難民キャンプの状態は数年前とほぼ変わっていなかった。しかし、前ほどは人がいないようだ。俺が仕事を斡旋した影響も少なからずあるだろう。
俺たち3人が受け付けで声をかけるとアルフォンスさんと剣士風の獣族の女性が出てきた。以前パウロさんやギースさんが言っていたギレーヌという人物だろう。
エリスさんはギレーヌさんを見つけた瞬間彼女に駆け寄った。ルディも嬉しそうな顔をしている辺り、この3人はルディが家庭教師をしているときに仲良くなったのかもしれない。
「お久しぶりです。お元気そうで何よりです。状況は…あんまり変わってませんね」
俺はアルフォンスさんに頭を下げる。彼にはパウロさん共々世話になった。
「こちらこそお久しぶりです。パウロ様はお元気ですか?」
「まあ、いろいろありましたがなんとか上手くやってますよ」
これでリーリャさん以外の女性に色目使ってるようなことがあったらガッカリだが、まあ大丈夫だと信じたい。
「積もる話はあちらで…」
案内しようとする彼を遮るように俺は答える。
「俺はいいです。どうせ知ってることでしょう?」
俺たちの元に送られてきた手紙とかにもエリスさんの実家の話とかは書いてあったからすでに把握している。それに…
(正直、もう2度と聞きたくないような話だしな。エリスさんと実際に会った今ならなおさらだ)
「分かりました。それではエリス様、お入りください。ルーデウス様はそちらでお待ち下さい」
「だめよ、ルーデウスも一緒」
彼も少なからず関係者だし、知る権利がある。そのルディの手を握るエリスさんの手は遠目から見ても強そうに見えた。
こうして手持ち無沙汰になった俺は辺りをぶらつく。さまざまな人が街の再生に励んでいるが、だいたいが俺の知り合いだ。というか、何人かは生徒だった人もいる。
(今後のプランを考えるか)
ラノアに行って姉を探すことは言うまでもないが、問題はその手段だ。フィットア領捜索隊のおかげで俺も名前は少しは有名になった。しかし、ミリスの外に出たときの知名度はたかが知れている。あのオルステッドという男も、ルディやエリスさん、ルイジェルドさんの名前は知ってても俺は知らなかったくらいだ。まあ、ほぼミリスにしかいなかった自分と魔大陸を踏破した彼らなら知り合いが違っても致し方ないが。
(ラノアに学校でも作るかな…)
魔法大学から営業妨害と言われてしまうかもしれないが、やるのも手だろう。この世界の教育というのは必ずしも十分ではない。お金がある人たちはまだいい。エリスさんのように家庭教師を雇う余裕もあるだろうし。だが、普通の家庭はそうはいかない。せめて文字や算術くらいは覚えないとこの世界では生きていけない。もっともギレーヌさんのように桁違いの才能があるというなら話は別だが。
「…あの、レードさん、ですよね?」
「あ、はい。レードです」
声をかけてきたのはパウロさんくらいの年齢の男性だった。
「どうかしましたか?」
「いえ、子どもがレードさんに会いたい、と…」
以前教えてた子だろうか。候補が結構いるので誰とすぐ出てこないが…。
「分かりました。案内よろしくお願いします。その前にお名前をお聞きしても?」
「あ、そういえばまだでしたね。ファリス・リヴィンと申します」
リヴィン…。その名前には聞き覚えがある。俺が教えた中でもかなり優秀な子だった気がするが。
しばらく歩いたところで俺たちは小さな小屋に着いた。どうやらここで生活しているようだ。
「ただいま。今日はお前たちが会いたがってる人を連れてきたぞ」
「おかえりなさい、父さん…。って、レード先生!?」
先生という呼ばれ方はどこかむず痒いが、その声と呼ばれ方には聞き覚えがある。出てきたのは10歳くらいの少年と少女だ。思い出した、ミリスで途中から俺の手伝いをしてくれていたアーノスとレフィアだ。
「こちらもお久しぶりだね。2人とも」
2人はタックルかという勢いで俺に突っ込んでくる。剣術とかで足腰鍛えてない人間だったら吹っ飛ばされて大怪我するところだ。まあ、それくらい好かれてるのならありがたいし、受け止めてやるとするか。
「レフィアです! 覚えてますか?」
「もちろん。ミリスではお世話になったよ。元気そうでよかった」
俺が言うと満面の笑顔になる。彼女は獣族ではないが、尻尾があるならそれはもう元気に揺れているに違いない。
「先生! ボクは!」
「もちろん覚えてるさ」
そう言って頭を撫でるとこちらもまた嬉しそうな顔になる。兄妹揃って似てるものだ。
「リヴィンさん、いや、ファリスさん。わざわざ呼んでいただきありがとうございます。そういえば、どのご用件で? 顔合わせだけではないでしょう?」
俺は2人を下ろして聞く。
「はい。今後どうすればいいか相談しようかと思いまして。子どもたちを助けてくれた恩人ですから」
俺すら今後どうすればいいか定まってないのにアドバイスができるだろうか。
「実はここを発ってすぐラノアに向かおうと考えています。ですが、ラノアで何するかとかはまだ…」
あくまで目標はシルフィ姉の無事の確認と確保だ。とはいえそれは一人でできるわけではない。まあ、そもそもラノアで情報を得れるとも限らないが。
「父さん! ボクたちもラノア行きたい!」
アーノスくんが言う。いや、俺の方も全然決まってないのだが…。
「子どもたちもこう言ってますし、自分たちも同行していいかなと」
「いいですけど、ここはどうするのですか?」
ファリスさんは軽く笑う。
「俺たちがいなくなっても誰もそこまで気にしないですよ。なんなら旅路でアイデアとかが出てくるかもでしょう?」
「確かに。1人での旅というのも寂しいですからね。レフィアちゃんは、いいの?」
「うん! レード先生と旅したかったし!」
そう言われると断りにくい。
「何日に出るつもりですか?」
「早ければ明日。遅くても1週間後までに。また決まったら伝えに行きます」
ルディやエリスさんとの話し合いとかもあるだろうし。
「レード先生! 今日、泊まらない?」
アーノスくんが言う。まあ、泊まるあてもないから可能ならそうしたい。俺はファリスさんに聞く。
「いいんですか?」
「子どもたちも喜ぶからね。大事な用とかがないならぜひ」
お言葉に甘えさせてもらうことにしよう。どのみちルディやエリスさんの部屋に泊まるというのは双方が羨ましくなってしまうため俺的には良くない。
「分かりました。ちょっと荷物を取ってきますね」
こうして俺は小屋を出た。やっぱり子どもたちの笑顔があるというのは癒されるものだ。まあ、自分も子どもではあるけど。
荷物を置いた難民キャンプの受け付けのところではエリスさんが座っていた。その表情は明らかに暗い。
「…エリスさん」
「ねぇ、レード。あんたは知ってたの?」
「ええ。全部。ボレアス家がどうなったかとエリスさんが今後どうなるかも」
「あんたは捜索隊のメンバーだったものね…。知っていて当然よね」
なんで話さなかったのかと聞かれると思ったが、意外と聞かれなかった。まあ、俺の口から言えるような内容ではないしな。
「ねぇ、レード」
「はい?」
「敬語はやめて」
「どうしてです? エリスさんは貴族ですし、そうじゃなくても歳上でしょう?」
「エリス、でいいわ。それにボレアス家がなくなった今貴族ですらないし」
「分かりました、いや、分かった…」
そうしてしばらく沈黙が続く。
(ルディが来てくれないと会話続かないんだが…)
彼はおそらくアルフォンスさんやギレーヌさんとの会議の最中だ。難民のことはともかく、ボレアス家のことまで俺が口を突っ込むわけにはいかないので、割って入るのは不粋だろう。
「…私は弱いわね」
エリスが蚊の羽音のような小さな声で呟いた。
「全然弱くはないと思うけど」
「弱いわよ。あのときだって何もできなかったし、いっつもルーデウスに頼ってた」
オルステッドのことは俺も何もできなかったからお互い様なのだが。
「ルーデウスはね、まだ13歳なのよ? 私は歳上なのに頼ってばっかりだった…」
「エリス。ご家族のことで神経質になってるのは分かるけどさ…」
「何があんたに分かるのよ」
彼女は顔を顰めて答える。
「分かるさ。俺だってシルフィ姉しかもういないからさ」
前世でもこの世界でも俺の家族はシルフィ姉だけだ。家族がいなくなる気持ちは痛いほど分かる。とはいえ、この先どうするかは俺が決めることじゃない。
「今夜、ルディと話し合え」
「…言われなくてもそのつもりよ」
彼女は俯いたまま呟く。しかし、その何気ない一言がエリスとルディ、そして俺自身の運命を大きく変えていくのだ。
ドンマイ、ルディ