ザノバ王子曰く、ロキシーさんの人形が惨殺されたのはリニア先輩とプルセナ先輩と戦ったからだという。
「でも、ザノバ王子は神子ですよね? 普通にやって負けるとは思えないんですが…」
「よく分からない魔術を使われました。殴り合いならともかく魔術だと分が悪い」
なるほど、魔術か。2人は獣族だし、ザノバ王子が知らない術を使えるのかもしれない。
「しかし、なぜ喧嘩を?」
「決闘を挑まれまして。大事なものを賭けることになったのです」
それで敗れてこうなったというわけか。
「しかし、困ったことになりましたね」
俺の呟きにシルフィ姉が聞き返す。
「どうして? 2人がまたなんかやったら、しっかり片付けておくのに」
「そうしてもいいけど、問題はこの人形だ。これを見たらルディが大変なことになる」
決闘を止めなかった俺まで睨まれる危険性すらある。まあ、さすがにそれはないと信じたいが。
「そういえば、前から気になっていたのですが、2人はどのような関係で…?」
「俺とフィッツ先輩は昔からの知り合いです。しかし、ザノバ王子はどうして俺に優しく接してくれるのですか」
シルフィ姉は生徒会室以外ではフィッツ先輩ということになっている。俺としては別にシルフィ姉のままでも問題ないと思うが、そういうわけにもいかないらしい。実際には15年の付き合いがあるのだから嘘は言ってない。
それより気になるのはザノバ王子の方だ。相手は王族だ。立場的に多少扱いが雑になるようなことも考えていたが。
「師匠からレード殿に無礼な態度は取るな、と言われておりますので。師匠の顔に泥を塗るわけにはいきませぬ」
「なるほど。とりあえず、目の前の問題をなんとかしますか…」
話が多少ズレたが、今の問題は粉々にされたロキシーさんの人形だ。
「治すことはできないの?」
「ここまで粉々だとな…。新しく作り直すくらいしか手がない。誰か作れる人に心当たりは?」
「それはないですな…」
そもそもロキシー人形などルディくらいしか作らないだろう。俺だってこの人形は数回しか見たことがないし、ロキシーさんにだって最後に会ったのは10年近く前だ。
「レードなら作れたりはしない?」
「さすがにバレるかと」
3人寄れば文殊の知恵とは言うが、解決の気配がない。俺が作ったところで、ルディから見れば素人の物でしかないだろう。
「…こうなったら潔く謝って許してもらうしかないかなと」
「許してもらえればよいのですが…」
ザノバ王子は肩を落とすが、こればっかりはどうしようもない。ためしに俺が土人形を作ってみようとしたが、そちらは長らく作ってなかったのもあり、人型にするのがやっとだ。というか、あんな精巧に作れるルディが器用すぎるのだ。
こうして、俺たちはザノバ王子の部屋を後にした。すっかり日は暮れており、寮に戻る学生もほぼいない。
「…ルディ、早く会いたいな」
「俺の方から手紙でも出せば、ルディは飛んでくると思うけどな」
「ルディには自分で伝えたいから」
「そう言われても、3人でいたら俺がいつかボロを出すと思うが」
シルフィ姉が女の子というのがバレたのも、俺のヘマだ。もっともそのときは悪ふざけだったが。
「1年間隠せたんなら、大丈夫だよ」
「そんな簡単にいくかなぁ…。万が一、シルフィ姉が臆病で自分で何も言えないようなら、俺がたぶんバラしちゃうよ。少なくともルディに詰められたら、隠せない」
「それでも、大丈夫」
「そっか。ルディに会えたらしてほしいこととかある?」
「何、急に」
目標を決めておけば、俺もどうすべきか決めやすくなるだろう。
「いや、そんなに深く考えなくていいよ。シルフィ姉のスケベな欲望でもいいってことさ」
「レード! 何を人を欲求不満みたいに。だいたい女の子探しに大学入ってきたレードがよくそんなことを…」
シルフィ姉が俺を睨みつける。ほんのり顔が赤くなっている辺り、そこら辺のことを考えていたのだろう。
「やっぱり月日というのは人を変えるんだなぁ…。純粋だったシルフィ姉はこうして大人になるのか。で、何かしてもらいたいこととかあるの?」
「今は思い浮かばないし、一緒にいれればそれで十分だと思う」
確かに本人に会ってみないと分からないか。アスラ貴族に毒されたシルフィ姉がいきなりルディを抱きしめたりしないか心配だが、それはそれで彼にとっては役得というやつだろう。
「そうか。でも、何かあったら相談してくれよ?」
「もちろん」
そう言って俺の頭を撫でてくれる。外は少し寒いが、その分シルフィ姉の手の暖かさが伝わってきた。
魔法大学に入学してから2ヶ月が過ぎた。俺は相変わらずの生活だ。朝は朝礼ギリギリに登校し、魔術の授業を何コマか受け、余った時間に剣術のトレーニングをする。そして、休み時間はシルフィ姉と駄弁るのだ。たまに彼女と都合が合わないときはザノバやクリフとご飯を食べたりもする。
今日はシルフィ姉が授業のため、クリフとご飯を食べている。
「ちょっと前から気になっているんだけどさ」
「どうしたんだ?」
「なんか俺って避けられてないか?」
俺の交友関係がめちゃくちゃ狭いのだ。俺としては話しかけてくれれば、ちゃんと対応するつもりでいるのだが、肝心の話しかけてくれる人がいない。
「…今更か。君は生徒会と仲が良すぎるからな」
権力にすり寄り過ぎたというのか。とはいえ、俺としてはシルフィ姉と一緒にいる時間をなくすという考えはまったくない。
「どうにかならないかな」
「無理だな。先輩たちですらビクビクしてるわけだし」
そうなのだ。リニア先輩やプルセナ先輩からも若干避けられているのだ。
「あくまで噂ではあるけどな。お前がフィッツ先輩と付き合ってるという噂すら流れてる」
「またまた、そんなわけ…。え? マジ?」
「ああ。マジだ」
冗談の言えなそうな彼の性格上、マジらしい。しかし、これは困ったことになった。
「誰が流してるんだ?」
「誰がというか、あんなにベタベタ一緒にいたらそう勘違いする連中も出てくる」
つまり俺が悪いということか。シルフィ姉はかつて学校のボスであったリニア先輩たちを締めたことがあるという。そんな人と付き合ってると噂が流れたら、避けられるのはおかしくない。
「どうすればいいのかな」
「距離を置けばいい」
「それは、無理だな」
今の俺がシルフィ姉に距離を置くのは無理だし、もし向こうがそういうことをしてきたら立ち直れない。
「なら、話し相手くらい作ればいいさ」
「ザノバ王子とかクリフとか…」
「僕たち以外で、だ」
2人と一緒にいる時間はシルフィ姉と一緒にいる時間よりずっと短い。リヴィン家の双子とも最近はあまり話してない。向こうも授業とかでタイミングが合わないのだ。
「というか、どうしてそこまで気にするんだ?」
「せっかく学校に来たのだから、学生らしいことをしたいな、と…」
俺が言うとクリフは何言ってるんだこの人はと言いたげな顔をした。日本の学生に憧れる気持ちは彼には分からないのだろう。
結局、打開策は出ないままクリフは授業に戻っていった。相変わらず悩んでいる俺だが、その噂を消し飛ばす人物に出会うのは、遠い未来ではなかった。
ちょっと短いかもしれない