シルフィ姉と俺が付き合っている。そんな噂が流れているという。俺が彼女との距離感を考えれば、そんな噂などすぐ消えるのかもしれないが、あいにくそういうことはしたくない。仮にシルフィ姉から頼まれたとしても、迷わず断ってしまうだろう。
(これもシスコンの性ってやつか…。正直それだけじゃないようにも思えるが)
そんなことを考えながら剣を振っているためか、なかなか魔剣流に進展がない。雑念を抱きながらやっても伸びないだろう。
俺が中庭のベンチに座って休んでいると後ろから声がかけられる。
「精が出ますな。レーディス殿」
話しかけてきたのは、ジーナス教頭だった。
「最近は伸び悩んでますがね。ジーナス先生もお疲れ様です」
「気分転換などしてみてはどうですか?」
「何か面白いものがあれば、それもいいんですが…」
ちょうどよくそういうものが現れるとは思えない。
「面白い、かどうかは分かりませんが、それとは別に頼み事があるんですが…」
「頼み事ですか?」
余程のものではなきゃ快く引き受けさせてもらうが、龍神を殺せなどと言われたらちょっと躊躇うことになるかもしれない。俺がそんなことを考えていると、ジーナス教頭は小さな小包を取り出す。
「こちらを、サイレント殿のところまで届けに行ってもらいたいのです」
「…何が入ってるか、お聞きしても?」
「送り主から他言は無用と言い遣っておりますので、差し控えさせていただきます」
時限爆弾でも入っているのだろうか。大学内に爆弾物は持ち込んではいけないはずだが、ここは剣や魔法がまかり通る異世界だ。前世と同じ校則を期待してはいけないだろう。
「どこにいるんでしょうか」
「研究棟の3階の奥にいます。そこから出ることは滅多にないので、今から行ってもちゃんといるかと」
行ったことはない。おそらく阿◯博士のような立派な髭を蓄えた博士風の男が顕微鏡とパソコンに向けて視線を反復横跳びさせているのではないか。顕微鏡はともかくパソコンはこの大学にもさすがにないだろうが。
「分かりました。ちなみになぜ俺なんでしょうか」
「これも送り主からの依頼です。こちらをレーディス殿を経由して届けろ、とのことです」
「送り主も名前は言えない感じですか?」
「はい。ですが、聞かれたらサイレントと関連のある人だと答えろと」
それを言われても俺はその人と誰が関わりにあるのか知らないわけだが。
「そして、これはサイレント殿の話ですが、すでにあなたとはお会いしたことがある、と言っておりました」
いろんな子どもに教えてきたが、その中にサイレントという名前はいなかった。というか、そのような特徴的な名前だとしたら忘れることはないと思う。しかも、大学で研究をするくらい優秀ときた。さぞ目立つことだろう。
「荷物を運ぶだけでよろしいでしょうか」
「はい。お受けしていただけるのならありがたい」
ジーナス教頭は礼を言い、謎の小包を渡して去っていった。
(中身を見るのは、ダメだよな…)
中を開けることはできないが、重さ的に爆弾物ではないようだ。おそらく紙か本が入っているような気がする。そのことに安心しつつ、俺は研究棟に足を運ぶことにした。
研究棟に向かう道中、俺はサイレントという人物について考えていた。彼、もしくは彼女は自分やルディと同じ日本生まれではないのかと。というのも、この大学における功績が大きすぎるのだ。
まずは自分が身にまとうこの制服。そして、学食のメニュー。さらには黒板やチョーク。それらを俺がこの世界で作って、自分で大学で広めるなどということができるだろうか。
(普通に考えればできないな…)
漫画やラノベでは前世の日本での知識を使って無双するというのはよくある話だが、そう簡単にはいかないはずだ。そもそも言葉が通じないような世界はゼロどころかマイナスからのスタートだ。よほどの天才じゃなきゃ、知識で無双など不可能だ。
(まあ、そのよほどの天才という可能性も結構あるけど)
そうして俺は研究室に到着し、そのドアをノックする。数年前のエリスのときみたくいきなりぶん殴られるというのはごめん被りたい。
返事があると思ったが、それがない。俺が再びノックするが、相変わらず向こうからの応答はない。
(…入っていいんだろうか)
送り主からの時間の指定はなかった。そもそもこの世界は郵便や通信が全然発達しておらず、手紙を送ってもそれが届くのに数ヶ月、時には一年かかるというのもある。日本にはスマホだったりパソコンだったりでいくらでも連絡手段があるが、この世界は江戸時代の飛脚のようなものから進歩が全くないのだ。
あまりにも返事がないので、ドアを開けてみることにした。
「…お邪魔しまーす」
恐る恐る挨拶してみるが、返事はない。不在なら出直すが、どうしたものか。
(ていうか、この部屋…)
ぶっちゃけ凄く汚い。この研究室の主人はまったく片付けとか二の次で研究に没頭しているのだろう。箒や雑巾などでさっさと掃除したくなってしまって仕方ない。
「すいません、誰かいませんかー」
俺が言うと、奥の部屋のドアがガタッと揺れた。思わず身構える。
「…いつの間に入ってきたのよ」
現れたのは聞き覚えのある、どこか懐かしい響きの声だった。何か心の奥底が自分を刺激しているような気がする。
「一応、ノックと挨拶はしたんですけどね…」
白い仮面をつけた女性と思しき人が出てくる。この能面のような仮面には見覚えがある。1年と少し前に酷い目に遭わされた記憶だ。
「…また会ったわね」
「あの人はいないんですか?」
奥の方から龍神オルステッドが出てきたら、ビビって逃げ出してしまうだろう。いや、逃げ出せるならまだいい。腰が抜けて立てなくなるかもしれない。
「彼ならいないわよ。暇じゃないから」
「それはよかった。頼まれていた荷物をお届けに来ました」
「そう。ありがとう」
そう言って小包を受け取ろうとする彼女。しかし、その足取りはどこかおぼつかない。
「…大丈夫ですか?」
俺が聞いた直後だった。彼女は倒れ込んでしまいそうになる。俺は咄嗟に手を伸ばし彼女を支える。
「ちょ、サイレントさん!?」
触ってみた彼女はどこか熱く感じた。なんというか風邪に近しい熱だ。俺が叫んだが動かない。気を失ってしまったのだろう。
彼女に実際に触れてみて分かった。先ほどから感じていたデジャヴのような感覚の正体だ。
(この黒髪、そしてこの声…。もしかして静香姉…?)
実際に仮面のうちを見ていないので断定はできない。だが、顔以外の要素はあまりにも静香姉に似すぎているのだ。
とりあえず、俺は彼女を出てきた部屋に運ぶ。俺と年齢はそう変わらないはずだが、そこまで重くもない。自分が鍛えているからというのもあるが、それにしても軽い。ちゃんと食べれているのだろうか。
女性の寝室に入ることに微かな罪悪感を抱きつつ、そこのベッドに下ろす。
(栄養のあるものを食った方がいいし、何か作って持って行ってやるか…)
そう考えた俺は小包を置き、学食の調理室へ向かうのだった。
小包の送り主がオルステッドかどうかはご想像にお任せします
良いお年を〜!