河川敷を静香姉と歩きながら、俺は呟く。
「サイレント先輩、俺に隠してることありますよね?」
2人で一緒にいれる時間はこれからもずっとあるだろう。だが、秘密を伝えるのを先延ばしにすればするほど、その時間は俺にとって苦しいものになる気がする。そのくらいなら、今伝えて楽になってしまいたい。
「隠し事をたくさんしてることくらい分かってるでしょう?」
召喚術のことだろう。確かに細かいことはあまり聞かされていない。
「召喚術のことじゃないです。ていうか、それを今の俺が聞いてもさっぱりわからないでしょうし。俺が気になるのはサイレント先輩のことです」
「私のこと? それこそ聞いてどうするのよ」
どうするのかと言われたら答えられない。しかし、ずっと隠し続けるのは無理がある。
「先輩は、俺が先輩の、いやナナホシシズカの弟だって言ったらどうしますか?」
「…は?」
事態を飲み込めてないらしく呆然とした表情で聞き返す。そういう素直に驚いたような表情を見るのは斬新だ。
「証明が必要ですか? 俺がナナホシシズカの弟であるということの」
「そうね。というか、あなたが何を言っているか理解できないわ」
そりゃそうだろう。ということで、俺は前世の自分や親の名前、住所、家の電話番号を話してみた。これで信憑性も出てくるはずだ。
「…信じてもらえますか?」
「…ちょっと時間をちょうだい」
そう言って彼女は離れていった。追いかけてもいいが、彼女は彼女で考えたいこともあるだろう。
(言ってしまったな…。あとは静香姉がこれをどう捉えるか、だけど)
とりあえず伝えることは伝えた。あとは向こうのリアクション次第だ。
俺がそんな風に考えていると、後ろから声をかけられる。
「レード」
「シルフィ姉か。お仕事はもういいのかい?」
「うん。あとはルークに任せたよ」
先ほどと違ってそこまで機嫌は悪くはないようだ。
「ねぇ、あの人と何を話してたの?」
シルフィ姉は咎めるような目だ。どこかでこの目を見たことがある。そうだ、前世で見たドラマであった夫の浮気を咎める妻の目だ。
「…説明しにくいな」
「したくないなら、別に無理に話さなくていいよ。それより、レードに一つ頼みがあってきたんだ」
「何?」
よほどの頼みでなければ引き受けるつもりだ。例えばルディを探してこいと言われたとしても、俺の持てる人脈を駆使してでも探してみせる。
「生徒会に入ってくれないかな」
シルフィ姉から告げられたのは予想外の言葉だった。
「…どうして俺なんだ?」
「アリエル様曰く、影響力だそうだよ」
確かに俺のネームバリューはかなりある。普段外に出ない静香姉ですら、その名前を知ってるくらいだ。
「それだけじゃないみたいだね」
「うん。レードと一緒にいたいってのもあるかな…」
少し顔を赤らめながら言うシルフィ姉。二つ返事で了解したいところだが、俺には俺で解決しなくちゃいけない問題がある。静香姉のことだ。
「その返事、今すぐしなきゃダメか?」
「別に急いでってわけじゃないよ」
「なるべく早めに返事はするよ。というか、生徒会室に出向いた方がいいか?」
「できるならそれで。じゃあ、帰ろっか」
シルフィ姉はナチュラルに手を繋いでくる。相変わらず距離が近い。いい年して姉と手を繋いで帰るのか…と思ったが、実年齢はもう23だ。思春期は完全に逃したわけだし、年齢を気にするのもアホらしい。
(結構長く生きたつもりだけど、思ったより若いな…)
ここ数年の出来事が濃すぎたからかもしれない。5年前は転移事件すらまだ起きてなかったわけだし。
シルフィ姉はというと、俺の年齢を知らないため、甘えたがりの弟と思って接してくれてるだろう。確かに甘やかしたくなる気持ちもわかる。鏡見るたびに自分の顔がいかにいいか思い知らされるくらいだ。
「シルフィ姉、なんで手握ってるの?」
「ごめん、嫌だった? レードも年頃だし気にするよね…」
確かにこの世界の年齢では年頃ではあるけどシルフィ姉と手を繋いで帰るのは嫌いじゃない。いや、それどころかむしろ好きまである。
「全然嫌じゃないよ? でも、こうしてると疑われないかなって」
シルフィ姉は、男のフィッツ先輩で通ってるのだ。迂闊に女の子っぽいことをすればまた変な誤解を生みかねない。
「ああ。あの噂のことね。レードが最近ボクと一緒にいてくれないから、あんまり聞かなくなったよ。それに…」
「それに?」
「なんかレードが遠くに行ってしまうような気がしちゃって…」
「俺はシルフィ姉のそばから離れる気はまったくないんだがな…」
「それはボクもわかってるんだけど、なんか精神的にかな? レードもどんどん大きくなってるし」
要するに俺が姉離れするというのを警戒してるのか。なんとも微笑ましいが、俺はシルフィ姉が嫌がらない限り、そういうのは訪れないと思う。それはそれで共依存とか言われかねない気がするが、そんなものこそクソ食らえだ。
「そういうことか。安心してくれ。シルフィ姉が一緒にいてくれればそれでいいからさ」
家族を2度も失った自分が生涯かけて支えなければ。俺の言葉で安心したような姉の笑顔にそれを誓うのだった。
そして翌日。俺はいつものように静香姉のところに向かう。生徒会に入るかどうかはまだ決めれてない。その理由が、俺が静香姉の弟だと知ってからの関係によるからだ。
「サイレント先輩。入っていいでしょうか?」
俺は一応ノックして声をかける。
「ええ。大丈夫よ」
彼女の声は何やら落ち着いている。昨日はかなり動揺していたようだが、思いの外落ち着いたようだ。俺は中に入り、いつも通り椅子に腰掛ける。
「…それで、考えはまとまりましたか?」
「そのことで聞きたいのだけれど、あなたはどうしてこの世界にいるの?」
「どうして、とはどういう意味でしょうか?」
俺が聞き返すと、静香姉は眉を顰めてにこめかみに手を当てる。
「…説明が難しいわね。まずは私がどのようにしてここにいるのか話しましょうか」
確かにそれは心の奥でずっと気になっていた。再会できた嬉しさで気にしてはいなかったが、そもそもここにいることがおかしいのだ。この世界が死後の世界だとはとても思えない。
「5年前。私がこの世界に来たのよ」
「5年前…」
そのときに何があったか。忘れもしない転移事件だ。
「察しのいいあなたなら薄々気づいているでしょう? あの魔力災害は私がきっかけで起きたものよ」
つまりは親の、いやもっと大きいものの仇ということになるのか。だとしても、俺には怒りのようなものは湧き上がってはこなかった。俺の器が広いから許せた、というよりも静香姉との再会と引き換えだったら、怒る気にはなれなかったのだ。あの事件がなかったらここで会えてもいないだろう。
「私はアスラ王国の草原にいたわ。そこで龍神オルステッドに拾われたの」
「なぜオルステッドが?」
「分からないわ。でも、彼はここで会う運命とか言っていたわね」
彼に関しては分からない部分が多い。静香姉を助けた真意も気になるところだが、今は置いておくことにしよう。
「そして、特殊な方法で世界中を旅したわ。その最中に出会ったのがあなたたちね」
「なぜオルステッドは俺たちを攻撃したんでしょうか」
「ヒトガミとなんらかの因縁があるみたいね。時が来れば私も知ることになるって言っていたけど。ともかく、私は自分を召喚した誰かについて調べるためにこの大学に入学したのよ」
「召喚した誰か?」
「旅の途中であった人物から、そう言われたのよ。その人に関してはあまり話せないわ」
守秘義務というやつか。まあ、今は静香姉と俺の方が重要だ。
「でも、そもそもなんで戻るための研究をしてるんですか?」
「私には、魔力がないし、不老なのよ」
「魔力がない?」
この世界ではどんなものでも持っているはずだ。死体ですらあるというのに。そして、不老というのはどういうことか。
「そう。転生じゃなくてトリッパーだから、仕方ないけどね。私はこの世界にとって異物なのよ。だからこそ老いないと言えるのかもね」
「俺は異物とまでは思いませんけどね」
「とにかく私はこの世界から戻らなくちゃいけない。魔力もないし、不死というわけじゃない。それに向こうの世界に残してきた人もたくさんいる。だから、帰らなくちゃいけない。そう思って研究してきたのよ。でも…」
そう言って言葉を詰まらせる。
「でも、どうしたんです?」
「そう思ってた矢先にあなたが来た。最初はただの世話好きの人かと思ってたから気にしてなかったわ。でも、昨日告げられたこと。あれで看過できなくなった。あなたは本当に私の弟なの?」
「間違いなく静香姉の弟です。証明は十分でしょう?」
「そうね。で、最初の問いに戻るわ。あなたはどうやって来たの?」
どうやって来たのか。誰かが召喚したとかそういう具体的な説明はできない。
「具体的には、分からないんです。だけど、死んで気がついたときにはこの世界にいたんです」
俺の答えに静香姉が目を見開く。
「ちょっと待って。死んだ…?」
「はい。紛れもなく」
あのときの意識が遠のく死の感覚は本物だった。誰にも会えなくなるあのときの悲しみは10年以上経った今でも鮮明に焼きついている。
「じゃあ、もうあの世界に…」
「おそらく俺はいませんね。病死です」
ウイルス性の病気だったはずだ。静香姉がいなくなったときにはすでに進行していてどうしようもなかったという。
「…俺にはなぜこの世界に来たのか、というのは推測はあります。でも、あくまでそれは推測でしかない。それを除いた上で俺の素直な気持ちを言っていいですか?」
ショックを受けている静香姉に言葉を続ける。
「俺は、静香姉と生きたい。あのときたった10年で終わってしまった分を塗り替えて笑い合えるためにも」
そう言って手を差し出す。
「嫌ならこの手を払いのけてください。それも静香姉の決断です。どんな形でも受け入れます」
俺の右手に静香姉が触れることはなかった。その代わり全身に柔らかい衝撃が走った。抱きしめられていたのだ。
「…はい」
彼女は涙ながらに声を絞り出した。俺は安心しつつその背中を撫で続けた。
今考えると、めっちゃ重要な回だな、これ