「…フィッツ先輩」
こうやって見ると明らかに美少年だな。かつてルディは男の子と間違えていたが、弟じゃなきゃ姉ではなく兄と勘違いしてもおかしくないくらいだ。
呆然と眺める俺にフィッツ先輩が言う。
「とりあえず、場所を変えようか。ちょっと話したいこともあるし」
フィッツ先輩の異名は「無言のフィッツ」だ。迂闊にここで話すわけにもいかないらしい。とはいえ昼食を食べ終えた人は多く、残っている人は少ないが。
「分かりました。どこへ?」
「ついてきて」
俺は彼女の後ろに従う。こういうとき漫画やアニメなら空き教室で甘酸っぱい雰囲気になるパターンが多いが、目の前にいるのは姉と思しき先輩だ。
「って、ここ…」
「うん。生徒会室だよ。アリエル様とルークは今授業中だし、誰もいないよ」
俺が招かれたのは数時間前にいた生徒会室だ。フィッツ先輩はドアを閉める。
(密室で男女が2人きり。そういう雰囲気にならないはずがなく…)
ラノベの導入のようなことを脳内で呟いていると、フィッツ先輩が抱きついてきた。マジか、本当にこういう展開になるのか。
「よかった。レード…」
いや、これは俺の妄想のような展開ではなく、俺に再び会えたことの嬉しさだろう。
「フィッツ先輩。少し確認したいことがあるんですが、いいですか?」
「…うん」
彼女は俺の胸の中で頷く。その表情は見えないが、泣いているのだと分かる。
「フィッツ先輩は、シルフィエットが本名ですか?」
「うん。久しぶり、レード。お姉ちゃんだよ」
彼女はサングラスを外す。その涙混じりの優しそうな声に決壊するのは俺の方だった。俺の目から涙が溢れ出す。
「シルフィ姉…。やっと、やっと会えた…」
「すっかり大きくなったね、レード。もう抱っこもできないか」
転移事件の前はほぼ同じだった俺の背はシルフィ姉よりだいぶ高くなっていた。
「生きててくれて、よかった…」
「頑張ったね、レード」
シルフィ姉は俺の頭を撫でてくれる。その暖かさは10年前と変わらない。そうか、これをずっと求めていたのか。グレイラット家やリヴィン家はみんな俺にはもったいないくらい良い人たちだ。でも、俺の家族はもうシルフィ姉しかいない。
「シルフィ姉、俺、何度もダメかと思って…」
「ごめんね、心配かけて」
「探せど探せど見つからなくて、もう会えないんじゃないかって…」
「うん、そうだね」
捜索隊にいたときも、デッドエンド一行と旅をしているときも、ラノアにいたときも、一瞬たりともシルフィ姉のことを忘れたことはなかった。
「無事で、本当によかった…」
俺は5年分の涙を流し続ける。このときばかりは先生でもなんでもなく、シルフィ姉の弟なのだ。彼女はそんな俺を優しく抱きしめてくれていた。
「…泣きすぎちゃったかな」
数分経って俺は呟いた。俺たちは長椅子に腰掛けている。
「可愛かったよ、レード。普段、あんまり甘えたりはしないから」
「よし、なら今度からは存分に甘えさせてもらうとしようかな。会えなかった分を埋めるくらいには」
俺が言うと、シルフィ姉は恥ずかしそうに俯く。
「そういうの、ボク以外には言っちゃダメだよ? 女の子は勘違いしちゃうんだから」
「あいにく言う相手もいないもので。未だに運命の相手には出会えてないね」
「そうなんだ。レードのことだから、女の子の1人や2人、連れ込んでるものかと思ってたよ。慕ってくれる女の子もたくさんいるんでしょ?」
「俺をなんだと思ってるんだ。そんな不純なやつじゃない。それに俺は教え子に手を出したりはしないよ」
俺を揶揄うシルフィ姉。前世での経験で考えてもこの姉と弟の距離は近いかもしれないが、これで問題ないはずだ。
「それにしても、シルフィ姉も大きくなったね。女性的には…女性的にはちょっと微妙だけど」
「どこ見てそれ言ったのかな、レード」
これは久しぶりのお説教喰らうパターンか。シルフィ姉はそんな声音だ。でも、喰らってみるのもいいかもしれないかもな。
「いや、ごめん。ちょっとさっき揶揄われた仕返ししたくて」
「もう。ボクだってそういうの結構気にしてるんだからね」
普段隣にアリエル王女のような人がいるとそう思うのかもしれない。
「初めて会った時から思ってたんだけど、髪、染めたの?」
「魔力枯渇とストレスで変わっちゃったらしいよ。まあ、この髪の方が生活はしやすいけどね」
「緑色もシルフィ姉らしくて好きだけどね。でも、この髪なら正真正銘の姉と弟だな」
スペルド族への偏見はまだ根強いものがある。ルディ曰くだいぶマシになりつつあるらしいが、完全に名誉が回復して、緑髪でも嫌われたりしないようになるには時間がかかるだろう。
「でも、ボクはレードの髪、羨ましかったから、似た色になって嬉しいな」
今考えても、俺は両親と髪色が違った。ルディたちは親子ではっきり血が繋がってるのが分かるくらい、髪色も同じなのに。
「シルフィ姉も俺のこと探しててくれてたの?」
「うん。けど、アスラ王国内じゃあんまり手がかりもなかったし、そもそもそんな余裕もなくて…。ごめんね」
「気にしないで。俺に気づいたのはラノアに来たとき?」
「レードが来てくれて本当に嬉しかったな」
「すぐ声かけてくれればよかったのに。情報次第では魔大陸とかにも向かいかねなかったよ」
「レードの名前が大きすぎて、信じられなかったんだよ。街で知らない人はいないくらいだし」
まさか目立たせるのが逆効果になるとは。
「父さんと母さんは?」
再会の喜びに浸っていたかった俺に、ついにその言葉が向けられた。分かってはいたのだ。シルフィ姉と再会したならいずれは話さなくてはならないと。目を背けてはいけないと。
「…死んだよ」
俺はそれを聞いたとき泣き喚いて、寝込んでしまった。せっかく再会できたのにそんな姿になるシルフィ姉は見たくない。
「それは、本当?」
「ああ。捜索隊にいたとき確認した。…ごめん」
「なんで、レードが謝るの?」
「俺には助けられる力もあったのに、そういう人たちがいるって分かってたのに助けられなかったから…」
俯く俺の頭を撫でるのはシルフィ姉。その目から涙が溢れている。
「それは、お互い様だよ。ボクだって何もできなかったわけだし。レードだけでも無事でよかったよ」
「本当に、それだけが救いだな」
シルフィ姉は本当に強い。薄々覚悟してたのかもしれないが、それでも俺は耐えられなかった。彼女は涙を拭って続ける。
「パウロさんたちは?」
「パウロさんとノルンちゃん、アイシャちゃん、リーリャさんはおそらくミリスの捜索隊にいると思う。ゼニスさんは居場所がまだ分からない」
「…ルディは?」
ルディのことを言おうとして俺は考え直す。エリスに捨てられたことを話すべきではないだろう。なら、フィットア領について以降のことは分からないとしておくべきだ。実際、そのあとどこにいるのかは分からないので、嘘は言っていない。
「1年前にフィットア領で別れてからそれきりだ。ラノアにはいないだろうし、どこにいるのか見当もつかない」
「…早く、会いたいね」
「ああ。幼馴染をこんなに待たせるなんて、罪なやつだな。あいつも」
ルディの最後に会ったときの顔は絶望そのものだった。それでも、シルフィ姉に会えればそれも晴れるのではないか。
「そんなこと言ってるけど、レードの方が会いたいんじゃない?」
「それはそうかもな。俺にとっても唯一無二の幼馴染だし」
こうして俺とシルフィ姉は日が暮れるまで今までのことを話し合った。もっとも一日で語れるようなボリュームじゃないが。それでも、姉の一緒にいれる時間が心から幸せだった。
さて、この先どうするか