サイレント先輩をベッドに運んだのち、俺は学食の調理室に向かう。作るのは病人向けの料理だ。さすがに寝込んでる人に唐揚げのような脂っこいものを食べさせるわけにもいかない。お粥でも作れればいいが…。
(お米はあるといえばあるけど、炊飯器がないのが本当に不便だな…)
考えれば考えるほど、前世がいかに便利な世界だったかと思わされる。とはいえないものねだりをしても仕方ないので、鍋に水とお米を放り込んで薪に焚べる。電気はないが、魔法があるため、こういうときに使えるのはそこそこ便利だ。まあ、それでも電気の方が欲しくなるが。
あとは風邪を引いたときに食べたものといえば何があるだろうか。
(リンゴは…。一応あるから、あとで切ればいいか。コンビニでプリンとかゼリーを買うっていうのができればなぁ…)
どちらともこの世界で作るとなると相当に手間がかかりそうだ。そう思いながら、土魔法で皿を作り完成したお粥を中に入れた。味付けは日本で食べてた頃のものに極力似せてみたが、米自体が違うので口に合わないかもしれない。
サイレント先輩の部屋を出て1時間ほどして俺は再びノックをする。
「入りますよ」
返事はない。まだ寝ているのだろう。
(冷めないうちに食べてほしいんだがな…)
まあ、俺が勝手に作って持ってきたのだから仕方ないか。それに、眠っているならお腹が減ってそのうち起きてくるだろう。
「にしても、どうしてこんなに汚れてんだ…」
全体的に埃が凄いし、こんなところにお粥を置くのも正直憚られる。片付けたいがせめて食べてからするべきだろう。
(何を研究してるんだ…)
足元に落ちてる紙には魔法陣が描かれている。自分は召喚術に詳しくはないが、これはその方面のものだというのはなんとなくわかる。
ただ、何をどう召喚するのかとか細かいことはまったくわからない。
「…下手に触らないでちょうだい」
部屋の中から不機嫌そうな声とともに出てきたのはサイレント先輩だ。
「お粥、持ってきました。食べれますか?」
「これ、あなたが?」
「はい。いかにも体調悪そうだったので、お節介かもしれませんが」
「…そう。ありがとう」
そう小さく礼を言ってお粥をかきこむ。
「美味しいですか? 一応味見はしたんですが…」
「美味しいわ。懐かしさを感じる味ね」
よかった。前世と米が違ってもそこまで問題はなかったようだ。
「ちゃんと食べれるようで安心しました。体調はどうですか?」
「少し寝て落ち着いた気がするけど、まだ熱はあるわね」
「リンゴもありますけど、食べれます?」
「ええ。安静にしているから、もう帰って大丈夫よ」
正直全然大丈夫には見えないが。少々マシになったとはいえ病人であることに変わりはない。
「病人をこのまま置いておけるわけにはいかないでしょう」
「あなただって暇じゃないだろうし…」
ところがどっこい。特別生という立場は存外暇なのだ。もちろん、ただの暇つぶしというわけではないが。
「この状況で先輩を放っておくほど、薄情じゃないです。せめてもっと落ち着くまではいますよ」
「…授業は?」
「今日は休みます。他の用事もお断りします」
といっても俺に用事を言いつけてくる人なんてほとんどいないが。仕事に追われていない自由な日常がいかに素晴らしいか実感してしまう。これは戻れなくなりそうだ。
ただ唯一気になるのはシルフィ姉だ。変な噂が流れているが、それを無視しても放っておきたくはない。というか俺がもたない。なんとか上手く誤魔化す方法を考えなければ。
「で、話は変わりますけど、ここは何を研究する場なんでしょうか」
「あなただって見れば分かるでしょう? 召喚術よ」
「何を召喚するつもりなんですか…?」
「お粥作ってくれたり、荷物持ってきてくれたことに関しては感謝してるけど、それに関してはあなたに教えるつもりはないわ」
はっきり断られた。まあ、これで俺も静香姉だという確信が強まった。彼女は割とはっきりものを言う性格なのだ。
「というか、迂闊に言えないのよ。私だってあの人とそういう約束をしてるから」
誰と、というのも言いにくいだろう。
「あの人…。龍神オルステッドですか?」
一年ほど前に俺やルディを打ちのめした三白眼が思い起こされる。
「オルステッドは…。関わってないわけじゃないけど、違うわね。確かに私にとっての恩人であるのは事実だけど。そういえば、1つ確認したいことがあるのだけれどいいかしら?」
「もちろん」
俺が頷くと、サイレント先輩は近くに置いてある紙に何かを書き始めた。まさか、魔法陣でも書いているのかと思ったが、そういう感じではないようだ。
「この名前に見覚えはあるかしら?」
彼女が見せた紙には『黒木誠司 篠原秋人』と10数年ぶりに見る日本語で書かれていた。そして、それは目の前にいる人が静香姉であることを決定づけるものだった。
「クロさんと、アキさん…」
俺が思わず呟くと、サイレント先輩の、いや静香姉の目が輝く。
「2人の知り合い? どこにいるか分かったりする?」
こちらに詰め寄るが、あいにくこの世界に来てから会ったことはない。
「この世界では会ったことはないです。でも、その代わりに聞きたいことがあるんですが」
「何? 召喚術関連のことは答えられないわよ」
「それと無関係とは言い切れないんですけどね…。サイレント先輩の本名は、七星静香、ですか?」
割と意を決して聞いたのだが、静香姉はあっさり頷く。
「クロとアキのことを知ってるなら私のことを知っててもおかしくないわね。その通りよ」
そうか。こっちは姉だと思っていても向こうは弟と認識してくれていないのか。
「ちなみに、俺のことはご存知ですか?」
「ええ。教科書で有名のレーディスさんでしょ?」
向こうは本当に気づいていないようだ。これはどう説明していくものか。
「知ってるんですか?」
「少なくともラノアであなたのことを知らない人を探すのは難しいでしょうね。それとあと一つ確認しても?」
俺は頷く。もしかして、弟と確認するつもりなのかと期待したが、実際は違った。
「ルーデウス・グレイラットという人は今どうしているかしら?」
ここで出たのはルディの名前だった。思わぬ名前に軽く面食らいながら答える。
「ルディは俺の幼馴染ですが…。何か関係が?」
「…説明するのは少し難しいわね。私が、というよりオルステッドに関係してくることだから。でも、彼は私にとっても重要な存在と言っていたけれど」
もしかしてルディはなんらかの形でオルステッドの恨みを買ったのだろうか。そもそも最初に会ったときも、オルステッドの方が先に怒り狂ってたし。
「ルディでしたら、今はいません。というか、俺もどこにいるかわからないんです」
「わからない?」
「はい。一年前別れて、それきりです。転移事件で行方不明の家族を探してる可能性は高いですが、どこにいるかまでは…」
転移事件のことを言った瞬間、少し静香姉の顔が曇ったように見えた。
「そう。なら仕方ないわね」
と彼女は呟いて最後の一口を口に入れた。
「ごちそうさまでした」
「お粗末でした」
お約束の言葉を返すと彼女は軽く笑う。
「その言葉…。やっぱり日本人なのね」
日本人どころか、弟だよと突っ込みたくなる気持ちを俺は抑える。静香姉は再び寝室に戻るようだ。
「お節介のついでなんですが、もう一ついいですか?」
「何?」
「この部屋、掃除してもよろしいですか?」
「…治ったら自分でするから結構よ」
ぶっちゃけ治った時に自分でするとは思いにくい。静香姉の前世的にマメに掃除をするタイプじゃないのは知っている。
「それでも今日はさせてもらえます? ここ埃が凄くて落ち着かないので」
俺はそこまで綺麗好きというわけではないが、姉に病気になってもらっては困る。治癒魔法はもちろんあるが、俺のは練度は低いし、それに頼って掃除しない習慣がついては困るのだ。
「…魔法陣は私が片付けるわ」
「魔力は込めません。先輩は休んで体力を回復させてください」
半ば強引に静香姉を寝室に押し込む。寝室の掃除はおいおいするとして、とりあえず散らかってる目の前を片付けることにするか。
こうして掃除が終わる頃には日が暮れているのだった。
今年はどこまで行けるかな。アニメの続きもあるし、モチベは爆上がりしそう