち、赤龍の下顎の一本道を俺たちは進んでいる。ここを抜ければアスラ王国に入る。
そんな中、前から2人の人が歩いてきた。いや、片方は人と言うべきか微妙ではあるかもしれないが。
一人は三白眼でそれも目つきのめちゃくちゃ悪い銀髪の男だ。もし、自分が何十時間も仕事をぶっ続けでして過労死寸前になっていたとしてもここまで目つきは悪くならないだろう。もっともミリスで働いていたときは結構危うかったが。
もう一人は黒髪の女性であった。この世界で黒髪というのは珍しい。年齢に関しては見た目は少女であるが、ルイジェルドさんやロキシーさんのように見た目と年齢が一致しないなどということはよくあるし、案外それ相応の年齢ではないのかもしれない。
それを判断できなかったのは彼女の仮面で素顔が見れなかったからだ。俺がどうしたものかと思っていると、三白眼の銀髪の男がルイジェルドさんに近づいてきた。
「うん…? お前、スペルド族か?」
彼は長寿だ。俺たちも知らない知り合いがいるのかもしれない。どうやってスペルド族かどうか気づいたのかは分からないが、顔見知りの可能性はある。
「ルーデウス、レード、エリス。絶対に動くな」
ルイジェルドさんの声は震えていた。彼の方をチラリと見たが、怯えているのだ。目の前の男による恐怖に。しかし、それはエリスさんもだった。
「ん? その声、ルイジェルド・スペルディアか。髪が無いから一瞬わからなかったぞ。なぜこんな所にいる?」
ルイジェルドさんは槍を構えるが、男は気にする様子もなく近づいてくる。ルイジェルドさんは黙っているが、とても警戒しているようだ。
「そっちの赤毛はエリス・ボレアス・グレイラットで、もう片方はルーデウス・グレイラットか。あと一人は…知らないが、まあいいか。ルイジェルド・スペルディア、子供好きの貴様は、例の転移によって魔大陸に飛ばされたこの3人を、ここまで送り届けたということだな」
正確には俺は魔大陸に飛ばされたというわけではないので、語弊がある。が、それよりもどうして俺のことを知らなかったのか。それに、男と2人の様子が全然違う。ルディは平気なようだが、ルイジェルドさんとエリスさんは明らかに警戒しているのだ。
「このパターンは想定してないが、元気ならいい。俺のことはそのうち分かる」
彼はそう言って、立ち去ろうとする。
「いいの?」
「ああ。今の段階では仕方ない」
男のことは知らないが、少女の声はどこかで聞いたことのあるものだった。
(そうか、静香姉に似てるな…)
俺が前世の姉を思い浮かべていると、ルディが不意に叫んだ。
「待ってください!」
男を呼び止めたのだ。ルイジェルドさんもエリスさんも驚いたような表情をしている。
「ルーデウス・グレイラット、か」
「あの、あなたはなんというんですか?」
「俺はオルステッドだ。そういえばそこにいるやつは何者だ」
オルステッドは俺を見て言う。もうちょっと眼力を抑えてほしいものだ。
「レーディスです。エリスやルイジェルドとは知り合いなんですか?」
「いや、まだ知り合いではないが…。レーディスといったか。親は誰だ?」
俺の方を見たまま言うので、答える。
「ロールズです」
「ロールズ、か。彼には娘が1人のみだったはず」
父さんの知り合いか。もしかしたら昔馴染みかもしれない。長耳族も結構長生きだし。
「父さんの知り合いですか?」
「いや、そういうわけでは…。しかし、お前は目を逸らさないな。恐怖は覚えていないのか?」
正直、睨まれたら怖いのが本音だが。ルイジェルドさんやエリスさんのように、声が震えて恐怖に耐えられないというところまではない。
「しかし、おかしいな。会った記憶がない。これは予想外だな…」
オルステッドは眉を顰める。というか、シルフィ姉のことは知ってて、俺は知られていないのか。フィットア領捜索団として働きながら結構名前は広がったつもりではあったが。
「お前、もしやヒトガミという名前に聞き覚えはあるか」
会ったこともないので知らない、と言いたいところだがあいにくそうではない。少し前にルディから教えてもらったばかりだ。
「ルディから教えてもらいました。名前くらいは聞いたことがある程度ですが」
俺の声にルディも頷く。オルステッドは虚空を睨んだまま呟く。
「…なるほど、ルーデウスを利用したか。さては、貴様らヒトガミの手先だな」
俺がヤバいと思ったのと、ルイジェルドさんとルディ、オルステッドの3人が動いたのはほぼ同時だった。
(…コイツは、ヤバい!)
オルステッドの恐ろしいほど早い貫手が俺に当たることはなかった。ルディがタックルを俺にかまして押し倒し、ルイジェルドさんが割り込んできたのだ。
「邪魔だ、ルイジェルド」
「逃げろ!」
ルイジェルドさんは間違いなく強いはずだ。エリスさんは一本も取ることはできなかったし、俺の魔剣流だって初見なのに完璧に対応してみせた。しかし、そのルイジェルドさんが、オルステッドに圧倒されているのだ。
ルイジェルドさんが倒されるのには十秒ほどしかかからなかった。そんなときに切りかかっていったのはエリスさんだ。
「う、うあぁぁぁ!」
「…奥義『流』」
エリスさんが放った死角からの一撃を、オルステッドは水神流の技で受け流した。彼女は吹き飛ばされる。
(…あそこまで強くなるものなのか。俺が使ったところで受け流すのが精一杯のはずなのに)
壁にもの凄い勢いでぶつかって動かなくなったエリスさんを横目でオルステッドは言う。
「やはり、素質は確かだな。まだ、荒いが…」
そして俺たちの方を向く。2人がやられたなら次は俺たちだ。彼が動き出す前に仕掛けねば。
(魔剣流、土煙幻惑)
俺はオルステッドの視界から姿を消す。貫手の攻撃で砂煙は簡単に消されるが一撃使ったあとでは手遅れだ。すでに俺は背後に立っていた。
(魔剣流、終炎)
終炎は火魔法と剣神流を混ぜた技だ。渾身の一撃を火炎とともにリーチを伸ばしてぶつける。居合に魔法を混ぜるのだ。ルイジェルドさん相手にも使ったことのない、完全に初見の技だ。しかし、なんと彼は貫手をしてない手でそれを受け止めたのだ。
「…それもヒトガミから聞いたのか」
オルステッドは刃を掴んだまま言う。
(クソが…。魔剣流、風斬剣!)
あらかじめ用意しておいた斬撃をオルステッドにぶつけるべくコントロールしようとするが、できなかった。
「乱魔」
彼の一言で俺の手から魔力が消え失せたのだ。しかし、まだ手は残っている。
「ルディ!」
「岩砲弾!」
彼は渾身の岩砲弾をぶつける。剣を掴まれている俺も巻き添えになるかもしれないが、この際どうでもいい。オルステッドに殺されるよりはマシだ。
しかし、それも叶わなかった。彼の手の皮が剥けただけ。オルステッドは意に介すこともなくルディに近づいて俺ごと彼の腹をぶち抜いた。
「岩砲弾であれほどの威力か…」
ルディの吐いた血が俺の額にかかる。2人揃って肺を潰されたらしい。俺も肋骨も何本かやられているし、そもそも血が止まらない。
それでもルディは無詠唱で火魔法をぶつけるがそれも
「乱魔」
の一言で魔力を消される。そして俺を見て言う。
「死んでヒトガミに伝えるがいい。龍神オルステッドは決してお前を生かしてはおかんとな」
会ったこともないのに、どうやって言うのか。そう心の中で呟く俺を他所にルディは魔術で衝撃波をぶつける。彼はまだ戦えるのだ。
「…やはり、厄介だな。ルーデウス・グレイラット。開け、前龍門」
オルステッドは窓のようなものを出した。それはルディの左手の魔力を吸い取っていく。そして、小さな爆発を起こして割れたのだ。ルディの顔が絶望に染まる。たった1人の、唯一無二の幼馴染の命がここで散ろうとしてるのだ。
(…どうせ、死ぬならルディを守って…)
フラフラの足でどうにか立ち上がる。治癒魔法が使えないためズタボロのままだが、治してる時間も魔力ももったいない。
「…待てゴラ」
焦点は合わないし、この状況で剣を振ったところで勝てないのも分かっている。だが、ここは絶対に引けないのだ。
「その傷でまだ動くか。だが、もう無駄だ」
気がつくと俺は胸に大きな穴を開けられていた。オルステッドが早く動いたというより、俺が躱せなかっただけだろう。足ももう動かなくなっていたのだ。
オルステッドは肺の潰されたルディにも貫手をぶつける。今度こそ命を刈り取ろうとする一撃だ。俺とお揃いの穴を開けたルディはそのまま倒れて動かなくなった。
「…会いたいよ、シルフィ姉、静香姉…」
いつのまにか口から溢れていた。意識が遠のいていく。いつか感じたことのある感覚だ。俺の小さな叫びは届くこともなく男が歩いていく足音だけが響いていた。
ここから物語が大きく動いていきます